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『君よ生きて』

2015.8.30(Sun.) 12:30~15:15
神奈川県県民共済みらいホール
9列10番台(センターブロック)

望月龍平氏作の作品を拝見するのは実は今回が初めて。
この『君よ生きて』自体もこの日が初見です。

以前から作品の存在は知っていたのですが、今まで拝見する機会がなく、せっかくなのでチズ・ミユを平川めぐみさんが演じる回を、と思っていたら2015年シリーズで拝見できるのは横浜のこの1回のみ。
結果として初見が2015年全国ツアーの最終日(前楽)となりました(10月の板橋は追加公演)。

第二次世界大戦後、日本が敗戦してから満州在の日本人がシベリアに抑留され、帰還するまでを描いた物語。実際にシベリア抑留を体験した大川善吉(ぜんきち)の曾孫にあたるトモキが主人公。トモキは大学を出ながら就職した会社に馴染めず退社。恋人のミユにも見限られ、傷心の旅行へ。小樽から新日本海フェリーで着いた舞鶴で、”実は(トモキには)今まで見えていた”善吉の企みで、「現代の若者が抑留を体験する」ことに…

というプロローグ。

戦後の混乱期を描くにも関わらず、シベリア抑留の厳しさを描くにも関わらず、どことなくいい意味での「陽」の空気があるのは、善吉さんのポジティブさのためか。小西のりゆきさん、初見なのですが大変いい味出しております。”お茶目ながきんちょ”という感じ。抑留時のグループの中でも「いつも笑顔とユーモア」でグループを和ませていた、というのをトモキは体験して知ることになります。

実際には務めて明るく過ごしていても、実際には同じグループの中には脱落するものもでてきて、支えあった同志とも、いつまでも一緒にいられたわけじゃない。それでも明るく生きようとしなければ、気持ちが保てなかったのかもしれないなと。

善吉の心の支えは、満州で”日本へ向けて帰れるようにと別れた妻と子が、無事日本に生きてたどり着いてくれている”ことを信じること。その妻(ハルエ)と子は、青森の実家から、引揚げ船がいつ来るか知れず、舞鶴へやってきて、引揚げ船を出迎えるメンバーのチズと出会う。

引揚げ船の出来事を淡々と語る姿、そこには不思議にも”怒り”や”憤り”はなくて、むしろ話を聞いているチズの方が憤っている。「船内で病にかかり亡くなった人は日本に連れて帰るわけにはいかない。だから船から海に投げて弔う。『お魚と遊べてよかったね』と言って手を合わせる母がいた」という言葉を聞いて、不意に涙がこぼれました。

この作品を全編通じて感じることですが、決して興味本位で派手には作っていないんですね。この物語のもう一つの対になる、トモキの母親(朝子)は新聞社の記者で、引揚げをテーマにして記事にしようとしている。けれども『60万どおりのドラマ』といった安易な表現で取り上げることはどうにもしっくりきていないと、後輩の記者(さとみ)に吐露していて、彼女(朝子)は引揚げの実際を知るために舞鶴にやってくる。

このパートを併せて見ていて感じたのは、「安易な表現でなく地に足をつけた形でこのテーマで作品を作る」というのは、このテーマを舞台にする時のスタンスでもあったのではないかと。

脚本として感情に任せず、むしろ淡々とさせる中に、音楽や演技で感情を表現させていることで、より伝えるべきことがはっきりと浮かび上がっている気がしました。派手じゃないからこそ伝わるものというものが。

善吉はトモキに対して『お前は大丈夫だ』と、本編最初と最後で言っています。
同じ言葉だし、同じ言い方なのに、でもそれは全く違って聞こえる。それはトモキがたしかに得たものの大きさ故だったのだろうと。
過去と現在をつなぐ「思い」の絆が、自分を支えていることを自覚した故だったのだろうと。

役者さんでは、何といっても善吉さんを演じられた小西のりゆきさん。軽妙ながらも重厚、それなのに深く伝わる歌と演技と存在感。絶妙な笑いのテンポで、この作品をいい塩梅の重さに持っていく流石さでした。次に10月に染谷さんと綿引さんとのライブで拝見できるのが楽しみです。

母親役、伊東えりさんも初見。この方もいままで機会がなくて拝見できなかったのですが、腹の括り方といい、これはなるほど母親(トモキからは祖母、引揚げ者)からの肝の据わり方を引き継いでいるのだろうなと納得。

その母親・朝子とほぼテンポが同じマシンガントークで勝気な、トモキの彼女・ミユをこの回は平川めぐみさんが演じていましたが、いやまぁ期待通りのツンツンさん(笑)。ひとまずトモキを見放しはするものの、ほっとけない属性がぴったりはまっています。

もう一役のチズは先述したとおり舞鶴港での引揚者のお出迎え役。彼女の聞き上手のポジションがこちらもぴったりはまっていて。

善吉が舞鶴に降り立ち、大きな不安に苛まれている時にかけられる「奥様と息子はご無事です」という言葉はどんなに嬉しかっただろうと。善吉にとってはチズは女神だったでしょうね。

引揚げという取り上げるには難しいテーマにもかかわらず、事実を淡々と積み上げて作り上げられている物語。初めに感動ありきでないからこそ、見終わった時に感動が生まれる、そんな物語を拝見できた幸運に感謝。

どことなく「思いを伝える」ことに『ウレシパモシリ』と似たものを感じて。
この夏は、初夏の6月19日、平川めぐみさんは唄2の初日で拝見して、この8月30日のチズ・ミユで夏の終わり。
個人的には、前日の岡村さやかさんも、同じく6月19日に唄1の初日で拝見して、8月29日のエイミーで夏の終わり。

”想い”で始まって、”想い”で締めた夏だったのかなとも個人的には思えました。

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