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『カルメン』(4)

2014.6.22(Sun.) 12:30~15:20
天王洲銀河劇場 1階2列目20番台(上手側)

2回目の観劇は、終演後にFC限定ライブイベント(濱田さん、清水さん、千弘さん)があるこの回に。

前回が3階席最前列、今回が1階2列目という、えらい落差ですが、さすが100m近く前方に来ただけあって迫力が段違い。これで同じ値段というのですから、鬼だなぁと(苦笑)。
こと音響でチケット代を評するなら、せいぜい6割ぐらいであるべきと思いますけどね、3階最前列(しかも視界が手摺りで遮られる)。

というわけで、全体が見通せない代わりに部分部分がとってもクリアに見える。上手側は千弘さんフリーク御用達のポジションのようで、かなり満足度の高い位置。6重奏『決して振り向くな』もここだし、『VIVA!』での観客席も上手側。イネス叔母様に人生の手ほどきされているときは下手側ですが、ちょうど対角線で見やすい。

初回に見た時に比べて明らかにカンパニーの中の成熟度が上がっていて、かなりの変化が。

千弘ちゃん演じるカタリナは、前回見たときよりも芯が強くなって、1幕でさえ結構なしっかり者に変身。

別所さん演じる父親からの過剰すぎる愛情を受けて、「蝶よ花よ」でふわふわとしてた感じの初見から随分変わって、結婚パーティーの後の寝室のシーン。

父上「私は誇らしかったよ・・・私も20年若ければホセのように・・・」

カタリナ「もう遅いわ」

客席「(笑)」

・・・いや、カタリナに悪気はないんですよきっと(多分。そうだよね。だよね・・・w)。

ここ、「パパ、もう遅いからその話は明日ね」の意味の「もう遅いわ」なんですよ。
それがこの日の千弘ちゃん、わざわざこのタイミングにこれぶち込むか!ってタイミングでこれ入れたもんで。

「(パパが若作りするのは)もう遅いわ」って理解できるような感じで、客席から笑いが起こるほどで(笑)

多分、悪意も他意もなかったはず(と信じたいw)けど、「カタリナつえー!」と思うに十分でした(爆)。

・・・

カタリナでおっ!と思ったシーンがもう一つ。この直前、ホセが帰ってきてカタリナにキスをするのですが、その時カタリナは不自然な動きをするのですね。「何かあったの?」と問いかけるカタリナに対して、ホセは「何もない」と答える。

ここのシーン、前回ははっきりさせてなかったと思うのですが、カタリナは既に何かに感づいたように見せていて。

直前にホセはカルメンとキスをしているわけで、「なぜなの?答えて」と言いたいところでしょうが、そこは直前にイネス叔母様に言われた「ちょっとは許してあげること」を実践しているわけなのですね。

・・・

2幕後半の教会シーンで、あえてスポットライトをあててみるカルメンとイネスの会話。

イネス「あなたは昔の私によく似ているわ」

カルメン「(いかにも嫌そうにw)じゃぁ歳をとったらあなたみたいになるってこと?」

イネス「運が良ければね」

ここ、初回は気づかなかったんですが、確かにカルメンとイネスはとってもよく似ているんですよ。

「自由」を追い求めた。

という一点において。

イネスはどうやら過去に沢山の浮き名を流した方らしいわけですが、それは言い換えれば「自分の意思に自由に生きてきた結果」とも言えて。

カタリナがイネスに寄り添っていた間は、敬虔な信教徒であるカタリナにとって、その浮き名は尊敬する対象ではなかったでしょうし、真摯に自分を思ってくれているのは分かっても、”イネスの生き方”はそれほどまでに尊敬する対象ではなかったでしょう。

カタリナはカルメンと対峙することで自らの「表に出していなかった感情」に気づき、「自由に生きることの大切さ」を学ぶわけです。そしてカルメンを襲ったある出来事を境に、カタリナは自分の本当の人生を歩み出す。

あのシーンで十字を切ったカタリナは寿庵に見えて、ホセはシローに見えて、カルメンはお蜜さんに見えたなぁ。(『SHIROH』)
カルメンの「自由に生きることへの大切さ」は、確かにカタリナに受け継がれたと思うし、カタリナにとってはイネスの生き方の意味を本当に理解したんじゃないかなって。

イネスはそのシーンまでずっとカタリナに寄り添っていたけど、去っていくカタリナを追いかけようとはしなかったのが印象的で。イネスにとって、カタリナが独り立ちしたと安心した瞬間だったんだろうなと。

・・・

「誰の物にもならない」と叫んでいたカルメン。社会的弱者であるジプシーの、さらに「女性」という立場のカルメンにとって、生きていくためには何でもしなくてはならなくて。ジプシー一族の長であるガルシアとの関係が実に興味深くて。

カルメンにとって一番恐れていた相手がガルシアだろうことは想像が付くのですが、ガルシアの庇護があればこそ自分がその立場にいられることも分かっている。「男」すべてを意のままに操れるカルメンが、恐らく操れなかったのが2人だけいて、1人がガルシアで1人がホセだろうなと・・・

ガルシアは粗野で乱暴に見えはしますが、同じ「権力」を持った存在の”市長”と比べると、ガルシアの方がはるかに”人の上に立つ”だけのものを持っていると思うんですね。”市長”は表向きはともかく、「権力を利用する」ことに長けている。ガルシアはジプシーの長として、ジプシー一族の命運が自分に懸かっているという「権力の責任」からは目を背けてはいない。

カルメンがガルシアに対してだけは畏怖を感じ、嘘も容易く見破られる様を見ていると、ガルシアの人としての大きさと、実はガルシアの庇護の下にいれば自分は安心していられる・・・ことに安住することをカルメンがよしとしなかったのではと。

・・・

ぐんぐん良くなってきたこの作品ですが、惜しいなと思うのは多分、これ物語の根幹かと思うのですが、
「ホセがカルメンを運命の人と思う」シーンがなんだかちょっと足りない。なぜカタリナ捨ててまでカルメンに行くかは重要なポイントで、それは「自分で何かを選んだことは初めて」というホセ談に表現されているのはわかるとしても、でも。
カルメンと一緒にいておいて、「俺のせいで彼女(カタリナ)が危険に曝されるのは嫌だ」というのもよく分からない。

逆にカルメンがホセを運命の人だと思った理由はすごくはっきり見えてきていて、はまめぐさん、前よりずっと、ホセの前では女になってて凄いなぁと。カルメンがホセを絡め取ったように見えない。それが凄く好きです。男を利用する相手としか見ていなかったカルメンにとって、初めて「そうではない相手」としてホセと通じ合ったわけですから。

あと、ホセの親友の方、ちょっと台詞回しが・・・歌はまぁいいのですが。

・・・

前回書きませんでしたが、ホセ役の清水良太郎さんが、初舞台でこれだけ出来ているのは凄いなと。歌が上手い人にありがちな歌に溺れる感じもほとんどないし、相手と呼吸を合わせることにこれだけ真摯なのは見ていてとても好感。実際、濱田さんとの居残り稽古百本ノック的なものの結果でもあるらしいのですが、一番の不安要素だっただけに、予想外の収穫でした。

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