« 『LIVE SPINNER』 | トップページ | 『東京ディズニーリゾート35周年 ”Happiest Celebration!” イン・コンサート』(1) »

『In This House』(3)

2018.4.11(Wed.) 19:30~21:00
2018.4.15(Sun.) 16:30~19:00
東京芸術劇場シアターイースト

水曜はE列10番台後半(センターブロック)
日曜はD列10番台後半(上手側)

「In This House」(勝手に略してITH)、4回目・5回目、そして日曜日が楽公演です。

カルチケは日曜日楽公演で全部が出終わって終了という素晴らしい結果に。

物語の中での伏線が随所に張られていて、複数回見ると「あ、なるほど!」と膝を打つことしきりですが、ただ謎解きをするという意味ではもったいない、というわけで謎解きをしながら物語の魅力に改めて迫ります。ひとまず終演しましたので、ネタバレ完全解禁です。ご注意ください。




●「出会う」の意味
ここでは、blog1回目の文章を再掲します。

『大人ペア、岸祐二さん演じるヘンリーと、入絵加奈子さん演じるルイーサの「いる」家へやってくる、若手ペア、綿引さやかさん演じるアニーと、法月康平さん演じるジョニー。

2組のペアが「出会う」ことで生まれる物語を描いた作品。』

blog1回目で書いたこの文章は、ネタバレ要素を極力防ぐために、かなりぼかした表現にしました。

ネタバレが最初に分かってしまうことは、観劇する側からしてもできるだけ避けたい要素で、拙blogではネタバレを必ず明言して書くようにしています。とはいえ、ネタバレなく作品の魅力をどう伝えるかは、素敵な作品ほど悩み困るので、とてもエネルギーを必要とするのが実際のところです。

話は戻りますが、「いる」と表現したのが実は裏を返すとネタバレで、「実体はいない」のですね。

少なくともルイーサはアニーとジョニーの「時」とは時を共有していない。
ヘンリーはルイーサとの心のすれ違いを埋めるためにかつて住んでいたこの家に来たけれど、おそらくルイーサは既に亡くなっているんですね。ヘンリーとルイーサの間に生まれた娘は、病気によって亡くなり、娘が亡くなって20年後まで「ヘンリーとルイーサの間には埋める言葉が見つからなかった」とルイーサが歌っています。そして現在でも心が離れていて、ヘンリーからの言葉をことごとくかわしていくルイーサを見ると、2人は「それ以来、心通じ合う機会がなく離れてしまった」ことが感じ取れます。

だから「出会う」と表現したのも、これまた裏を返すとネタバレで、「物理的に出会っていない」のですね。大人ペアと若者ペア。

でも、そのことをネタバレで表現すると、その固定観念を前提に見てしまう。それはこの作品の初見としてはよくないと思ったので、その辺は配慮した、という次第です。

●トリアージナースは火を起こせない
4回目に拝見したときにうっかり見逃していたこの言葉が、実は大きな意味を持っていることに気づきました。ジョニーがアニーの本質を理解していたことをはっきり表現している言葉。

戦場や災害地で命の消える瞬間と向かい合い、目の前の人すべてを助けられるとは限らないことを身をもって知っているアニー。アニーはなぜそこまで厳しい環境に身をおくのか、その使命を果たすことが自分の存在意義と思うほどにトリアージナースを務めているのか、それはあえてなのか言及されていませんが、私はあえて触れていないのだと思っています。

私見として書きますが、アニーは他人を助けるという方向で他人と向かい合うことで、自分と向かい合うことと避けてきたんじゃないかと感じています。自分が助けたいと思う人は世界中を見回せばどこにでもいる。自分が他人を助ければ、自分が生きている理由を感じていられる。

ジョニーがアニーについて言った「トリアージナースは火を起こせない」の言葉は、アニーの一番弱い部分を、さりげなく言及することにジョニーの鋭さと、優しさを同時に感じたんですね。

トリアージナースは目の前に起きていることに対処はできる。どうすればいいかを的確に判断し行動すればいい。体力的に精神的に厳しい場であっても「どうすればよいか」を考えることで対応が決まる。

つまり、トリアージナースは火は消せるけど、火は起こせない

blogの第2回で書いたテーマで、「なぜあんなしっかりしたアニーという女性がジョニーのような男性に惹かれたのか」と書いたのですが、一つの可能性として「アニーは自分ができない面をジョニーに見たから」と思っています。

アニーはジョニーの告白に対して立腹しますが、心落ち着いた後にジョニーに対して「どうすれば上手く生きていけるか、やっていけるかは分かっていない」と言っていて、それは自分の未来をジョニーと作っていくにあたっての道筋を、実はアニー自身が分かっていない、のではないかと思えてきます。

アニーがジョニーに対して「フェアじゃなかった」と言っている言葉も印象的でした。

嬉しかった言葉をかけてくれた相手に対して、自分が突かれたくなかった急所を突かれたからといって、傷つける言葉をかけていいわけじゃない、ということに聡明なアニーは当然に気づいた、ということなのかと。

