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2018年3月

『東京ミュージカルフェスタ2018』

2018.3.25(Sun.) 18:30~20:50
東京建物八重洲ホール

一昨年からイベントが始まった『東京ミュージカルフェスタ』。今年が3年目です。
俳優の角川裕明さんが発起人で、おけぴの代表さんとお知り合いだった縁で立ち上げられ、「3月26日をミュージカルの日に」と勝手に(角川さん談)設定して始まったイベントの一環のトークショーに行ってきました。

このイベントは発売即完売で、私は福岡遠征の飛行機の機上で、ANAは無料Wifiがまだなかった(4月から開始)ので参戦できず、飛行機を降りたら既に完売…だったわけですが、この日、ご縁をいただき急遽行ってきました。無茶苦茶内容の濃いイベントで、譲っていただいた方に感謝です。

会冒頭、角川さんから趣旨説明があった後、進行はライターの松島まり乃さんにバトンタッチ。All Aboutでコラムを書かれている方ですね。初めて拝見しましたが、巧みな進行・構成は流石でした。

この日は、前半部が『In This House』、中盤部が『お月さまへようこそ』、後半部が2チーム混成のトークショーという展開でしたが、前半で盛り上がりまくって時間が伸び、中盤で少し抑えたものの、後半で再び深く熱く盛り上がった結果、当初より40分延長(爆)という長大イベントになりました。

◆第1部/『In This House』チーム
メンバーは出演者4人、ということで下手側から綿引さん、岸さん、入絵さん、法月さんという並び。

-作品の初見の印象は、の問いに
岸さん「作品に社会的な空気を感じた。味わい深い印象。」

入絵さん「今の自分の気持ちにリンクする、90分間の人間ドラマという感じ。」

綿引さん「映画のように1シーンごとに絵が浮かぶ。自分自身の今の年齢ともリンクする。」

法月さん「初見では作品の意味が分からなかった(笑)」

法くんのその答えに岸さんがすかさずフォローされていましたが、そんな岸さんに「優しい。」ってボソッと呟くびびちゃん、そしてそこに気づく入絵さんという、黄金のトライアングルが(爆)。

-プロデューサーさん登壇され、この作品をやろうとした経緯について。
「ミュージカルぽくない、音楽と物語が半々というところが興味深かった」
「小劇場で手触り感のあるものを作品コンセプトで選んでいる」
通し2回目をされたところを拝見して涙したと。
「毎回見るごとに印象が違う」という言葉を受けて、岸さんが「1度と言わず2度3度」と継ぐ(笑)

-自分自身の役柄について
岸さん「60代で農場経営をしている。素朴で優しい人。(松島さんから「年齢高くないですか?」と問われ)意外に自分は上の年齢もやってますよ、70代とか白髪の役もやってるので、自分では幅が広いと思ってます(笑)」

入絵さん「専業主婦ですが、過去の出来事に悲しみを抱えている女性。演出の板垣さんからは『過去の自分を晒してほしい』と言われていて、そこをどう取り組んでいくかが課題」

綿引さん「野戦病院のトリアージナースとして働いていて、家族への憧れを持っている女性。恋人のジョニーとの関係が、ヘンリー(岸さん)とルイサ(入絵さん)と出会うことで、今まで見えなくなっていたところも確認して、ジョニーと改めて向き合おうとする感じです」

法月さん「自身は警察官でまっすぐな青年ですが、まっすぐだけでは生きていけないということをアニー(綿引さん)との関係も含めて感じている。それは自分自身が役者としてやっていくための課題を与えられていることとリンクしている感じがするので頑張りたい」

-現在の役柄との向き合い方について
法月さん「役と向き合うにあたって知らないことが多すぎると痛感している。自分の前にある壁を1枚破りたい。(入絵さんから「1枚なの?」と問われ)、2枚・3枚と!(笑)」

綿引さん「今まで演じてきた作品・役の中で一番、壁にぶちあたっている状態。それは『本物』をお届けするためのプロセスと思っていて、今までの人生と向き合うことでお客様に何かが届くと思っています」

入絵さん「演出の板垣さんが仰っていますが『お客様は劇場に自分の物語を見つけに来ている』と。それに全く同感で、私たちの物語の中に皆さまの物語を見つけていただけるよう頑張りたい」

岸さん「ミュージカルらしさを削ぎ落としている状態。芝居としてどう伝えられるか、役者としても課題だと考えている」

-補足として、主催のconceptさんの取り組みについて2つ、触れられていました。
1つが聴覚に障がいを持たれている方への支援、もう1つが学生向け無料観劇システム「カルチケ」。今はconceptさんのツイートやFaceBookに「いいね」や「RT」があったら100に対して1チケット(昨日時点で28枚)。会場でも、チケットの一部の代金を募る形で取り組まれるとのことでした。

歌の御披露は2曲。現在HPでも公開されていますが、びびちゃん&法くんの『ダマート家の夜』と岸さん&入絵さんの『時は往く』。どちらも素敵でした。

◆第2部/『お月さまへようこそ』チーム
メンバーは主宰の吉原さんと、西川さん。

こちらは4月にシブゲキで公演される響人の作品。

今回の作品選びは3作品を吉原さんが選び、あとは出演者が選んだとのことで、吉原さん曰く「宮澤エマがこれダメ、と言って落としたんだよ」と冗談20%(笑)ぐらいで言ってました

松島さんから吉原さんへ、「響人というユニットの位置づけは」という質問がされていて、「商業的なところだと、どうしても背負っているバックボーンや責任というものから鎧を被らざるを得ないときもあるけれど、響人だとそういうものなしに自然にやれる、という面はある」と仰っていたのが印象的でしたが、それに応えて西川さんが「そう思って鎧脱いでたら光夫さんからグサッとやられたりしますけどね(笑)」とまぜっかえすあたりが流石です(笑)。

吉原さんへ西川さんの役者としての評価を問われて曰く「いい役者なのに、なんで●れないのかな。生まれてきたの早かったんじゃない?(笑)」とか相変わらず某演劇黙示録的(爆)

吉原さんから西川さんへ、西川さんから吉原さんへ、お互いの信頼を感じられる忌憚なさすぎる掛け合いに会場からたっぷり笑いが起きていたのが印象的でした。

西川さんのソロ曲、むちゃくちゃ素敵でしたー!

