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2016年8月

『王家の紋章』(2)

2016.8.21(Sun.) 12:30~15:45
帝国劇場 2階F列30番台(センターブロック)

王家2回目の観劇ですが、早くもmy楽です。
先週日曜日の観劇は仕事で見られず、3回の予定が2回になってしまい、消化不良な面もありますが、2回見られてひとまず腑に落ちたところはあったので、まぁ納得です。

この日はおけぴさんと三菱UFJニコスさんの合同貸切公演。
おけぴさんは恒例のまくあいマップが配布されていました。

さて、懲りずに今日もネタバレ参ります。お気になさる方は回れ右でお願いします。



この日見て一番印象的だったのは、メンフィスの変化。
前回観たときは、乱暴さを強調しなければいけないところに、浦井氏の生来持った優しさというかが災いしているように見えて、「わざと乱暴に見せている」ところが違和感があって。

でもこの日はエジプトの王として、「そう振る舞うことしか知らない」ことと「そう振る舞うことしかできない」、”王としての未熟さ”が見えて、「若き王」としての脆さも見せていて魅力的です。

いきなり古代に吹っ飛ばされて、考古学好きとはいえ古代で生きるつもりなんか元々欠片もないキャロルが、”未熟な”メンフィスに自らの所有物のように扱われ、「私はあなたの奴隷じゃない」と叫ぶ姿は、そりゃそうだよなと。

メンフィスは自らの命を狙われる境遇であるとはいえ、自分の思うように権勢を振るえる立場。
なのにキャロルは自分の言うことに従わず反論してくる。メンフィスにとっては初めて現れた「自分の想い通りにいかない相手」だったのでしょうし、だからこそその存在は興味深くもある。

最初は「自分が唯一手に入れられないもの」だから「手に入れたい」、ただそれだけの存在だったのに、メンフィスにとっては次第に「他の何物にも代えられれない存在」になっていく。異母姉弟であるアイシスからの求婚を断ってほどに。

翻ってキャロル。古代遺跡の発見現場でその美少年さに魅せられていようとも、いざ古代エジプトに行ってみれば、その少年の実際の姿は自分に完全服従を強いるオレ様な王。

メンフィスに反抗し続けたキャロルが、本当にメンフィスを救いたいと思った時。
未来の知識を使って、歴史を変えていいか苦悩する場面。

なぜ、と言えばそれは「責任」故と思うのですね。

メンフィスはただ横暴に振る舞っているわけじゃない。エジプトの民のために、度重なる危険から不死鳥のように蘇る。そこにあるのはエジプトの民への責任、エジプトへの責任。

キャロルも向う見ずに見えて、自分の責任にはとても敏感。
だからこそ「責任」を背負ったメンフィスの姿を見たときに、それを支えるのが自分の「責任」だと感じたんじゃないかと。

王を愛するということは、王妃として国を共に支えるということですからね。

宰相イムホテップはキャロルを見て、手放しの賛辞を送ります。「未来が見通せる、ナイルの女神」であると。でも本意は、「キャロルはメンフィスを変えられる存在である」ということじゃないかと思うのです。

メンフィスはある意味、すべてを自分の意のままに動かせる存在。だけれども、それだけで済まない場面も出てくる。

はっきりそれが出るのが、ヒッタイト王国との戦いの場面。
キャロルを敵に奪われ、打ち手を制限されるエジプト軍。
敵の奥深く入り込んだウナスの働きによって、メンフィスはキャロルとの再会を果たすわけですが、戦況上、どうしてもキャロルを連れて戻れない状況にある。もちろんメンフィスはキャロルを今にでも連れて帰りたいが、部下たちは「危険」と進言する。メンフィスとキャロルの心は通じ合っていることを、部下たちはわかっている上で。

それまでのメンフィスなら正面突破したろうに、その時、メンフィスは部下の進言を聞き入れ、一旦は体勢を立て直す。キャロルは自らの利用価値を最大限利用すべく、自ら囮になって敵をひきつける。

このとき、メンフィスは自分の無力さを知ったと思うんです。
浦井氏のメンフィスは、一幕で「なかなか言うことを聞かないキャロル」に対して、いわばおもちゃかのように扱っていたのに、この時、キャロルを救えない自分に対して、全身で「無力という悔しさ」を表現していました。

