『時子さんのトキ』(2)
2020.9.20(Sun.) 13:00~14:45
よみうり大手町ホール 7列10番台(センターブロック)
2020.9.21(Mon.) 13:00~14:45
よみうり大手町ホール 9列1桁番台(センターブロック)
『時子さんのトキ』2回目と3回目。
1回目に見て少なからず混乱した時系列と2役の関係性もようやく整理されて見えるようになった2回目。この日は当日引換券でしたが、なぜだか前回よりも席が良くて(爆)、ちょうど通路のすぐ後ろという絶好席で拝見しました。この日からかなり涼しくなったのにかかわらず、空調はガンガンに効いていたのでちょっと体調がおかしくなったのは残念でしたが…
東京楽(3回目)は当日券キャンセル待ちで参戦しましたが、幸いにも8席キャンセル待ちが出て、無事入場できました。本来なら楽のキャンセル待ちは絶対しないのですが(見られないとずっと引きずるので)、この作品はこの後動画配信も控えているので、いざ外れてもそのダメージが回避できると読んで賭けましたが、さすがに3回見てしっくり来たので、ぎりぎりで3回見られてよかったです。
そして、東京公演も今日終わったので、ネタバレ全開で物語語ります
*よろしいですかー*
*よろしいですかー*
*よろしいですねー*(柏木さん風に)
では、参ります。
この物語は時系列が行ったり来たりで分かりにくい、というのは初見で思ったことですが、2010年で始まって2020年までを描いている物語。2シーン目でいきなり今の2020年(9月)のスナックのシーンが来ているのでわかりにくいのですが、ここを除くと、ほぼ時系列で進行しています。
ただ、時子さんから見た二人の人物、翔真との時と、登喜との時が平行して走るので、少なからず混乱しますが、何度か見ることで収斂していって、「こことここが繋がっているのか!」と分かるのは演劇的なカタルシスですね。
一つ印象的なのが、時子さんと関係する2人、翔真と登喜は、鈴木(拡樹)さんが2役で演じているのに、実はこの2人が外見が似ているといった表現はどこにも描かれていなくて、そこはこのホンの好きなところです。時子さんが「翔真には登喜の面影を感じる」とか言った日には、時子さんの思いそのものが陳腐になってしまう。「時子さんが翔真を支えようとしたのは、登喜の代わりではない」という面は、この作品の一つのコアだったように思います。
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登場時間が長いので、どうしても翔真との時に印象が引きずられてしまいますが、実際は、時子の息子である登喜との関係で時系列を見た方が分かりやすいです。
登喜は2020年のシーンで成人していますので、おそらくは2000年生まれ。そうなると10歳(小学4年)の時から物語が始まり、11歳(小学5年)で離婚が成立し登喜は父親を選んだことで、時子さんには心の空白が生まれる。その後も登喜とは定期的に会ってはいたものの、次第に話題が続かなくなり、12歳(中学1年)の時に登喜がサッカー部に入部したことで、会う時間が少なくなる。そんな時に時子さんが公園で出会ったのが演奏をしていた翔真、ということで、ここが2013年あたり、という時系列になります。
音楽活動の足しになればと、時子さんは翔真に求められるまでもなく、次々とお金を貸し、2016年の台風で翔真の実家(農業)が壊滅的な打撃を受けたことへの多額の援助(750万円)をきっかけに金額はさらに拡大し、とうとう2020年には彼の収入元であるバイトが、昨今の事情でできなくなったこともあり、収入に困窮し、別の女性からの借り入れ(豊原江理佳さん演じる女性)への返済トラブルから事態が露見する、ということになります。
時子さんにしてみれば、翔真の音楽は好きではあっても、音楽で成功すると信じているわけではなかったろうけれども、息子の登喜との距離が離れ、空いてしまった心の隙間を、翔真を支えることで「自分が存在している意味」を見出しているかのように見えました。
時子さんと翔真のその「歪んだ関係」に周囲がどう責めようとも、頑なに翔真を支える正当性を言い続けるのは、そうでないと自分が何者でもなくなってしまうのではないか、そう思えていたように思えます。
この作品は時子さん演じる由美子さんのモノローグでほぼ全編ぶっ続けですが、時々時子さんが核心を突く言葉を入れてきます。その中でとりわけ印象的だったのは中盤、「翔真を支えることで自分が他の誰かの中にいることを実感できる」といった言葉があります。
