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2014年8月

『赤毛のアン』

2014.8.28(Thu.) 13:30~15:55
名古屋市・日本特殊陶業市民会館(名古屋市民会館)
フォレストホール・26列20番台(センターブロック)

エステーさんがスポンサードされている「2万人の鼓動 ミュージカル赤毛のアン」。
存在は前から知っていましたが、一般発売は行われず、すべて抽選での無料招待制のこの作品。今年が12回目のツアーです。

今回、東京公演で応募したものの選に漏れ、見ることは叶わないと諦めていたのですが、日程をじっくり見ると最終日の名古屋が上手いこと夏休みの軸に出来そうで、26日の夜行で名古屋入り、27日に島遊びを楽しんだ後、28日の名古屋の締めにこの作品を入れました。

今回見ることにした理由は、主人公アンの親友役のダイアナ役を綿引さやかさんが演じられているからでして。ちなみに、ダイアナ役は2年前は今回のアン役である高橋愛さん(その時のアンは神田沙也加さん)、去年のダイアナ役は河野由佳さんが務めていました(つまり、去年も気になってはいました)。アンは神田さんの前は5年間、島谷ひとみさんが演じられていました。

「赤毛のアン」をテーマにしたミュージカルといえば、高橋由美子さんがアンを演じられた「新アンの愛情」を拝見したことがありますが、何と21年前(1993年)。なのでその時と印象が被ることはなく。というかそもそも描かれている時期も違いますし、同一登場人物とはいえ原作が違う(シリーズ物)なので。

「新アンの愛情」の場合はアンが自立しようと大学に通い始めたときからを描いていて、今回の「赤毛のアン」でも一方的に好意を寄せられるギルバートともう一人の男性との関係で、「恋にだけは奥手な女の子」ってイメージがアンにはあって。
今回の「赤毛のアン」はそれより前の時期、孤児院から出て農場で働くようになる時期ですから、「すべてに大して怖がっている女の子」ではあるわけですね。

孤児院から出て農場へ、というと『ダディ・ロング・レッグス』のジルーシャ嬢ともイメージが被ります。ジルーシャの方がちょっと大人ですね。

で。アンは受け入れ先の農場が(働き手として)男の子を求めていた、という初っぱなからつまずいて落ち込みますが、持ち前の前向きさで乗り越えようとします。

高橋愛ちゃんは『ウェディング・シンガー』以来で、拝見するのは2作目ですが、この作品のアンに関しては、「前向きだけど落ち込みやさん」ということを上手いこと見せてくれます。ご本人もインタビューで触れていますが、意外にネガティブ思考に囚われがちなタイプに見えます。かつてはグループのリーダーも務めあげていた方ですから、ついつい最悪の事態を想定する、みたいなところを感じさせるところがあります。

ゆえに、愛ちゃんのアンには、こういうダイアナがいてくれなくちゃな綿引さやかさん。アンだけじゃどうしようもないところに存在してくれる綿引さんのダイアナ。もうびっくりするぐらい親友属性ど真ん中。そしてポジティブ中のポジティブ。

しっかり者でお姉さん属性(そりゃミニー・メイのお姉さんですが)。誰とでも打ち解けるけど、見たところダイアナにとってもアンは初めての親友なんですよね。アンとダイアナの親友関係はこの物語の太い軸なので、「アンもダイアナを大事に思っていて、ダイアナもアンを大事に思っている」というのがきちんと見えたのが何より嬉しかったです。

アンの家にお呼ばれして、ダイアナは出された飲み物を飲んで待っていますが、それはお酒で・・・という古典的なネタがありますが、いやぁ、綿引さま、酔っぱらい演技が抜群です(笑)。

舞台上に1人、酔っぱらい演技で場を保たせなければなりませんが、驚くほどの大立ち回り(笑)
「ほっぺたも赤いしー」とほっぺたをぷにぷにしているあたり、今まで見たことがない綿引さま(爆)
というか、全編通じて見たことがない衣装が多いというか、とっても少女役というか。
ピンクとかオレンジとか、そういう色の服装を着ているイメージはあまりないので、色々インパクトがあって興味深いです(笑)。

その事件もあって、ダイアナは母親からアンと話すことを禁じられますが、あることをきっかけにアンへの誤解が解け、ダイアナとアンは心からの笑顔で抱きしめあいます。ここは凄く良かったなぁ。いっぱい話をしたいのに、周囲の目があってできない、なんとか気持ちを伝えようとして色々と手を尽くしていたとはいえ、表だって話をできないのはやっぱり淋しそうで。でもそれって、アンが起こしたことは「ダイアナと仲直りしたいから」といった打算では”一切ない”からで。「大切なダイアナの大事な妹を救ってあげたい」という心からの気持ちからだこそだし。

「気持ちと気持ちを伝え合って、人は成長していく」、「本心からの気持ちを伝えれば、それはいずれ相手に通じる」ということの大事さを伝える作品。無料招待制ということもあって、いつもミュージカルを観る層とはまた別の層に向けて、「観客側へ前向きさ」を伝えてもらえる作品。その上、「ミュージカルっていいな」と思ってもらえる機会になれば素敵だなって。

絶妙な関係性だった愛ちゃんのアンと、綿引さんのダイアナ。今回、綿引さんはオーディションでこの役を掴んだようですが、来年もぜひまたこのゴールデンペアで拝見したいものです。

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『ミス・サイゴン』(19)

2014.8.24(Sat.)12:00~14:45
 2階L列10番台・笹本キム

2014.8.24(Sat.)17:00~19:45
 2階G列30番台・昆キム

2014.8.26(Mon.)18:15~21:00
 1階A列30番台・笹本キム

帝劇my楽、終わりました。

「ミス・サイゴン」では自身3度目となるマチソワとなった24日の土曜日(過去、2012浜松・2013盛岡でマチソワ経験あり)はなんだか感覚が麻痺してしまったのか、「最新演出って何でそこかしこに窮屈な制約がいっぱいあるんだろう」と疑問符を持ちながらの観劇。

最新演出版って、理屈に拘りすぎている印象があるんです。物語の軸はしっかりしていて欲しいけれど、演出トリビア知らないとわからないようなことって、本末転倒な気がして。演出のこだわりも悪くはないけれど、それをネタバレせずに伝わらないと、正直意味がないように思うんです。
例えば「ヌードルボーイ」は、”あの結婚式の場が「日常」の中で行われていることを示すもの”と言っていましたが、それ、本当に必要かと。