ずっと自らの力を絶対的に誇示してきたメンフィスが、初めて見せた「無力感」。
でも、自分にとってかけがえのない存在になったキャロルを、取り戻すことを諦めたわけじゃない。

無力を感じたうえで、自分がどうすればいいかを考える、それが若き王メンフィスが、一回りも二回りも大きくなる試練だったんじゃないかって。
それがメンフィスにとって必要である、つまりそれにはキャロルが必要なことを、宰相イムホテップは見抜いていたのではないかと。

本当に大切なものを守りたいと思えること、それによって王として一段上のステージに登ること。

聖子さんのキャロルは、揺るぎのない「自らの責任の果たし方、戦い方」を全身に漲らせていて、メンフィスにとって本当に大事な存在であることを表現されていて、本当に素晴らしかったです。つまるところ、愛によって強くなる存在。

この作品では濱田めぐみさん演じるアイシスの存在感も素晴らしいです。
が、彼女のオーラにより役がぐんと大きくなっていることを横に置けば、宰相イムホテップ曰くの「(アイシスは)あれほどの女性であっても、愛は人をこんなにも愚かにするものか」ということからして、愛によって弱くなる存在なんですよね。
結局は、メンフィスが選んだキャロルのために、「エジプトの勝利を願う女神」という機能面での制約から(メンフィスと結ばれるという)夢がやぶれざるを得ない。

劇中の最後、キャロルは歌うのですが、バックには今までの登場人物が登場して。

「2択のどちらかを選ばなければ、始めることもできず、終わることもできない」と。

それを見ていて強く感じたのは、聖子さんとキャロルとの共通項。

「考えに考えて、必ず何らかの結論を出す」

「どの結論を選ぶかより、結論を出すことが大事」

「結論を出したら、後悔することなく前を向く」

…この作品の登場人物すべてを代弁するかのようなラストの歌は、聖子さんをしても全員の想いをしょい込むには大きすぎたような気がして、キャロルの歌い出しから皆の歌い上げに持って行った方がよいような気がしましたが、それでもこの『王家の紋章』のメインテーマの明らかに大きい部分がここにあって。

最後をキャロルが締めたのは、キャロルだからこそ。
メンフィスが、そして皆が求めたナイルの女神だったからこそと思えて、物語の締まりを感じさせて、腑に落ちたところがあったのでした。

仕事の都合もあって、2回しか見られなかったのは心残りではありますが、ひとまずの気持ちの区切りは付けられて、来年の再演を待てる気持ちになったのは何よりでした。

再演、よりスケールの大きい、分厚い作品になって凱旋されることを、心から願っています。

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『レプリカ』(1)

2016.8.14(Sun.) 17:00~18:40
シアターグリーン Box In Box THEATER(南池袋)
C列10番台

one on one 27th NOTE、新作を見に行ってきました。

この日は実は昼間に帝劇『王家の紋章』を観劇してからの池袋入りの予定だったのですが、前日のシステム移行作業に一部ミスがあって急遽出社となって、その後も自分のミスが加わって果たせず。

結果的にはこの日、この作品のみになったわけですが、この作品だけでも見られて良かったですし、結果としてエジプトと混ざらなかったので頭の中が混乱しなくて良かったとも(爆)。

この作品は3人ミュージカルで、oneでは初めてだという『恋愛』をテーマにした作品。
3月のcordシリーズのライブの際のアンケートで断トツのトップだったそうです。そういえば私もそれを選択した記憶が。

前日が初日で、この日が千穐楽というあっという間の公演日程。この後の再演も期待できそうな作品。
one作品らしい優しさが根底に流れつつも、大人の本音を随所に織り交ぜる、心地よい『毒』とのバランスが絶妙です。


公演が終わったとはいえ、再演も想定して完全なネタバレは避けますが、多少のネタバレは混じります。ご希望なさらない方は回れ右で。

・・・・

ダブルキャスト制で、この日拝見できたのはBチーム。
男性「別れさせ役」(マナト)役は寺元健一郎さん。
女性「恋愛コンサルタント」(ヤヨイ)役は岡村さやかさん。
見守り(クピド)役は蔵重美恵さん。

Aチームとは完全にカラーが違うようで、特にヤヨイ役の千田阿紗子さんは拝見したかったです。
(CDは両チーム混在ですが、千田さんのヤヨイは漢前さが全開です(笑))