今回の物語は「今」の2020年から逆算して10年間を見ているので、「今」はまさに今の出来事を見せていて、カラオケスナックでの検温とか、37.5度越えとか、マスクとか、まさに「今では当たり前になってしまった風景」を見せているわけですが、この作品について語られる、作者の田村さんだったり、主演の由美子さんだったり、鈴木さんのインタビューを聞いていると、「今演劇をやることの意味」とリンクしていたように思えます。
というのも、昨今の皆が共有する寂しさって「生で会えない」ってことだと思うんですね。
そもそも出かけられない、出かけてもマスク越しでしか話せない、一緒に食事ができない、気持ちが萎縮しているように感じる。そんな誰もが持っている、「誰が悪い」とも言えないまま受け入れざるを得ない「新しい生活様式」の中で、もやもやとした気持ちを増やして生きている。技術の進歩でオンラインで会話することはできたりはするけれども、気持ちの壁ができてしまうことはどうしても否めないし、それについていけない人はさらに孤立感を持たざるを得ない。
2020年に上演されるこの作品で時子さんに「自分が他の誰かの中にいることを実感できる」と語らせることの意味、それがこの作品が今上演された意味だと思っていて。
心が触れ合えないから自分が他者と心でつながりにくい、そうなることで自分の存在意義まで疑うようになってしまう…2012年から続いた翔真との、他者から見たら「歪んだ関係」は、「時子さんにとって『自分が他の誰かの中にいることを実感できる』一つの出来事」だったけれども、2020年の今、心が触れ合いにくい事態になったこの時、実は誰もが『自分が他の誰かの中にいることを実感できる』ことを欲していて、誰もが「時子さん」になる可能性を持っているのではないか、そう言っているように感じられたのでした。
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この作品を見てまさに思うのが「時が動き出す」という言葉で、登喜との関係が上手くいかなくなり、翔真との関係に没頭していく時子さんと時を同じくするように、場である公園の時計も小便小僧も動きを止めるのですが、翔真との事態の破綻を経た2020年、ようやく向かい合えた登喜との復活した会話をもって、公園の時計も小便小僧も動き始めます。
公園の時計は時子さんのトキ
公園の小便小僧は登喜の心
と捉えると、2010年から2020年の間の時系列がすっきり整理されて、「時と心が動き出す」様が感動的でした。
DVで別れた元夫も、登喜の父親として登喜の思春期を支え、翔真との世界に籠る時子に対して「登喜と話をしなさすぎだ」と断ずる姿は、時子さんの弱さ脆さを知っていたからこその愛情に感じられてなんだかじんわりきました。
時子さんは翔真との世界に入り込むことで、「自分だけの理屈」に拘り、他者からの介入を拒むわけです。
「私と彼(翔真)が納得している。それでいいじゃない」と。
でも、実際には彼へ貸したお金の大部分はスナックの常連であるオーナーから借り、その連帯保証人には本人の承諾なく別れた夫を立てている(離婚後のことでしょうから元夫が反訴すれば連帯保証人が解消されて時子さんが即時全額返済の義務を負う可能性もあるでしょうね)わけだから、他に迷惑をかけていないわけじゃない。
それに、他人から時子さんへの心配も、スナックのママにしても、本心からの心配もちゃんと含まれている。
結局、人が人として生きる以上、自分だけの理屈だけでもいいはずだけれど、他者との関係なしでは生きられないし、自分が全部正しいとも限らず、だからといって他者が全部正しいわけでもない。
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ここからは個人的な心情も含みます。
この「時子さんのトキ」は作の田村さん曰く、「当て書き」と仰っていて、時子さん演じる高橋由美子さんは「当初は自分に似てないと思ってたけど、稽古するごとに「似ているところもあるな」と思ってきた」と仰っていて。
時子さんが2010年から2020年の10年間に、翔真との世界に籠ったトキがあったように、由美子さんをファンとしてみてきた自分からすると、2016年から2019年というのは由美子さんがご自身の中に籠ったトキだと思っていて。
舞台でいえば好評を博した2016年『寝取られ宗介』から、復帰作の2019年『怪人と探偵』までの期間は、週刊誌報道(2018年)も含め、激動の時期でしたが、正直言って、舞台に臨むプロとして拝見する限り、いささか覇気を感じないというか、熱量を感じない面もあり、物足りなさを感じていました。もっとできるはずの人なのに、と忸怩たる思いで舞台を見ていたことを思い出します。
「自分は与えられた役をこなしているんだから、それ以外は放っておいてほしい」、そう感じたことは一度や二度ではなくて、そんな印象を行動から受けるたびに、大丈夫かなと心配していたら、最悪の結果として出たのが、あの報道だったと認識しています。
