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『ウレシパモシリ』(7)

2016.10.2(Sun.) 13:00~14:30 D列10番台(上手側)
        17:00~18:30 C列1桁番台(下手側)
川崎市アートセンター・アルテリオ小劇場(新百合ヶ丘)

2015年6月末で休止に入っていた「宇宙劇『ウレシパモシリ』」のコンサートバージョン。

その時の公演でみどり役をされていた隼海惺さん(元宝塚)がプロデュースした公演『birth』(今年4月。岡村さやかさんもダンサー・歌手として出演されていました)を観劇した、原作者の阿部氏が今回の公演をオファーしたとのこと。
今回の演出はその隼海さんが担当され、ダンスチームも加わった構成です。

歌手のみなさまは唄1・唄2枠で男性陣が光枝明彦さん、金すんらさん、森雄基さん(ちなみにこの中で実際に唄枠をされたことがあるのは金すんらさんのみ)。

女性陣は田中利花さん、岡村さやかさん、RACCOさん。さやかさんは唄1(女性初の唄1)・唄2ともに経験者、RACCOさんはさやかさんが唄1の時に同時期に唄2をされていました(さやかさんの唄1とペアを組んだ唄2は平川めぐみさん)。田中利花さんは占い師兼怪しい船客さん(笑)でした。

ダンスチームは隼海さん以外に「birth」組でお2人(佐久間さん、悠斗さん)。他の4名の方はオーディションでの選出。
ちなみに、マチネの公演のトークコーナーがダンスチームでしたが、最後の課題は『自分の短所をテーマに踊ってください』(佐久間さん提案)だったそうです。『短所を表現できなければこの作品で求められている表現はできないと思ったから』だそうでなるほどと。

さて、セットリストからです。
不備不足ございましたら、ご連絡をお願いいたします>各位

<セットリスト>
1.ウレシパモシリ ~育みあう大地
2.世界はたりてる
3.光のこどもたち
4.愛を知らないこどもたち
5.祝福の歌
(阿部氏の親友・古市氏からのウレパモ誕生秘話)
6.sunday
7.だいじょうぶ、マイフレンド
(トークコーナー、マチネはダンスチーム、ソワレは男性歌手3名。昨日は女性陣+バンドチームだったそうです)
8.叡智
9.The Answer
10.Fragile
11.ありがとう
12.ミタクオヤシン ~すべての繋がるものへ
13.ウレシパモシリ ~育みあう大地
<アンコール>
14.光のこどもたち
<ダブルアンコール>
15.光のこどもたち

何しろ自分にとってはザムザ阿佐ヶ谷が基本なこの作品ですから、小劇場と名がついていつつも、明らかに中劇場クラスのこの劇場は、ウレパモにとっては未知の広さです。
さいわい、B列とC列(A列なし)がフラットな以外は段差がしっかりあって後方からでも見やすくて。

私は幸い、マチネが上手、ソワレが下手とはっきり分かれたので、どちらからも見られて満足です。
フォーメーションを見るのは後方からの方が良かったかもしれませんね。

今回、ダンサーさんが入ったことで、物語の中で語るべき感情の半分はダンサーさんが受け持たれていて、歌い手さんとしては歌を中心とした感情表現に集中できているように思えて、中々バランスが良かったです。
まぁ、実際のところは特にソワレでちょいちょいやらかされていた方がいらっしゃいましたが(爆)、岡村さやかさんパートにたどり着きさえすれば必ず正常ルートに戻る安定感は有難い限り。RACCOさんも初見ですが安心して聞けます。

思った以上にしっくりきていたのがウレパモ初参加の森くん。男性では出色の安定感。
人生を見せる光枝さん、生き様を見せるスンラさんも素敵でしたが、なぜだか今回は不安定さを孕んでいて、何となくですが芝居がない分、やりにくかったように少し感じました。それに比べると森くんはこの作品の観劇感激経験があり、でも演じる側としては関わっていないのでいい意味でピュアだったことが良い方に左右したように思えました。

聖役は後半(「ありがとう」)は悠斗イリアさんが歌を含めて演じましたが、前半はダンサーさんだったり、時には隼海さんが白いドレスで見せることも。ただ隼海さんの白いドレスはほぼほぼジェルマンさんを表現していたわけですよね。

白のように純粋なジェルマンさんが異国である日本を目指し、人と出会い触れ合うことで1つ1つ得ていくものと、1つ1つ失っていくもの。何があっても相手を信じたことで、ジェルマンさんが存在したことが、ジェルマンさんと触れ合った人たちに残したものの確からしさ。

ただ生きているだけだと忘れてしまいそうな、実は「生かされていることに気づくことの大切さ
『ウレシパモシリ』を見ると、そのことが自然に伝わってきて癒されます。

この作品のさやかさんの歌声を聞いていて思うのですが、優しい歌声であっても、無条件の赦しではないんですよね。生きるためには弱気だけ吐いても仕方ない。自分の足で立ち上がらなければどうにもならない。自分の足で立ち上がるための勇気づけはするけれど、自分の足で立ち上がるまでは、不用意に手を差し出すことはしない、空気感が、何だか腑に落ちる気がして。

今まで”優しさ”が中心に伝わってくる物語であったけれど、自分の生きる意味を自分で見付けて歩み出すことができることが前提なんだなと。

厳しさがあってこそ優しさが生きる。

生きることへのエネルギーを注いでくれるこの作品は、残念ながら今は休止中ではありますが、このコンサートバージョンの再演でこの物語を継いでいくのも一つのやり方なのではと思います。

今回、ダンスチームも加わったことで、「歌」から「生きる」ことを描くベクトルと、「ダンス」から「生きる」ことを描くベクトルが両方できて、その両方が上手くかみ合わさって、ただのコンサートを越える出来になったように思います。

ソワレのトークショーでも語られていましたが「ミュージカルらしくないミュージカル」なこの作品。たしかに森君も言及されていたように「直接的ではないからこそ伝わるものがある」のもたしか。
きっと理屈じゃなく、終わった後に自然に温かい気持ちになれるからこその、『ウレシパモシリ』が持つ役割というものは大きいものに思います。

一人でも多くの方にこの作品に触れていただける機会がありますよう、願っています。

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