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『東京難民』

2014.2.22(Sat.) 11:50~14:30
新宿武蔵野館 F列1桁番台(下手側)

公開初日、舞台挨拶付きの2劇場目(1劇場目は取材が入っていた有楽町スカラ座)を選んで行ってきました。
実はこの作品を最初に観たのは去年6月。
最先行の試写会で見ることができていたので、色々な心の揺れも既に経験済みの状態で初日を迎えられたのは良かったです。

この日とても印象的だったのは主題歌「旅人」の歌詞が正にこの作品そのものだったことを感じられたこと。

「愛したいと願っていたから愛そうとする人を遠ざけて」「人と人とのふれ合いこそが愛」といった歌詞はとっても胸に迫って、何だかんだ言っても1回目を見終わった時は色々と気持ちが揺れていたんだなぁと実感(苦笑)。

この日の舞台挨拶で佐々部監督がいみじくもおっしゃっていましたが、これほど共感しにくい主人公もそうそういないわけで・・・。
主人公の修は学費未納で大学を除籍されてネットカフェ難民となって、その後もどんどん立場は悪化して・・・

初見でもこの日も、修はやはり色々甘いと思わざるを得なくて。いくら親父が学費の納入をしなかったといって、それまで学費や仕送りをしてくれたことが「当たり前」のごとく言っているかのような様は、自業自得のそしりは逃れないように感じて。

これについてはヒロインの茜役を演じた大塚千弘さんがインタビューの中で語っていた、「東京はチャンスと希望に溢れているけれど、転落も一緒に存在している。地方(徳島)から東京に出てきた自分にとっては東京のそんな姿が実感としてわかる」と言っていて、そしてこの日見て、その上で原作の福澤先生が舞台挨拶で語っていた言葉で補完された気がして。

「全ての若者が修の(最初の頃のように)考えなしとは思わないけど、修の転落は修だけのせいではない」

『貧困ビジネス』とこの作品で語られる、”貧しい人をより貧しくするシステム”。「システム」のせいにするのは個人的には好きではないですが、この作品で言いたいことは分かる気がします。

修は確かに甘くはあったけれど、それでも他者への「心」、「優しさ」を忘れてはいなくて。
綺麗事だけを言っても絵空事だけど、心のない言葉には意味がなくて。

ホストクラブなんて戦場のはずなのに、売上額を上げるよりもお客さんへの優しさが先行する、そんな振る舞いに茜も惹きつけられたのでしょう。

とはいえ、修の綺麗事は所詮綺麗事であって、結局は感情が通い合った茜の人生も変えてしまう。
先輩ホストに語った「お金より大事なものがあるんじゃないですか、それを守らないでどうするんですか」って言葉は、綺麗事だっただけに結局誰も救えない。

「守りたいものを守れない」、その現実を正面から受け止めたときに、修は自分のありのままと向き合えたのだと思うし、罵倒されることがわかっていて茜の前に現れて。

目の前には一度は思い合ったと信じ合う修がいて、でもそれは憎むにあまりある相手でもあって、そこにいたのが「前のままの修」であったなら、茜の思いは決して晴れなかったと思うんですね。

修と会ったホストクラブ、そこが自分の居場所だと思っていたのに、それは「お金で買った場所」に過ぎなかったと分かったという茜の悲痛な叫び、そして後悔。

修には茜に合わせる顔もなかっただろうけれど、それでも一大決心をして会いに行って、最初は追い返されそうになるけれども・・・修の本当の気持ちが、あの頃の修と違っていたのが、茜にとっては救いだったんじゃないかなって。

修の気持ちをお金で買った、その夢から醒めた時に茜に残ったのは「何のために自分は道化を演じたんだろう」という空しさだったろうし、でも再び会えた修は、前から持った優しさは残しながらも、「無責任な優しさ」から「責任ある優しさ」に変わっていたように思えて。

愛する修を、前に向いて歩けるようにできたなら、茜にとって「生きている意味」があると感じられたんじゃないかなって、それが救いかなと。

秋田の実家に帰され、いつ来るとも知れない心通い合った相手(順矢)を待ち続ける瑠衣も、恐らくは塀の中にいる順矢も、修の甘さに救われて・・・「救われた」という事実そのもので苦しさを乗り越えられるのかなと。

井上順さん演じるホームレスに助けられて、その後記憶を取り戻した修が、父を探すために旅立った後、そのホームレス・鈴本は鬚を剃るのですね。彼は東日本大震災で息子を亡くしたことをずっと引きずっていて、自分のことを全て忘れてしまった修に息子の名前の「茂」を付けるほどだったけれど、その過去を引きずっていた鈴本さえをも前に向かせた修の成長が印象的でした。