◆第3部/「海外ミュージカルの醍醐味」対談コーナー

一応、最初は「醍醐味」がテーマだったはずなのですが、吉原さんがいらしてそうなるはずはなく(笑)、主に「海外ミュージカルを日本でやる時の現実と課題」という方向性にシフトしました。

やはり「英語で歌うために書かれている歌を日本語で歌うのは無理がある」というお話はされていて、そもそも言語として日本語は細かく単語が切られていないので、英語のように「単語で強弱付ける」ことが難しい、と。

英語と日本語では文章の順番が逆だったりもするわけなので、日本語に訳すると先にネタバレしてから(笑)説明するといったことにもなりかねない。で、実際海外からの音楽担当の方が来られると英語の楽譜と日本語から英語に訳した楽譜の2通りあるので、その度に説明が必要になる、といった話も印象的でした。

海外カンパニーだと最近は演出と演出補の方と2人で担当されるケースもあって、当然その2人の見解が違うという事態も起きるので、本当はそれに対して日本キャストやスタッフから何かを言えれば望ましいは望ましいけど、必ずしもそれができるわけじゃない。ジョン・ケアードさんは最初にワークショップをしてくれるので作品についても学べるし、意見も聞いてくれるけどそういう方ばかりじゃなくて、という悩みも仰っていました。

この中では一番以前から海外ミュージカルに出演されているのは実は入絵さん(1992年『ミス・サイゴン』キム役)ですが、「その時は海外の演出の方は雲の上の存在で、何か申し上げるなんてできるはずもなく、言われたことをやるだけで精いっぱいだった」と仰っていて「その当時はミュージカルの作品数も少なかった」と仰っていて、それを受けて吉原さんが、「それからすると今からこれほどまでにミュージカルの作品が増えて、以前よりも日本側から何かを話せる機会は増えているのでは」、と仰っていたのが印象的でした。

そこから話は当然の如く「だからこそ日本オリジナルミュージカルをという話になるけれど」になってましたが、この辺になってくるともはやシンポジウムの雰囲気を帯びつつ(爆)、「お客様が日本オリジナルミュージカルの誕生を願って、そして応援してくれることが一番大事」と締められていた吉原さんの発言は流石だと思いました。

その上で、「海外ミュージカルを日本でやる大変さはありはするけれども、そのハードルを一つ一つ乗り越えるエネルギーは日本の役者やスタッフを育ててると思うし、そのエネルギーをもつことは大事なことだと思う」と仰っていた吉原さんの言葉も素敵で。

その最終的な着地点はこの『東京ミュージカルフェスタ2018』で盛り上げようとしている方向性とちょうど合っていて。2.5次元ミュージカルも含めて、日本らしいミュージカルとしてどう発信していくかを考えていくべきという議論はとても興味深かったです。

今回、吉原さんと法月くんはお初だったそうですが、吉原さんは法月氏に前から興味があったらしく、かなり激しく弄られておりました(爆)が、結構、当意即妙な返しをしてあの吉原さんを感心させていました。

法月くんは結構天然な返しをするんですが(光夫さんに振られて「難しい話は分かりませんが、難しい話をできるようになりたいです!」って返しで会場の爆笑をさらっていた)、とにかく「吸収できるものすべてを吸収したい」欲が凄く見えて、この日拝見できてとても好印象でした。

◆おまけ
第3部は話があっちゃこっちゃに飛んだので、その途中のエピソードで興味深かったところを抜粋で。

-今まで自分にとって一番「遠かった」役は。
綿引さん「『リトルマーメイド』ですね。初めて四季さんに出させていただいたこともあり、自分が全然できないことを痛感させられたし、泳ぎとかの演技も初めて教えていただいたので、それがずっと頭にあって、稽古場からの帰り、あざみ野のローソンで泳ぎの演技しながら曲がっちゃいました(実演付きで会場爆笑)

入絵さん「『ナースエンジェルりりかSOS』ですね。以前、(『りぼんミュージカル』の)『姫ちゃんのリボン』『赤ずきんチャチャ』と毎年博品館でやらせていただきましたが、自分にはすごく難しかった」

法月くん「2.5次元だと遠くても作りやすくて、むしろ今やらせていただいている作品の方が難しいです。去年から芝居をたて続けに(『Second Of Life』『Before After』)やらせていただいて、普通に生きていたら演じられるはずのものが難しいということを実感しています」

-意外な2人の共通点が判明。
入絵さんとびびちゃん、何と福岡の同じ幼稚園の出身。
で、びびちゃんの幼稚園の先生は、入絵さんの同級生なのだそうです。
入絵さん、「いくつ年齢違うって話ですよね」とボヤいていました(爆)。

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『A Class Act』(2)

2018.3.24(Sat.) 13:00~15:25
東京芸術劇場シアターウェスト
J列10番台(上手側)

2018.3.25(Sun.) 13:00~15:25
東京芸術劇場シアターウェスト
H列10番台(センターブロック)

あっという間にこの日が千穐楽公演。
千穐楽にしては笑い声も拍手も控え目で、ちょっと意外です。

千穐楽ということですし、AKA Companyさんは再演は今までされたことがないので、恐らくは再演はないのだろうなと思い、多少のネタバレ込みで参ります。

3回目の観劇ということで、気づいていなかったところがそこここに見えたり。

大のメッツファンだったエドが、ワールドシリーズのスタンドでホームランボールを取れずに、ボビーが取った。そのボールをこの作品のシーンのラストでエドに渡す。そこにエドが「勇気」を出したように思えてじんわり来ました。

エドの思い出を振り返る時にボビーが出してきた写真のネクタイは、実はルーシーがプレゼントしたものだったけど、そのネクタイを「センス悪い」と断言するフェリシア。穏健派に見えるルーシー(さやかさん)も、フェリシア(秋さん)とは実は馬が合わないというのが見ていると興味深いです。だいたいルーシーが引いてましたが。

ルーシーとソフィー(やんさん)の絡みで興味深かったのが、ラストの手紙をルーシー(さやかさん)が読んでいて、実は最後の1枚だけ、ソフィー宛のパートだけをソフィーに渡すんですね。考えてみれば当たり前の話なのですが、そこに慈母的ポジションでありながら、そこにルーシーの女性らしさも感じたり。初見から段々にその辺に黒いエッセンスを入れてきているあたりが、さやかさんらしいと言いますか(爆)、「結局エドが心を開いたのはソフィーだけだった」という言葉を吐き出すルーシーの気持ちを考えると、胸に迫るものがあります。

この作品は最初のパートはBMIワークショップのメンバーがエドを取り巻く形で始まり、最後のパートはそこにソフィーが加わってエドを取り巻く形で終わります。実際にはエドの心にソフィーがいて、皆の心にエドがいて、ルーシーがソフィーを迎え入れるからこそ、エドにとって大切な人がみんな集まってエドのことを思えるラストが実現しています。

エド以外の登場人物の中で、ただ一人「音楽・歌」の外にいたと思えたソフィーでさえ、実はエドの「音楽・歌」のファンであり応援者であり、「音楽・歌」と切り離せないエドの人生にとって、ソフィーはかけがえのない仲間であった、と思えて。ソフィーも「内側」つまり「こちら側」の人だったことに安堵します。
ソフィーにとっては自分がずっと近くにいない『愛』を選び、ルーシーは自分がずっと近くにいる『愛』を選んだのかと思えました。

