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2019年1月

『天才作曲家~Composer~』(1)

2019.1.30(Wed.) 19:00~20:40
六本木トリコロールシアター
C列20番台(センターブロック)

OneOnOne久しぶりの本公演。

六本木に出来た新しい劇場、初めてお邪魔しましたが、今まで六本木と言えば「芋洗坂を下らない」ことをモットーにしてきた結果(先だって閉館した六本木ブルーシアターが芋洗坂側から入れなかった)、芋洗坂がそもそもどこか分からず迷いました(笑)
とはいえ平日19時開演はとってもありがたいです。最近は18時30分開演だとほぼアウトなので。

見終わってから知ったのですが、この作品、もともと13年前に『Composer~君のいる世界・モーツァルト』で初演されていて、いわゆる「コードシリーズ」の初期の作品なのですね。

観はじめてすぐ「あ、コードシリーズぽい」と思ったのは思い違いでもなかったのだなぁと。

”天才”作曲家モーツァルト(内藤氏)と”秀才”作曲家サリエリ(染谷氏)を軸に描く物語で、ミュージカル『モーツァルト』を見ているかどうかで理解度が左右されそうな作品。

すらすらと書き直しもなく、次々と曲を生み出すモーツァルトに対して、嫉妬を隠せないサリエリの対比。

感性型の役者さんに思える内藤氏のモーツァルトと、理性型の役者さんに思える染谷氏のサリエリはお2方ともイメージぴったり。その上、モーツァルトに対して「闇」として存在する、いわゆる「アマデ」のようなポジションに坂口湧久くんの存在感が印象的です。

コードシリーズでは複数の作品を交差させてテーマを浮き出させますが、もう一つの軸が「人魚姫」パートで、こちらを担当するのが絶品の女性陣のお2方。いかにもな(爆)魔女の蔵重ねぇさんと、驚くほど人魚姫なたみーこと田宮さま。人魚姫はベーシックな人魚姫のストーリーで、「自分の願いに忠実」であり、海の中にその身が消えようとも、満ち足りた様でその命を終える様が、もう一つの世界とのコントラストできらめいて見えてきます。

もう一つの世界とは現世の世界で、法月氏演じる”男”と、千田さん演じる”女”との関係。2人は音楽の場で出会った(おそらくは音楽大学とか)後、いわゆる天才肌の”女”-実のところ天才であることにそこまでの満足を感じていない-”女”と、天才になりたいと望む”男”とがすれ違っていく光景。

その3つの世界を繋ぎ、”物語る者”としてストーリーテラーとして動くのが岡村さやかさん。
これで登場人物8人勢ぞろいというわけです。

8人が皆ほぼ舞台から去らずに、シーンが繋がる反面、感情は激しく動いていって。

特に、
「天才」であるからこそ持っているもの、持たざるもの。
「天才」でないがゆえに持っているもの、持たざるもの。

自分で自分のことは見えない分、他人の持つものは良く見えるし欲しくなる。

だからといって自分の欲望のままに他人の良さを欲しがれば、待っているのは”満ち足りた様”とはかけ離れた世界。

モーツァルトが求めた「天才でないもの」、サリエリが求めた「天才」
だが何かを掴みとろうとすれば何かを犠牲にせずには成り立たない。

今作のストーリーテラーにあたる岡村さやかさんは、それぞれの登場人物の間でただひたすらに中立を貫くので、是非の判断はしないのですが、それはある意味では正義なのだけれども、もう一面では冷酷にも感じて。
衣装が白かったこともあって、「闇」のわっくんとの対比で、とっても「天使」に見えました

ただその「天使」というのが曲者で(爆)、善悪併せ持つ存在というのが、ブラック属性も垣間見えるという意味で、さやかさんの役らしいなぁと思いましたです(爆)。

女性陣はそれぞれキャラ全く被らず流石な陣容で、ある意味4人が4人ともそれぞれの意味でラスボス感(笑)。
千田さん演じる”女”の明るさに気持ち救われつつ、彼女の”助け”に気づいたころには手遅れだった”男”というのも、実際のところそういうものなのかもしれないな、と感じました。