物語の実質的最初は、男性と女性の出会いから始まります。
その出会いは全く持って普通じゃなくて。

「別れさせ役」の男性が依頼を受けたターゲットが、女性のヤヨイ。
つまり、ヤヨイと付き合っている方から、「ヤヨイと後腐れなく別れたい」という申し出を受けてヤヨイに接近するわけです。

片やヤヨイの職業は恋愛相談所の恋愛コンサルタント。他人同士の恋愛をどうつなげるかを仕事にしているわけですが、実にはヤヨイには秘密があって…。

このヤヨイが、岡村さやかさんの一筋縄ではいかない感じを存分に発揮できている役で(笑)、さすが岡村さやかさんを熟知している浅井さやかさん(主宰・作・演出)らしいというか。
アンケートでそういえば「岡村さやかさんの小悪魔的な面が出ていたら面白いな」と勝手に書いたことを思い出しました(大笑)。

とあるタイミングからのヤヨイの豹変が面白くて面白くて。
マナトはヤヨイを手玉に取っているつもりでいたところが、まさかの「完全に見抜かれていた」でのどんでん返しで絡めとられ、(マナトにとっては)共謀を余儀なくされる『レプリカの恋』

『レプリカ』とは「複製品」のことですが、「偽の恋愛関係」とも言いかえられるようにも思えて、マナトの依頼者(ヤヨイの付き合っている相手)に依頼経費としてお金を出させて楽しんじゃおうという、さすがは作者が女性だなぁという思う作品。

劇中にマナトがヤヨイを指して『怖い女だなぁ』と言うセリフがありますが、『違うわよ、女だから怖いのよ』というのは全く持って男性としてぐーの音も出ないセリフという感じで(笑)

ヤヨイは恋愛関係にある男性との関係を清算できずにいながら、マナトとの”レプリカの恋”を存分に楽しむ。とはいえ奔放な感じではなく、どことなく「恋愛」へのトラウマを感じさせる心の動き、それが劇中中盤から徐々に吐露されていきます。

そこのキーが、3人目の存在である「クピド」。英語で「cupid」と表現した方が存在の理由が分かりやすいわけですが、「恋愛の神様」に見えて、自ら「レプリカのキューピッド」と称しています。
このクピドは矢を二本持っていて、「黄金の矢」と「鉛の矢」を持っている。
そして、ヤヨイは過去、「鉛の矢」を放ってとクピドに頼み、クピドはヤヨイに鉛の矢を放った…

ヤヨイが恋愛と訣別しようと思った理由、その理由を知りたくなってくるマナト、そして傍観者である客席からの私たち。

相手の過去を知れたなら何かが変わるわけではないけれど、相手の過去を知りたくなるのは恋愛の一つのプロセス。相手が恋愛に一歩二歩踏み出せない姿が見られたら、そこに自分の想いが何かの助けになれないか、と思う様は”恋愛”を先に進める(ある意味、一歩深みにはまる)一つの要因でもあるわけですね。

この作品で一つのキーになる「ヤヨイの恋愛へのトラウマ」は、自ら”恋愛”に対して課した枷。
さやかさんが演じたからということもありますが、『Before After』のエイミーと印象が被る部分が強いです。

過去の決断を仕方ないと思いつつーただし、後悔していないわけじゃないー、その過去の決断ゆえに先に進めなかった自分が、男性の出現(再出現)とともに、変わりたいと思う様が似ているかなと。

ただ、BAと違うのは、BAのエイミーは自ら再出発に対して能動的なのに対して、ヤヨイは自分の再出発に対しても煙幕を張っていることですね。
その意味ではより恥ずかしがりやというか、自分の再出発に対して「自分の想いからじゃなく、他人からの想い」で歩き出すことにより、正当化しているようなちゃっかり感が(笑)、女性による作品ぽいなと感じます。

レプリカの恋、ホンモノの心。
ホンモノの恋、レプリカの心。

「レプリカの恋」から見出されてくる自身の「ホントウの心」。自分を縛っていた「鉛の矢」から解放される術。「鉛の矢」を放ってしまった故に、トラウマとして苛まれる「レプリカのキューピッド」。

マナトの存在によって変わっていくヤヨイ。
ヤヨイの存在によって変わっていくマナト。

相手と過ごす時間に感じる楽しさだけでなく、相手が持っている苦しみを分かち合おうという思いが出てくることで、相手に隠していた気持ち「レプリカの心」が溶けだして、「ホンモノの恋」になっていく…