キャラクター的には、やんさんのソフィーはコンスタンツェ的で、さやかさんのルーシーはナンネール的な面を感じたかも。もちろん石井くんのエドはモーツァルト的な立ち位置で。

完璧を目指しすぎたために行く先を見失い、自分で自分の成功への道を閉ざしてしまったエドは幸せだったのかどうか。

いみじくもこの日、エドを演じた石井一彰くんが、ご挨拶で言及されていました。

「エドは成功したわけじゃなかったかもしれないけど、皆がエドの人生を物語にしようと思ってくれて動いてくれて、それは勝ち組だったんじゃないかと。人は一人では生きられなくて、周囲のみんながいてくれるからこそ生きられる。そんな思いを皆さまが感じていただければ嬉しいです」

そんな素敵な挨拶に、なぜだか、さほどの拍手が起こらない中、
「まばらな拍手ありがとうございます」で舞台上&客席内からの大爆笑を誘っていた石井氏、なかなかやりよります(笑)

今回の作品、AKA Companyの1作目『tick tick..BooM!』と同じく、「作り手の思い」にスポットライトをあてた作品で、とっても『らしい』作品だと思ったのですが、一つ気になったことと言えば、今回、実は会場でのこの作品に関するパンフレットも、観劇フライヤーも存在しないんですね。そこは非常に残念に思いました。

今回の作品はとりわけ「劇場に来てくれたお客様、劇場に立つみんなの力で、歌が物語を作り、歌が心を伝える」というメッセージだったかと思うのにかかわらず、舞台が終わってからの「After The Stage」を振り返るものが何もないんです。開演前、お知り合いからこの作品の元敷きでもある『コーラスライン』の四季版のパンフレットを拝見させていただく機会をいただいたんですが、舞台を拝見していなくてもその時の空気感が伝わってくるんです(若き市村さん、祐一郎さん、芥川さん・・・)。そう思うと、今回、心に温かいものが宿った素敵な作品ではあるものの、例えばペーパー1枚でもいいので、見に来た人だけが分かる、その作品を思い出すよすがが、一つでも欲しいと痛切に思った次第でした。

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『A Class Act』(1)

2018.3.23(Fri.) 19:00~21:30
東京芸術劇場シアターウェスト
D列1桁番台(下手側)

AKA Companyプロデュース作品第3弾。

昨日が初日で、この日は2日目。
前日は終業がいつもより1時間以上遅い18時30分だったため、泣く泣く初日を手放したにもかかわらず、この日も業者さんとの打ち合わせが長引いて職場を出たのが18時30分。なんだ、それなら初日を見ても良かったです(苦笑)。

片島亜希子さん主宰のAKA Companyさん、3回連続岡村さやかさんご出演ということで、3作とも拝見しているわけですが、1作目の『tick...tick...Boom!』が『RENT』のジョナサン・ラーソンの自伝といったところともリンクするかのように、今回3作目も『コーラスライン』の作者、エドの自伝的作品です。

1作目は目白の風姿花伝でしたが、2作目(『She Loves Me』)に引き続き、劇場は池袋の東京芸術劇場地下1階のシアターウェストです。片島さんの演出作品としてはちょうどいいサイズな気がします。小劇場過ぎず、大劇場過ぎずという感じで。

ネタバレありですので、気にされる方は回れ右で!



主演とWヒロインがいずれも東宝ミュージカルアカデミー(TMA)1期という、同期生がメインを占めるカンパニー。

主演のエドを務めるのは石井一彰さん。由美子さんが東宝芸能当時に朗読劇で共演したのを拝見して以来なので、もう10年近くぶりですが、生真面目で不器用で、それでいてモテモテ(※死語)な役回り。エドの死後、ミュージカルスクールで一緒だった仲間が、エドを振り返るという物語の構成ですが、「みんなエドのことを大好きだったんだね。」というのが分かる人柄。『コーラスライン』で成功したものの、その後の半生は、実のところ陽のあたらない日々。成功という重さに耐えられなかった様を丁寧に、時に激しく演じ切っていました。

エドの恋人、メインヒロイン的な役回りなソフィーを務めるのは池谷祐子さん。真っ直ぐ立つ様がとても凛々しく、やんさんの役者さんとしての魅力にぴったり。衣装も初夏を思わせる爽やかな衣装ばかりだったのが印象的。それでいて言うべきことは言うところもアグレッシブで素敵です。何というか、「手より口が先に出る」感じが(笑)。あ、衣装では研究職ということで白衣が新鮮でした。

エドを支え続けた女性、もう一人のヒロイン的な役回りなルーシーを務めるのは岡村さやかさん。エドをどんな場面でも信じ、見守り支え続ける役回りは、さやかさんの役者さんの魅力ど真ん中。やんさんと逆に、自分からは言い出さない奥ゆかしさが印象的。こちらは、「口より先に(差し伸べる)手が出る」感じで(笑)。ソロで歌う『Broadway Bugi-Ugi』がカッコよかった!地味目な役どころで、スクール内でもアンサンブルの後ろの後ろ的なポジションだったので、さすが決めどころがあって嬉しかったです。

この2人のヒロインのエドに対する様が好対照で強く印象に残りました。お2人とも好きな女優さんだからというのもありますが、2人のヒロインの違いは、ソフィーは「真実から目を背けなかった女性」で、ルーシーは「現実から目を背けなかった女性」なんですね。どちらも強いけれど、強さが違う。その上、どちらもエドには必要で、どちらも時にエドには負担な存在でもあったのかと。

ソフィーはエドに対して、耳に痛いことだろうが何だろうが直言する。恋人という関係が崩れかけようと、ソフィーにとっての大好きな音楽の作り手であるエドに対する、それがソフィーができる関わり方。
反面、追い詰められて行く先がなくなった時でも、ただエドを支え続け、エドが苦しむ様から逃げようとしなかったのがルーシー。
そんなルーシーに向けられたエドの言葉は感動的で、ルーシーの献身が報われたであろうことにもただただ涙でしたが、ラストシーンで、ルーシーとソフィーは”互いに”エドにとって大切だったことを称えあうようにエドに向き合うのがもう感動で。

それは、やんさんとさやかさんというお2人だからというのもあるのだと思いますが、女優としての持ち味が違う上に、それが役柄としての持ち味の違いとも絶妙にリンクしている。ソフィーがエドを支えた部分は、ルーシーにはできないものだし、ルーシーがエドを支えた部分は、ソフィーにはできないもの。

だからこそソフィーがその場に現れたときに、ルーシーは率先してソフィーを迎え入れ、仲間たちとともにみんなでエドへの思いを共有することができた、というラストシーンがより感動的なものになったのかと思います。

1幕は比較的ゆっくり目の進行でしたが、2幕に入ってからの心揺さぶる展開、そしてこの音楽がこう生まれたのか!と思わせる展開は『コーラスライン』未見の自分でも(←若干爆弾発言)、湧き上がる感情を抑えられなくて。