「ドリームランド」がかつては狂乱の場所。そして結婚式という束の間の幸福な時を経て、トゥイが乱入してきたことでそこは阿鼻叫喚の場となる(犠牲は出ていませんが)。米軍撤退の後、GI目当てのバーだったそこは朽ち果てるが、エンジニアは隠していた”偽物”を見つけ出し、再起への礎とする、そこにキムがタムを連れて駆け込んでくる・・・

派手さは失っても、いつにあっても確かにそこは「夢」の起点。という作りはとても良いと思うのですが、それ以上のサイドストーリー、要らなかった気がするんですけどね。なんかわざわざ変えようとしたものほど、変えなくていいものに思えて。演出家さんは「変えることはいいことだ」とおっしゃっていますが、「変えないことは勇気」でもあると思うんですけどね。

2012年に正に熱狂的に迎えられた新演出版。めぐろから始まって地方を経由しての青山劇場公演、そして盛岡大楽。その時の熱気は本当に凄かったわけですが、それを経ての満を持しての帝劇公演なはずの今回、前回並みの熱気が出ているかというと、正直そこまで行っていないと思えて、それが自分にとっての帝劇公演が終わっても、その理由がまだ理解できずにいます。

「ミス・サイゴン」という作品は、後味が悪いといわれるけれども、自分ではそこまでそうは思えなくて。

『責任』ということをきちんと考えさせてくれる作品という意味で、ミュージカルとして興行される価値を持った作品だと思っています。アメリカという「国」が、クリスを初めとしたアメリカ人に対してさえ無責任であったこと、「国」のために戦ったが、帰国したらアメリカという「共同体」から蚊帳の外に置かれたこと。

クリスはミュージカル界3大ヘタレを襲名して長いですが、それにしたところでキムやタムに対してきちんと責任を取ろうとした点においては誠実であったし。

戦争という大きな波の中では、個人が誠実であろうとしても自ずと限界があることをこの作品は示しているように思えてきます。

・・・

26日ソワレは、帝劇サイゴン唯一の最前列。普段はミミ役の郁代さんがちょうどお休みにあたって痛恨ではありましたが(チケット発売後にアンサンブルスケジュール決めるのはやはりおかしいと思う)、その分、笹本キムに絞って物語を見られた感があり、一昨日に感じていたもやもやもかなり解消されました。

というのも、笹本キムの鬼気迫る感が凄まじい。2004年以来、何十回と見てきている笹本キムですが、正直、彼女のキムは”綺麗に作ってしまう”という枠から中々抜け出られない印象があって、いつも「あと少し!」と思い続けてきた面があって。(エポではそれを感じたことがないので、エポは彼女にとって割合作りやすい方の役じゃないかと思います。)

そう思い続けてきた日々が、帝劇楽で予想以上の大化け。とにかく執念を感じさせる目力。トゥイと対峙する時も、今までは「トゥイを撃ちたくない」という思いが表面に出ていたと思う(というか実際も「あなたを撃ちたくない」って言っていた日さえありました)んですが、この日は、「タムを傷つけようとする敵」という観点が最優先。まさに息子のためなら鬼にもなるごとくの鬼気迫る迫力。それに対峙するのは百戦錬磨の泉見トゥイでしたから、もう、もの凄いことに。とにかくお互い一歩も引けない2人の対決が、本当にこの2人、従姉妹で一度は結婚を約束した仲なのか疑いたくなるほどに壮絶。

勝利を確信していた泉見トゥイが勝ち誇る中、揺るぎもしない笹本キムが歌い出すメロディーに細かく揺れていく。
その曲は、自分とキムの間で歌われたことがない(正式な結婚式を挙げていない)ことはトゥイが一番よく知っているわけで、つまりキムには自分以外に男がいるのだと・・・。

トゥイのその地位も、キムを手に入れるために欲した立場だったようにも見えて、「今までの自分は何だったのか」を必死に反芻し、立て直そうとしているように見えたりしました。

そういえば、この日は最前ということもあって色々なものが見えました。

ジョンがキムを舐めるように見回して、クリスに「金やるから手に入れちゃえよ」みたいに言ってるところとか。エンジニアに「上手くやれよ」って言われてジジが嬉しそうにエンジニアを見つめるところとか。

2階席から見下ろす「アメリカン・ドリーム」の札束を模したライトアップも綺麗ですが、前で見るとやっぱり違うなぁと思うのでした。

・・・

この日は、笹本キム、上野クリス、上原ジョンが千秋楽。駒田さん司会のもと、お3方からご挨拶。

上原ジョン「(小声で)ご観劇いただきありがとうございます(客席から「声が小さい!」のかけ声が上がり、客席&舞台に笑い)(少し声を上げて)話すことは既に考えてきてあったのですが、今日舞台に立っておりまして気が変わりました。アメリカ軍の基地で(壁を隔てて)去っていくアメリカ兵、置いて行かれるベトナムの人たち、その姿を見た時に、確かに僕たちがやっているのは舞台でありエンターテインメントであり娯楽ではありますけれども、歴史として起こったことを伝えるということを、僕たちはやっていかなければならないということを胸に刻みました。これから地方公演に参ります。地方公演ももしよろしければ拝見いただければ幸いです。ありがとうございました」

駒田エンジ「もっと声を張ってお願いしますね(笑)」

上野クリス「無事、帝劇千秋楽を迎えることができました。それも、ずっと支えてくださったスタッフの皆さま、そしてカンパニーの皆さま、そして劇場に足をお運びいただきましたお客さまのお陰と感謝しております。日々新鮮な思いで、無心で舞台に立つことだけを心に留めておりました。地方公演も、変わらず丁寧に演じていきたいと思います。ありがとうございました」

笹本キム「私は2004年からこのキム役を演じさせていただいて、その時は10代最後の夏をこの帝劇で過ごしました。そしてそれから10年、今年2014年は20代最後の夏をこの帝劇で過ごしました。(客席笑い)・・・え、何で笑うの(笑)・・・10年間続けてこられたのは正に『奇跡』だと思っています。これから地方公演に参ります。この作品のメッセージを丁寧にお届けできるよう、誠心誠意キムを務めます。皆さま、最後まで応援よろしくお願いいたします」