・・・

複数のどんでん返しのあまりの鮮やかさに笑わせられ、驚かされつつも、マナトとヤヨイ、そしてクピドも過去の気持ちの回収ができて、前を向けて終われるのが、さすがはone作品。

寺元くん演じたマナトは少し斜に構えた(自称)感じが魅力的。
振り回されることに抵抗する感じと、敵わないと白旗上げる感じがどちらも自然。
手玉に取ったつもりが、実はヤヨイの手の上で踊っていたと分かった時の反応が素敵です。
相手の手の上で躍らされていたことを知った時に、怒りより許しの気持ちが自然に湧くのが恋愛なのかもしれませんね。

さやかさん演じたヤヨイはさやかさん自身が普段はあまり見せない、いわゆる「黒い」部分が上手く活かされていて絶品です。それでいて嫌味や悪気を感じさせないものだから、「女性の一面」として、存在し得ているのだろうなと。結婚相談所に来た結婚寸前の方に対するアドバイスが、内容が内容だけに真に迫っていて、その真摯さに胸を打たれました。
いくら奔放に振る舞おうとも、誠実であり続けようとした思いから離れなかったのが、彼女がトラウマから逃れられた理由なのかと。

蔵重さん演じたクピドはさすがの茶化し役で客席からどっかんどっかん笑いを取っていましたが、笑いだけじゃない存在が、この作品に深みを与えています。2人芝居だと本当にBAとの類似点ばかり気になってしまったかもしれないのですが、クピドがいることで「2人だけじゃ進められない物語」というのが分かりやすくなっていましたし、いい意味でおせっかい過ぎないのが良かったなと。

クピドはあくまで傍観者であり、物語を進めるのは、あくまで2人それぞれの想いでしかない、という形で描かれたのは素敵でした。

・・・

役者さんの個性の違いでいろいろな空気が見えてきそうな作品。たった2日間で、DVDが出ないこともあり、ぜひ再演を期待したところです。今回の2ペアはスペシャルキャストでもいいので、もう1期はぜひ期待したいです。

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『王家の紋章』(1)

2016.8.11(Thu.) 12:30~15:45
帝国劇場 2階J列20番台(センターブロック)

3日にプレビュー初日を迎えて早8日。ようやくmy初日です。

今作、予想以上のチケット難で、プレビューはおろか最初の週末さえチケット取りに失敗という失態。
ただ、仕事的にいまだかつてないピークに差し掛かっているので、結果からするとこの日が初日というのは、自分的にはちょうどいいという状態でもありました。

既にご覧になった観劇友の皆さまからの声や空気からだいたい想像はしていたのですが、初見の感想は「なるほど」というものでした。

出演者の皆さんが「歌で物語を繋いでいく」という感じで、このペア(キャロルは新妻さん、イズミルは宮野さん)ですから、シングルキャストを含めて期待通りではあれど、「音楽で物語を繋いでいく」ように聞こえないのは残念。

ヒロインのキャロルが考古学に魅せられ、エジプトへの熱い思いを露わにするのは原作愛に溢れた新妻さんのキャロルだけに、伝わっては来るのですが、舞台全体を見ると、肝心のエジプトの熱さ(空気)が伝わってこないように思いました。舞台上手下手に古代文字が描かれていて、カーテンコール時だけ光るのですが、むしろ本編でも時々光らせて「エジプト!」ってことを表現しても良かったような。

「ザ・エジプト」という空気が、ビジュアルでも音楽でも、もっと伝わってきてほしかった感。もっと音楽で気持ち的にぐわっと持っていかれることを期待していたので、なんだかカタルシスが足りないかな、というのが初見の感想です。

さて、まだ1週間なので原作内容含めて多少のネタバレ含めて進めます。気になる方は回れ右で。




まずは何といってもヒロイン・キャロル。今回はWキャストですが、私なので選ぶのは新妻さんの回。

今回、意外だったのは聖子さんが「王族(王家の紋章のファンの方のこと)だったこと。FCお茶会とかも含めて、この作品のガチファンだったことは聞いた覚えがなくて、今回の製作発表、インタビュー、諸々であふれ出てくる聖子さんのキャロル愛、原作愛が半端なくてびっくり。