『モーツァルト!』ではアマデ(才能)の存在に押しつぶされ、レクイエムという重荷の中に壊れていくヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだけれども・・・今回のこの作品を見ていると、モーツァルトにとって「レクイエム」を書きあげてしまうことは、自己矛盾だったのではないかと感じさせられました。

「天才」が知らず知らずのうちに自分の存在価値としていたもの、それを否定するぐらいであれば、「レクイエム」を未完のままで世を去る事こそ、モーツァルトが大事にした美学だったのではないか、と思えたひとときでした。

公演は2月3日までですが、幸いもう1回見られるので、違った視点から覗けるのが楽しみです。
至高の歌と歌声、そして胸揺さぶられる作品ですので、お時間がありましたら是非。

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『山崎育三郎 LIVE TOUR 2019~I LAND~』

2019.1.19(Sat.) 17:45~19:55
NHK大阪ホール 2階M7列1桁番台

山崎育三郎さん(いっくん)の今年のライブツアー。

先週の埼玉からスタートしていますが、今年は各会場に「ミュージカル界のプリンセス」をお招きするということで、この日の大阪と、翌日の名古屋に笹本玲奈さんがゲスト、ということで2週連続の大阪行です。

「2週連続」(先週はMAの玲奈楽)としれっと書いてはいますが、実は日程の都合上、2週とも往復が夜行バスという、体力の限界に挑戦でしかなかったので、帰宅している今の現実が信じられません(笑)

先週の埼玉公演の話を聞いてはいたので、ゲストコーナーの曲数がだいたい想像がついていたので、かなりぎりぎりまで逡巡したのですが、体調と、同日マチネに取った四季の『リトルマーメイド』がC列でしかも初見の三平アリエルを見られるということで、決行と相成りました。

・・・

さて、本編はいっくんオリジナルアルバムからの曲がメインということで、いっくんパートの部分はファンの皆さまにお任せするとしまして(ちなみに「生きていく強さ」が好きです)、ミュージカルパートのレポを。

セットリストの構成は今日の名古屋も同じかと思いますので、ネタバレ回避の方は回れ右で!




では、参ります。

●セットリスト
1.カフェソング(英語)/育三郎(ソロ)
2.オン・マイ・オウン/玲奈(ソロ)
3.恵みの雨/育三郎&玲奈
4.ミスサイゴンメドレー/育三郎&玲奈
 4-1.サン&ムーン
 4-2.世界が終わる夜のように

M1が終わってM2前に玲奈ちゃんを呼び込みますが、

育「ミュージカル界の『プリンス』をお招きして…
  いや違う、『プリンス』は僕(ポーズ付き、会場笑)…
  ミュージカル界の『プリンセス』をお招きします。
  今日のゲスト、笹本玲奈さんです!」

玲「みなさんこんにちは、あ、こんばんわですね
  笹本玲奈です、よろしくお願いします」

育「ちょっと前まで大阪で公演やってたよね」

玲「そう、4日ぶりの大阪です」

…そんな、MCが同級生満開で玲奈ちゃん史上最高のリラックス感。

まずは出会いの話を。

育「初共演は2007レミだけど実はその前に会ってるんですよ。子役仲間で玲奈のピーターパンを見に行って感動して、ご挨拶させていただいたんですけど」

玲「そのとき既に私165cmで(笑)」

育「既に完成系で(笑)。」

玲「完成系って(笑)」

育「だから、(玲奈を)見上げて、(声変わり前なので)高い声で挨拶して(笑)」

玲「そうそう」

育「2007年に再会したときは(背丈としては)僕が玲奈を見下ろすみたいになって」

玲「だよね」

この2人のペアは大阪、名古屋会場のみですが、リハであわせる時間がなくて、この日の本番前に1回合わせただけだそうです(会場からどよめきが)