・・・玲奈ちゃんのキムは、勝手なこちらの思い込みで来期までやるかなと思っていたけれど、どうもこのメッセージを聞くと、本人としては今回で一区切りになることを念頭に置いている気がする。今回、2012年と違って連日満員にはなっていないので、次の公演が決まっている状態じゃないとすると、本来のオリンピックイヤーに戻るなら次は6年後(2020年)。そうなると昆ちゃんはやるだろうけど(29歳)、玲奈ちゃんでさえ35歳(今の知念ちゃんより2つ上)となると、もしかするともしかするのかなと思ったり。なんか切ない思いを感じつつ、でもこの日の玲奈キムの凄さだけは、いつまでも忘れない、と思えた帝劇楽になったことが、何より嬉しかったのでした。

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『氷雪の門』

2014.8.20(Wed.)19:00~20:55
八幡山ワーサルシアター 1列目(上手側)

見たかったけれど、チケットを取ってなかった作品。当日券での観劇です。

この週はけっこう多忙な週で、月曜日・金曜日が送別会、木曜日・日曜日が水谷美月さんの誕生日会、土曜日がサイゴンマチソワということで、火曜日・水曜日しかこの作品を観るチャンスがなくて。

火曜日のチャンスを逃し、この日がノー残業デーと言うことでめでたく観劇に漕ぎ着けたわけですが。

本当に観て良かった。

この作品のテーマとなった真岡郵便電信局女子通信員集団自決事件というのは、以前から話としては知っていて。栃木県にある「真岡」を「もおか」と呼ぶのに対して、南樺太の「真岡」は「まおか」と呼ぶのが印象に残って、南樺太の郵便史の本を読みふけったりしました。

その時の本の記述が淡々と「殉職」「服毒自決」と書いてあったことが、ずっと脳裏に焼き付いていたのかもしれないなと、この日舞台を見て感じたりしました。

ネタバレあります




文字にすればただ2字「殉職」という言葉であっても、それに至るまでの経緯や感情といったものは当然あるわけで、そして戦時中の極限状態の感情は、平時の感覚でどうこう言うべき部分ではないという気持ちも観る側としてはあって。

だからこそ「(殉職という)結論に至るまでの流れ」をどう描いてくれるかに興味はあって、その点からすると期待以上に圧倒されました。凄かった。

正直なことを言ってしまえば、自決した9名・救助された3名を演じた女優さんには台詞回しや動きに拙さを感じた方もいらっしゃって、メイン級の方々とそうでない方々とでは、ちょっと落差があったかなとは思うのですが、作品全体の迫力が勝るという感じ。

本でわからず舞台で感じられたことといえば、「電話交換手」という職業だからこその点。
「日本は負けるはずがない」と思い込まされていた時代にあって、「情報」が集まる「電話交換」という職業。

「樺太の生命線」という言葉は決して誇張でも何でもないんですね。昭和20年8月8日にソ連が日ソ中立条約を破棄して樺太に攻め込んでくるまで、樺太は本土からの疎開先、それこそ「天国」とまで言われた地であったゆえに、軍備も手薄であり、ソ連の侵攻をいち早く察知して逃れることにしか、手はなかったわけですから。

人間、自分が苦しくなるとどうしても逃げに入るじゃないですか。
「そうならないといい」という夢物語に逃れて、自分自身束の間の心の安らぎを得る。
それでこそ精神の安定は保たれる。

でも彼女たちはそうじゃない。「情報」というものと常に対峙している彼女たちは、「現実」といち早く向き合わざるを得ない立場に置かれる。平川めぐみさん演じる郁代がいみじくも言った「戦時法上、ソ連は軍事行動なしでは日本の財産を奪えない。だからソ連は軍事行動を起こしてくる」という分析は、結果からして正しくて。「終戦したのだからソ連は攻撃してこないはず」という夢物語に甘んじることを許してもらえない。

”なぜ自決したのか”を平和な今の物差しで理解するのはそれは無理な話で、でも、本で分からなくて舞台で感じられたのは、「自決したのも無理はない」と思わせる、彼女たちの立場のあまりの過酷さにあったように思えて。

彼女たちが守ったプロとしてのプライドからして、職場を放棄して引き上げる選択肢はありえなくて。

「自分達の代わりに中学生男子を通信員として急遽養成する」という話は、彼女たちの身を守るための上層部の常識的な温情だったはずだけれど、「私たちの仕事は中学生男子にすぐ代えられるような仕事ではない」という反発を受けます。当然の話。(当時の電話交換はアナログの業務で、管内のすべての回線の番号を覚えていて、ただちに回線を繋ぐ必要があったそうです)

その上「通信の秘密」というものがあって、これが彼女たちを更に苦しめるわけです。業務上知り得た情報は、たとえ家族であっても口外してはならない・・・実際にはこの作品内で何回か破られてはいますが・・・結局のところ自分達が知る情報は、「現状が家族が想像する以上に厳しい状況」であることを示すに過ぎず、それを口にすることは自分がこの職に残ることを難しくするだけであるという・・・この職にとどまる=この地に残る=には、真実は口にできないという・・・

・・・・

この作品を観てとても印象に残ったのが、全編に亘ってある意味淡々と流れる音楽。

「8月20日朝」に向かって止まらない時の流れ、そしてやってくるその時。

「守ってあげられなくてごめんなさい」と言う言葉は、実は違和感があって聞こえて。

確かに、8月15日以前の日常なら、班長や副班長が統制している姿は見えていたけれども、極限に至ったとき、部下である交換手たちは、確かにそれぞれの信念でそこに立っていて。
班長や副班長は確かに役割上はそうであっても、一人一人が一人一人として職に、自らに殉じた姿は、それぞれ皆が凛としていて。
自分の命は自分で決めたのだと思わせる「強さ」が、確かに皆にあったことに感動させられました。

それであればこそ、「生きたかった」という訴えが胸を突きます。
自分のプライドは、ここで死しか選ばせない。でも、死にたくて死ぬわけじゃない、生きる選択肢があればそれを選びたかった・・・公務殉職として祀られると、他者からは忘れられがちな思い。その思いを感じられたことが、観劇での何よりの宝物でした。

・・・

この作品の観劇のきっかけとなったのは、「ウレシパモシリ」でポールと聖の2役を好演された平川めぐみさん。今回の作品では実質的なナンバー3、後輩の面倒見もいい先輩交換手を、さすがの気っ風の良さで好演されていました。まさか歌うとは(笑)。恋人に新調のスカートのことを気づいてもらえなくて、ぷんすかしているあたりもイメージぴったり(笑)

