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『王家の紋章』(5)

2017.5.7(Sun.) 13:00~16:10
帝国劇場1階S列1桁番台(下手側)

東京千穐楽、終わってしまいました。
大阪には出向けないと思うので、恐らくはmy楽ということになります。

芝居の世界では”前楽が芝居としての完成形”と良く言われて、千穐楽はどうしても”盛り上がり”に引きずられるきらいがあるわけですが、この日の千穐楽は、”盛り上がり”と”芝居の完成形”を兼ね備えた、まさに理想的な千穐楽を体感しました。

この日のWキャストは、キャロルが新妻聖子さん、イズミルが平方元基さん。
個人的なベストペアの2人が、満を持してのベストコンディションで攻め込んでくる様に、ただただ感動させられます。

新妻聖子さん。

生粋の王族であるが故に、今までの公演ではともすれば自身の意思で突っ走ることもありましたが、この日は第1幕初っ端から少女そのもの。

考古学への好奇心、未知への憧れ、古代にタイムスリップしてからの不安、メンフィスとの出会い、そのどれもが、役のあるべき部分から全く外れない、匠の技。

普段はそのテクニックゆえに感情移入しにくい部分も出るのに、この日は自然にキャロルの不安に寄り添えて、古代を旅するキャロルの気持ちで観ることができました。

1幕のキャロルは、メンフィスに反発した気持ちも、心惹かれるようになった気持ちも自然。

メンフィスが自分を救ってくれたことで芽生えた淡い恋心が、メンフィスの今までの孤独や危機と向かい合ったことで、自然にメンフィスを思う気持ちにつながっていく。

キャロルの気持ちが強すぎたときには、2幕の「大切なものを守りたいから」の歌詞は、実はメンフィスではなくて、「自分の気持ち」が大切なんじゃないか、とさえ感じられたのに、この日は「メンフィスがいてくれてこそ、キャロルは自分らしくいられる」という気持ちをストレートに出していて。

自分を大切に思ってくれるエジプトの民を大事に思うからこそ、自分のために命を落としてしまったルカや、エジプト軍の兵士への慚愧の念がまっすぐに伝わってくる。

戦場で再び出会えたメンフィスへも、メンフィスを思うからこそ、自らが囮となってヒッタイトと戦うために立つ姿が、揺らぐことなく強く美しい。

そもそも聖子さんの持ち味は凛々しい強さであって、2幕の使命を帯びたときからの動きは、観るたびに痺れるわけですが、この日は1幕の少女らしさがあった故に、「少女が古代エジプトに生きることを心に決め、大切な人、大切な仲間たちのために強くなっていく」様がとても自然に見えて。

元々持っている聖子さんの技術に思いが乗っかったことで、確かにこの日の千穐楽の行く道を形作っていました。

出すぎずに、この作品でキャロルとして求められる本質をぶれることなく通していて。

それ故に、メンフィスの浦井さんのキャロルへの想いもとても分かりやすく見えて。
自分の生涯の伴侶として、エジプトの未来を一緒に描いていく相手として、『キャロル「で」いい』、ではなく『キャロル「が」いい』、その姿がとても自然に見えました。

敵国ヒッタイトのイズミル王子も、最初は愛する妹のミタムンの復讐だったはずが、キャロルの魅力に接して、「まさか愛することになるとは」という流れがはっきり見えて。

キャロルの存在は、表面的には「利用価値がある(聡明な乙女)」だけれども、自然に愛され、皆に力をくれる存在であってこその”ナイルの女神”。

正直な本音を言ってしまえば、聖子さんがそのまま聖子さんの持ち味を出してしまうと、実はちょっと聡明すぎるというか、1から10まで理論で打ち負かすみたいになってしまうと思うので(爆)、聡明さを持ちつつ、フルパワーからちょっと引いた位置でキャロルを生きていた姿が、ちょうどぴったりな気がしました。

振り返れば、王族である聖子さんが、キャロル役をやるということも、初演当時、本人が驚くほどの奇跡で、それが再演にまで続いて。
聖子さんがヒロインとして帝劇に立つのは今日で一区切りの可能性が高いとは思うけれども、そんなことすら全く感じさせない、プロのヒロインぶりを存分に発揮されていて。