育「いままで何百回も一緒にやってきてるから自然に役に入れるよね」

玲「(育は今日)赤い衣装だけど役に見えたよ」

育「うそっ?」

玲「うん、嘘付いた(照)」

…玲奈ちゃんのこの反応がむっちゃ可愛かった(贔屓目w)

育「玲奈はエポは何年やったの?」

玲「12年(会場驚き)(※2003年8月~2015年8月)」

育「エポ受かったの高校生だったよね」

玲「そう、デビューが18歳(※ちなみに合格したのは17歳でデビューが18歳)」

育「エポ最年少で、高校生っていないよね

玲「うん、たぶんいない(※ちなみに今回のコゼットの熊谷さんがコゼ最年少の18歳で合格、デビューが19歳。)」

育「玲奈のエポを見てきて凄いなぁと思ってきたので、マリウスを最年少(21歳)で自分が共演できることになって嬉しかった」

選曲がレミになったことについて、玲奈ちゃんからびっくりな発言が。

「エポニーヌが好きすぎて、エポニーヌを卒業するときがレミを卒業する時だと思っていた。だからレミ卒業後もレミの曲は歌ってこなかった。でも今回はせっかくいただいたお話なので封印を解くことにしました」
育「え、そんな大事なことここでやっちゃっていいの(驚)」

玲「うん、育とだし」

振り返ると、レミ玲奈ちゃん楽(2015年)も大阪だったし、今回、封印を解いたのも大阪。
もちろん話をもらったことはきっかけだろうけど、意外に頑ななところがある玲奈ちゃんに、変化が起きてるんじゃないかなと感じさせられました。

最近の玲奈ちゃんにはいい意味での柔軟さを感じます。何となくですが、マリーアントワネット役は今までの拘りにこだわり過ぎたら乗り越えられなかったんじゃないかな、と思います。Wキャストのもうひと方への頼り方とか、共演者との心の距離の近づき方とか、今までにないアプローチがされているように見えて、役や責任が人を変えるんだなぁと感じさせられます。

そんなレミの曲を歌い終わった玲奈ちゃんは自然に涙を流されていて、その姿に玲奈ちゃん自身が一番驚かれていました。「泣くはずじゃなかったのに」と言いながら涙を拭く玲奈ちゃんは正にエポニーヌで、レミの申し子なんだということを改めて感じました。

その後のサイゴンコーナーのMCで印象的だったのが、「2人ともが同じく印象的だった」というサイゴン新演出版プレビューのめぐろパーシモン初日(2012年7月)。

「客席を全く感じなくなってただベトナムにいるようだった」と言っていたいっくんに玲奈ちゃんも「全く同じように思ってた!」と力強く同意。まさに戦友を実感した瞬間ですよね。

エポニーヌそしてマリウス。

キムそしてクリス。

それが、最後に演じてからの年月(エポは3年半、キムは2年)経っていることを思わせないピュアさそのままに、感情表現はより深くなり。
玲奈キムで大好きな「あなたとーーーー!」がいっくんクリスへの想いで聞けたのは凄く凄く嬉しかったです。

玲奈ちゃんが退場されてからのいっくんの玲奈ちゃんへの言葉が感動的で。

「玲奈がいてくれたからやってこれた。入ったときからの唯一の同い年。玲奈は戦友でありライバル。玲奈が頑張っていたから自分ももっと頑張らなきゃと思ってやってきた。ありがとう」

・・・この言葉が聞けただけで来た甲斐がありました。

実のところ、新しい曲をやってくれないと、と思ってこの日のコンサートにやってきたけれど、今日はこのセットリストであったことに意味があったと感じます。玲奈ちゃんを呼んでこの曲を歌ってくれてありがとう、いっくん。

先ほど、玲奈ちゃんについて「役や責任が人を変える」と書きましたが、この日のいっくんについてもそれを感じて。
ミュージカルという枠以外に積極的に跳び出て行って、この日も大河のEDだったりみんなの歌だったり、落語だったり、ドラマだったりと色々な顔を見せていましたが、いずれにも真摯で、そして何より目の前のファンに対して誠実で、だからこそこの大きなホールで存在感大きく輝くことができるのだと感じました。