班長・片山咲子役(清家とも子さん)、副班長・山谷サヤ役(神崎ゆいさん)のバランスもとても良く、鞭と飴(役名順・・・笑)が上手いこと行ったり来たりでテンポも良かったです。

この作品を観ていてふと途中で気づいたのが、この日が「8月20日」だったこと・・・
69年前のこの日起きたことなのだと思うと、観る側からも覚悟が試されるかのような不思議な気持ちになりました。
観劇がこの日になったのは本当に偶然なのですが、この作品に惹かれた気持ちが「8月20日」を選んでくれたかもしれません

今回の上演は8月24日(日)まで。
来年の再演が決まっており、2015年7月27日から8月2日まで、今回と同じく八幡山ワーサルシアターにて。

もう一つの「ひめゆり」、ぜひご覧いただきたいです。

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『炎立つ』

2014.8.17(Sun.) 12:00~14:40
bunkamuraシアターコクーン 1階B列10番台後半(上手側)

初日から1週間、久しぶりのシアターコクーンへ。

相変わらずの横着スペシャルで、bunkamura(東急百貨店本店)へは、旧東横店前からの送迎バスにて。
12時開演には慣れていないので、案の定ばたばたでの到着となりました。

奥州藤原家三代に亘った有名な平泉文化(世界文化遺産)。それが成すまで、そして成してからの歴史を清衡(役名は「キヨヒラ」)と家衡(役名は「イエヒラ」)という異母兄弟の関係を軸に描く物語。

ネタバレありますご注意ください




自分は歴史属性はなくて地理属性な人なので、地名の「平泉」「前九年」「後三年」は理解してても「前九年の役」と「後三年の役」で誰と誰が戦ったかはすぐ出てこない人で・・・ちなみに、この兄弟の直接対決が後三年の役です。

キヨヒラを演じた愛之助さん、イエヒラを演じた三宅さんどちらも舞台では初見。

朝廷に反旗を翻し沙汰を免れはするものの、陸奥国北部三藩を所領とされるイエヒラ。陸奥国南部三藩を所領として与えられ、かつ北部三藩を含んだ租税権を与えられるキヨヒラ。

改めて聞いてみると、イエヒラが怒るのも無理はないというこの沙汰。租税権を持つものが実質的な現地支配者ですからね。
イエヒラは「殺されなかっただけいい」と言われて矛を収めはしますが、もともと血筋的にはキヨヒラより上という自負があったイエヒラ、収まるはずもなく。

イエヒラは古代神アラハバキに自らの魂を預け、鬼神となってキヨヒラの館を焼き討つものの、キヨヒラは見つけられず、キヨヒラの母・ユウ、そして妻・キリは子供とともに自害する。(妻役の宮菜穂子さん、レミ以来で拝見しましたがとってもたおやかで内助の妻を実に素敵に演じられていて良かったです。)

イエヒラは何も手に入れられず、しかしキヨヒラは誰からも頼られる、そのコントラストが実に鮮やかです。

キヨヒラは実は最初は優柔不断に見えて決断力がないように見えます。母の死、妻の死、子の死を目の当たりにしてさえ、「自分も死のうか」と言っているぐらい。

そのキヨヒラを叱咤するのが古代神アラハバキの命を帯びた予言者であるカサラ。この舞台でのオリジナル役で、新妻さんが演じています。

かつて同じ栗山民也さん演出の『イリアス』でのカサンドラと同じような役柄とはいえ、今回の方が遥かに対象者に対して影響力を強く及ぼしており、その分、存在感も大きいです。歌と台詞で物語を動かす存在ですが、歌はいつも以上に物語に寄り添っている感じが強く、あまり聞いたことのない曲調もいくつも出てきます。これはなかなか他の人ではできないなと。

全編通して現れ、キヨヒラの迷いを消す存在として、常にキヨヒラの味方として背中を押し続ける存在。
カサラにとってキヨヒラは夢であり、大地であったと。この世に楽土(楽園)を築けるのはキヨヒラの他にないと。

カサラがいたからこそキヨヒラがキヨヒラでいることができたという存在。
しかしながら実は古代神アラハバキの命を帯びているだけに、主であるアラハバキの命からはみ出すことは恐らくはできない存在。真実を突きつける残酷な存在でありながら、自らの意思で動けない苦しみを抱えたカサラ。

キヨヒラが自分の足で立ち、歩けるようになった場には姿を現さないカサラ。

母を失い、妻を失い、それでも「生き残った者の生きる意味」を追求しはじめるキヨヒラの存在は、まさに人の上に立つ存在。こういうテーマだと、どうしても自分は『SHIROH』と切り離せずに見てしまうのですが、カサラはポジション的にはリオかなと思うのですが、リオほど現実に対して無力ではないし、翻って寿庵ほど現実に直接対峙はしていない。ある意味その両者を兼ね備えたポジションかなとも思います。

実際、語り部は花王おさむさん演じる物部のイシマルなのですが、こちらはあくまで過去の事象を語るのみで、未来への後押しをするのはカサラの役目。でありながらカサラの言及する部分が直截的な物言いではなく、「キヨヒラの内面にある理想」を引き出そうとしていたように感じて。

カサラの後ろで糸を引くアラハバキは、方やイエヒラの頼みを聞きイエヒラにも力を与えていて。朝廷がキヨヒラ・イエヒラの兄弟関係を利用して陸奥を支配しようとしたと同様、アラハバキもキヨヒラ・イエヒラを両天秤に掛け、どちらが王に相応しいかを試しているように見えてきます。

イエヒラが敗れキヨヒラが現世の楽土としての「平泉」の夢を語るときのアラハバキの答えが印象的で。
キヨヒラに対して「100年後の時の裂け目まで自分は大人しくしている」と言っているのですが、なるほどなと。

100年先ならキヨヒラは当然もうこの世にはいない。キヨヒラの王としての力量を認めながらも、「キヨヒラの子、孫にもキヨヒラの意思が正しく受け継がれていくこと」こそが100年の平安に必要だと指摘して、キヨヒラもそのハードルの高さに覚悟を新たにしたように見えて。

