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『エピメテウスの子ら』

2015.12.12(Sat.) 16:00~17:20
新宿眼科画廊

翠座(あきらざ)第5回公演。
劇場の場所がすぐ思いつかなかったんですが、スペースゼロと同じビルなんですね。新宿三丁目駅からが近いとありましたが、同駅の大江戸線最北端出口(E1出口)からが5分なので、実際のところは一つ北の東新宿駅の方が感覚的には近かったです。

女性3人+1人のお芝居。
深夜の冬の公園で会う3人。製薬会社社員・ホームレス・キャバクラ嬢。

今年10月に見た「Working」も新宿に合う物語だなぁと思ったけど、この作品もどこか新宿中央公園を思わせるストーリー設定で、見終わったら「あぁ、新宿だ」と何だか腑に落ちたりして。

今回公演はダブルキャストで、この回はピュラチーム。ホームレスの大木チナツ役を椛島歩さんが演じられていました。

女性が3人寄ればかしましい、との言を待たず、更にお酒まで入っているものですから賑やかしいことこの上ない。で酒が入るから本音の山。

作品のネタバレ入りますので、よろしくお願いします




どういう方向に物語が進んでいくのかなーと思っていたところに提示された「エピメテウスとは何か」という話。ギリシャ神話で「事が起こってから後悔する者」のことで、兄がプロメテウス。こちらは「先見の名を持つ者」の意味だそうです。

この話を聞いたときに、ようやく自分の中でこの作品の軸が理解できた気がして。

「プロメテウス」は某新聞の連載で「プロメテウスの罠」というものがあって、言葉だけは記憶に残っていました。
震災後に始まったシリーズで、要は「先見の明を持っているという過信が持つ油断」について記載している連載なんです。

今回の作品では「事が起こってから後悔している」3人がどう進むかをテーマにしていて、それは「先見の明を持つ」プロメテウスにはなれない、コンプレックスも見えて。
でも不思議なことに「プロメテウスにならなきゃ」と思っているわけでもないんですよね。そもそもそんな才能はないんだから、起きた上で次を探すしかないよと。

劇中で語られる「方程式」はとても興味深かったです。

幸せの気持ちは、「(前向きな気持ち÷後ろ向きな気持ち)」の関数だと。
舞台に出ている皆さまって本当にこの関数が1を超えている人ばかりで、私が芝居を見る理由の大きな一つでもあるんですが、普段生活しているだけではなかなかこの数値って1を超えないんですよね。でも実際のところこれを1以上にするのは自分自身の人生への向かい合い方以外にないということを、芝居というのは見せてくれるんじゃないかと思わせられます。

椛島さんが演じられていた大木チナツは結構毒舌キャラで、ぼそっと呟くのですがそれがいちいち怖いほど当たってる。不思議なのは「住所不定職あり」という、役柄上の不思議さですが(笑)、「人が増えた分、1人1人が軽くなっている」というのは一番印象的。それは自分たちが社会の中で、本当にちっぽけなパーツになっていることへの嘆きでもあるんでしょうけれども。

自分が自分として存在していたいけれども、社会の中では本当に小さなパーツでしかない。そのジレンマの中でも、自分が自分として幸せに生きようとする気持ち無しでは、結局一歩も進めはしない。

「全部燃やしたいと思っても燃やせないものもある」…燃やしちゃいけないものもあるし、燃やさなきゃいけないものもあるし、燃やすべきものもある。

不自由を嘆くより、今、自分の自由をどれだけ広げられることに目を開くと、また違った道が見えるかも。
12月にとっても合った、ほっこりした芝居でした。

「自分の存在がちっぽけで」と悩む若い人たちへのエールという意味で、芝居の可能性って、「悩む若い人たちを照らす」ものかもしれない、とすっかり若い人じゃなくなった(爆)自分は思ったのでした。

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