10歳でアニーを見て衝撃を受けた玲奈ちゃんが発奮して12歳のピーターパンを掴みとって。
12歳で玲奈ちゃんのピーターパンを見て衝撃を受けたいっくんが発奮して21歳で最年少マリウスを掴みとって。
そしてその2人が再び出会って、お互い走り続けて。
同い年だからこその”戦友”としての「絆」を感じられた素晴らしい時間でした。

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『マリー・アントワネット』(11)

2019.1.13(Sun.) 13:00~16:00
 2階5列30番台(センターブロック)

2019.1.14(Mon.) 12:00~15:00
 3階7列30番台(センターブロック上手側)

2019.1.14(Mon.) 17:00~20:20
 1階6列40番台(上手側)

梅田芸術劇場メインホール

新演出版『マリー・アントワネット』ついに終演です。

去年の9月14日、新演出版MA2日目から始まった旅も、大楽1月15日の前日で幕を閉じました。
玲奈マリー、昆マルグリットで始まり、玲奈マリー、昆マルグリットで終わった新演出版MAとのmy旅路。名古屋・御園座以外の全劇場で拝見でき、進化を目の当たりにできたこと、本当に嬉しかったです。

今回、梅芸遠征は最初から想定していましたが、日程と旅程選択に多少迷いまして。日曜マチネが玲奈ちゃん楽というのが今までのパターンだったかと思うのですが、今回は玲奈ちゃん楽が祝日"ソワレ"。翌日が出勤なので帰りが夜行バスしか選べず、ツアーも組めなくなったので、割り切って行きも夜行バスにしての強行軍。

玲奈ちゃん2回見るのなら、花總さんも見ておきたいということで、マチネ+マチソワのMAのみツアーになりました。(後で考えたらFGOのソワレを見る選択肢もあったのですが、当日券が間に合わないと判断して回避しました。)

全期間通すと、玲奈マリーが16回、花總マリーが3回。

玲奈マリーを見続けると、それが玲奈マリーだけの個性なのか、演出プランなのかが分からなくなる瞬間が出てきて、その度に花總マリーを拝見して、自分の中で腑に落ちる…を繰り返しました。花總マリーは当初は博多と梅芸だけの予定でしたが、帝劇も拝見したので3回に。

最後のマチソワ、14日のマチネで花總さん、ソワレで玲奈ちゃんを見て印象的だったのが、2幕マリー・アントワネットの裁判のシーンでの印象の違い。

直角90度にまっすぐ前を見る玲奈マリーと、心なし下を向く花總マリー。
1幕の王妃としての姿が、花總マリーが直角90度、心なし下を向く玲奈マリーと好対照です。
そして、マリーが語った言葉、

「答える『価値』もない」

という言葉を聞いたときに、2人の違いに驚きました。

母としての居ずまいを全身に滾らせた玲奈マリーは、自らに浴びせかけられた言われもない罵声に対して、「全ての母親への冒涜」であり、「自分が王妃であるかどうかではなく、母親の一人として」、はっきりと「答える『価値』もない」と、自らの正当性を主張していて。

この場面、花總マリーだと、言葉こそ「答える『価値』もない」なのですが、

「答える『義務』もない」

という言葉を発されるかのように感じたのです。花總さんの纏う空気が。

というのも、マリーアントワネットの今までの作品の描かれ方からすると、ここは「義務」だと思うんです。王妃というプライドに生きた女性は、言われもない罵声に対して、反論する義務さえ感じない、むしろそういう描かれ方のマリーアントワネットを演じられてきた花總さんを拝見すると、自然に滲み出てきた感情のように思えたんです。