「責任」を覚悟した者同士の会話、キヨヒラとアラハバキの会話は痺れるほどに素晴らしかった。
そしてキヨヒラが言った「国」に対する認識はさすがだなと。
立場が人を変えたようにも見えましたし、人が立場を呼び寄せたようにも見えて。
どちらかというと決断力が不足しているように見えた前半のキヨヒラから、後半のキヨヒラへの変貌が、拝見していてとても素晴らしかったです。

物語を彩る4人のコロスも素敵でした。上田亜希子さんがどこにいらっしゃるか、初見では数シーンしか分かりませんでしたが(歌うとさすがに分かりますね)。ほぼ出ずっぱりの活躍でした。

東京公演は31日まで。大楽は9月21日の岩手公演。

<追記>愛之助さん、三宅さんの対談に聖子さんの話が出てきていて、その話への登場の仕方が爆笑でした(笑)。

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『ミス・サイゴン』(18)

2014.8.14(Thu.) 18:15~21:40
帝国劇場2階M列1桁番台(下手側)

珍しく下手側からの観劇。2階最後列です。通称壁ドン。
席にたどり着いてみるとお隣がお知り合いでびっくりしました(笑)。
上演後イベントが発表された直後に取った席ですから、タイミングが同じだったのですね。

今期のサイゴンでは最多エンジになる筧エンジがこの日のエンジニア。
ようやくこなれてきたようには思えるけれども、やはり芝居色が濃い分、最新演出版のサイゴンとの相性は少しずれている感じはあります。とはいえ、緊急登板でここまで出来るのは流石です。

筧エンジの一つの”売り”といえば、ドリームランドでのジジへの言葉。この回は久しぶりに「焦るな!」になっていて懐かしい。最近は「のたれ死にしたいのか」でしたからね。いずれにせよ筧エンジの特徴でかつ、最新演出版との相性という意味で微妙なのは、「ドリームランドのオーナーとしてバーガールを”稼ぐための『モノ』”という割り切り」をしていないところなのでしょうね。優しさが隠せないというか。

最新演出版でしっくり来る台詞変更の一つに、エンジニアがキムに言う台詞があって、以前までは「なぜ脱がない、俺のニュープリンセス」だったのが、「さぁ脱ぎなよ、俺のニュープリンセス」になっているところ。”この子は今夜初めて”なのに、なぜ脱ぐことが前提になっているのか(爆)、今まではさっぱり分からなかったので、”エンジニアがキムを促す”方が自然。

キムはそんな手順に長けているわけがないし(苦笑)。ここのシーン、ミミ役の青山郁代ちゃんは結構キムにお触りしています。お尻に触るのは普通で、最近は胸も(笑)。そこでのキムの反応と言えば、玲奈キムは一切反応しないのに、昆キムはビビットに反応します。ここのシーンで特徴的ですが、玲奈キムは「されるがまま」の面があるのに対し、昆キムはその立場にまだ抵抗があるような印象を受けます。

「されるがまま」といえば玲奈キムがトゥイを撃ってしまうシーン、この回も銃を構えるのは本当にぎりぎりで、見ているこちらが毎回ヒヤヒヤします。この回のトゥイは私的には久しぶりな泉見トゥイでしたが、トゥイに振り払われたキムは、びっくりするぐらいの勢いで吹っ飛んで、恐らく想定していた場所よりもかなり下手側に寄って止まっており、そして銃も握りしめてはおらずキムの更に先にまで・・・・

今回の玲奈キムの特徴ですが、銃の管理は結構なおざりというか、ずっとは握りしめてはいないところがあって。「クリスからの贈り物として肌身離さず持っていた」と言っても、使うつもりで持っていたわけではないから、トゥイに対して使うつもりは毛頭なかったでしょうし。
「トゥイお願い来ないで!あなたに銃を向けたくないの!」という思いが言葉と動きを通して伝わる玲奈キム。

だから、銃を手放していることも、玲奈キムの思いからすれば不自然じゃないのかもしれません。
が、物語として、ここでキムがトゥイを撃つ、という事実関係からは逃れられないので、それをぎりぎりでやっている玲奈キムは、ある意味チャレンジャーというか。
”銃を撃つ”という前提の上で、どれだけその姿を自然に見せるのかを試行錯誤しているように見えます。結構今までは確信犯的というか、すないぱーキム、という面も段取り的には優先していた面があったと思いますし。

トゥイを撃った後、もう何をしたかわからなくなってトゥイにしがみつくキム。我に返る間もなく兵士に見つかりそうになって逃げるキム。ここで今までは「はっきり顔を見られてそして逃げる」だったのが、「呆然としていて見られていることにすら気づいていない」要素も入ってきていました。

1幕で役作りを今までよりずいぶん変えてきているのに対して、ナイトメア近辺は今までと変わらない安定の玲奈キム。
玲奈キムの一番好きな歌声はナイトメアでクリスを求めて歌うところなのですが、2004年から見続けてきてこれだけは変わらないのが、”闇を引き裂く鋭い歌声”なんですよね。新妻キムなら”闇を突き進む重い歌声”だったので、掘削機とブルトーザーの違いというか・・・(をい)。

今回、重量級のキムが不在なのが玲奈キムにとっては印象的に不利に働いているかなという感じがあるのですが、期せずして大黒柱になっただけに色々なことを抱えることになってしまっているというか。その中でも出来うる限り新しいキムを求めているようには思うわけですが。

今回のパンフで海外のスタッフさんが『玲奈キム(や里奈キム)が前と違って見えるのだとすれば、それは彼女たちの内面がその芝居を見せようとしているからだ』と言及されているのが印象的。本当にそうなのだとすれば、最新演出版で感じたキム間の印象の違いというのは、それぞれのパーソナリティということになります。が、個人的にはちょっと懐疑的かなぁ。

新演出版から常に演出スタッフの意向ありき、というイメージばかり刷り込まれているから、個人のパーソナリティ以前に演出スタッフの意向が先行していると思えるんだけどなぁ。

話は戻って。

この日のキムのラストシーンはまた先日とも違って。
タムをしっかりと見送るところまでは理性的だったキム。そしてエンジニアに引き渡すところまで、まったく平常心。
だったのに。
次の瞬間、タムを失うことの本当の意味を理解したかのように、一気に淋しさがこみあげるキムの姿。
「タムのために」とこらえてきたものが一気に噴き出し、でもそれを払いのけるように意を決してベッドに向かうキムは、いつにも増して荘厳さに満ちていました。