『物事を作る』ことの躍動感を体感できる素敵な作品でした。
他キャストも、指導官役が絶妙に嵌っている中井智彦さん、史上最高レベルに遊び人風から、やり手の演出家まで幅広く活躍する染谷洸太さんも流石でした。

始まればあっという間に終わってしまうこの公演、上演は25日(日)までです。是非に。

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『ジキル&ハイド』(8)

2018.3.17(Sat.) 18:30~21:25
2階13列20番台(センターブロック)

2018.3.18(Sun.) 13:30~16:35
2階10列(最前列)30番台(上手側)

東京国際フォーラムホールC

東京千穐楽、終わってしまいました。
今年のジキハイはこの後、名古屋・大阪公演と続きますが、私的には日程等々の都合があり、この日がmy楽です。

前日の東京前楽はリピーターチケットでの追加回で、当日の幕間に引き換えた特典写真の玲奈ルーシーは今回提供された写真中、史上最強の色気に改めて衝撃。

東京前楽・楽と、1幕最初の『嘘の仮面』でマイクトラブル多発。特に、新聞売りの(麻田)キョウヤさんのシーンは2回とも音響さんマイク入れ損ねで大変残念。聞いたら他の日もキョウヤさんのパートはマイク入りが良くないことが多いらしく、素人じゃないんだから…と残念な気持ちです。

2階最前列は普通に座るとオケは見えず、ぎりぎり舞台際が見える状態。先だって3階最前列(2列、A席)にも座りましたが、そちらは舞台際が見切れる状態だったので、これがS席とA席の差なのかとちょっとだけ納得(笑)しましたが、後列の方が見えにくくなっていないか心配になってしまったりするので、精神衛生上&体勢上なかなか辛いものがあります。

本編の話に入りますが、病院の理事会、ジキルが言及する「遊びじゃない」という言葉が、この日は印象に残って。いやいや、遊びじゃないから問題なんですが(爆)、ジキルは「科学の発展」に対して露程の疑いもない、ピュアな人物。自分がどれだけ危険なことを言っているかについて無頓着。普通の図式で言えば、病院の理事会という「守旧派」は、権力であり悪である、ということになると思うのですが、ここでの理事会メンバーの判断はかなりのレベルで全うであるということが、興味深いです。

というのが、ハイドが病院の理事会を1人ずつ亡き者にしていきますが、この正当性はどこにあるのかと。
普通、「ヒーロー」であるならば、滅ぼす相手こそが悪であり、ヒーローが善でなければ成立しない。最近のヒーローものは必ずしもそれが成立しなくて、「善と悪をそこまで簡単に判断できるのか」というのが主流ですが、それを横に置いておくとしても、実のところ『ジキル&ハイド』のハイドの行為は、「科学の進化を妨害する悪を成敗する」というよりも、「ジキルが自らの意思を通せなかったことへの私恨」だったりするんですよね。

ジキル博士の踏み出そうとしている領域が、科学でなく哲学の領域であり(@ダンヴァース卿)、神を冒涜する行為(@大司教)であればこそ、ジキルが神に対して貴方の下僕と語ったところで、最後は神からの庇護を受けられない、愛するエマに対して見せたくない部分を見せてしまう…そう考えると、この作品って意外なことにヒーロー物じゃないんだな、と思えたりします。

そんなジキル&ハイドを取り巻く2人の女性、エマとルーシーは今回、2人ともが新役。
石丸さんシリーズ(2012年・2016年)ではエマだった笹本玲奈さんが今回ルーシーに役替わりし、エマには宮澤エマちゃんが入られたわけですが、回を増すごとに元々2人ともこの役だったんじゃないかと思うほどに嵌っていき、実に新鮮に拝見できました。

エマ役は当初どうしても玲奈ちゃんの面影を感じずにはいられませんでしたが、玲奈エマとエマエマの違いと言えば、玲奈エマは「生粋のお嬢様で、芯の強い女性」、エマエマは「最近飛ぶ鳥を落とす勢いの家のお嬢様で、気の強い女性」という違いでしょうか。設定上はダンヴァース家は旧家ではなく、一代限りの貴族という設定のようなので、エマエマの方が本来の設定に近いのでしょうね。

今回、御父上も今井清隆さんから福井貴一さんに変わり、社交界のポジションの違いを感じます。というのも、エマちゃんのエマは社交界に上手く溶け込んでいない(溶け込めていない)感じで、「能力と社交性は両立しないんですよ」とまりおアターソンがヘンリーに対して言ったときに、福井パパがエマエマを見て「そうだよなぁ…」って呟いていて、エマエマが不本意そうに俯くのが毎回ツボでして(笑)。

ヴィーコンズフィールド侯爵夫人がヘンリーを腐したときに、強い皮肉を返したときに、親エマ派の御婦人方(真記子さんと森実さんでしょうか)が「エマ凄いわよねぇ」って感じで返してましたが、そういう方は少数派。ここのシーン、玲奈エマで見たときにはそこまで孤立している感じはしなくて、社交界で結構上手いこと上品に振る舞っていた記憶があるので、たぶん今回の役どころの変更点でもあったのかと思います。

「エマ少しは聞きなさい」って福井パパがエマエマに言ってますが、まぁ本当にいつも聞かないんだろうな(笑)と思わせる役どころで、玲奈エマは同じことを言われても「え、そんなに頑ななの?」って印象が残ってます。

最後のシーンの印象もかなり違って、ジョンがした行為に対する反応がずいぶん違う。

玲奈エマの時は、ジョンに対してこれでもかというぐらいに鋭く憎しみの表情で睨み付けた後(『どうしてこの人を○したの!』って感じ)、他の人たちに対しては正直無関心でしかなかった記憶があるのに対して、エマエマはジョンに対して哀しみの感情(『仕方なかったかもしれないわね』って感じ)を見せたのに対して、他の人たちに対してはこれでもかという憎悪を向けていたんですね。(『あなたたちがヘンリーを追い詰めたのよ』と。)

玲奈エマは理性のエマだったけど、最後の最後で感情を露わにしていたからこそ、「エマは最愛の人も、最高の友人も同時に亡くした」という印象が強く、誰も信じられなくなった玲奈エマは出家して修道院に行きそうなイメージ
エマエマは感情のエマだったけど、最後の最後で理性で判断した感じ。ジョンの行為にも納得した上で、第二のヘンリーを出さないためにエマエマは一念発起して政治家になりそうなイメージがあります(爆)。

