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『ジキル&ハイド』(5)

2016.3.5(Sat.) 17:30~20:25
東京国際フォーラムホールC 3階10列センターブロック

2012年から4年ぶりの再演。
前回の日生劇場が改装工事中のため、会場は東京国際フォーラムホールCに変更しての、この日が初日。

メインキャストの石丸幹二さん(ジキル&ハイド)、濱田めぐみさん(ルーシー)、笹本玲奈さん(エマ)は変更なく、他はかなりの変更が入っています。

新キャストで印象的なのはジキルの友人、アターソン役の石川禅さん。前回の吉野圭吾さんの時はエマとの距離の近さが印象的でしたが、今回はジキルとの距離の近さが印象的。

エマのパパ、カル―卿はパパの達人こと今井清隆さん。どこででも誰とでもパパになれる今井さんですが、玲奈ちゃんエマとの距離感が抜群です。娘のことを心配でならなくて、ちょっぴり娘にうざがられるあたりの距離感が絶品(笑)。

メインの3人は、4年間でずいぶんの変化があり、一番大きいのは石丸さんの大ブレークですよね。

それに加え、石丸さんは悪役を演じることの違和感がなくなったようで、今回一番凄いのがハイドのくだりのマジ怖さ。
前回の石丸さんは恐る恐るハイドを演じていた面があったように思えて、「悪にためらいがある」ような気がしました。
それに比べると、今回は4年間の特にあの役を境にしての役柄の広がりが、「1人2役」のジキルとハイドに上手く反映されているように思えました。

濱田さんは不思議なぐらいにルーシーが幼くなっていました。
大人っぽくジキルに接することをこだわらなくなったかのような懐き具合。とにかくジキルにハートマークで可愛すぎます。
ルーシーは甘える相手がいなかったのかなと。よくライブで聞く「あんなひとが」の歌詞の説得力というか、シーンでの噛み合い方がさすがでした。

玲奈ちゃんは元々受ける芝居なタイプの役者さんなので、石丸さんと濱田さんの変化を受けてどうなったかと言えば、しっかり度5割増し(笑)。
ある意味、「自分の思いのまま動く」ことでは二重人格でも何でもないジキルとハイドの石丸さんを受け、そして対面はしないものの石丸さんを挟んで舞台上を共有するめぐさんがより幼くなった結果…
「(エマが)しっかりしなくちゃ」という色合いがとても濃くなったと感じます。

前回公演で玲奈ファン中心に超微妙な反応だった(今回のフライヤーでも登場している)ヘアスタイルが自然になり、開場直前にゲネプロ後の囲み取材画像が出たので、安心して見られて良かったです。

アンサンブルさんで目立つのは、2幕最初の新聞売り(「事件、事件」)が麻田キョウヤさんだったり、娼婦の館の客引きが折井理子ちゃんだったり、町中で妙に目立つのが七瀬りりこちゃんだったり。
エマに嫌われることに関しては折り紙付きなストライドの畠中洋さんも健在です。

とにかく歌うまさんがプリンシパル・アンサンブル通してたくさん(というか歌微妙さんが左向いても右向いても後ろ見ても前見てもいない)ということもあり、歌を通した場面の満足度は抜群です。

ただ、国際フォーラムホールCは台詞が通りにくいのか、歌では伝わるところも台詞では伝わらないことも多くて。石丸さん、めぐさんは通るんですけど、玲奈ちゃん、台詞になるとちょっと弱い感。

ストーリー的には4年ぶりに見て、あぁこうだったなぁと感じるところ多数。

ハイドが暴走して手をかけるのは、ジキルの邪魔になる人ばかり。
実験が加速すれば、ハイドの暴走をジキルは止められなくなる。

評議会の人たちに手をかけるのは、ジキルの私怨の具現化であるわけですね。
或る意味、「良い人」を演じているジキルの本当の願いを忖度してのハイドの行動とも言えて。

そう考えると不思議なのは、ハイドからのルーシーとエマへの関係。

ハイドからルーシーは常に「暴力での支配」であり、拡大解釈すればジキルの欲望の具現化。
ハイドからエマへは、ラストシーンでこそあぁいうことになるけれども、それまでは不思議なぐらいエマへの攻撃はなくて。

「なぜエマへの攻撃はないのだろう」と思った時に思い浮かぶのが、玲奈さん自身も大事なポイントと仰っている「分かっているわ」という言葉。

その言葉は、ジキルだけでなくハイドにも伝わっていたんじゃないかって。ジキルの焦りが産み出したハイドという怪物。自分が父に対してできることのないことに焦り、結果を出せないことに焦っている彼に対する、無条件の信任。それを裏切ることは、ハイドですらできなかったのかなと。

ハイドがエマを攻撃しなかったのは、ハイドにとってもエマは特別な存在だったんじゃないかって。
それを分かっていたのはアターソンで、だからこそハイドがエマに手をかけたときに、

「それは許せない、許されない」

と行動に出たんじゃないかと。

友人であり弁護士であったアターソンが、ジキルとハイドの実態に気づいていないわけがない。
それでも、友人であるがゆえに「やりたいようにやらせるしかない」と思っていただろうに、それでも最後にあぁなったのはなぜか。

アターソンがエマにとって、何らの気持ちがなかったわけではないとも思いますが、「ハイドを止めるべき一線」が「エマに手を出すこと」だったのではと思えました。

それを思わせるぐらい、エマは本当に女神さまのようでした。
全てを分かって、睥睨するかのような役は前回の『スクルージ』のイザベラ役もそうでしたが、ドレス映えや威厳も含めて、中々代わりのいない存在感でした。

カーテンコールでは演出家の山田和也さん、作曲家のフランク・ワイルドホーンさんがご登壇。

ワイルドホーン氏のご挨拶では「こんなに素晴らしいキャスト、演出家、オーケストラに演じてもらえて、こんなハッピーな作曲家はいません」といったことを仰られていたのが素敵でした。

カテコは予定より回数が多かったようで、最後の回で、それまでは上手側に捌けていた玲奈ちゃんが、なぜか現れずカンパニー一同「?」となっていたら、なぜか下手側から飛んできた(笑)のが、相変わらずの「カテコで何か起こさずにはいられない」属性の玲奈ちゃんであったのでした(爆)。

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