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『しあわせの詩』

2013.10.13(Sun.) 18:00~20:10
赤坂REDシアター F列10番台(上手側)

One on One(オリジナルミュージカル製作集団)公演、今回は再再演にあたるそうです。

天王洲銀河劇場の『それぞれのブンとフン』観劇(トークショー付)を見た後、一路、赤坂見附へ。
フォロワーさんの評判がとても良かったので、飛び込みで当日券を入手してみることに。

今日がもう楽なので、楽の当日券は無理だと思ってこの日に賭けましたが、見て良かったです。

オリジナルミュージカルだそうですが、音楽の空気が何となく『この森で、天使はバスを降りた』に近いものがある気がします。どこか懐かしく、どこか優しく、そしてどこか過去に影がある感じが。

ネタバレですのでご注意くださいませ



主役の健が、取材で旅行に行くことになった先が、実は健の生まれた土地。婚約者の悦子はそれを聞いて、連れて行って欲しいと食い下がる。悦子は、健が時々分からなくなることがあった。むしろ「怖い」「冷たい」と思うことがあった。健の生まれた土地を見れば何かが分かるかもしれない・・・

といったプロローグから佐賀県のとある田舎街に降り立った2人。そこには、狐たちがいた。健の記憶からは消えていたが、健の母親である詩織と狐・桔平との間には、過去のとある出来事があった。

導入部では、人間と狐が対話を始めることで、立場の近いがはっきり出てくる事柄があります。

人間にとっては「歳をとることを皆で祝う。長く生きることは、それだけ大変だし祝うべきことだから」

狐にとっては「歳なんかわからない。むしろ死ぬことが許されない。『本当の願い』を叶えられたとき、叶えようとしたとき、はじめて死ぬことが許される」と。

この狐の「死ぬことを許される」点がこの物語で重要な位置を占めています。

健には「傷がすぐ治る」という特技があり、健はそのことをずっと不思議に思ってきた。
それは、実は詩織と桔平との間の過去と繋がっていて、桔平が詩織の命を救ったことと関係していて。
狐にとってそれは禁忌であり、罪であったこともあって、桔平は死ぬことを許されずにいた。

・・・詩織が桔平に助けられたとき、詩織の中に狐の要素が入り込んだ、だからこそ詩織の息子である健には、特殊能力としての「傷がすぐ治る」という要素があった・・・のだろうと思うのですが、むしろ詩織は「人間として死んで、狐として生まれ変わった」というようにも取れて印象的。

詩織は健に対するとあることを「本当の願い」として願って、それが「本当の願い」だったからこそ死ぬことが許された・・・その時の詩織は人間でなく、狐となっていたのではないかと。

詩織は驚くぐらい狐たちの中にすっと入り込んでいたであろうことを感じさせられますが、健の婚約者である悦子も、同じく驚くほどの順応力で狐たちの中に入っていき、最初は警戒していた女狐でさえ、なんだか自分のムードに巻き込んでしまう。

この、詩織と悦子の過去・未来の関係図がとても良かったな。健にとって、「今の自分を作ってくれた基」である詩織と、「これからの自分を一緒に作ってくれる」悦子との対比。冷たくしたり、本当に怖がらせたり、それでも付いてきてくれることをやめようとはしない悦子の強さは、詩織の娘ではないのだろうかと不思議になるぐらい、似ている気がして。

仕事でつまづき、自分のしたいことができずにもがく健と、それを支えようとする悦子。
過去を気に病む桔平を、自分の生きてきた道に悔いはないと励ます詩織。
詩織が願った「本当の願い」が、桔平の「本当の願い」としても認められたとき、本当の意味で桔平と詩織は通じ合えたのかと思うと、涙せずにはいられませんでした。

「心残りが無くなれば死ねる」という狐は、心残りがある限り生きていられる。
でも”生きていられる”という見方はあくまで人間側の見方であって、”死ぬに死ねない”というのが狐側の言い分になる。

かといって「心残り無く死ぬ」というのが人間にとって、きっと永遠のテーマなのではないかと思うし、その対比がとても興味深かったです。

「どう死ぬか」がテーマな狐と、「どう生きるか」がテーマの人間が、どうお互いを理解するか。
本来は交われない狐と人間が、詩織、健、悦子という3人の人間の「強さ」と「弱さ」を軸に展開していく風景。
苦しみを乗り越えた先にある「本当の願い」がどれだけ崇高で、それは他人が是非を判断できる問題を超越していて。

生きることに前向きになるためのエネルギーをもらえる作品。ストーリーと音楽がぴったりくっついていて、役者と劇中の登場人物・狐とがぴったりくっついていて、何だか本当の出来事を見ているような気がしました。

タイトル曲でもある「しあわせの詩」も素敵だったけど、自分は相手の苦しみを理解できることはないのだろうかと歌われる歌(「巡る想い」)の悦子の心からの叫び、詩織が歌う「本当の願い」も・・・どれも素敵。

「しあわせ」はきっとその人がそう思えることでしか生まれないものだろうし、1人の「しあわせ」は1人だけの「しあわせ」ではないんだろうなと思えて、心が温かくなったのでした。

俳優さん、女優さん皆さん素晴らしかったです。とりわけ、悦子役を演じられた岡村さやかさん。まっすぐな歌声は、悦子という人物にしっかりとした根を下ろしていたからこそかと。詩織役を演じられた千田阿紗子さん。初見でしたが、演者さんいわくの「スーパーキーパーソン」の名の通りの存在感で、強さも持ちながら、ふわっとした存在が心地よく、素敵でした。

普段はキャスト重視で作品を選ぶ自分ですが、作品の評判からのこんな出会いもいいなと思ったのでした。

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