この物語の裁判のシーンはマリーアントワネットが「王妃」という「仮面」を剥がされた時。

”ただの女性”として民衆の前に引きずり出された時、

玲奈マリーは自身が「母」であることをよすがにして、
花總マリーは自身が「王妃として生きてきた人生」をよすがにしたように見えて

その違いと、またその違いをある意味許容した演出の懐の広さを感じもしました。

花總マリーと玲奈マリーは同じ役かというのが信じられないぐらい随所に違いがあって、それがこの作品の面白さにもつながっていて。
もう一つ印象的だったのは、危機に気づくタイミングと、スタンスの違い。

花總マリーは王妃という「存在」に自らの価値を置いているので、自らの危機に気づくのは、王が王権を剥奪されて平民となった時。コンシェルジュリーの監獄にルイが連れて行かれた時、初めて「自らが王妃でなくなること」を知って恐怖する。「憎しみの瞳」でマルグリットと対峙する時も、マルグリットが自らの運命を握っているなど考えもしない、絶対的な王妃としての自信に溢れている。だからこそ特にソニンちゃんマルグリットと組むと、余りに相手にもされないからソニンマルグリットの激高に拍車がかかるんですが(笑)。

王と引き離され、息子娘と取り残されて急激に老け込んだ彼女は、マルグリットに対してはっきりと罵声を浴びせますが、ここで初めて「マルグリットという『存在』」をそこに認めるように見えて。マリーアントワネットとして、「自分の周囲には王と使用人しかいない」というかのように生きてきた先にあった、「この女性こそが自分の命運を握っている」ことに、愕然とするしかないさま。だからこそ、マリーが「憎しみなどせぬよう」と言えるほどまでに、悟ることはできていなかったのではないかなと思えて、そこは花總マリーが「今までのマリーアントワネット像」を無意識に引きずっていた部分だったのではないか、とそう思えたりしました。

反面、玲奈マリーは王妃という「役割」に自らの価値を置いているので、自らの危機に気づくのは、首飾り事件でロアン大司教に無罪判決が出た時、つまりかなり早いタイミングなんですよね。14歳で異国から単身、政略結婚で「フランス」に嫁ぎ、「皇太子」を「フランス」に捧げ、「愛されるよう務めてきた」マリーにとって、「よそ者の王妃」とマルグリットに断じられることは何よりの屈辱であり、だからこそその言葉に激高し我を忘れ、オルレアンの策謀に足を掬われる。

王と引き離され、息子娘と取り残されて急激に老け込んだ彼女は、マルグリットに対して全くその存在を認めていない。マルグリットを責める時に、一切マルグリットを見ないんです。「憎しみの瞳」ではっきりとマルグリットを自らの脅威と認めて直接衝突していたときとは真逆で、「マルグリットがいたから自分がこうなったわけではない」ことを本能的に認めているかのような、悟りを感じて。

自らの境遇ゆえ、マルグリットを責めてはいるものの、自らが至らなかった、ある意味必然であるかのような悟りも見せながらも、自らの生きざま、そして王の生きざまのためにまっすぐと前を見つめる様がマリーにとっての生きた証だったのかと思います。

王妃という仮面があった故、愛する人・フェルセンと生きることも許されず、決められたレールの上を進むことしかできないマリー。義務に縛られ、自由もないマリーにとってみれば、自由という言葉の元に義務を全く果たしていないマルグリットは「恥知らず」な女性以外の何物でもない。だから、2人の対決である「憎しみの瞳」は、お互いが一理はあるものの、理と理がぶつかっても何も解決しないし、ましてや憎しみと憎しみがぶつかっても解決どころか事態を悪化させるだけ。

愛されることをずっと願ってきたマルグリットは、なのに愛された記憶がない。それなのに「あの女」は愛される。マリーを追い落とそうと考えているオルレアン公さえ、「(マリーを)嫌っているわけではない」と言う。マルグリットを人としてきちんと認めるフェルセンも、当たり前のことながらマリーは彼にとって唯一無二の存在であり、「マルグリットよりマリーを選ぶ」ことが自明であるから、マルグリットのみじめさを助長する存在にしかならない。

