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『オリーブ~心には花を、頭にはスクラップブックを~』(2)

2016.3.11(Fri.) 19:00~20:40
シアター1010ミニシアター

今週日曜日のキンポウゲ組の初日を拝見し、どうしてももう一度見ておきたくて、急きょ決めた北千住行。
本当は上の階も気になるのですが、今回は日程の調整がどうしてもつかずに断念。

処理の確認が延びて職場を出るのが遅れ、開場には間に合いませんでしたが、運よく舞台正面に空き席を見つけ、前回と違ったポジションで見ることができ幸運でした。

そこかしこに緊張が見られた初日に比べれば、この日はカンパニーみんなが自身のポジションを生き切っている感じで、過剰も過小も感じられない絶妙な出来。1人欠けてもこうはならない、誰もがお互いを信じあっているからこそ見える作品世界の温かさ。

ネタバレを含みますので、これからご覧になる方はご注意くださいませ。





よろしいですか?

この作品の物語のメインテーマが何かと考えるに、

「他の人が不幸になることを願っても、
 自分は幸せにはなれない」

という点かなと。

主人公のレオは酔った勢いで隣の家の犬小屋を壊す。でも、本人にとって壊したかったのは犬小屋じゃない(ことは本人が明言しています)。

レオにとっての「隣の家の犬小屋」は、「幸せの象徴」なんですよね。「自分だけが不幸」だと思うレオにとって、「幸せの象徴」は癇癪の対象であり、忌み嫌う対象でしかない。

レオにとって両親は”他人”ではなくても”自分以外”のカテゴリになる。
自分にしか興味がないレオにとって、両親に対しても他人行儀。
ギターを買ってもらい、今の自分に強い影響を与えている父親に対してさえ、父親の付き合う相手には興味がない。父親が出ていくことには興味はない。庇護されたいであろう母親に対しても、心を開いている感じはない。

ただし、「父親が『自分を』捨てた」ことにはショックを受けているし、「母親が『自分を』相手にしない」ことにもショックは受けている。あくまで『自分』だけが興味対象なわけで。

「自分が不幸だから、他人も不幸になれ」

そう思うレオは、それゆえに、それですっきりすることはない。
自分で自分の幸せの道を閉ざしているレオは、自分だけではそれに気づくことはできない。
その小さな価値観の中では。

この作品を2回見て興味深かったのは、レオがオリーブに「自分のちっぽけな価値観で他人を判断するな」と叱責された場面。
レオは確かに自分にしか興味がないし、「この老婦人の人生がどれほどのものか」と見下した点はあったと思われるが故に、オリーブがそう叱責したことには納得するものはあります。

オリーブにとってレオは”何もわかっていない「若造」”以外の何物でもないでしょうし、当たり前といいつつ、オリーブはレオを見下していたと。

が、オリーブも実は忘れようにも忘れられない、本当は戻ってきてほしい「娘」という存在がいた。
でも今の自分はその「娘」に戻ってきてと言えない。「自分」を一度は捨てた人だから。

オリーブはレオを見下していた。「自分」にしか興味がない、と。
でもそのオリーブも「自分」という制約が自身の行動を制約していて

オリーブの価値観の中では、娘に戻ってきてもらう術はないはずだった。
でも、見下していたレオがその殻を打ち破った。

オリーブはあっけにとられ、自分も「ちっぽけな価値観」にこだわっていたことを知る。
自分の幸せを遠ざけていたのは、「自分」にこだわり、「自分以外」を遠ざけていたからなんだと。

オリーブとレオは「自分が上位に立つ」ことにこだわっていたという点で、似た者同士だったのかなと。
2人がそれぞれその拘りを捨てたときに、小さな価値観のコップは広がって、幸せの種は大きくなったのかなと思えました。

この日見ていて面白かったのは、2組のカップルの関係。
ラスト近く、レオの両親を挟んで、母親側の隣にシーリア、父親側の隣にデュークが並んで。
並びで言うと、下手側からシーリア、レオ母、レオ父、デュークの順です。

その並びを見てふと思ったんですが、
レオの両親が「現実」なのだとしたら、
シーリアとデュークは「理想」だったんじゃないかなと。

シーリアの前向きさとエネルギー、そして包容力はレオが母親に求めたものそのものに思えたし、デュークのどこか軽いけれども、それでも決めるところは決める様はレオが父親に求めたものそのものに思えたし。

両親が元鞘に戻った後の関係性が、シーリアとデュークの関係にすごく雰囲気が似て思えました。

オリーブの頭の中にあるスクラップブック。
それは、どこにあるのか記憶がなくなってしまうだけ。
そんな台詞がレオによって語られますが、ふと思ったのは、パソコンのゴミ箱みたいだなって。
あれ、ゴミ箱に入れても、ファイルの実態とインデックスを断ち切って移動させただけなんですよね。
実質的に「ここにある」という情報を外しただけ。

忘れようにも忘れられない、と同じく、
記録したから忘れられる、ともとれる。

「娘」を忘れたくなかったから必死で忘れないようにしていたオリーブが、娘の存在が分かり、娘がついていてくれるとわかったら「娘」のことを忘れた。

じゃぁ、忘れたからそれが大事じゃなかったかというと、そうではないのだろうと。

物理的に忘れても、精神的には忘れていない。
それが「絆」なんじゃないかと。

3月11日だからかもしれませんが、そう思えてなりませんでした。

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