何しろ
「壁ドンは片手じゃなくて両手じゃなきゃ」とか
「金色の髪は最初はそんなに優しく扱っちゃダメ!最初は(キャロルを)物扱いしてたメンフィスが、他の誰でもない女性としてキャロルを求めることに意味があるんだから」とか、
浦井氏はじめキャスト陣をたじろがせる本気ワードの数々(笑)

一番興味深かったのは、聖子さん曰くの「自分の色々はキャロルからできている」という言葉で、それはこの日見た限りでもずいぶん感じました。

必要以上の正義感を発揮してみたり
必要以上の好奇心を発揮してみたり
必要以上のおせっかいを発揮してみたり
必要以上の感情移入を発揮してみたり
必要以上のうっかりを発揮してみたり

思い当たる共通点がありすぎて(爆)、キャロルなのか聖子さんなのか、境目が分からなくなる瞬間もちらほら。それでも聖子さんが流石なのは、やっぱりベテラン女優の域に入ってきていることもあって、役が好きだからこそ、役に対しては誰よりも真摯に向き合っていることが伝わってきて、その真剣さは後ずさるほどに凄くて。
しかも今までの経験があって、技術コントロールがしっかりしているから、キャロルを通して物語を辿ることができる。
声が若干作りすぎな面もあるけれども、原作イメージと完全に一致しているのは流石の一言。

聖子さんがキャロルをもっと前にやってたら「気の強い」系になってたと思いますが、今見ると「芯の強い系」になっているので、熟練キャロル(自称)で良かったなと。

今回、原作から多少なりとも変更がされていて、一番残念なのは聖子さんとめぐさん(濱田めぐみさん/アイシス役)が正面からぶつかるシーンがないこと。原作ではアイシスはキャロルを古代エジプトに連れていく、そしてキャロルもそれを知っているので、エジプトで「メンフィスに好かれたいわけでもないし、ただ帰りたいだけなのに」とキャロルはアイシスに食って掛かったりしているので、この2人のマジモードのバトル聞きたかったです。ミュージカル界きっての憑依系DIVAの直接対決、期待してたんですけどね…

それにしても、めぐさんは流石の一言。誰もを跪かせる女王の威厳が凄すぎる。ベテラン勢では山口祐一郎氏のイムホテップ宰相が色んな意味で丸くなっている存在(好々爺と申しますか)なので、それこそイムホテップ宰相がアイシスを「女王とはいえ愛すると変わってしまう」と評したとおり、ただまっすぐにエネルギーを放てる存在は、強く印象に残ります。

メンフィスの浦井氏は帝劇初単独主演ということもあり、待望の!というところですが、やはり滲み出る優しさがまだ見られて、「元祖俺様キャラ」の荒々しさがさらに欲しい感じ。でも2幕のキャロルを奪われた時の荒ぶる姿は良かったです。それこそ「キャロルが他の誰でもない存在になった」からこその豹変だったのかもしれません。

期待通りだったのが、ヒッタイト王国のミタムン王女を演じた愛加あゆさん。びびちゃん(綿引さやかさん)とWキャストやったとき(『ON AIR』)ではまだそれほど気になる存在じゃなくて見られず、赤根那奈さん(夢咲ねねさん)の妹さんということでインタビューとかでは見てはいましたが今回初見。
メンフィスへの恋愛感情全開のところがとても可愛かったですが、運命に堕ちていく様(光景)が元宝塚娘役コードを軽々と飛び越えて、びっくりでした。

今回の『王家の紋章』の舞台化で一番気になっていたのは、「3000年の時を越えた恋愛」だけで物語が作れるのか、というところ。それに対する答えは、本編の最後のキャロルのソロの歌、そしてバックに皆が出てくることで表現されているのかもしれませんが、正直、メッセージ性として弱い気がしました。

・・・・

公演初日に来年の再演が発表になった当作品ですが、その割には客席の熱気がそれほどまでに感じないことも気にかかります。
音楽がステージ部分で籠ってしまって、どうも客席にまで圧が伝わってこない気がします。『エリザベート』や『モーツァルト』、『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』といった作品群はそれがあったように思いますし、今回と立場が似ている『MA』も、その点に関しては「劇場を包み込む圧」があったように思います。
再演、大丈夫かなぁと心配せずにはいられませんでした。

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『ジャージー・ボーイズ』(2)

2016.7.31(Sun.) 13:00~16:45
シアタークリエ 9列20番台(センターブロック上手側)

