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『炎立つ』

2014.8.17(Sun.) 12:00~14:40
bunkamuraシアターコクーン 1階B列10番台後半(上手側)

初日から1週間、久しぶりのシアターコクーンへ。

相変わらずの横着スペシャルで、bunkamura(東急百貨店本店)へは、旧東横店前からの送迎バスにて。
12時開演には慣れていないので、案の定ばたばたでの到着となりました。

奥州藤原家三代に亘った有名な平泉文化(世界文化遺産)。それが成すまで、そして成してからの歴史を清衡(役名は「キヨヒラ」)と家衡(役名は「イエヒラ」)という異母兄弟の関係を軸に描く物語。

ネタバレありますご注意ください




自分は歴史属性はなくて地理属性な人なので、地名の「平泉」「前九年」「後三年」は理解してても「前九年の役」と「後三年の役」で誰と誰が戦ったかはすぐ出てこない人で・・・ちなみに、この兄弟の直接対決が後三年の役です。

キヨヒラを演じた愛之助さん、イエヒラを演じた三宅さんどちらも舞台では初見。

朝廷に反旗を翻し沙汰を免れはするものの、陸奥国北部三藩を所領とされるイエヒラ。陸奥国南部三藩を所領として与えられ、かつ北部三藩を含んだ租税権を与えられるキヨヒラ。

改めて聞いてみると、イエヒラが怒るのも無理はないというこの沙汰。租税権を持つものが実質的な現地支配者ですからね。
イエヒラは「殺されなかっただけいい」と言われて矛を収めはしますが、もともと血筋的にはキヨヒラより上という自負があったイエヒラ、収まるはずもなく。

イエヒラは古代神アラハバキに自らの魂を預け、鬼神となってキヨヒラの館を焼き討つものの、キヨヒラは見つけられず、キヨヒラの母・ユウ、そして妻・キリは子供とともに自害する。(妻役の宮菜穂子さん、レミ以来で拝見しましたがとってもたおやかで内助の妻を実に素敵に演じられていて良かったです。)

イエヒラは何も手に入れられず、しかしキヨヒラは誰からも頼られる、そのコントラストが実に鮮やかです。

キヨヒラは実は最初は優柔不断に見えて決断力がないように見えます。母の死、妻の死、子の死を目の当たりにしてさえ、「自分も死のうか」と言っているぐらい。

そのキヨヒラを叱咤するのが古代神アラハバキの命を帯びた予言者であるカサラ。この舞台でのオリジナル役で、新妻さんが演じています。

かつて同じ栗山民也さん演出の『イリアス』でのカサンドラと同じような役柄とはいえ、今回の方が遥かに対象者に対して影響力を強く及ぼしており、その分、存在感も大きいです。歌と台詞で物語を動かす存在ですが、歌はいつも以上に物語に寄り添っている感じが強く、あまり聞いたことのない曲調もいくつも出てきます。これはなかなか他の人ではできないなと。

全編通して現れ、キヨヒラの迷いを消す存在として、常にキヨヒラの味方として背中を押し続ける存在。
カサラにとってキヨヒラは夢であり、大地であったと。この世に楽土(楽園)を築けるのはキヨヒラの他にないと。

カサラがいたからこそキヨヒラがキヨヒラでいることができたという存在。
しかしながら実は古代神アラハバキの命を帯びているだけに、主であるアラハバキの命からはみ出すことは恐らくはできない存在。真実を突きつける残酷な存在でありながら、自らの意思で動けない苦しみを抱えたカサラ。

キヨヒラが自分の足で立ち、歩けるようになった場には姿を現さないカサラ。

母を失い、妻を失い、それでも「生き残った者の生きる意味」を追求しはじめるキヨヒラの存在は、まさに人の上に立つ存在。こういうテーマだと、どうしても自分は『SHIROH』と切り離せずに見てしまうのですが、カサラはポジション的にはリオかなと思うのですが、リオほど現実に対して無力ではないし、翻って寿庵ほど現実に直接対峙はしていない。ある意味その両者を兼ね備えたポジションかなとも思います。

実際、語り部は花王おさむさん演じる物部のイシマルなのですが、こちらはあくまで過去の事象を語るのみで、未来への後押しをするのはカサラの役目。でありながらカサラの言及する部分が直截的な物言いではなく、「キヨヒラの内面にある理想」を引き出そうとしていたように感じて。

カサラの後ろで糸を引くアラハバキは、方やイエヒラの頼みを聞きイエヒラにも力を与えていて。朝廷がキヨヒラ・イエヒラの兄弟関係を利用して陸奥を支配しようとしたと同様、アラハバキもキヨヒラ・イエヒラを両天秤に掛け、どちらが王に相応しいかを試しているように見えてきます。

イエヒラが敗れキヨヒラが現世の楽土としての「平泉」の夢を語るときのアラハバキの答えが印象的で。
キヨヒラに対して「100年後の時の裂け目まで自分は大人しくしている」と言っているのですが、なるほどなと。

100年先ならキヨヒラは当然もうこの世にはいない。キヨヒラの王としての力量を認めながらも、「キヨヒラの子、孫にもキヨヒラの意思が正しく受け継がれていくこと」こそが100年の平安に必要だと指摘して、キヨヒラもそのハードルの高さに覚悟を新たにしたように見えて。

「責任」を覚悟した者同士の会話、キヨヒラとアラハバキの会話は痺れるほどに素晴らしかった。
そしてキヨヒラが言った「国」に対する認識はさすがだなと。
立場が人を変えたようにも見えましたし、人が立場を呼び寄せたようにも見えて。
どちらかというと決断力が不足しているように見えた前半のキヨヒラから、後半のキヨヒラへの変貌が、拝見していてとても素晴らしかったです。

物語を彩る4人のコロスも素敵でした。上田亜希子さんがどこにいらっしゃるか、初見では数シーンしか分かりませんでしたが(歌うとさすがに分かりますね)。ほぼ出ずっぱりの活躍でした。

東京公演は31日まで。大楽は9月21日の岩手公演。

<追記>愛之助さん、三宅さんの対談に聖子さんの話が出てきていて、その話への登場の仕方が爆笑でした(笑)。

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