どっちも面白く、どっちも興味深い、キャラクターが違ったエマが見られたのも今回の醍醐味。

玲奈ちゃんファンとしては、エマちゃんがちゃんとエマとして存在してくれたからこそ、玲奈ちゃんがルーシーに100%以上全力投球できたと実感していて。エマちゃんはクレバーなだけに、考えすぎる印象があって、特に今回前任の玲奈ちゃんが目の前にいることでとてつもないプレッシャーがあったかと思いますが、玲奈ちゃんも上手いことエマちゃんがやりやすいように振る舞って(『エマのときのことはすっかり忘れました。そういう性格で良かったです』とまで言ってたのが、ある意味凄い笑)とってもいい関係性になりましたよね。東京楽のカーテンコールでエマちゃんから玲奈ちゃんの首筋にキスしに行ったのは、エマちゃんから玲奈ちゃんへの最大の感謝の気持ちを拝見できたようで、嬉しかったです。

そして、エマちゃんにエマをお任せして、玲奈ちゃんが挑んだのが、前回まで濱めぐさんだったルーシー。
めぐさんのルーシーはパワフルで圧倒的な存在感で、玲奈ちゃんはキャラが違うから同じ道は歩めないと心配をしていましたが、出産後わずか4カ月でこの完成度。めぐさんのルーシーと全く違う姿を見せてもらえたことにただただ感激。

振り返れば、めぐさんのルーシーは「魔力」のルーシー。圧倒的なオーラで男を引き寄せる感じなのに対して、玲奈ちゃんのルーシーは「魅力」のルーシー。ピュアな空気感で男を引き寄せる感じ。お2人の役者としてのポジションも反映していますよね。めぐさんは「女王」で、玲奈ちゃんは「お姫さま」。
めぐさんルーシーはアグレッシブで、どん底から自分で這い上がれるようなパワフルさがあったけど、玲奈ちゃんはどん底でジキルと出会って、ささやかな夢を持つ、そんな少女な感じがルーシーをよりピュアに見せていました。

どん底で夢も持たずに生きてきて、何の出口もない日々に突然現れた出会いに救われるルーシー。
その中でもとりわけ「愛を知らない、恥ずかしい、恥晒し」という歌詞が胸に深く刺さりました。

愛を知らない自分は、社会の中で生きていく場所もない、そう自分自身を蔑まずにいられない。
文字も読めて、恐らくは元々は良家で育ったであろう少女が、若くして身をおとして夢も希望も持たずにいた少女が、ヘンリーと出会って、「恋をしていい、夢を持っていい」と思い歌う『あんなひとが』を見ていると、今までの玲奈ちゃんの歩みとシンクロしてきて、なんだか泣けちゃうほどに嬉しい。七瀬りりこちゃんが抱えてる乳飲み子を愛おし気に見つめる様も、今の玲奈ちゃんで見るとただのシーンに全く思えないミラクル。

『新しい生活』もどんどんピュアになってきて、玲奈ルーシーの無防備感が、まりおアターソンならずとも心配になるぐらい。「すぐにこの街を出るんだ」と言われて「どうして?」と素で返してて、「歌ってないで逃げて!!!」って客席中からツッコまれながら(爆)歌う『新しい生活』が、客席みんなルーシー応援隊(笑)

ここでのハイドとルーシーのやり取りも印象的。

ハイドって、基本的に気に入らない人間をぶった切ってますから、ストライドまでは動機がありますが、実はルーシーに手を掛けた理由って、明らかにストライドまでの動機と違うんですよね。

思うに、ハイドにとってのルーシーって、ただ一人の同志だったんじゃないかって。

同情・愛情・貞操感。その3要素を共有できる存在だったと思っていたけれど、ルーシーの思いはもうそこから離れようとしていた。だからこそ「何を言っているのか分からないわ」とルーシーが答える。
「もうそこに自分はいたいと思わない。同情されて、愛情もなく、貞操感なしに生きることから抜け出したい。大切なあの人が開いてくれた「新しい生活」のために「ここ」から出よう」と。

ジキル博士が手紙で書いた「そこから抜け出して」は物理的な「どん底」ということだけじゃなくて、「(本当の)自分らしくない生活」から抜け出すということでもあるわけですからね。

「孤独」の中でただ一人仲間だと思っていたルーシーに、一番触れられたくない自分の弱点を射抜かれて、発作的に行動したハイド。ルーシーは自分の身と引き換えに、ジキルを我に返らせられたのだと思うと、あの衝撃的なシーンもなんだか腑に落ちるものがありました。

・・・

この日は東京千穐楽ということで石丸さんが代表してご挨拶。

「3月3日、ひな祭りの日からみんなで走ってきた『ジキル&ハイド2018』も東京公演はこれで終了です。毎日日々違う形になってきて、最初と今とではずいぶん違ったものをお見せできているのではないかと思います。これから名古屋、大阪と参りますがもっと進化していくと思います。見たいでしょ?(いきなりのフレンドリーモードに舞台上も客席も笑)。お時間のおありな方はぜひご覧にいらしてください」

カーテンコールで出てきた時、玲奈ちゃんがうるっと来てましたが、すぐ持ち直して笑顔でお辞儀されていたのが印象的。前述しましたが、ラストカテコでエマちゃんが上手側、玲奈ちゃんが下手側から出てきた時に、エマちゃんから玲奈ちゃんの首筋にキスをしに行った姿は本当に色々な思いを感じられて、後方からその2人を優しそうに見つめる石丸さんの姿も含め、とっても素敵な東京楽になったのでした。

名古屋は3月24日(土)と25日(日)に愛知県芸術劇場大ホール、大阪は3月30日(金)から4月1日(日)まで梅田芸術劇場大ホールにて上演されます。

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『Suicide Party』

2018.3.14(Wed.) 19:30~21:20
すみだパークスタジオ倉 F列1桁番台(下手側)

TipTap新作ミュージカル、この日が初日です。
2組制(赤組、黒組)で、この日は赤組。

どの駅からも遠いことで有名なこの劇場、自分の場合は会社からバスが一番楽(ただし40分近くかかる)なので、バスを降りて「あ、コンビニないんだった…」と思ったら劇場すぐ手前にコンビニ(セブンイレブンすみだパークプレイス店)が出来ていてびっくり。有難かったです。去年8月末にオープンとのこと。他に店がないので関係者に出逢うこと出逢うこと(笑)

今回の作品は、実のところタイトルからしてネタバレという作品でありまして、そこに触れる地点からネタバレ注意ということで改行します。




というわけで。

「Suicide」はそのものずばり、「自殺」のこと。

「Life3部作(※)」ということで「生きること」をテーマにここのところ3作続けて上演してきたTipTapさんが、「死」しかも、自ら選んだ死である「自殺」をテーマにするというのは、かなりの驚きでした。

(※)「Count Down My Life」「Second Of Life」「Play A Life」の3作の通称。公式にも非公式にも浸透した呼び方。

物語は、自ら命を絶った人々1人1人のそれぞれの「死を選んだ理由」を語りと歌で綴る、いわばソングサイクルに近いような形。なるほどと納得できるものから、皆目理解しにくいものまで、当たり前のことですが千差万別。