これまで、このことについてblogで書くことは控えてきましたが、結局、「人が人として生きる以上、自分だけの理屈だけでもいいはずだけれど、他者との関係なしでは生きられない」という、まさにこの作品のテーマそのものに帰着するのだと、今は思います。
舞台の復活に皆が苦戦する中、500人収容のよみうり大手町ホールを半数しか使えない状態の中、それでも全公演全席が埋まり、東京公演が終了するという「成功」に、思いもかけず由美子さんが「主演」で戻ってきてくれて、堂々と演じ切ってくれたこと。
鈴木拡樹さんとの抜群の距離感で、お互いの魅力が大きく光ったこと。山口さん、伊藤さん、矢部さん、豊原さんという素敵な共演者にも恵まれて、座長として東京公演を完走できたこと。
舞台の外でも、デビュー30周年ということでアイドル時代のレコード会社であったビクターが中心に30周年プロジェクトを立ち上げていただき、ベストアルバムの発売も決定(10月)し、おそらく来年以降にはライブも視野に入れていただいていること。公演中の9月12日には20年ぶりにテレビの歌番組にも出演し、日向坂さんの力も借りて、歌で輝きを見せられたこと。
ご本人も今回インタビューで語っていますが、「たくさんの人に支えられていたことを実感して、ご迷惑をおかけした方皆さんにお詫びして再スタートした」と仰っていたこともリンクして。
今回の共演者は鈴木さんはじめ、皆さまに主演として立てていただいて、鈴木さんにも仰っていただいた「器の大きさ」という言葉はファンとしても本当に嬉しくて、他人のことは遠慮なくコアを射抜くのに、自分のことは照れ臭いのか触れたがらない由美子さんって、まんま時子さんだったんじゃないかと思うんですが(笑)皆さんに頼り頼られ、控え目に、でも堂々と0番に立つ姿が見られたことは、この世のことではないかのような幸せでありました。
それは、由美子さんがご自身思われていても、なかなか言葉にしてこなかった、周囲への「感謝」を出されるようになったからこそかな、と感じています。
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共演者の方のことも。
鈴木拡樹さん。3月の『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』で拝見できなかったので、初見でした。
芝居心とバランス力がある方だなと感じました。心の開き方とが上手というか、全部を見せない、その「見せない率」が上手いという感じ。また拝見したい役者さんです。
伊藤修子さん。初見ですが、おばさん色強い2役を濃く演じていただいたおかげで、時子さんが比較的若く見えるという不思議な現象が出現(爆)。スーパーマーケットのパートさんの勢力争い、あるあるですな(笑)
矢部太郎さん。あの独特のトーンは癖になりますが、最後の最後で豊原さん演じる女性に「嫌い」って言われてて笑います。伊藤さんじゃないけど「わーかーるー(笑)」
山口森広さん。時子さんと冷えた夫婦役ではありましたが、後半の「本当は時子のことを思ってたんだな」と思わせるくだりは大好きでした。ポカリ飲んで0.5度も体温落ちるかは謎でしたが(爆)
豊原江理佳さん。実は由美子さん以外唯一、舞台上で拝見したことがあるのが豊原さん。今年2月、草月ホールで綿引さやかさんと『W FACE Musical Concert 2020』で共演されているので初ではなく。今回、スナック常連のオーナーさんの奥様(おばあさん)で「アメイジンググレイス」で美声を響かせていたり、関西出身を生かしての押しの強いヤンキー風を演じていたり、色々な面を見せていただいて楽しかったです。
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東京千秋楽のトリプルアンコールは客席スタンディング。
予想外だったらしく、どうしようか困る役者陣(笑)
由美子さんが鈴木さんを促してご挨拶。
鈴木さん「舞台を開けて見に来ていただけることが当たり前じゃないと知った。東京が開けられて嬉しかった。大阪も頑張りたい」といった趣旨のご挨拶。
そして挨拶が終わった鈴木さんは由美子さんに振るも、頑なに手で「×」を作るあたりが相変わらず由美子さん(笑)
そして鈴木さんと客席の圧に気圧され(笑)
由美子さん「声がもうないです(笑)。本日はご来場ありがとうございました!」
で客席中の拍手を受けられ、最後は定番となった由美子さん・鈴木さんお2人の礼を以って終演となりました。
東京公演は終了しましたが、大阪公演は今週末9月26日(土)と27日(日)。
また、動画配信も10月2日~4日に行われますので、ご興味を持たれたら是非。
(販売は10月3日(土)まで こちら)