そういえば、最新演出版で気になったのがラストシーン。

キムが自分を撃った後、近寄ってきたクリスに「タムを連れてって」と頼むわけですが、以前はクリスは「分かった。」と言っていたのですが、今回は絶対に「分かった」とは言わない。どのキャストでもそうなので、ここははっきりと演出の意向だと思うのですが、クリスが今回、今まで以上にヘタレ扱いされているのは、ここでタムを引き取ることを即断できないからではないかと・・・。

エレンには「引き取ることも出来る」と現在形で提示されている以上、キムの「タムを引き取って」の意向に迷う必要性は全くないはずですが、それでも「分かった」という台詞は封印されているようで、ここの違和感が何度見ても理解しがたい面があります。

その”制約”の中でもこの日の優一クリスはキムに対して優しく首を縦に振っていて、言葉には出せなくても、キムに気持ちは伝わったかなと思えたひとときが、なんとも救われた気持ちになるのでした。

・・・

この日は終演後イベント「Obon De Saigon」。2回目のカーテンコールで抜け出し、お隣のお知り合いと一緒に1階へ急ぎます(2階の下手側階段は予想通り封鎖されていたのでエレベーター使用)。最前列中央は埋まっていましたが、知人の機転で上手側が確保でき、最前列で拝見することができました。感謝。

ロビー中央、2階への階段も上手側下手側びっしり埋まり、2階からも見下ろす状態で全部合わせるとざっと300人ぐらいはいるんじゃないでしょうかという熱気の中、帝劇係員さんが事前説明。

「イベント中の写真撮影、録音録画はお断りします。しかしながらプレゼント抽選で当選された方はすぐ写真撮影に入りますので、携帯電話等のご準備は今のうちにお願いします。矛盾していてすいません」というくだりで客席から笑い声が。

イベントは初期の7日ソワレ以来ですが、同じ方なのにアナウンスメントが急に上達されています。およそ帝劇らしくない説明が面白いです(笑)。

その説明後、すぐにメンバー登場で後方から歓声が上がります。

この日のテーマは「Wedding Day」ということで司会は可知寛子さん(イヴェット役)。
可知さんが下手端に入って、順に上手に向かって青山郁代さん(ミミ役)、笹本玲奈さん(キム役)、磯貝レイナさん(イヴォンヌ役)、吉田玲菜さん(この日はリリー役。ジジ役兼任)、中田洋介さん(ヌードルボーイ役)。

可知さんの司会が実に冴え渡り、上手いこと客席を乗せていきます。
可知さんがネタ振りをして、そこに郁代さんが乗っかって、他メンバーが話を乗せるというフォーメーションが実に軽快です。

可知さんいわく「『れな・れいな・れな』ですね」(笑)の通り、左から玲奈さん・レイナさん・玲菜さんときれいに並んだので、時に混乱(笑)。

この日の女性陣の衣装は基本的にアオザイでしたが、例外が磯貝レイナさん演じるイヴォンヌ役。普通の洋服なのです。

これ、実はプレビュー初日1時間30分前に衣装さんから「衣装チェンジします」と言われて呼ばれて着替えることになった服で、実は2012年版では可知さんが着ていた衣装なのだそうです。他のメンバーには伝えられないままこのシーンに入ったので、「この服、可知さんの服なのに、可知さんはアオザイ着てこっちにいるしどういうこと?」と舞台上はプチパニックになったのだとか(爆)。

あのシーンでアオザイでない登場人物はイヴォンヌ含め2人だけなのですが、そのお2人、舞台上で「みんな素敵な服で良いわね」と毎回言ってたら、先日とうとう可知さんから「その会話いい加減もう止めなさいよ」というダメ出しが入ったそうです(笑)。

衣装と言えば新調されたアオザイ中、可知さんのアオザイは豹柄でインパクトが大で、郁代ちゃんいわく「どこの球団のファンかと思っちゃいますよね(笑)」という見た目のインパクトは共演者からもぎょっとされたらしいです(爆)。

このシーンの過去版との比較については笹本さんな玲奈さんから。「旧演出版はクリスが買った新居にみんなが来てくれてという設定でしたから。(ちなみに今までは「友達が部屋に」だった歌詞が「友達がお祝いに」に変わっているのもそれゆえ。)最新演出版でも『キムにとって一番幸せなシーン』というところは変わっていないので幸せです」

そこは他のメンバーも同じなようで、可知さんいわく「バーガールの私たちにとっても笑っていられるシーンってここだけですからね。私たちも幸せです。ドリームランドであんだけいがみ合っておいてなんなんですけど(笑)」

その辺は今回ジジ役も兼任している吉田さんな玲菜さんから。
「ジジにとっては心の中ではぐっちゃぐっちゃですよね(※原文のまま)。本来だったら自分がキムのポジションにいられるはずなのに、ということなわけですから。ただジジという女の子は周囲に弱みを見せたくない女性だし、率先してあの場を仕切っているところがあります。それに、ジジとしてはキムに対して、ドリームランドで既に共感みたいな気持ちを持っているんです。ジジもキムと同じようにエンジニアに拾われてドリームランドにやってきた。だから『この子今日初めて』みたいに立たされているキムのことを、ジジは同じ立場のように見ている。」という言葉に頷いている笹本さんな玲奈さんが印象的でした。

このシーンで歌われる曲「ジューボイベー」ですが、今回から女性パートが3声から4声に変わっているそうで、今までは最高音の担当が郁代さんだったのが、その更に上の音が加わって、そこの担当がレイナさん。この日はアンサンブルさん4人がちょうど4声に分かれているのだそうで、3声・4声バージョンをステージで歌われたのですが・・・

この難曲をあの一瞬の合わせだけで3声・4声と続けて聞かせる凄さと来たら・・・この日一番の拍手がオーディエンスから送られていました。本当に素晴らしかったです。

で、です。

公式blog(こちら)で「4声でなく・・・」と思わせぶりに書かれていたのが、この日の唯一の男性、ヌードルボーイ役の中田さん。
そもそもお皿と箸を持ってステージに上がっている時点で笑いが起こってますが(笑)