WHITEチーム千穐楽、そして大楽です。
今回の公演はREDが2回、WHITEが1回の都合3回しか見れませんでしたが、久しぶりに見るジャージー・ボーイズ、そして初めて見るWHITEはいろいろ新鮮でした。
大楽を迎えましたので、ネタバレなしで参ります。お気になさる方は回れ右で。



今作の主役、フランキ・ヴァリ役を演じた中川晃教さん(あっきー)。

ジャージー話をする前にちょっと昔話を。

あっきーを始めて見たのは、多くの方と同じように2002年の『モーツァルト!』ヴォルフガング・モーツァルト役でした(井上芳雄さんとダブルキャスト)。姉のナンネール役が高橋由美子さんだったことで見に行ったわけですが、あっきーの突破力の凄さに圧倒されたのを今でも覚えています。

そして次が2004年の東宝×新感線『SHIROH』。このときあっきーは”歌で人の心を操る”天草のシロー役。

両作に共通していたのは、並外れた才能を持つ天才が、その才能ゆえに平常心を失くし、破滅へ向かっていくところ。

それから彼を見る経験はずっとなくて、その次が2014年『ファースト・デート』。新妻聖子さんが相手役でした。あっきーと聖子さんは突っ走り型という点で共通したところがありましたが、この時共演していたのを見ると、以前よりも両者とも尖っていても周囲と調和しているように感じて。共演者との壁みたいなものがとても薄くなったのが印象的でした。

そして今回の『ジャージー・ボーイズ』。

あっきーの突破力はありながらも、歌い方としては抑える歌い方をせざるを得なかったのは、なるほどと思いながらも、印象的だったのは彼の立ち位置。

あっきーが演じる役は、以前は「才能がある、だから自由に生きる(自分にはその権利がある)」ことが多かったと思うんです。

それからすると今回の作品では「自分がセンターで当然」になっても不思議じゃない。なのにそうはなっていない。自分がトミーに才能を見出されたという前提があるとはいえ、ボブの才能に一目置き、ニックを認めてもいる(某シーンでは存在を完全に忘れているけれど)。トミーを含めた4人でこそ自分が一番輝ける、だからこそ自分は調和を求める…それをあっきーが演じているのがとても新鮮でした。大人になったんだなと(爆)。

今回、あっきー演じるフランキーの最初の奥様、メアリーを演じたのが綿引さやかさん(びびちゃん)だったのもあって、2幕中盤まで続く、夫婦のすれ違い様にどっぷり漬かれて。

この作品の芝居色が強い印象って、あっきー&びびちゃんのペアだからこそと思うんです。後半で愛人役だった(小此木)まりちゃんだと健康的な印象があるし、遠藤さんだと派手な印象(長く続かない)になりそうだし。まりゑちゃんとだとそもそも物語が成立しなさそうな気が(爆)。

すれ違って、最後は別れることになったけれども、『My Eyes Adored You』で、唯一2人が歌声を重ねる「瞳で魅せられて、憧れて」は感動的。別れるけど出会ったことは間違いじゃない、それが痛いほど伝わってくるのはこの2人だったからこそと思います。

2幕で、2人の娘のフランシーヌが亡くなり、フランキーが切々と娘に歌いかけるシーンがありますが、まりゑちゃん演じるフランシーヌは、その歌を聞いて微笑むんですね。
「やっと、私のことを見てくれた。やっと、パパになってくれた」と言うかのように、満足そうに闇に消えていくんですね。

それを見たときに、娘がパパを認めたことで、一人苦しんできたメアリーはやっと救われたんじゃないか、ってそう思えて。

自分の名前の”ヴァリ”の末尾を「Y」から「I」から変えたのはメアリーに言われたから。それを離婚後もずっと「I」のままにしておいたフランキーにもじわり。フランキーにとってはメアリーとの、断ち切りたくない絆だったんだろうなと。

絆と言えば、この作品の一つの軸に『family』があって。

フランキーはメアリーとの家族を作れなかったけれども、いやむしろ、だからこそ、フォー・シーズンズの4人としては”家族”としていたかった。だからこそ、他人からはあり得ないと断じられるほどのトミーの尻拭いもした。
それは自分を軸にした4人が発する音楽が、聞き手に「音楽を通した”『family』の絆”」を届けたいという思いゆえもあったのかなと。(劇中、「離れ離れになる2人にとっての音楽」といったト書きがありますね)

