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『ジャージーボーイズ』(3)

2018.9.7(Fri.) 19:00~22:05
シアタークリエ 19列10番台(センターブロック)
WHITEチーム

2年前、シアタークリエ初演の大楽。

本編のいたずらっぽさを引きずるようにあっきーが言い出した「また、見られるんです」という言葉から始まった再演発表、東宝さん命名の”狂喜乱舞の大熱狂”から769日目。シアタークリエにあの熱狂が戻ってきました(と、説明的に笑)。

初演はWHITEチームとREDチームでしたが、今回の再演はWHITEはメインメンバーは変わらず、REDは一部キャスト変更でBLUEチームになっており、この日はWHITEチームの初日。

キャスト変更がないWHITEチームということで、安定度に円熟味が加わり、より隙のない構成になった反面、演出的にはお遊びを随所に入れる余裕ができた感じで、福井さん演じるニックが「ニャンニャン」とかふざけて笑いを取ったり、全般的にメリハリがあった印象。アンサンブルさんも、警察官があり得ないほどのデフォルメした方言で笑いを取りに行ったりしてました。

若干のネタバレ入りますので、ご注意ください!



あっきーのフランキー・ヴァリは奇跡の歌声に更に磨きがかかり、自在にフランキーを泳ぐかような様が印象的。海宝氏のボブはクレバー一直線でただ者じゃない様を随所に漂わせます。2人が組むと特に福井氏演じるニックの疎外感もむべなるかなで、その上、自分をリーダーと思っていたい、中河内氏演じるトミーの焦燥感も手に取るように分かります。

フランキーにも悪気はないし、もちろんボブも悪気はない。ビジネスとして振る舞っているだけ。
でも、悪気がないからそれで許されるわけでもなく、むしろ悪気がないからこそ受け手にとってはやり場のない怒りや、実力に届かない自分のもどかしさに焦ったりするのかと思えて、その関係性が円熟のWHITEチームは流石の完成度でした。

フランキーに悪気がないと言えば、びびちゃん(綿引さやかさん)演じるメアリーに対しても、悪気があるわけでは全然なくて。フランキーにとって、初めて心を奪われたにも関わらず、初めて自分から心を遠ざけたのがメアリー。むしろ「関わらず」ではなくて「心を奪われたからこそ」だったのかもしれません。

メアリーは初演に比べて髪型が大幅に変わり、受ける印象がドラスティックに変わりました。移民ということでアメリカ社会に溶け込めない、”地に足が付いていない様”を派手目の髪型で見せて、それでいて単なる”タイプA”(←見たことがある人は分かります)でない様、をも見せているのが新鮮です。初演では、るんさん(遠藤瑠美子さん)と似た印象になることもありましたが、今回はかなりはっきりと違いが分かります。

心の安住の地を求めたフランキーとメアリーが辿りついたはずの交点は、いつしかずれ始めて、フランキーの成功とともに、メアリーは自分の存在が求められていないことを痛感させられ。
ヒット曲「シェリー」のテレビを眺めながら、やるせなく酒に溺れる様が、初演以上にリアルでした。

フランキーは「family」を求めたけれども、不器用な彼が求められた「family」は「Four Seasons」のただ一つ。それを手放したくなくて、それ以外の沢山の物を失わざるを得なかったんだろうなと。

出会った時のメアリーは、フランキーに対して、「ヴァリ」の名前の最後のスペルは「i」にすべき、と言うのですね。あなたは「自分」というものをしっかり持つべきだと。それが母音である「i」を選ぶべきことにつながる、と。
それでいてフランキーに別れを告げる時は「あなたの名前の最後は「y」よ」と叫ぶわけです。あなたには「自分」というものがないと。その叫びが、ただただ一方通行で、悲しく思えたのでした。

が、その後のフランキーが歌い始める「君の瞳に恋してる」は、再演では、直前のメアリーからの思いを受けているかのように「メアリーの瞳に恋してる」かのように歌詞が伝わってきて、泣けそうになるほど嬉しかったりしました。

メアリーが苦しんだ意味は、フランキーにきちんと伝わっていたんだなと。

再演で面白いのは、前回とさほど変わっていないシーンでさえ、受ける印象が変わったりすること。
これは演じる側も演出する側も年をとって、そして観客側も年をとっている故に、心惹かれるポイントが変わったりするのだなと改めて感じました。

そういえば、フランキーとメアリーの娘、フランシーヌはまりゑちゃんが演じていますが、実のところ、母役のびびちゃんより、娘役のまりゑちゃんの方が実年齢は1歳年上なんですよね。
舞台で姉妹や兄弟を演じる役者さんが年齢逆転することはたまにありますが、さすがに母娘で年齢逆転しているのは稀有な例。
2人が母娘として一緒に並ぶことは1シーンもないのですが、女優さんさすがですとしみじみ感じたのでした(爆)。

フランキーがメアリーの元から去った後、フランキーは小此木まりちゃん演じるロレインの元に行きますが、2段構造になった舞台の上方にメアリーが一人無口に佇み、下段ではフランキーにロレインが厳しい言葉を投げつける。あなたといても楽しくない、あなたには何もない、というかのように責める様は、メアリーがフランキーに本当は言いたかったことかも、とも思えて、何だか切なくもなるのでした。ここ、初演ではなかった演出ですよね。フランキーは結局誰にも心を開けなかったのかなぁと。

・・・

『ジャージーボーイズ』という作品は、ボーイズも、もちろんガールズも、悪人がどこにも出てこない(遊び人は結構いる笑)。けれども、みんな嫉妬や悪意と無縁ではいられない。有名になっても、いや有名になってこそ、人間は弱く脆いものなのだと思えて。それでいて、金貸しにだって五分の情けはあって、ボブのビジネスライクが際立つほどに、情に溢れた世界なのだなと。

殿堂入りはお金で得たものではなく、市井の人々の熱狂によって成し遂げられたもの、という言葉は、『ジャージーボーイズ』名言の一つにもなっている『観客役のみなさま』という言葉とも大きくリンクします。

初演千穐楽、びびちゃんがご挨拶で発された『観客役のみなさま』という言葉は、『ジャージーボーイズ』の舞台と客席を一体化する魔法の言葉として、再演でも、より輝きをもって受け止めることとなって。

ジャージーボーイズペンライト(売店で販売)をカーテンコール(カテコのみ発光可です)で揺り動かしながら、シアタークリエをライブハウスであるかのように熱狂する秋がやってきたことを喜びながら、再演での変化をまた楽しんでいきたいです。

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コメント

初日早々の記事、お疲れ様です。

昨日の初日、楽しかったですね。待ちに待った瞬間でした。
あっきーのトワングに磨きがかかり、演技に深みが増しただけでなく、すべてのキャストがレベルアップしているように感じました。

『ジャージー・ボーイズ(3)』とあったので、2年前の記事も楽しく拝読しました。「観客役」と言ってくださったのはびびちゃんだったのですね。彼女の優しさと聡明さがうかがわれるステキなエピソードですね。

「ジャージー・ボーイズ」のミュージカルには、大勢の人が魅了されることでしょう。今回、WHITEとBLUEとも1回ずつしかチケットを取れなかったことが悔やまれますが、「体調に気をつけて」長丁場を走ってほしいです。

投稿: Micky | 2018/09/08 21:18

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