本編を愛らしさと凛々しさと力強さで引っ張り続けたと思えば、カーテンコールでは水をも漏らさぬ完璧なご挨拶で、続く平方くんを困惑させるほど(笑)

動画は東宝公式に上がっています→こちら

「無事に千穐楽を終えられたこと」をお客さんに感謝され、「この日の熱気は外の気温のせいじゃなくお客様の熱気だと思う」、と仰られ。全員で千穐楽を迎えられたことを感謝されて、最後に「皆さまにとって今日の観劇がよい思い出となりますよう願ってやみません」と締められました。

聖子さんのご挨拶は今まで他の作品でも何度も聞いていますが、「また来てほしい」とは言わずに、「今日観劇していただいてありがとうございます」という言葉が必ず出てくるんですね。サイゴンの販促イベントでさえ、皆が「また来てね」という中、一人頑なに「今日はありがとうございます」を貫き通されていました。

それは彼女の美学と信じて疑いませんが、一つの舞台公演を一緒に共有した舞台上と客席とのキャッチボールとして、あくまでその公演を満足していただくことこそが、次につながると信じているように思えてなりません。

一般論として、本編での満足度が高ければ、ご挨拶が多少脱線しても許容されるものと思いますが、ただ、ご挨拶というのは挨拶される方の自らのポジションへの認識がどれだけされているかを反映するものであることも事実で。
言葉が自身の想いを乗せて、自身の言葉で語られる挨拶というものが、ここまで伝わるものなのかということを感じられて、本編・ご挨拶両方が満足できる千穐楽となったことが、ただただ夢のような時間でした。

その上、それを受けて平方くんが「聖子さんの素晴らしいご挨拶の後で何をしゃべろうか…」と語りだすと、必殺ツッコミ兵器の伊礼氏が「俺が喋ろうか」とツッコんで爆笑を誘う(笑)

これ、ちょっと前に指名されてもいないのに伊礼氏が挨拶に進み出ようとして全員がツッコんだのとの合わせ技ですが、あまりに綺麗な様式美で面白すぎです(笑)

平方くんの挨拶も、そうは言いながら役に対する真摯な姿勢を踏まえたまっすぐな素敵なご挨拶でしたが、「大阪公演も元気についてきてください、平方元基(げんき)でした」のご挨拶に、浦井座長から「なんで名乗ったの?なんで名乗ったの?」と矢のようなツッコミが飛んでくるのも面白い。

「いや、名前を覚えて帰ってもらおうと思って」と平方くんが答えるが早いか、「みんな知ってるよ」で返す和気あいあいさが最強でした。

・・・

カーテンコールも皆様の満足そうな笑顔が見られてとても素敵でしたが、最後にサプライズが。

普段は3人で捌けるところ、聖ちゃん(浦井くんは聖子さんを「聖ちゃん」と呼ぶのが定着したようですね)が浦井くんを中央に押し出して、帝劇0番(帝劇の中央)で一人ご挨拶。

動画にも残っていますが、浦井くんあってのこの作品、最後に浦井くんに会場全体で拍手を贈れたのは本当に嬉しくて、その橋渡しをされた聖ちゃんの粋さに拍手です(下手袖で拍手されていたそうです)。

そういえば、
そんな聖子さんがカーテンコールで出てきた後、並んだ時に祐さんと会釈される様が毎回楽しみでした。

2003年レミゼ(エポニーヌ)でデビューした聖子さん、2004年エリザベート(ルドルフ)で帝劇デビューした浦井くん。
その2人を”舞台上での幼い頃から”見つめてきた祐さんが、
帝劇のセンターで座長とヒロインとして立つ2人を暖かく見守る姿も、とても素敵に思いました。

帝劇楽をここまで満足いく形で終えられたことが個人的にとても満足で、梅田芸術劇場公演で、『王家の紋章』が更に円熟味を増されることを、心から祈念しています。

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