ならばと自らの憎しみをきわめてマリーを追い落とし、部屋係として潜入してみたら、そこにいたマリーは、夫や息子、娘への愛に溢れた女性。「仮面」を剥いだはずが、いざ「仮面」を剥がしてみたら、そこにいた憎しみの相手が、信じられないほどに愛情に溢れていて、マルグリットは自分が貫いてきた正義が何なのか分からなくなり、迷い始める。マリーの「仮面」を剥がしてマルグリットは自分の正義を失って、そこから自分の正義が何なのかを自分で見つけなければならないことを知るわけです。

マリーが「王妃」という「仮面」を奪われても、むしろ奪われたからこそ、人間として、女性として持つ本当の力で全身全霊で生きる姿。

玲奈マリー楽の14日ソワレはまさにその集大成。今まで演じてきた役で、ともすれば”綺麗に演じる”ことが多かった玲奈ちゃんではあまり見ることのなかった、感情が入って歌えなくなる寸前の渾身の生きざま。涙声で歌いながら「泣かないわ」の瞬間に涙を止めて、古川フェルセンに笑顔を向けて別れてた姿に圧倒されました。

そんなパッションの玲奈マリーに対して、エネルギッシュ全開の昆マルグリット。こちらも「majiで壊れる5秒前」の如くなギリギリの感情で、玲奈ちゃん同様、ともすれば”綺麗に演じる”ことが多かった昆ちゃんではあまり見ることのなかった、小さい身体全体でぶつかっていく姿は、頼りがいがある、素晴らしい女優魂でした。

玲奈マリーと昆マルグリットは声質が似ていることもあって、4ペアの中では一番シンクロ感が強いので、異母姉妹としての説得力も抜群。たぶん声だけ聞いたら舞踏会でマリーとマルグリットを間違える可能性が高い(笑)。マリーとマルグリットがお互い必要なことを理解しあっていながらも、分かり合えるタイミングを探している、そんなペア。

玲奈マリーとソニンマルグリットは役者的に一番近いと思われるペアで、年齢も一番近いだけあって、恐らく目指す高みを共有してたペアじゃないかと思う。マリーとマルグリットとして、馴れあわないことこそこの役に求められるものと思っていたように見えて、戦友感が最高。だからこそ、2人の「憎しみの瞳」は、絶対に油断を見せられない殺し合い一歩手前のようなスリルがたまらなかったです(笑)。4ペア中、唯一お互いを名前(呼び捨て)で呼び合うペアですね。

花總マリー3回のうち、昆マルグリットは博多座で1回、ソニンマルグリットは帝劇1回・梅芸1回。
花總さんの特徴はマルグリットが誰でも動じないところですよね。印象が全く変わらない。むしろマルグリットを歯牙にもかけないところにこそ真髄があるので、特に無視されるとより激高するソニンマルグリットとだと、ソニンちゃんのエンジンが空噴き直前まで回転数が上がる(笑)という感じでした。

そして、花總さんと玲奈ちゃん。
花總さんがマリーとしてまっすぐ立っていただき、そして、いつでも玲奈ちゃんを支えてくださり、そしてWキャストとして信じ続けてくださいましたこと、本当に感謝しています。花總さんの役者としての、人としての大きさに、玲奈ちゃんは沢山支えられたことと思います。玲奈ちゃんのファンとして、素晴らしい方と競演させていただけたことに、ただただ感謝です。

東京公演を以ってクリスティーヌの元に行ってしまわれた万里生くんのフェルセンにも、そして最後の日まで支えてくださった古川くんのフェルセンにも感謝の気持ちでいっぱいです。大楽のご挨拶で仰ったそうな「花總さんと笹本さんの大変さは想像もつかない。頼もしい背中を拝見して心強かった」というお言葉は、「褒め言葉ということでいいのよね」と王妃様にツッコまれそうですよね(笑)

本当は一緒にゴールテープを切りたかった原田優一くんにもたくさん優しさをいただきましたし、もちろんシュガーさんの癒し力は流石の一言。コワモテで敵役だったけど、誰よりも王妃様を気遣っていただいた吉原光夫さんにも大感謝です。

