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『デルフィニア戦記』

2017.1.28(Sat.) 18:00~20:30
天王洲銀河劇場 3階A列10番台(センターブロック)

明日(29日)が千穐楽のこの作品を見に、誕生日の今日、天王洲まで行って来ました。

いわゆる「バースデー観劇」なのですが、実は自分自身「バースデー観劇」を意識していなくて、(記録を残している)2009年以降でバースデー観劇は今年がたった2回目。

小説やアニメが原作の作品を舞台化するのは最近多いわけですが、この作品、思った以上に物語も骨太なばかりか、芝居面でも濃く深く、とても楽しめました。

物語の舞台はデルフィニア国。
その国の王子(国王に即位)であるウォルが、ペールゼン侯爵の謀略により追放され、命を狙われたその時、異世界から来た謎の少女・リィがウォルの危機を救い、行動を共にすることとなる…ところから始まります。

異世界からやってきた少女が、王と出会った物語を、原作1巻~4巻まで対象に舞台化する、というと既視感がある(爆)のですが、舞台(約2時間)の制約だとちょうどその位になるのでしょうね。

ウォルを演じるのは蕨野友也さん。平成仮面ライダーで敵役をされていた方ですね。舞台では初見です。
リィを演じるのは佃井皆美さん。こちらも平成仮面ライダー(仮面ライダー凱武)で史上初の女性ライダー(しかもスーツアクター兼任)されていた、アクション女優の方です。

彼女は由美子さんが出ていた2012年『リンダリンダ』でマナミさんという快活な女性を演じられていて印象的だったので、ずっとウォッチはしていたものの、タイミングが上手く合わずに、何と5年ぶりに拝見することになりました。

リィは超人的な剣術や運動能力でウォルの危機を何度となく救う、という設定なのですが、もう、みなみんぴったりな役すぎです。彼女の周囲に一体全体、重力はあるのか、ってぐらいの動きの滑らかさ。

ただ、彼女の専門はアクション(ジャパン・アクション・エンタープライズ所属)であって殺陣ではないので、剣を構えない方が強いというところだけが心配要素でしたが(爆)、それはそれ、さすがの適応力でした。

アクションができるのは最初から分かってはいたのですが、今回印象的だったのは、彼女のアクションにはちゃんと感情が乗っかっていることなんですね。これは以前にはなかったことで。
憤りの気持ち、悲しみの気持ち、怒りの気持ち、喜びの気持ち、それがはっきりアクションから感じ取れるのが変わったなぁと。その上、台詞回しが格段に良くなって、アクションと演技に切れ目がなくなって素晴らしかったです。さすが鴻上さん。

というのも、リィは王であるウォルに対してもタメ語を使って周囲を仰天させるような少女でありながら、皆に自然に「戦いの女神」であることを納得させている。ウォルを信じる仲間の中でも、飛び抜けた戦闘力を持ち、でも、だからといって力で言うことを聞かせることは全くしない。

ウォルも王にしては王という「権力」で言うことを聞かせるタイプじゃないわけで、その意味でウォルとリィは価値観の共有という意味で最強のペアだったのだろうな、と思わせます。

ウォルを演じた蕨野さんは「自然に慕われる」という意味で、佇まいが王だったし、リィは「自然に一目置かれる」という意味で、佇まいが勇者だったし、そしてリィは何があっても迷わないんですよね。

そもそも異世界に連れてこられて自分自身どこに行けばいいかもわからない、迷い人なはずなのに、判断を求められればすぐに、そして適切な答えを出す。それは原作通りなわけですが、大事なのはそれを不自然じゃなく見せること、それが舞台化において必要なことで。それが演出としても演者としてもきちんと完成されていたことが素敵でした。

原作ありの作品ということで、ともすれば役者さんとして経験不足な方が浮くのではと心配していたのですが、この作品は全くと言っていいほどそんなことがなく、ベテランから若手に至るまで、芝居が深く鋭く、物語世界に自然に没入させてもらえたことが素敵。なんといってもウォルの育ての親、フェルナン伯爵を演じた小林勝也さんはさすが素晴らしかったです。1幕ほぼ最後のウォルとの対面場面は感動でした。

フェルナン伯爵(育ての親)とウォルだけでは、あのシーンは成就しない。
偏屈ともとれるフェルナンを説き伏せたリィの行動。説得しようとしたものではなく、でも確かにフェルナン伯爵の心を動かしていた。ウォルに聞いたわけでもないのに、ウォルの気持ちを確かに言い当てた言葉は印象的でした。

そのフェルナン伯爵を連れ出したときに、従者として行動を共にしたシャーミアンに対して言った言葉も印象的。もう命は長くないフェルナン伯爵を、何とか馬に乗せてウォルの元まで連れていこうとするシャーミアンに対して、リィはこう言うのですね。

「信じたくないことと事実を一緒にしてはいけない」

と。

これはリィが自分に言い聞かせた言葉でもあるのだろうなと。

自分が異世界に飛ばされたことを信じたくはないけれど、自分が異世界にいるという事実は信じないといけない。だからこそ、異世界で今自分が何ができるか、何をすべきか考えなきゃいけないと。

リィの思考回路はあらゆる点においてシンプルで、迷いの欠片もない。
戦略性に優れ、説得力に富み、実行力も兼ね備えたスーパーヒロイン。
そのキャラクターを、全身で納得させられるほどに成長した佃井さんを見られたことが、何より嬉しかったです。

策を謀ったペールゼンの企みが、矛盾という穴で崩壊し始め、ウォルが旗を振る軍勢の正当性が発現していくカタルシス。
国を”「支配する側」の権力”と捉えるか、”「集合体」の機関”と捉えるか。国王としての”人”の大きさを考えると、後者の、ウォルに正当性があることをまじまじと感じます。

蕨野さん、佃井さんを初めとして、皆が物語に自然に存在し、芝居として深め合うことによって浮かび上がってくるこの物語そのもののメッセージ。

「曲がったこと」は結局のところ長続きするものではなく。
一時的に歪んでも、「正しいこと」が正面を切って向かい合えさえすれば、正しい道へ戻るのだ、と感じられたことはとても清清くて。
自分が歳を1つ取ったその日に、観られたことがとても意味がある物語に感じられました。

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この日は終演後、佃井さんのDVD(会場先行発売)のお渡し会ということで、ちょっとだけですがお話しできて嬉しかったです(結局そっち(笑))

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