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『Second Of Life』(2)

2013.12.22(sun.) 15:30~17:00 Aチーム C列上手側
         19:10~20:40 Bチーム A列下手側

at上野ストアハウス

当初、土曜日にBチーム→Cチーム、日曜日にAチームで打ち止めるつもりだったこの作品。
せっかくだからご贔屓さんのBチームで締めようと、この日はBチームキャンセル待ちのつもりで上野へ。

Aチームを見終わった後にお知り合いと話していると、(今までも何度かお会いしていましたがお話ししたことがなかった)方から「Bチームが(所用で)見られなくなった」とのお話でお譲りいただくことになり、感謝感激。
この日のBはほとんど満席(桟敷席と言われる1列目の補助席まで満席)だったので、本当に有り難かったです。

で、実は明日のBチームも桟敷席ながら確保できることになり、当初3回だった観劇予定が、いつのまにやら5回に(笑)
見れば見るほど分かることもあれば、見れば見るほど分からなくなることもある、それがこの作品の奥深さなのでしょう。

で、もう明日がラストなので今日はネタバレで参ります。そうじゃないと自分が狂ってしまいそう(爆)

・・・

登場人物の中で男性のベテラン役者さんがやる役に「マスター」という役があります。
Aチームは伊藤俊彦さん、Bチームはtekkanさん、Cチームは港幸樹さん。
この「マスター」が、主人公の作曲家志望の男性に、自分保有のビルの2階であろう部屋を貸すためにキーを渡すシーンがあります。

それに先立つことこの作品の最初、「マスター」は歌います。

・・・一人、一人去り、そして誰もいなくなった。残された部屋・・・この部屋で何が起こったか、知るのはこの「部屋」だけ・・・

と。

ふと思ったのが「マスター」という役は”マスター”「キー」でもあったのではないかと。
皆を見つめる”第三者”の立場でありながら、実は全てを見ていたのは”部屋”であり”マスター”だったのではないかと。

・・・

この作品で登場する”2人”の女性。主に前方で演じる「彼女」役、Aチームは稲田みづ紀さん、Bチームは須藤香菜さん、Cチームは上田亜希子さん。主に後方で演じる「歌手」(昔の彼女)役、Aチームは岡村さやかさん、Bチームは青山郁代さん、Cチームは吉沢梨絵さん。

この「彼女」と「歌手」の関係が、3チームそれぞれ3者3様で実に興味深いです。

実はこの2人、同一人物なんです。

彼が「夢」を諦めた、その「夢」の部分が彼女の「歌手」である部分、そして「夢」を諦めさせた「現実」の部分が彼女の「彼女」である部分。

だから、後方から「彼女」を見つめる「歌手」役の女性は、つまるところ自分自身を見ているわけなのですが、そのポジショニングがずいぶん違って。

Aチームのさやかさん→みづ紀さんは、見つめる目がとても優しい。目の前にいる女性が自分自身であることをはっきりと認識していて、彼女に対する嫉妬を感じさせない。そもそもそれは自分だと思い込んでいるかのよう。だから彼女が彼の前で浮かれようがどうしようが、彼女に対して許している。但しその分、自分の夢そのものであるCDを彼女が放り投げたときだけは、それまでが優しかっただけに、裏切られた激しい怒りを感じました。

Bチームの郁代さん→すどかなさんは、目の前にいる女性が自分自身であることをはっきりと認識しているのはAチームと同じ感じですが、あまりに同化しすぎていて。彼が彼女の前で曲を作っているときは自分のことのように喜ぶ様が一番はっきり。その反面、彼女が聞き分けなかったりする時に、郁代さんは結構頻繁に目を背けるんですね。自分自身の見たくない部分から目を背ける感じ。自傷的な要素が郁代さんは一番強かった気がする。最後まで彼女に勝てると思い込んでいる度合いも、これまた郁代さんが一番強かった感じ。だからこそ最後は自暴自棄になった感じが一番強かったかと。

Cチームの梨絵さん→亜希子さんは、目の前にいる女性が自分自身だと全く思っていないように見えて、赤の他人を責めているように思えて、その分、自分相手ではないと思い込んでいるので容赦がない印象。Bチームの郁代さんと違った意味で、彼女に対して冷たい感情を感じました。何といっても目が笑っていない(苦笑)し、許そうとしている気さえない。というか、彼女が視界に入っていないような印象さえ感じました。

この作品での「彼女」と「歌手」は、「今の彼女」と「昔の彼女」という面も持ちますが、同時に「表の彼女」と「裏の彼女」という捉え方もできて。心の病とは、今回の作品で言えば人格が分離して、「表の彼女」を「裏の彼女」が浸食していく様のようにも思えます。

劇中「羽のない天使の声が聞こえる」と「彼女」は言いますが、これは「歌手」の言う「私はもう飛べない」と繋がっていて、彼が「夢」を切り捨てたときに同時に切り捨てられざるを得なかった「歌手」にとって、「自分に羽という名の『夢』が残っていない」ことを指しているのかなと。

そこも3チームそれぞれ違って、Aチームは「彼女」が病んで、「歌手」がそれを優しく癒す。Bチームは「彼女」と「歌手」がいずれも病んでいる。Cチームは「歌手」が病んで、その実「彼女」の方が正常であるかのように思えたりして。

Aチームのラストは、明確に彼に「決断」を促しているように感じて。
つまり自分を選ばないことを彼の意思として締めさせる必要があって。

Cチームのラストは彼にとって自分がもはや必要でないことを彼に再確認させているように思えて。
だからこそ「欲張らないで」の言葉がびっくりするぐらいに淋しそうで厳しかった。
彼に対して、「私を選ぶつもりもないのに、選ぼうとしてなんてほしくない」って気持ちが伝わってくるように思えて。

Bチームのラストは直前まで勝利を手にしたと思っていた「歌手」が、まさかの敗北で自暴自棄になっていた感じもありましたが、それゆえ「私を選ばなかったことであなたは全てを失う、その覚悟はできているのよね」と試したような感じで。

ラスト直前、「歌手」役の女性は「夢なんかなくていいのよ」と言いますが、それはむしろ逆であって、物語の最初で「誰もいなくなった(=男性もいなくなっている)」ことからして、「夢を手放した(『歌手』を自分の手で葬った)彼は、実際の『彼女』をも恐らく病気の進行で失って、全てを失って朽ちていった」のかなと想像してしまって。

夢を手放したことで未来を失った主人公、逆説的に「夢を見ていないと生きてはいられない」ことを表現しているのかなと、そう感じたりしたのでした。

明日はBチームを拝見してこの作品の観劇を締めます。また新しい発見がありますように。

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