前楽となった1月14日ソワレは客席にカメラが入っていました。恐らくDVDの特典映像として使われることと思います。

玲奈ちゃんご挨拶
「本日はご観劇いただきありがとうございました。初演ではマルグリットを演じさせていただき、それからも『貧しい担当役者』(笑)となることが多かった私にとって、王妃の役をいただけたことは光栄でした。自身も母親として考えさせられることが多く、決して楽な毎日ではありませんでした。ですが、頼りになる、対しているだけで情景が浮かんでくるキャストの皆さまに支えていただき、今日まで務めることができました。そして日々いただくお客様からの拍手、笑顔に助けていただきました。本当にありがとうございました。マリーを演じた経験を活かして、明日からも強く生きていこうと思います(笑)」

昆ちゃんご挨拶
「本日はご観劇いただきありがとうございました。8月に稽古に入った時に、この役を1月までずっとやるのかと絶望したのですが(笑)、今日この日を迎えられました。キャストの皆さん、裏では本当に明るく優しい方ばかりで、沢山支えていただきました。またお客様からいただく応援でここまで来ることが出来ました。マルグリットという役は役者昆夏美にとって、今通るべき試練だったと感じています。この作品は明日の大千穐楽まで続きます。最後まで完走できますよう、皆さまの応援をよろしくお願いします」

全体的には玲奈ちゃんがいっぱいいっぱいなご挨拶で、ご自身も「いっぱい考えていたんですが全部飛んでしまいまして」と仰っていた分、この日は昆ちゃんが冷静にアシスト。「あれ言ってないよこれ言ってないよ」とジェスチャーでフォローする(吉原)光夫さんのツッコミを漏れなく拾い上げるのは流石「男7人分の価値がある」王妃の部屋係でございました(笑)。

そして、MA大千穐楽で、アンサンブルとして長年東宝ミュージカルを支えてこられた、杉山有大さんと真記子さんが役者業を卒業されることに。この作品でも重要なポジションに配役され、まさに余人に代えがたいお2方が卒業されることは残念至極ですが、ご自身の意志で向かわれる先に幸多きことを祈念申し上げます。

これにて『マリー・アントワネット』新演出版(2018-2019)は終演。
初演で持ち続けたもやもやを、12年経ってこれ以上ない形で回収できた至福を噛みしめ、またこの作品を見られる日が来ることを願ってやみません。

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『レベッカ』(4)

2019.1.6(Sun.) 13:00~16:00 大塚・涼風
 16列10番台(センターブロック下手側)

2019.1.6(Sun.) 18:00~21:00 桜井・保坂
 19列20番台(上手側)

2019.1.10(Thu.) 18:30~21:30 平野・保坂
 13列10番台(センターブロック中央)

シアタークリエ

「シアタークリエオープニングシリーズ」でシアタークリエで初演されてから10年、ついに『レベッカ』がシアタークリエに帰ってきました。そして、ちーちゃん(大塚千弘さん)の当たり役中の当たり役、「わたし」も10年ぶりにクリエに帰ってきました(2010年に帝劇で上演されているので、上演自体は8年ぶり)。

1月6日マチネがちーちゃん「わたし」の今回のクリエ初日。
シアター1010のプレビューからの地方公演を経てということで、すっかり「わたし」が板についたさま。

21歳設定の若妻を、全く不自然なく見せて、前半のおどおどした様から、一瞬にしてぐんと強くなる様への変貌が凄い。屋敷中が前妻・レベッカの影に怯え、レベッカの威光をあたかも嵩に来たかのような家政婦頭・ダンヴァース夫人の存在に怯えてきた中、愛するマキシムのために全身全霊で強くなった、ちーちゃんの「わたし」は、「レベッカ」が「影」なのに対してまばゆいばかりの「光」。

最初から「わたし」の人柄を見抜いていた、(石川)禅さん演じるフランクの「誠実さと信頼」が、禅さんの優しい歌声であればあるほど、「わたし」の人柄の素敵さ、屋敷での「光」を感じさせて、だからこそ1幕最後の衝撃は大きすぎて。