自分ができていなかったことを気づかせてくれた人に対して怒るのはおかしい、と。大好きなジョニーとこの後のことを考えていきたかったのに、自分から動き出さないでおいて、先にジョニーが「自分の望まない方向で動いたから」といって怒るのはおかしい、わけですね。

ルイーサがいみじくも語った言葉。
『大好きな人に「こうしちゃいけない」と思うことは辛いことよ』

ルイーサにとっては、自分が娘を身ごもったことで、愛するヘンリーが野球をやめたことへの贖罪の気持ちだったでしょうし、アニーとジョニーのすれ違いは、昔の自分たちを見るようでいたままれなかっただろうなと。
ヘンリーは薄々過去の過ちに気づいていて、ルイーサは過去の過ちを振り返ることでさらに自分の生きた意味がなくなることに怯えている。

ヘンリーが言った
『なぜ俺たちはやり続けなかったんだ』
その言葉が胸に迫ります。

人と人が関わるとき、100%同じということはありえない。
言葉を交わし、思いを交わし続ける限り、アニーとジョニーの道は重なって、本当の『家』で生きていくことができるのかなと、思わされたのでした。

壁をいくら築いてもすべての危害を防げるわけではない。最後に必要なのは、どこまで心の壁なくお互いを分かり合えているかなのかなと、感じさせられました。

●アニーのバックボーンにあるもの
この作品で明確にされていないことの一つに、アニーのバックボーンがあります。
なぜアニーはトリアージナースとして世界を飛び回るのか。
子供を作ることに対して極端なほどの抵抗感を持つのか。

いくつかの想定はできるのですが、まずもって可能性が高いのが、「アニーは幸せには生きてきていない」という点。ジョニーに優しくされ「私は優しくされる資格のある人間ではない」と呟いていることから見ても、愛されることにも幸せになることにも慣れていないことが見えてきます。

トリアージナースとして命の終わる様に常に接している彼女にとって、「幸せが長く続く」ことは信じ続けても叶うとは限らないと分かっている。だからこそジョニーと長く過ごす「家族」よりも「ただ1日ジョニーと一緒にい続けられればいい」と思っている。危険を常に肌で感じている彼女にとっては、「失う」ことを極度に怖がっている。もちろん幸せになりたいと思っているけど、幸せが続くことは自分だけではどうにもならない、だから幸せになることを望まなければ、これ以上傷つかないでいられる…千穐楽のびびちゃんを拝見して、何となくそれを感じました。

そう考えると、アニーは「幸せを失った経験のある女性」ではないか、と想像しています。
例えば、両親を事故で一気に亡くしたような、感情が空虚になった過去を持っているように感じるんですね。そしてそんな「幸せを感じていない」過去をもつ女性って、私がびびちゃんを見始めてからは一度も拝見したことがなくて。何となくですが、自身の過去にないものを求められたからこそ、今回、ここまで試行錯誤され、仕上げるまでに数多の苦心があったのではと想像しています。

しかるに、千穐楽のびびちゃんアニーは間違いなく公演中最高で、アニーの感情を余すことなく伝えようとする使命感に溢れていて。はっきりと力強くなった相手役の法月くんジョニーとの真剣な感情のぶつかり合いも凄くて。公演前半では岸さん・入絵さんの大人ペアが強いきらいも感じましたが、この日は若手ペアの進境著しくて、若手ペアのエネルギーに大人ペアの思いも動かされたように感じて素晴らしかったです。

●タイトルの「最後の夜、最初の朝」について

2人の気持ちが通じあっていない夜は、今日が最後
2人の気持ちが通じあった朝は、今日が最初

それこそが、4人が出会ったことで見つけた、心の宝物だったのかと思います。
その心が客席に伝わってきたからこそ、暖かいものが客席に残ったのだと感じました。

●千穐楽の景色
4日に初日を迎えたこの公演、15日が千穐楽。18公演あったこの作品ですが、正直、集客面では苦戦した面が多く、学生向け無料チケット”カルチケ”も回によっては用意しても全く出ない(引き取り手がいない)公演もあったように聞いています。

ところが千穐楽は客席ほぼびっしり。客席からの「千穐楽を見届ける」空気の真剣さが伝わる中、舞台上でもまさにその期待に応える以上の風景が繰り広げられ。何度も繰り返されたカーテンコールの後半ではびびちゃんがうるっとくる中、会場中のスタオベと一緒に拍手を贈ることができたのが何より幸せでした。

定位置が上手側端だったびびちゃんを、カーテンコール後半でセンター方向に寄せてくれた岸さんに深く感謝。

音源化や再演、願っています。

|

« 『LIVE SPINNER』 | トップページ | 『東京ディズニーリゾート35周年 ”Happiest Celebration!” イン・コンサート』(1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74093/66615629

この記事へのトラックバック一覧です: 『In This House』(3):

« 『LIVE SPINNER』 | トップページ | 『東京ディズニーリゾート35周年 ”Happiest Celebration!” イン・コンサート』(1) »