皆の物語を聞いていると、頭の中によぎるのはやはり「Life3部作」とこの作品の関係性。

「Life3部作」は、最終的に生きること、生き方を自分で選ぶべきというのが基本的な軸であるわけですが、それからすると、「自ら死を選ぶこと」の自由もあるのではないか、という仮説は当然浮かび上がってくるわけで、それが今回の「Suiside Party」の存在意義というか、「Life3部作」に対する補足的な位置づけに思えるんですね。

「自殺」をテーマにしたからといって、「自ら死を選ぶこと」を肯定することはないと信じているから、そこは安心していられるわけですが、「自発的な選択を促し」ておきながら「生を選ぶこと」と「死を選ぶこと」が実際に何が違うのか、に挑戦されたのが今回の作品だったのかなと思います。

物語の前半で語られる、「人間は、人々の中で自分がただの1人でないことを証明したい生き物である」からこそ、生きることに意味を求めるし、生きることの果実を求めるし、死ぬことの意味が生きることの意味を上回るときには死を選ぶのだな、ということをおおむね感じさせられます。

今回のテーマを聞いたときに、「自ら死んだ人を取り巻く人たちに与える影響」が多く占めるのかと思ったので、それが少なかったのは意外。むしろ、それぞれの死んだ人自身の状況そのものにスポットライトがあてられていたのが、意外と言えば意外でした。

「Life3部作」からの系譜で言えば、「Count Down My Life」で自らの人生とは有限であるということを理解し、「Second Of Life」で人生に夢が必要かを問いかけ、「Play A Life」で人生を作るのは自分自身であることを表現されたうえで、今回の「Suicide Party」では、生きるにせよ死ぬにせよ必要とされるものは夢であって、最後の選択をどうするかはそれぞれ次第、としているのはTipTap作品らしく、方向性が一貫していると思わされました。

「自殺」という言葉からくる常識的なイメージは、ネガティブなものだと思いますが、ではなぜそれがダメなのかを問われた時に、道徳的な観点や倫理的な観点から物を申したところで本質的には伝わらないし、伝えることもできない。そんな問題認識を見ていて感じて、「自殺はなぜダメなのか」「自ら生きると自ら死ぬにはどの点に違いがあるのか」に対して、ある一定の答えを提示しているところが興味深いです。(完全ネタバレなのでここは省略しますが、なるほどと思いました)

最後5分にぐわっと込み上げる、「この作品の意味」を展開する濃さに比べると、多数の人物が登場する物語の本編は正直、役の数が多すぎるように思えました。以前ほど、各役柄に至るまで全てを理解しようと思わなくなりはしたけれども、1つ1つのエピソードがあまりに提示されすぎで、人によっては全てを理解しようとすれば、聞くだけで精神的に厳しくなるのでは、と少し心配になりました。

ともあれ、「生」を追い続けたTipTapさんが、「死」という逆のベクトルから「生」を浮きだたせようとした試みはリスクを十分に負ったものだったと思いますし、そのチャレンジングな姿勢が拝見できたことは刺激的でした。

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『サイト』

2018.3.11(Sun.) 16:15~18:45
光が丘IMAホール C列10番台(センターブロック)

ミュージカル座さん、再再演のこの作品、この回が千穐楽です。

土曜日の博多マチソワ後、日曜日の朝の便でこの回に間に合うように、羽田から池袋経由で光が丘へ。
羽田から光が丘はかなり不便なので、時間を余裕持ちすぎて身体メンテに行く時間さえありましたので、福岡発をもう少し遅くしても良かったなと思いつつ。

大江戸線光が丘駅からIMAホールのビルに上がるエスカレーター横に、新たにデジタルサイネージが導入されていて、どどんと「サイン」のビジュアルが迫ってきてびっくり。デジタルなので終演後は早速流れなくなっていました。

主人公の女の子が引きこもりで、とあるサイトに「死にたい」という言葉を残したところから物語は始まります。演じるのは元AKBの河西さん。M座さんでは『アイランド』でも拝見しているので今回が2度目になります。そのサイトに集まってくる、多士済々な面々が、とにかく賑やかに盛り上げていきます。とはいえ、サイト上のやり取りという設定なので、サイト上の振る舞いと、リアルな振る舞いが一致するとは限らない、というのが興味深いです。

彼女の呟きに最初に反応した男性・イサムと、女性・ロビンちゃん。この2人が中心的な存在として物語を進めていきます。ロビンちゃんを演じるのは清水彩花ちゃんですが、渋谷のコギャルぶりがなかなか新鮮です(笑)。そしてびっくりするぐらい踊る!(笑)。この作品は結構ダンスシーンが多く、M座さんらしい群衆パワーで押してくる感じではあるのですが、最初の導入部はほぼ彩花ちゃんで持たせてるって感じの進行です。

主人公が心を閉ざす様に対して、ぐいぐいと「生きる楽しさ」を押していくロビンちゃん。彼女の明るすぎる様が、実はラストシーンで生きてくるんですが、何というかネタバレ厳禁なので、書かないでおきますが、まぁズルいとしか言えないですね、この脚本(笑)。

登場人物では同じくレミ女優陣から松原凜子さんがお蝶夫人(ネット上)という、それはそれは突拍子もない存在感。恋のライバルが岡ひろみなのも定番ですね(脚本で時代がばれる。笑)、オペラ系ミュージカル歌唱の凜子さんの歌声がいい意味で役の突拍子のなさとマッチしていて面白かったです。そして彼女の演じる役も、実際には引きこもりの女性。そういえばリアルで出てきた時の人物設定も、それはそれで違和感がなくて噴きだしました。この2役をどっちも違和感なく演じるというのが凜子さんすごい(笑)

そんな様々な登場人物とサイト上で知り合い、「母が嫌い、みんな嫌い」と言っていた少女が、少しずつ変わっていく様を見せていく物語ですが、平成に入ってからの作品(初演は2001年=平成13年)にしては、現代的なテーマであることだけが独立していて、ストーリーの作り方がかなり古い感じがして、少なからず居心地の微妙さを感じはするのが玉に瑕。

ストーリーや音楽的には、『ひめゆり』とシンクロする作品観を感じます。

『ひめゆり』の舞台は戦時中の沖縄で、「生きたいと思って死んでいった少女たち」の物語でしたが、この『サイト』の主人公は「生きられるのに死にたいと思う少女」なわけで、前者と比べると後者の考え方がいかに現代的なものか、考えさせられます。だからといって、後者も当事者にとっては大事な問題であるわけで、そこを単純に教条的に「ちゃんと生きればいいじゃないか」と断じようとしない(できない)ところに、この作品、ひいては現代をテーマにした作品の「生みの苦しみ」があるように思えました。