大塚千弘さん演じた茜は、ホストにはまるまでのナース姿は正直野暮ったい感じで、それが役にぴったりというか(悪意ないですごめんなさい)、でもそれがどんどん「女性」であることを表に出して、それがとても魅力的で。

瑠衣が失踪して順矢が返済する必要に迫られた金額の一部(百万円)を肩代わりした修、ただ、そのお金は茜が出していて。

「順矢さん、お礼の一つも言えないのかしら」と言った時の茜の眼は「危険な女性の眼」で、その後「(この後の酒は)順矢さんが飲んで」と言い放った時の眼(”酒で潰されるがいいわ”って感じの復讐師の眼でした)・・・痺れるぐらいに魅惑的でした。
最初のナース当時とこの時と、どちらが茜の本性かは分からないわけですけれども、これを両方見せられるという意味ではこの役を千弘さんがやった理由があるように思えました。

・・・

舞台挨拶の登壇は、司会者が上手端、そこから佐々部監督、山本美月さん(瑠衣役)、中村蒼さん(修役)、大塚千弘さん(茜役)、青柳翔さん(順矢役)、そして原作の福澤先生。

キャスト紹介でちょっとしたハプニングがありましたが、それ以降は順調な進行。
取材陣は第1陣の有楽町スカラ座での取材となったため、こちらは「クロストーク」という名の無法状態(爆)。

主に佐々部監督に対する言いたい放題大会になっていたような感じで(笑)

中村君「休憩中にナポリタン食べに行ってたんですけど、監督もナポリタン好きなので機嫌損ねちゃったらしくて、『今日はお前の喋るシーンなしだ』って言われて(笑)」

佐々部監督「何で言うんだよ(笑)。ロケだとどうしても弁当になるから悔しくて。でもその後ナポリタン食べに行ったけどね(笑)」

・・・

千弘さん「あのシーン、監督と中村君が最初に『こういう風にやるんだよ』って実演してくれて」

佐々部監督「え、そうだっけ?(俺と)千弘じゃなかったっけ?

千弘さん「違いますよぉ」

・・・監督、そこはどうやっても記憶を間違いようがないと思うんですが(爆)

佐々部監督「雪のシーンなんですけど、撮影は去年の成人の日で雪が降った後の日に急遽『雪のシーンにしよう』って3日ぐらい後に撮ることになってたシーンを繰り上げたんですね。素晴らしかったのは中村君も千弘も台詞ちゃんと入ってて、むしろ撮影スタッフの方が慌ててて」

千弘さん「(照れ)」

中村君「いつも全部台詞が入っているわけじゃないですけど(←毎回入ってると思われると大変だと思ったような感じでしたw)この作品は大好きな作品ですし、(3日)先のシーンも台詞が入っているようになってました」

佐々部監督「2人の浅草デートシーンも残雪が残ってたので、せっかくだからってことで続きシーンにして、雪がわざわざ入るようにして撮りました。」

千弘さん「そういえば雪の日はロケ先から都内に戻ってくるの大変で。川崎でしたっけ?」

美月さん「大宮でしたね」

千弘さん「そうだ、大宮から6時間車でかかったのが印象に残っています」

美月さん「そういえば青山のウィンドーで茜と瑠衣が会うシーンも朝早くて大変でしたね」

千弘さん「そっか、朝だったね」

美月さん「4時か5時で、私も生足だったので大変で(笑)」

ちなみにこの作品、実は原作者の福澤先生も出演しているのだそうです。
どのシーンか?と客席が「?」マークになったところで

福澤先生「古着屋の親父でズボンを1万5千円で買い取り値切ってる」

客席「あぁ!」

佐々部監督「原作者の方も本編に出しちゃえば共犯だろうと思って(爆笑)、福澤先生にお話ししたら満更でもない様子で(新)」

・・・

司会者「ご自身の演技を見てみてどうでしたか」

中村君「自分の顔と歌を2時間見る機会なんてない(客席笑)ので変な感じでしたね」(隣で千弘ちゃん笑い)

千弘さん「そういえば最初の試写で蒼くん、私、翔さんと並んで見て、同じく変な感じがしました(笑)」

・・・

そんな感じで30分近く、思った以上に長く楽しい舞台挨拶でした。

ストーリーは重いのに、なぜだかカンパニーは凄く明るくて、この映画に関われたことに嬉しいと感じている皆さまの空気が伝わってくる、素敵な空間でありました。

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