あとやっぱり感動ポイントは『Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)』。音楽の専門家がことごとく相手にしない曲を、誰に何と言われようとレコードにしようと、クールさ脱ぎ捨てて走り回るボブ・ゴーディオは矢崎氏も海宝氏も甲乙つけがたい素敵さ。フランキーとの絆を感じられる大好きなシーンです。

エンディングの疾走感はすさまじいほどで、”狂喜乱舞のご熱狂”(←著作権は東宝株式会社が保持しています)の言葉はまさにそのもの。そこから始まった総延長45分の急遽のアフタートークは、アンサンブルさん含めた全員のご挨拶。(前日ソワレはREDチームの楽でしたが、そちらはフォー・シーズンズのみ。ただアンサンブルさんは1組なので、この日全員が挨拶されてカンパニー全員の挨拶になったのですね)

上手、下手の順で順々にご挨拶。フォー・シーズンズ4人の前に下手側が1人余ってしまって、ボブ・クルー役の太田さんが先に挨拶してからフォー・シーズンズの3人(中川さん除く)→演出の藤田さん→中川さんの順でした。

それにしても、あっきーとがうち氏がちょいちょいツッコむもんだから話が進まない進まない(笑)

遠藤さん「個人的にもいろいろあったんですけど」
あっきー「何それ聞きたい」

とか。

がうち氏「今日はWHITEということで皆さん白で」
あっきー「赤もいらっしゃいますね」
がうち氏「敵ですね(笑)」
あっきー「向こう(赤)はそんなこと言ってなかったですけどね(笑)」

とか。

福井さん「ありがとうございました!以上!」
あっきー「早すぎませんか」
福井さん「だって長くなりすぎてますし。そこの子供さんなんか飽きてきてますよ」
あっきー「あ、あれ僕の甥っ子なんで大丈夫です。ああ見えて聞いてます(笑)

とか。

全般的に本当に稽古で一から作ったということで、「良く間に合ったなぁ」が皆さん共通の感想みたいで。

まりゑちゃん「最初の稽古で最初のシーンの『このシーンどの役やりたい?』って(演出の)藤田さんに言われたんですけど、そんなの台本に何も書いてないんですよ(笑)」
あっきー「そうそう」

とか(苦労がしのばれます)。

それもあって不安もあった初日。

びびちゃん「観客『役』の皆さんのたくさんの応援、笑顔に力をもらいました。ありがとうございました」

と。

この”観客『役』”という言葉は直後に話した阿部にぃからもお褒めの言葉と共感の思いを仰っていただいていましたが、素敵な言葉でびびちゃんらしい。

舞台を盛り上げるのは客席一人一人からの思いだし、それを引きだすのは舞台上の熱量だし。シアタークリエの空間を循環する、とても気持ちいい”熱さ”がこの作品にぴったりだったように思います。チケット難はともかく、作品と劇場がぴったり合うのはこんなに必要なものなのかと実感しました。

そういえばびびちゃんの挨拶の導入部は
びびちゃん「酒浸り役のメアリーを演じました綿引さやかです」
でした(笑)

終盤、あっきーからのご挨拶。

「みなさん、これからも舞台を見に来てください。
 舞台を見ることで皆さんの生活に少しでも助けになれればと思います。
 そんな皆さまを拝見できることで、私たちは自分の仕事に喜びを感じられるのです」

そう挨拶を締められたあっきーの姿はまさに座長の風格で。
誰よりも大変なあっきーが、努力をし続ける姿が、カンパニーのみんなの士気を高めて、キャストスタッフみんながmaxを目指せたからこその成功だったんだろうなと思います。
その上、演出は熱血の藤田さんだし、カンパニーの中に自然に上を目指す空気ができていたことを、実感できるカーテンコールでした。

そして、再びあっきー。

「この作品、また見られます」

 …何が起こったか、半信半疑で静まり返る客席。

「見られるんです」

 …すべてを一瞬にして理解し、熱狂する客席。
  この日最大の拍手が巻き起こる、これぞまさに”狂喜乱舞のご熱狂”。

あっきーを長く見てきていると基本がいたずらっこだから、一回じゃ信じられなくて(大爆)。
…って感じはある程度共有されていたような気がします、この日の客席(笑)

再演も発表されるサプライズだけでなく、本編も大楽に相応しい熱さ。
拝見できて嬉しかったです。

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