ここの下りが抱腹絶倒過ぎて大笑いします。

そもそもなんでヌードルボーイかというのは公式blogにも書かれていますので、かいつまんで説明しますが、このドリームランドでの結婚式って、開店前のわずかな時間に催されており、いわば「日常」の中で行われていると。
店員は仕込みやってるし、飲み物運んできている人はいるし、その中で「賄いを食べている」人がいるというのが日常の表現の一部なのだそうで、ここでのヌードルボーイは「ジューボイベー」の曲が流れる2分5秒のうちに、この麺を残さず食べきらなければならないという、重大な任務を帯びているのだそうです。

ちなみに「ジューボイベー」の曲の途中に「ずるずるずる」という音をすするので、「音が取れなくて困ることがある」という郁代ちゃんの突っ込みに、「じゃぁ『ジュー』に合わせて『ずるずるずる』と啜ります」と宣言していた中田氏。会場内も爆笑、玲奈ちゃんまで笑い落ち(笑)。

ここ、麺は基本的にうどんだそうなのですが、「毎日それだと飽きるだろう」ということで色々なオプションがあるのだそうです。可知さんいわく、そもそも「食事を抜かないとマチソワで麺が食べきれない」のだそうで、食事抜いて麺を食べているんだそうです。

で、酷かったオプションベスト3(というかワースト3)が、

3位 昆布巻き
2位 中田くん誕生日スペシャル
1位 岡さんスペシャル(激辛ラーメン)

だったそうな。

なおこの日は、麺の中にタコ焼きが入っていたそうで、それは笹本玲奈さまSelection。

中田氏「汁を吸って、がんもどきだかなんだかみたいになってました」
玲奈様「明石焼きかも(笑)。美味しかったでしょ?
中田氏「はい」

というくだりがさすがすぎました(爆)。

「なんでタコ焼きが楽屋の冷蔵庫に?」とレイナちゃんは不思議だったそうです(笑)。

玲奈様「チョコレートとかにしようと思ったんだけどさすがに可哀想かなと」

・・・それは好印象ポイントになるのでしょうか玲奈様(笑)

岡さんと相談しながら悪戯するのが楽しくてしょうがないイメージに思うのですが、私の玲奈様イメージは(笑)

もとい。

ひとしきりヌードルボーイ話で(予想以上に)盛り上がった後はプレゼント大会へ。この日は4名当選。

ドリームランドの写真撮影イメージ(アングル)でということになったのですが、実はこのシーン、演出プランとして「変顔をする」というのが指示らしく。写真撮ったら可知さんの変顔があまりに可知さん的変顔で会場内爆笑。郁代ちゃんは変顔というより変ポーズ。レイナちゃん、玲菜さんは普通に変顔。

で、それが初耳だったそうな玲奈ちゃん。(後ろ向きませんからね)

「私も変顔する?」って言い出してメンバー全員から「キムは変顔しなくていいです」って必死で止められる(笑)ものの、むちゃくちゃやりたそうな玲奈ちゃんが面白すぎました(笑)。

結局20分近いイベントでしたがとっても楽しいイベントで動画が上がらないのが返す返すも残念です。
メンバーで司会も構成も考えてやるというのはいいですね。
今回も予想以上に盛り上がったみたいでキャストのみなさんもとても喜んでいらっしゃいましたし、みなさんそれぞれの良さを発揮して芸達者振りを見せていました。今回で言えば可知さん&郁代ちゃんが下手側に並んでイベント的にそこを軸に回せたのがバランス良かったです。

それにしても途中から空調が切れたのか暑い暑い。いつも思うのですが、ステージの上はこの暑さが普通なわけで、それで汗をかかない(主に)女優さんって凄いなぁと感じさせられずにはいられません。

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『ミス・サイゴン』(17)

2014.8.7(Thu.) 18:15~21:00
 帝国劇場1階T列30番台(センターブロック)

2014.8.9(Sat.) 17:00~19:45
 帝国劇場2階I列10番台(下手側)

夏の帝劇通い、再開です。

7日はリピーターチケット扱いで追加した回で、評判の良い三森エレンが初です。キムは昆キム。
9日は当初から予定していた回で、玲奈キム回です。
いずれもエンジニアは筧さん、トゥイは神田さん。

他キャストは完全に分かれて、クリスは上野さん/原田さん、ジョンは岡さん/上原さん、エレンは三森さん/花代さん、ジジは池谷さん/玲菜さん。

正直言って、物語として伝わるものは9日ソワレの方が圧倒的だったので、まずはそちらから。

●8月9日ソワレ/玲奈キム
玲奈キムは2004年以来、恐らく20回ぐらいは見ているはず(この日で133回目の登板)なのですが、この日初めて見た光景が良い意味で衝撃的で。

ラストシーン、キムが”最後の仕事”をする直前、エンジニアにタムを奪われた後、玲奈キムは机の上に置かれた写真を見たんです。その写真を見てから、自らの幕を引きに行ったのです。

その写真・・・つまり『両親』の写真を見てから自分が自分の幕を引く・・・

『両親への想い』がキムに引き金を引かせた。

両親が自分を守ってくれたように、キムは親として、息子であるタムを守る。

そういう”決意”を見せた玲奈キムのはっきりとした仕草は、この日の舞台のハイライトでした。間違いなく。

キムにとって大事な写真であったその写真は、1幕でトゥイが投げ捨てます(この日は神田トゥイ)。その時のキムの形相は表現できないぐらいに怖かった。
『トゥイ、信じていたのに! あなたは何ということをするの!』と表情が、全身が語っていて。

キムにとってトゥイは自分を守ってくれる存在だったけれど、ベトコンに加わったことで「自分のヒーロー」としての存在ではなくなっていく。
「私の夢を壊さないで」と。
両親を失った時にそこにいてくれなかった、大切な時に自分を守ってくれなかった、それがキムにとってのトゥイ。だからこそウェディングで乱入してきたときに、キムはトゥイでなくクリスの肩を持つ。

この日良かったのは、キムとクリスの心の近づき方がとても丁寧だったこと。
玲奈キムと優一クリスといえば個人的に新ゴールデンコンビに一番近いと思う組合せ。

『誰も信じられない』と心を閉ざすキム。初めてだったのに、自分の事をどうでもいいとまで言われて、つい自分の過去まで吐露して。言いたくもなかったのに、みじめになるから・・・

クリスにしたところで「初めて娼婦と寝たわけではない」けれども、キムはそれまでの女性とは全く違った。
そんな女性を傷つけてしまったからこそ、キムは守らなきゃいけない、それが泥沼のベトナムで自分がやれることだと・・・

