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『無伴奏ソナタ』

2014.9.28(sun.) 13:00~15:00
サンシャイン劇場 1階9列20番台(上手側)

初演は東京グローブ座でわずか1週間。
何とか都合を付けて見にいって作品の素晴らしさに打ち震えてから1年。待望の再演を見に行きました。
普段、見終わってからここまで時間が経つと、なかなかblogは書けないのですが、この作品に関しては自分の気持ちを残しておきたくて。
というか、1人でも多くの人に見てもらいたくて。

ただ、そう言うときに痛し痒しな部分はあって。作品を観た立場から言えば、物語について語りたいからどうしても話は詳しく書くことになる。でもこの作品は初見で何も知らないで見るときが良い意味で一番衝撃的で、心に深く深く残る。
芝居を奨めることの難しさってそういうところにあると思うんですよね。

・・・と言い続けても仕方がないので、まずはあらすじを。

作品の世界は、適性試験によって将来が決められる世界。
主人公のクリスチャン・ハロルドセンは音楽の才能を見いだされ、音楽を作る者<メイカー>として森の中で暮らし、音楽を作ることになる。両親からは引き離されて・・・
<メイカー>はその才能ゆえに誰からも尊敬される存在。
作られた音楽を聴きに来る<リスナー>は口々に彼の音楽に賛辞を贈る。
そんな中、一人の<リスナー>が<メイカー>に接触し、音楽プレイヤーを差し出す。

「君の音楽には足りないものがある。ここにはそれが入っている。バッハの『無伴奏ソナタ』だ」と。

当然、<メイカー>は純粋に音楽を作る環境にいるべきであるとの考えから、他者との接触は禁じられており、それは<リスナー>にとっても同様。最初は<メイカー>も断っていたけれども、無理矢理押しつけられた音楽プレイヤー・・・その音楽プレイヤーの存在、そしてその音楽を聴いた彼は、実質的に監視人も兼ねた<メイド>の追及は逃れたが、<ウォッチャー>の耳をかいくぐることはできなかった・・・

・・・

この「無伴奏ソナタ」という曲は、この作品の序章で語られますが、両親が<プレイヤー>(音楽演奏家)であり、夫婦で楽団で演奏している曲。つまり、クリスチャンが<リスナー>に「足りない」と喝破されたものが、両親を意味する「無伴奏ソナタ」にはある・・・

幼くして両親と引き離されたクリスチャンには<両親の愛情>が欠落していた・・・ことに感じられて深く深く印象に残りました。「君の曲は聞いていて悲しくなる」と<ウォッチャー>は語り、それゆえに「君が音楽を作ることを続けさせることは出来ない、法律を犯したことももちろんの理由だが、周囲に悪影響を与える前にその芽を摘み取るのも私の仕事」であると・・・。

初演以来、この作品で一番疑問なのは、「なぜ<メイカー>は<ウォッチャー>に従うのか」という点。

もちろん法律は犯している。「やってはならない」ことをやった以上、<メイカー>は<メイカー>ではいられなくなるし、その後の職業訓練毎の次の仕事についても、それはまた同様。

「若い頃の適性検査によって、皆の力にあった仕事に就くことが出来、結果、皆幸せになった」というこの作品の世界自体が、いささか狂信じみていて、クリスチャンが次々に法を破り次の仕事に向かっていくときに出会う人々が、クリスチャンへの所業に一度は反発しながらも、最後は諦めざるを得ないというのが、いささかもの悲しい。

でも。

「法を守らせることで秩序が守られる。だから法は守られなければならない」という大上段な視点に対する違和感に対して、クリスチャンは自ら「音楽を捨てない」ことで最後にひっくり返すんです。それがこの作品のすごいところ。

「法」による「幸せ」の押しつけに対してのクリスチャンの答えが、「シュガーの歌」であり、その曲は、作り手が誰であるといったところから離れて、ただその音楽に対しての拍手が送られている。

<メイカー>だから賛辞を贈られる、この作品世界においてはある意味、そういったことが含まれている。
だがクリスチャンは意図してかどうか、<メイカー>という立場を追われ、あまたの紆余曲折の末にたどり着いた先で、音楽家としての最大の喜び、「歌そのものにたいしての喝采」を浴びている。

「歌そのもので聞き手に喜びと幸せを与えられた」ことこそが、彼にとって一番の幸せ。すべてを奪われても、そして歌を何度奪われようとも、それでも歌から離れなかった彼に対する、神からの贈り物に思えて。

作品にタイトルに掛けるならば、「他人の導き」という意味での「伴奏」を必要とせずに、彼は「無『伴奏』」でソナタを奏でた-と思うと、その喝采にはとても大きな意味があるように感じたのでした。

・・・

初演から一人も変わらない再演という、舞台の世界ではかなり珍しい奇跡。

クリスチャン役の多田直人氏は口数の多くない寡黙な感じを見せ、「言い訳しない」感じが役にぴったり合っている感。

ウォッチャー役の石橋徹郎氏(文学座)はとにかく無限の説得力。「クリスチャンに言い訳させない」恐ろしいほどの圧力。

岡田さつきさん、大森美紀子さんも素敵でしたが、女性陣で光っていたのが2人。

メイド役の岡内美喜子さん、このポジションでやっているときの岡内さんってとても魅力的。押しすぎない「主人公を支える役回り」がぴったり。雨夢の暁子さんといい、「心臓~」のときといい、最近の岡内さん、凄く良い。

「バー&グリル」ウェイター役の原田樹里さん。え、こんなにコメディエンヌなんだとその弾け方にびっくり。コメディエンヌ系の渡邊安理ちゃんがすっかりヒロインポジに行って(正直、安理ちゃんにヒロインポジは合っていないと思う・・・)、岡田さつきさん→前田綾ちゃんと引き継がれてきた爆発性コメディエンヌの座は、きりりんできるんじゃない?ってぐらいに嵌ってた。

ちなみに岡内さんがアニーの孤児院シーンの1人として出ていたのは初めて知りました。うーむ、人に歴史あり。

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