河西さん演じる少女が、「自分が変われば相手も変わる」と”自分自身から”気づけるようになるまで、無理に押し付けることなく皆が見つめ続け支え続け、「ネット上とリアルが一致しない」ことを完全に逆手に取ったこの作品の後半部のどんでん返しは感動のひと言。改めて申しますが、ズルいと思うぐらいに(笑)。

最後はストーリーのテクニックで感動に持っていった感じはしましたし、テーマとしても面白いものを感じるので、展開や進行がより現代的になれば、また違った層にもアピールできるように思えたのでした。

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『舞妓はレディ』

2018.3.10(Sat.) 17:00~20:20
博多座 1階D列10番台(下手側)

博多座制作の初ミュージカル、女優として博多座最年少主演として唯月ふうかさんが主演、ということで博多弾丸ツアー決行です。

前日の金曜日は仕事をお休みして『ジキル&ハイド』(玲奈ちゃん&万里生くんFC合同トークショーつき)を観劇してから、土曜日は朝の飛行機で博多入り。

『リトルマーメイド』を4ヶ月ぶりに観劇、福岡出身の平田愛咲ちゃんのアリスタ(水色お姉さん)の活躍を拝見して、本役では一番好きな若奈まりえアリエルの活躍を最前列から堪能しての博多座入り。

マチソワ間は90分あって余裕かと思っていたのですが、キャナルシティから天神へバスに乗ったら、無停車なのに20分以上という大ブレーキで、ホテルから博多座にタクシーを乗りつけるという、とんでもないことになりました(笑)が、夜に博多在住の知人の皆さんに話したら「(キャナルから天神なら)バスじゃなくて歩かなきゃ」と言われたので、常識なのですね(爆)

ようやく作品の話ですが、この作品はご存知、周防監督の映画の舞台化、というわけですが、実のところ私自身は映画版を見ていないので、舞台版が初見。
「田舎から出てきた娘が、舞妓を目指して奮闘する物語」という最低限の基礎知識だけは持った上での観劇です。

ネタバレが含まれますので、気にされる方は回れ右です!




舞台となる京都の花街「下八軒」の芸妓(湖月わたるさん)と舞妓(蘭乃はなさん)はじめとする皆の踊りを見つめる少女、春子(唯月ふうかちゃん)が「舞妓になりたい」と申し出たところから物語は始まります。

鹿児島弁と津軽弁を駆使する少女・春子の願いを、女将・千春(榊原郁恵さん)誰も本気にしようとしない中、言語学者の京野(平方元基さん)だけはなぜか本気で彼女に取り合って、花街の大物客である社長・北野(辰巳琢郎さん)に「春子を舞妓にできたら今後の払いはすべて社長に、できなかったら自分が出入り禁止に」という約束までする、という導入部。

春子が鹿児島弁と津軽弁のちゃんぽんというのは、後でその理由が明かされてくるわけですが、ふうかちゃんホンマにおぼこっぽい(この用語通じるのでしょうか。田舎出身ぽい感じ、の意味)。
田舎から出てきたばかりの女の子という趣ぴったりです。ふうかちゃん自身は北海道出身といっても札幌市内出身だそうなので、基本的に標準語圏ということでかなり大変そう。事実上、3ヶ国語(鹿児島弁、津軽弁、京都弁)を『屋根の上のヴァイオリン弾き』の本番後半と並行してやっていたわけですから、若いってすごい。

タイトルからもわかりますが、基本的に『マイ・フェア・レディ』の系譜を踏んでいて、実際同作のヒギンズ教授と、今回の京野は言語学者ということで共通しています。平方くんは今年、フレディを演じますが、いずれヒギンズ教授を演じてもおかしくないですからね。

普通、縁もゆかりもない少女が「舞妓になりたい」と言ってきたところで、伝統を重んじる花街ですから、歯牙にもかけないのが普通。先輩の舞妓も後輩にその立場を脅かされるなら、協力的には振舞わないはずですが、そこがこの作品の面白いところで、蘭乃さん演じる舞妓はそろそろ30歳になろうかというお年頃で、舞妓を卒業して芸妓になりたいと願っているので、春子に後任になって欲しいと願っている。一番の障害になりそうな先輩という要因がないため、春子が成長できるかどうかという実現性はともかく、成長して舞妓になってほしいと皆が願っている、というのが興味深いです。

春子(舞妓になってからは小春)の唯月ふうかちゃん。若干21歳にして演技に光るものがあることはレミゼのエポニーヌでも、屋根のチャヴァでも認識済みですが、「皆が成長を願う」頑張り屋のヒロインにぴったり。彼女の笑顔を見たい、そう皆に思わせるような佇まいがとても素敵で、物語全体を明るく暖かく照らしていました。
辰巳さん演じる北野がいみじくも言っていましたが、「若さというのは年齢だけでなく、前に向かうためのエネルギーを言う」のがまさしくそうで、春子の成長物語とふうかちゃんの成長物語がシンクロする様がとっても素敵でした。

歴史がある”花街”に飛び込んできてくれた春子の存在は、歴史がある”舞台”に飛び込んできてくれたふうかちゃんの存在ともかぶる気がして、今作を博多座さんが制作されたチャレンジングな面の一面を感じたりしました。

春子の指導役、京野を演じた平方元基くん。ふうかちゃんとのバランスが抜群。ふうかちゃんよりちょっと大人な男性で、身長の包み込む感もぴったり。
女優さんって、相性のいい男性俳優さんと組んでいるときが一番光るというのは自分の持論のひとつでもあるんですが(玲奈ちゃんなら万里生くん、聖子ちゃんならあっきー、びびちゃんなら染谷くん)、なかなか上手くできない春子を根気強く支えて見守るポジションが絶品。平方くん自身も、それもあってカッコよさが倍増していてとっても男っぽい。

今回、この作品で予想以上によかったのが宝塚出身お2人、湖月さんの漢前さと、蘭乃さんのコメディエンヌぶり。もう「クスッ」って笑えるどころじゃない。郁恵さんが立場上、締める側に回らなければならなかった分、湖月さんと蘭乃さんは全力で物語をかき回していて、その芸達者たるや素晴らしかったです。湖月さんは男役を髣髴とさせる、スーツをびしっと決めたシーンも見ものでしたし、蘭乃さんの「アラサーの舞妓」という、キャラを全力で楽しむ役回りはぴったり。先ほども書きましたが、蘭乃さん演じる舞妓さんが、春子をいじめるんじゃなくて応援している、というのがこの物語をスキッとさせてる最大の要素だと思うので、それが何よりよかったです。

物語の流れとしては、春子がなかなか上昇気流に乗れない中、京野の助手である秋平(土屋シオンさん)の一言も引き金になって、精神的な理由から声が出せなくなってしまう春子。
そんな春子をみんなで心配する様が伝わってきて。郁恵さん演じる女将さんが、自分の過去を春子に話したりすることで、一つずつ、春子の心の壁が取り払われていって、ふうかちゃん演じる春子の心からの笑顔が見られるようになっていく後半が、とっても素敵です。