キムがクリスに惹かれた理由、クリスがキムに惹かれた理由、それぞれが自然に表現されていたからこそ、「世界が終わる夜のように」の飛翔感が素晴らしかったです。

翻ってキムとトゥイの関係。

9日ソワレの玲奈キム&神田トゥイは実は組む回数がものすごく少ないレアペア。
今年の公演で6回しかなく(帝劇3回、名古屋1回、大阪1回、博多1回)、全く組まない昆キム&泉見トゥイ、2回しかない知念キム&神田トゥイに次いで少ない組合せです(つまるところ、昆キムはすべて神田トゥイです)。

キムとトゥイの組み合わせでトゥイが泉見くんだと、年上ということもあって「キムからは頼れるお兄さん」みたいな印象が強いですが、玲奈キム&神田トゥイで見ると、キムが年上に見えるのでとっても新鮮です。

トゥイの執念に押されることが多いキムですが、この組合せだとキムが強い(笑)。キムが自分を振り返ってくれない焦りというのをトゥイに感じて、トゥイが暴走したこともこれならわかる、みたいに感じさせられます。

この日、トゥイが余りに暴走してキムを強く振り払った結果、キムが持っていた銃はキムの更に1m先(目測)に・・・

玲奈キムは自然ながらもあらんばかりのスタートダッシュで銃にたどり着き、その瞬間に間に合ったのですが、実はオケもその事態に気づいて、少し演奏をゆっくりにしていたからこそ間に合いました。指揮者さん、オケさんすばらしい。
以前は空砲(銃が手元にない)なこともありましたからね。

今回の玲奈キムの特徴としてはエンジニアの隠れ家にたどり着いた時のへろへろ感が半端なくて。
エンジニアが色々けしかけても身じろぎもしない。以前はタムにちょっかいだしてたら突っ込みそうになっていたので・・・それだけ限界だったことを見せているのだろうなと。

最新演出版で自分が一番好きなシーンが、ホテルで3人話しているときに入るキムのソロが、下手端からの登場になったことですが、この日の玲奈キムは「懐かしいキスと」と言ったかと思うと、力が抜けたように背中を壁に委ねてよりかかり、「・・・あなたの声。せめて今夜はタムを連れに来て」という歌詞は壁によりかかったまま、残りの力が残っていないかのように絞り出していて。

「キムとは強い女性である」という刷り込みが強く刻まれる中、今期の玲奈キムは「キムとは特別に強い女性ではない、普通の女性である」ことを見せようとしているように思えます。

そういえばキムが「嘘を付いては生きていけない」とエンジニアに言う台詞がありますが、それを聞いた時に浮かんでしまった一つのこと・・・

タムを引き取ってもらうには自分が生きていてはいけない。だから自分の意思で自らの命を絶つ。

面ともう一面、

タムを引き取ってもらえるだけでいい。
だから「クリスと一緒になりたいとは思わない。クリスのことはもう愛していない・・・」という”嘘”をつく以上、自分は生きていてはいけない、ということなのかなと、何だかこの日の玲奈キムを見ていて思いました。

ある意味、女性である以上に、母であることを選んだのかなと。


●8月7日ソワレ/昆キム
昆キムはこの日で2回目。

今まで見てきたキムって、一貫性を重視してきた方が多いように思います。新妻キムも玲奈キムも、そして松キムも「キムという女性は環境が変わっても、本質は変わっていない」という軸で作られてきたように思います(演出プランもそうでしょうが)

が、少なくとも自分の印象としてこの日の昆キムはちょっと違いました。
1幕が終わり2幕になったとき、キムの性格は変わってしまったように感じました。
やさぐれたというか、自暴自棄というか。

子供を仲間(バーの2階)に預けていて、戻ってきたときに「遅いよ!」って言われて「ごめん」って言いますが、玲奈キムに比べて昆キムはとっても悪気なさそうに聞こえる(爆)。日によっては「悪いと思ってないよね、キム」みたいにさえ(爆)

でもそれを聞いた時に新しいなって。
キムはバンコクにたどり着くまで、エンジニアとともにタムを守り、恐らくは色々な試練を乗り越えてきている。いつまでもピュアで居続けられるわけはない。だから打算的になったりしたところで何の不思議はない。

だけれども、クリスを思うときにはピュアになれる。
エンジニアがクリスの居場所を探す間、アオザイを着ようと自分で自分を抱きしめるとき、キムは昔のキムに戻れる。その喜びは、「変わってしまったように見えるキム」だからこそ、より鮮明に浮かんで見えました。

●エレンの心変わり
最新演出版への変更で大きい台詞の変更がエレンの歌詞。
maybeの主題がどこかいっちゃっているように思えるのはひとまずおいておいて、

新演出版まで 
「子供だけならせめて、引き取ることもでき『た』わ」

最新演出版から
「子供だけならせめて、引き取ることもでき『る』わ」

日本語の助詞って凄い・・・

エレンはキムには「子供は引き取れない」と言っておきながら、そしてクリスを責めた上とはいえ、子供は引き取れると言及しています。

以前は「キムの本当の気持ちを知る前なら引き取ることもできた(=今は引き取る気はない)」のに対して、今は「キムの本当の気持ちを知っても引き取ることが出来る(=今でも引き取る気はある)」と変わっていて、強く印象づけられます。

エレンは
・キムからの要求は一切拒否
・キムの気持ちに直面して自分が身を引くべきか迷う
・キムの気持ちに直面した自分の困惑をクリスにぶつける
・クリスの告白・懺悔を受け入れクリスを許す
という一連の流れにどうも不自然なものを感じますが(物わかりがいいのか悪いのか分からないという)、エレンの思考については2つの方向性を感じます。

一つは「自分が身を引いて解決するならば身を引いてもいい」という”クリスのために”型。
もう一つは「子供を引き取れば自分の妻としての身分は保障される」という”エレンのために”型。

最初は前者の印象を感じていたのですが、ここ最近後者を感じることがあって・・・

自分の印象では前者が花代エレン、後者が三森エレンのような気がしていますが、毎回見る度に印象が変わるので、また考えてみたいです。この場面で三森エレンがしっくりくるのは、最新演出版のエレンの役の方向性が少なからず彼女の持ち味とフィットしているからなのではと思います。

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