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『ショーシャンクの空に』(3)

2013.11.10(Sun.) 13:00~16:15
サンシャイン劇場 1階7列10番台(下手側)

終わってみれば短かった東京公演も、この日が千秋楽。
初日以来、空席となっていた1階サイドの上手端・下手端もこの日ばかりは全面的に使用し、補助席まで出る盛況。

ハーフプライス、リピーターチケットの効果があったとはいえ、初日明ける前の不安はどこへやら、東京千秋楽は暖まった客席と、舞台上の役者の皆さまの笑顔と共に幕を閉じました。

作品が支持されますようにと、その「希望」とともに駆け抜けたキャストの皆さま、スタッフの皆さまの想いが伝わり、これだけの短期間で評価を高めた作品も、なかなかないように思います。

そして演劇集団キャラメルボックスのホームグラウンドであるこのサンシャイン劇場は、過去ずいぶん通っていますが、男性のお手洗いがここまで列が伸びたことも記憶にありません。それだけ映画「ショーシャンクの空に」が名作として支持されていたからなのでしょう。

・・・

●支配者と被支配者
「ショーシャンクの空に」において、支配者と被支配者の関係は明白で、前者が刑務所長・刑務主任・看守を初めとする「法」であり、後者が犯罪者(と判断された者)であるわけですが、この作品の興味深いのは、前者が善で後者が悪というばかりの立ち位置ではないこと。

支配者側の刑務所長を粟根まことさん、刑務主任を筒井俊作さん(演劇集団キャラメルボックス)が務めているのが、この作品の「支配者」の立ち位置を暗示していて、この2人の役者的持ち味からして「大声は小心者の裏返し」であるんですね(褒め言葉です念のため)

一点の隙もない支配者になろうとするけれども、いつかどこかで破綻すること-を信じられる役者さん。変な話ではあるのですが、「支配者」に対する揶揄といったものを原作から感じただけに、この2人をこの役に置いたことは、実はとてつもない安心感を持って見ていられました。

アンディーが「支配者」側に針の一穴を刺した屋上での”事件”。看守の税金相談を代行する代わりに、「同僚に」ビールを提供させた瞬間、これは原作に書かれているのですが、「(支配者と被支配者の)立場は完全に逆転した」ことに大きな意味があるのだと。ラクエルが言った「後悔しなさい、あなたたちが勇気を与えてしまったのよ」という言葉もこれが元になっています。

支配者は、被支配者に隙を見せてはならなかったと。支配者も「所詮人間」だと思わせてはいけなかったのだと。
塀の中にいようと、絶対に敵わない相手ではない、と思わせたことが支配者側の失敗であり、アンディーの凄さだと。

「ビールを飲めば『人間らしい』気持ちになる」と言ったアンディー、青空奉仕に従事させられ「俺たちは奴隷じゃない」と吐き捨てたレッド。

アンディーの生き様を語ることがレッドの生き甲斐であって、レッドは自分の存在を卑下しているけれど、実際にアンディーが言ったように、レッド自体もこの刑務所の中では相当に異質な存在(「君は凄いよ」)。
少なくとも飼い慣らされきった存在ではなくて

3幕でレッドが3人のピンナップガールを前に、アンディーのことを「アンディーも怖かったんだよ」と呟く場面がありますが、「ずっと同じ気持ちで生きていた(であろう)アンディーでさえ、下水管の先に何があるかは分からなかった」、でも「迷うなら先に進んだ方がいい」・・・

ブルックスが外に「放り出され」る直前、図書室の司書を引き継ぐアンディーから「おめでとう」と握手を求められ、ブルックスはそれに応えられなかった。アンディーとレッドが共有し、ブルックスが持てなかったもの、それは「勇気」と「希望」だったのかなと。

原作でも触れられていますが、アンディーは果たしていつ穴を貫通させたのかは疑問で、1948年の収監からほとんどすぐ穴を掘り始め、同居人がいた1年以外はほぼ掘り続けて、1975年に脱獄。
ただ、掘る速度は7年で30m、450mある塀までを掘るには70年かかる・・・実際には26年未満なので、掘り進んでいるうちに下水管に先にたどり着いたという話なんですよね。

リタ・ヘイワースのポスターは1948年~1955年、マリリン・モンローは1955年~1960年、ラクエル・ウェルチは1966年~1972年とあり(原作上は脱獄時のポスターはラクエルではないのですが、これは演じた宇野まり絵さんとの役の相性によるものでしょう)、アンディーがレッドに「牧草地の石」の話をしたのは1968年(原作では1967年)。

それを考えると、アンディーの掘った穴はその時には貫通していたのではないかと。

この日の成河さんのアンディーと、益岡さんのレッドの演技を見て、思い至り。
「希望なんかどこにあるんだ」と叫んだレッド。自分は罪人であり無実のアンディーとはそもそもの根底が違うと。その時アンディーは、そっと「希望を持つことはいいこと」と言う・・・それが自分に対する勇気づけでもあったのでしょう。それを知っていたレッドは、「実はあの時、穴はもう開いていた」ことを確信する・・・ように見えました。