そこから2幕のマキシムの告白から、「わたし」が”私”を取り戻していく様を、「演じるように見せない」のがちーちゃんの「わたし」の素敵なところ。出すぎず引きすぎず、それを計算でしない様が、ちーちゃんと「わたし」がシンクロして、ここまで200回以上も愛され続けてきたことかと思います。

初演・再演はちーちゃんがシングルキャストとして「わたし」を務めてきましたが、今回はトリプルキャスト。(平野)綾ちゃんと、(桜井)玲香ちゃんの3人。ちーちゃんの「わたし」が好きすぎるだけに、他のキャストを見るのが怖い…とはならなくて、むしろ、ちーちゃんの「わたし」を信じるからこそ、他のキャストを見るからこそ分かる面があると思って、クリエ前半で一気に3人見ました。

3人の「わたし」を見るに、
ちーちゃん「わたし」:「優しいからこそ強くなれる」
綾ちゃん「わたし」:「強いからこそ優しくなれる」
玲香ちゃん「わたし」:「優しさと強さを同時に得ていく」
というように感じました。

ちーちゃんは初演からずっとそうですが、マキシムを思う気持ちに誠実で、生来の「優しさ」があるからこそ、マキシムを心から心配し、自分が助けになろうとして成長していく様が特徴で、それは3演の今回になってもぶれることなく。ちーちゃんは女性としてはもっと割り切ったサバサバした方ですが(爆)、ことさらこの役に関しては、理屈や技術を超越した、「わたし『そのもの』」であることを強く感じます。

綾ちゃんは今回、凄く期待していました。ちーちゃんとは真逆で、元々強い女性だったことを思わせる様が、さすがはクンツェ&リーヴァイ作品のタイトルロール経験者(『レディ・ベス』で帝劇主演)。

宝塚出身の方以外でそこに該当するのは、近年では綾ちゃんと(笹本)玲奈ちゃん(『マリー・アントワネット』)だけですからね(聖子さんは意外にも経験していない)。ダンヴァース夫人に対する戦闘モードの容赦なさが痺れます。置物に目もくれず、重力に任せて落とす様とか。それでいて、綾ちゃんのいいのは、不必要に強くないんです。「私の面子を潰した報いを受けてもらうわ」ではなくて、マキシムのために、屋敷から影を振り払うために、必要なことをしているだけ。そこにエゴを感じないバランスがとっても良い。恐らくは年齢的にちーちゃんも綾ちゃんも今回がラストだろうから、ちーちゃんにいい影響を及ぼしてくれる綾ちゃんの「わたし」が観られたことに感謝です。

玲香ちゃんは舞台経験はあって、赤坂ACTでやった『リボンの騎士』で生田さんの相手役をされてましたが、拝見する機会がなくて今回初見。

3人の中では若くて初演のちーちゃんのイメージと被る部分もちらほら。試行錯誤しながら作り上げる様は似たところもあって。彼女は乃木坂のキャプテンを務めていて、そちらでは頼られる側の立場かと思いますが、今回、彼女の「わたし」を拝見して思ったこととして、良いリーダーの素質って、「頼られることと、愛してもらうことのバランス」だと思うんですね。ただ堅いだけじゃ人は付いてこなくて、いい意味の「隙」がないと、周囲がなかなか盛り立ててくれないんですね。そこにキャプテンを務めるだけの素質とのシンクロも感じて。「愛されることが自然に成立する」ことは、「わたし」という役にぴったり合った適任な方に思いましたし、今後が楽しみな女優さんです。

・・・

クンツェ&リーヴァイ作品の特徴である「光」と「影」。

「影」に怯えるからこそ、「光」はより光り輝こうとするし、
「影」を理解するからこそ、「光」がより温かく輝くことができる。

「影」も「光」も苦しみを抱えるからこそ、
別の属性と交わることで、癒されることもある。

そんなことを感じた観劇でした。

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