全般的に作品構成的には、明治座さんでやられそうな感じの構成だなと。アルバイト舞妓のお2人は、2人とも元AKB(片山さん、多田さん)で、アイドル風のシーンもあったりして、なんだかとっても明治座ぽい(というか確か博多座の最初の作りが明治座さんを参考にしてたかと)。

ラストシーンはふうかちゃんの、実はちょっとちゃっかりしたところも感じたりして、客席からにやにや見ちゃいました(笑)が、登場人物みんながみんな幸せを掴んでいるこの物語は、とっても春に相応しくて。衣装も豪華だし博多座さんすごいなと。

物語にしては3時間20分(休憩30分含む)と少し長めで、もっとブラッシュアップできる部分があるやに見受けられましたが、博多座さんの意気と、唯月ふうかちゃん初め出演者さんの意気を感じられる、とっても前向きになれる作品でした。

ふうかちゃん&平方くん、さっきも書きましたがとっても名コンビで、2人でミーマイやって欲しい!とエンディング見てて思いました。別作品でごめんなさい(爆)。

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『ジキル&ハイド』(7)

2018.3.3(Sat.) 17:00~19:55
東京国際フォーラムホールC 6列1桁番台(下手側)

新生ジキハイ初日、見てきました。

ジキル&ハイド役の石丸幹二さんは2012年・2016年から引き続きですが、今回、今までエマを演じていた笹本玲奈さんがルーシー役に、そして新たにエマには宮澤エマちゃんがキャスティング。

普段ならドキドキばかりでの来場になるはずですが、先日幸運にも稽古場を拝見させていただいているので、ちょっとだけ心に余裕を持って入場。

今まで玲奈ちゃんがいたポジションにエマちゃんがいて、今まではめぐさんだったポジションに玲奈ちゃんがいるので、最初は見る側がかなり混乱します(笑)。

玲奈エマがどうしても見る側には印象が残っているので、その観点から見てしまいますが、エマちゃんはいろいろな意味で生真面目。生真面目さが演技に直接出ている感じというのか、少しく感じるぎこちなさ(初日だから当たり前ですが)。とはいえ、聡明さを感じさせる振る舞い、父親をもやりこめる強さといった部分が印象的。今回、父親が福井貴一さんになって年齢が近づいただけに、より父娘感が強くなった感じがあります。福井さん曰く「親が子離れできていない」だそうで納得です(笑)

そして玲奈ちゃん自身が念願だった役、ルーシー。もう10年以上前のアルバムに入っているわけですから10年越しですね。前任のめぐさんはパワフル系のルーシーですが、玲奈ちゃんのルーシーは妖艶にして繊細。1幕の「連れてきて」ではさすがにパワフル系の曲に苦戦されていた感はありましたが、1幕後半のジキルへの来訪あたりから、丁寧な芝居で新たなルーシーを見せてくれてとても素敵でした。

歌は歌い手泣かせのワイルドホーン氏(この日ご来場され、ご挨拶もされていました)の曲ということもあり、今まで培った技術を使いまくっていた感じはありましたが、ルーシーの役設定を新たに作り上げられていて。若いころから不本意ながら娼婦に身を落としていた自分だけど、ジキルに出逢って希望を知って、「自分らしい生活」という「New Life」を夢見る様がとても素敵で、自然に「幸せになって!」と応援したくなる、とにかく細いルーシーでした。

この曲、玲奈ちゃんで聞くと『ミス・サイゴン』のバンコクの一室で歌われる『Please』を思い出しました。めぐさんで聞いて感じたことはなかったので、なるほどなシンクロでした。

とりわけ玲奈ルーシーでインパクトが凄かったのが『デンジャラス・ゲーム』のデンジャラスさ(爆)。
ここ、ハイドとルーシーのシーンですが、ルーシーがハイドに乗っかっている様が凄くて、ある意味ルーシーのハイドが顔を出してる。つまるところ、ハイドとハイドの競演なわけで、その飛翔感、高揚感ったらなかったです。お互いから理性が取り出され、欲望同士がぶつかっている。それでいて石丸さんと玲奈ちゃんという、親子から始まって婚約者になった2人が、夜の関係全開というのが罪深すぎて、さすが『罪な遊戯』そのものずばりでした。

愛を知らずに恋をしたルーシーを、
玲奈ちゃんの役作りで新しく見せれば、
恋を知らずに愛を見つけたエマを、
エマちゃんの役作りで新しく見せた、
新生ジキハイ。

玲奈ちゃんにとってのめぐさん、エマちゃんにとっての玲奈ちゃん、それぞれ大きすぎる存在を感じながらも、玲奈ちゃん、エマちゃんそれぞれが全力を尽くされた、この初日を拝見できたことは何より感動的でした。

実は新キャストが多い今回のジキハイ。その中でもとりわけ田代万里生さんのジョン・アターソンの存在がとても大きく、石丸さんの親友として石丸さんをしっかり支え、物語をダイナミックに動かしていました。アンサンブルさん一人一人の力量が凄く、それだけでも物語は進みはするのですが、それを加速する万里生ジョンの存在はとてもありがたく、玲奈ちゃんにとっても心の支えだったんじゃないかなと思います。カテコでちょっと涙ぐんだ玲奈ちゃんが、いっとう先に顔を見たのは万里生くんでしたね。石丸さんとは勝手知ったる関係とはいえ、今回は「新たな関係」を作ることを意識せざるを得なかったからなのか、玲奈ちゃんは(壁を)意識していたように見えましたので。

今回、玲奈ちゃんは『ミス・サイゴン』大千穐楽以来1年2か月ぶりの舞台復帰となったわけですが、ここのところ語られた言葉の中で印象的だったのが「私はエマを一生やっていくと思っていた」という言葉。
普通に考えれば一生エマをやるということはあり得ないはずなのに、なぜか「そうだよね」と思ってしまう説得力。なんだか「自分は(自分とは違う)エマ(のような芯の強い役)をずっとやっていくと思っていた」という風に聞こえて、それって「他人の人生をずっと生きてきて、自分の人生をどう生きているのか分からなくなりかけていた」という言葉ともリンクしたりして、胸を突かれるものがありました。

それでいて今回、復帰の役がルーシー。社会的には貧困層という立場にいながらも、ピュアな気持ちを持っている女性。ジキルの言葉から自らの足で、自分の道を歩き出そうとする姿は、玲奈ちゃん自身も仰っていますが、今の玲奈ちゃんにぴったりな役どころ。

ファン視点からでも技術的には多々課題はあると思いながらも、今の玲奈ちゃんでしかできない役に今巡り合えた、その奇跡に立ち会えた感動に打ち震えました。

東京公演は18日まで、その後大阪・名古屋公演が予定されています。

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