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『マンザナ、わが町』(4)

2015.10.25(Sun.) 13:30~16:30
紀伊國屋ホール A列10番台

4回目の観劇、この日が楽です。

「いつまでも見続けていたい」と思う作品は年に何作品も出てこないわけで、この作品は今年見た作品の中で間違いなく筆頭格です。

テーマは難しく見えるのに、中身はとっても取っつきやすい。
でもコアは深くて、一度や二度では見えてこない。だから面白い。

笹本玲奈さんが出演されるということで見ることにした作品ですが、作品の中で役があり、役者さんが作品に引っ張られ、そして作品が役者さんを引っ張る。そしてそれが5人のそれぞれの相関関係の相乗効果で増幅していき、見るたびに新鮮な発見に気づかされる作品でした。

◆テーマは「色」
この作品を見ていて腑に落ちたのは「色」という表現。

ラストシーンで、「黄色は美しい」「黒は美しい」…と、登場人物それぞれの衣装とリンクする台詞があります。「色はそれぞれ美しい」という表現は、サチコ斎藤さん曰くの日本人評、「みんなそれぞれ、みんな違う」という言葉と対応しています。別の言葉で例えれば「個性」でしょうか。

この「色」という表現は、同じくサチコ斎藤が語っている発言、「『お国のため』とかいうことになると、その色が同じ色で塗りつぶされてしまう」…という表現とリンクしています。

戦時中が舞台でありながら、反戦色が色濃く出ているのはさほど多くなくて、それは少し意外です。

◆反抗と受容
演劇班の演出家であり、室長的な立場にいるソフィア岡崎の思考には、一部分かりにくいところがあります。

始まってすぐ、天津オトメに「ずいぶんと飼いならされたものだねぇ」と言われるぐらいに、「舞台を上演せよ」という命令には従順なソフィア岡崎。それなのに、強制収容所へ収容されるきっかけになった大統領令に対しては、他のメンバーが想像もつかないぐらい(できもしない)に過激な抗議文を送る。

台本にほぼ従順なソフィア岡崎が唯一止まるシーンが「住民による自治」という一語。
台本をぎゅっと押しつぶしそうなぐらいに憤りを表現していて。
「ここに住民による『自治』なんてないだろう」、という感情が強く出ていて。

劇の終盤、ジョイス立花がソフィア岡崎に対して「あなたは『理屈』に命がけなのね」と言っていますが、ソフィア岡崎にとって「悪法であれ法は法。法には従うが、悪法そのものに対しては断固抗議する」という立ち位置なことが読み取れます。

それは「自分を自分たらしめる幹」だけに、自分だけだとぽっきり折れてしまいそうな幹。
実のところ、5人の中で一番他人の助けを(無意識のうちに)必要としていなかったソフィア岡崎のことを、皆が救った。「仲間に支えられている」ことを実感したことで、ソフィア岡崎も「変われた」のだと思う。

そう見ると、このシーンでのジョイス立花の変化も印象的。サチコ斎藤評するところの「世間知らずのお嬢様タイプ」な彼女の実際は、「自分以外に興味がない」役どころで、自分の言動や行動がどういう捉え方をされるかに無関心で、いわんや周囲の人のことなぞ眼中にないように見えます。その彼女が、このシーンではソフィア岡崎の苦しみに寄り添い、まるで自分のことのように心配している。

この物語で登場している5人は、誰一人として「始まった時と終わる時」で同じ気持ちではいない、そこにこの物語の面白さがあるように思います。

マンザナの「外の風景」に「見るべきものなんかない」と言っていたリリアン竹内が、ジョイス立花の言う「素晴らしい景色」という言及に心を動かされたりするシーンもその一つ。

「すべての『日本人』たちのまほろば」という4人の言葉に対して「すべての『人』たちのまほろば」と言うサチコ斎藤の言葉にもハッとさせられます。

◆人は結局、「おかゆ」から離れられない
その人それぞれのバックボーンを「おかゆ」と称しているこの作品ですが、劇中劇の『マンザナ、わが町』の台本のとある記述から、ソフィア岡崎はサチコ斎藤の本当の姿に気づきます。

「マンザナを切り拓いたのは中国人移民のみなさん」という表現は自らの出自である中国に対する無意識の発露。自らの素性を明らかにしないように細心の注意を払ったであろう脚本であっても、「なくて七癖」みたいなところはどうしても残ってしまうのだろうなと。

もう一点、「City」と「Town」の関係性も印象的。

住所を大きいところから小さいところへ書く日本。
住所を小さいところから大きいところへ書くアメリカ。

共同体が前提で個がある日本と、
個が前提で共同体があるアメリカの違い。

どちらが優れていると明言しないこの作品の本が好きです。

それゆえ、登場人物も自然にお互いの違いを認め合う方向に進んでいく雰囲気になる。
人の考え方は勝ち負けじゃない。
その当たり前のことに気づかせてくれるこの作品の本の優しさ。

1つ1つの言葉に優しさと強さが溢れていて、小手先で接することを許しはしなくて。

自然に真摯な気持ちで作品に向かい合う気持ちになれる作品を前に、バラエティに富んだ5人の女優さんが、個性が自然に並び立って。そしてお互いが光っている姿は、とても綺麗で美しかったです。

5人の女優さん、土居裕子さん、熊谷真実さん、伊勢佳世さん、笹本玲奈さん、吉沢梨絵さん。

この作品で初めて知った方もいらっしゃれば、今まで見てきた方もいらっしゃいますが、5人が5人とも、「この人じゃないとこの味は出せない」という絶妙な存在感でした。

あたかも、この作品、この本がこの5人が揃うのを待っていたかのような18年ぶりの再演。

土居さんの強さと脆さ、真実さんのしなやかさ、伊勢さんの自由自在さ、玲奈ちゃんのきらきらとした存在感、梨絵さんの華やかさ。

どれもが、『マンザナ、わが町』という作品が求めていた登場人物のあり方だったように思えて、この5人が揃った奇跡を感じられる、本当に素敵な作品世界になったこと、それを拝見できたことに何よりの幸せを感じられたのでした。

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