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『虹のプレリュード』

2014.10.4(Sat.) 17:00~19:25
天王洲銀河劇場 2階B列20番台(下手側)

公演期間が短く、10月2日から5日まで4日間。

この作品も『アルジャーノンに花束を』同様にチケットの捌けが早くて。
テーマ的に面白そうだし、脚本は浅井さやかさんだし、平川めぐみさん出るしで、どうにかして入れたかったのですが、スケジュール的に何とか入れられる見通しが立ったのが、唯一この10月4日ソワレ。

立ち見も見た段階で劇場公式では販売終了してしまい、半ば諦めかけていたのですが、初日ご覧になった方が太鼓判を押されたことで改めて本腰を入れて探したら、唯一1社だけ座席指定が販売しており、なんとか座って見ることが出来ました。
下手側とはいえほとんどセンターブロックなので、見やすくお得感のある席です。

原作は手塚治虫さんの漫画で、ロシア侵攻直前のポーランドを舞台に、音楽院で音楽家を目指す若者たちの姿を描いた作品。
ヒロインのルイザは乃木坂46の生田さん。ロシアへの抵抗運動・レジスタンスに加わったために音楽院を退学となったヨーゼフに中河内雅貴さん。音楽院きっての天才、ショパン(フレデリック)を中村誠治郎さんが演じています。音楽院の同志(コーラスも担当)が後藤祐香さん(オルガ役)、平川めぐみさん(ニナ役)。声楽科の歌姫、コンスタンティアをフランク莉奈さん。ロシア軍将校・イワノフを石井一彰さん・・・といった顔ぶれ。

音楽院を舞台にしてはいるものの、ライバルという趣は薄くて、”同志”という印象が強い。
演奏側にフレデリック、声楽側にコンスタンティアという圧倒的な存在がいるせいか、トップには敵わない、ということを前提に「音楽を愛する者同士」の友情がメインに描かれていて。ただ、それは共通の敵である”ロシア”の存在があるからで。祖国ポーランドを愛するものとして、音楽を通した友情こそが、ロシアに侵略されつつある自分の気持ちをつなぎ止めておく絆なのだろうなと。

物語の中心として、無限のヒロイン感を醸し出すルイザ役の生田さん。17歳という若さも含めたこの魅力的な姿。とある理由により女性シーンよりも男装シーンの方が長いのですが、凛々しさも切なさも力強さも、なかなかここまで出せる方はいないんじゃないかと思います。ヨーゼフといい、フレデリックといい、イワノフといい、とにかく周囲の男性皆を惹きつけるのに、それでいて高く止まった感じがまるでない。むしろコンスタンティアがお高く止まってショパンもフった、みたいな描かれ方になってて莉奈ちゃんはちょっと気の毒だったかな。実際にご自身でピアノを弾かれているのも素晴らしかったです。

ルイザで一番良いなと思ったのは、「なぜヨーゼフを選んだか」の理由がはっきり伝わったこと。
自分の夢が破れそうになったその時、自らの危険を顧みずに自分を助けてくれたから、なんですよね。
自分は夢のために生きている、その夢をつなぎ止めてくれた彼への恩が、いつしか恋愛感情として惹かれていった様がとてもしっかりと表現されていて。男性から見ると、ヨーゼフ以外じゃない?とか思ってしまったりするのですが(爆)、フレデリックは恐ろしいぐらいに恋愛ベタだし、逆にイワノフはありえないぐらいストレートだし。
しかもイワノフに至っては国と国の敵みたいなポジションだし。

ルイザを巡るヨーゼフとイワノフのバトルは興味深かったですね。祖国のために音楽を捨てた同士なんですよね、恐らく。
その2人が、音楽は捨ててもルイザは捨てたくない、というか手に入れたい。
これはルイザが祖国を選ぶかどうかの選択肢。

そしてルイザを巡るフレデリックとヨーゼフの綱引き(表面上は存在しない)は、ルイザが音楽を選ぶか、祖国を選ぶかの選択肢。
フレデリックはパリに来てくれとルイザに言い、最後までルイザは首を縦に振らない。

ロシアからの圧力という中で、夢と現実との間で苦しまざるを得ない若者たち。コンスタンティアはいち早く祖国を離れ、「いいところのお嬢様はいいよな」と言われる。ショパンはポーランドを脱出し、パリに移り、その後にポーランド陥落を知る。その時の慟哭は痛いほど伝わってきて。

ぎりぎりの決断を迫られたときに、人が取れる選択肢というのは限られていて、それに対して他人がどうこう言えることは限られている・・・その冷徹な事実を突きつけてはいるけれども、でもきっとそれだけじゃないんじゃないかって。

祖国を離れたコンスタンティアが見せたその後の表情は、まさに空虚で、ある意味「祖国を捨てた」ことを十字架として自分が背負っていかなければならないことを、自覚できないほどに若かったのかなと思えて。

ショパンは「革命のエチュード」を作曲する・・・それはポーランドに残してきた仲間の気持ちへのレクイエムだったのだろうし、自分が出来るせめてもの思いだったのだろうと思うと、それぞれの人の生き様が、綺麗事を飛び出して出てくるこの作品は、本当に心に強く勇気をもらえる作品でした。

”良い作品”というものの定義というのは一言では表現しにくいですが、体感的に言って「長さを感じない」作品はそれだけお客さんを惹きつけられているということだと思うし、役としての存在感に疑問を抱かせない、違和感を感じさせないということはそれだけ役として作品の中で生きられていることだと思うし。

時代のうねり、感情のわくわく感、どきどき感がまっすぐ感じられて、良い意味で”若い”作品を観られたことにすごく充実感がありました。

惜しむらくは、ただただ、なぜ4日間しかなかったのかという思い・・・
途中から「チケットが取りにくい」という話が多く出てきて、販路を狭めてしまったような感があったのが勿体なかったので、ぜひ次回はもう少し長い期間でまた拝見したいです。

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