レッドにとってアンディーは、完全無欠な存在であったけれども、実は「穴が開いてからある程度の期間(最長7年間)脱獄しなかった」という事実が、レッドにとっては救いだったのではと思って。

気持ちは通じ合っているとはいえ、「アンディーだって人間だった」と思えたことで、レッドは心を壊さずにいられたのかなとふと思ったのでした。

●ピンナップガールの存在意義
この作品の原作は、レッドがアンディーのことを記述する、といった形で語っているわけですが、舞台版は1幕・2幕・3幕のその時代のピンナップガールがあたかも原作から飛び出たかのようにストーリーテラー役を担当しています。

仮にレッドが原作通り全ての語り部まで担当していたら、この作品はずいぶん違った印象になっていたと思う。
そもそもがレッドの負担が大きすぎるという話でもあるにせよ、レッドはアンディーの全てを見ていたわけではないので、レッドが語ることが全て真実かははっきりしていない。でもピンナップガールはアンディーの部屋にいたわけだから、全てを知っていて何の不思議もない。

ここが脚本の喜安さんのアイディアなのか、演出の河原さんのアイディアなのかわからないのですが、このアイディアの成功が舞台版に勢いを付けたのだろうと。

成河さんのアンディーは、原作のクレバーな印象そのままで魅力的だし、益岡さんのレッドの存在感も圧倒的。それでいて、語りを女性陣に任せてあるので特にレッドは大事な部分だけなぞれば済む。その分、レッドはアンディーとのやりとりに集中できる。舞台に色も付くしで、いいことづくめ。

それで見るとこの3人のピンナップガールのバランスも絶妙。
由美子さんのリタ、エツ子さんのモンロー、まり絵さんのウェルチ。
服の色合いも違いますが、それ故にアンディーにとって、この3人は距離感が異なっていて。

リタは「憧れ」で、モンローは「癒し」、ウェルチは「同志」と考えるとしっくり。

その時々にアンディーが求めたものでもあるのかなと。

初期は「下界の象徴」として「憧れ」のリタを。
中期は「落ち込みのカンフル剤」として「癒し」のモンローを。
後期は「現実的な支援者」として「同志」のウェルチを。

と考えると、アンディーの心の動きも分かるような気がします。

アンディーがリタのポスターをレッドに求めたとき、レッドは「即物的なところもあるんだなと気に入った」と後で語っていますが、案外にアンディーにそんな側面もあったのかもしれません。ま、男ですからね。

●東京楽を迎えて
本音を言ってしまえば、こんな気持ちで東京楽を迎えられるとは思っていなかったです、良い意味で。
ご贔屓さんの一番いい部分を引き出していただいて、そして作品に必要不可欠なパーツとして存在させてもらえて、それでいて作品としてもカンパニーとしても心地好い時を過ごさせていただいたことにただ感謝です。

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コメント

はじめまして、感想を見て回っていてこちらに出会いました。
昨日の千秋楽、いい公演でしたね!

正直、発表された時に思った、あれは日本人が舞台でやるには少々難しいのでは?と言う危惧を綺麗に吹き飛ばしてくれました。

ピンナップガールズの役割、納得です。なんて効果的。
あの「誰も寝てはならぬ」の解放感、初見は二階からだったのですが 確かにあの場の空気がさーっと音を立てて解放されていくのが(照明の効果もあって)目に見えるようでした。
本当にいい舞台で 見られてよかったと思います。

ところで、アンディも即物的な所が、の件。
千秋楽に「リタ・ヘイワースを手に入れてほしい」というアンディが、シャツの合わせ目の一番下をもじもじと揉みしだいたり、太ももの間に両手を入れてちょっと足もとに力を入れていたりして「あ、そういう意味もあるか」と納得しました。ま、男性ですものね。

投稿: ふじぽん | 2013/11/11 12:47

ふじぽんさん>
はじめまして。
コメントありがとうございます。

素敵な東京楽、刑務所の話のはずなのに、暖かい空気で客席まで暖まる感じでしたね。

サンシャインの2階で「誰も寝てはならぬ」、綺麗でしょうね(今回は2階から見るチャンスがなかったのです)。2幕はどちらかというと中に籠もる時期で、見ている側もモヤモヤというか、イライラが溜まる時期なので、最後があの開放感で終わっていたのは救いでした。

もじもじは公演最初の頃はなかったと思いますが、アンディー役を演じられた成河さんは拝見する度にちょっとずつ役の心の動きを変えて見せられていて、楽でご覧になった姿もその一環だったのかもしれませんね。

投稿: ひろき | 2013/11/12 01:13

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