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『ジャンヌ』(4)

2013.9.7(Sat.) 13:00~16:15、18:30~20:10
 世田谷パブリックシアター 3階B列20番台後半

2013.9.8(Sun.) 13:00~16:15
 世田谷パブリックシアター 3階A列10番台後半

「ジャンヌ」2回目・3回目観劇。
公演4日目にして3回目観劇というのもどうかと思うのですが(笑)、
平日はほとんど入れないので無理して連日。

いちはやくネタバレモードに突入です。お気になさる方は回れ右でお願いします。




初日観劇の時のblogが既に原作戯曲を読んでいることが前提のような描き方を少しくしてしまって、これはいけないなぁと思いつつ、なかなか当blog(というか自分)にとってのこの作品との距離感が、我ながらディープになりすぎているなぁと思いつつ。ただ、そこはそこ、趣味でやってる利点は多少ディープになってもいいということで、これは仕事じゃできないことですしね・・・。ということで割り切って参ります。

今回はまずは役別にジャンヌとどう接しているかについて、私見交えて書いてみたいと思います。

●ジャンヌ役/笹本玲奈さん
役柄としてのピュアさで言えば、今までの作品で1,2を争う透明感。
玲奈ちゃんの演技は一時期色々な鎧が被さったようなことがあったけれども、今回は鎧を着ているのに、役柄的には完全に透明。
邪気をまるで感じさせない無邪気さは、バーナード・ショーの「ジャンヌ」にぴったり嵌っています。

良い意味で他人を裏切ることも、裏切られることも知らない少女。自分が何をしたかも、何をしでかしてしまったかも、何をなしとげたかも知らない少女が、エピローグで後世の評価に触れて、当時の自分の足りなかったところを自覚する場面が新鮮。

ジャンヌが「使命」という鎧から解き放たれて、当時関わった人々をある意味茶化すエピローグが、玲奈ちゃんのやんちゃ性全開で面白い。あんだけみんなの運命狂わせておいて、本人至って楽しそうなんだもんなぁ(笑)。

●ウォリック役/今井朋彦さん
イギリスの領主(ウォリック城の領主)で、後世のジャンヌを褒め称えてただ一人、ジャンヌから感情なく返される人(笑)

ジャンヌにとって明確な敵はある意味、この人だけでしょうから。「ジャンヌの死は政治的に必要だったが、政治的必要は時にして政治的失政であり、(ジャンヌの死は)まさに大しくじりだった」とまで言う、ジャンヌにとっては不倶戴天の敵に関わらず、なぜだかそのちっぽけささえ、愛おしく思えるから不思議。

ジャンヌは男たちの立場を剥ぎ取る悪魔でもあったわけで、その報いを存分に受けた人物とも言えるかと。

●デュノア役/伊礼彼方さん
オルレアンの私生児の異名を持つフランス軍司令官。ジャンヌが一番心を通わせた相手・・・と言われていた割には、初日段階では意外なことにどっちつかずな役作りになっていて、彼にしては意外でした。ようやくここにきて立ち位置がはっきりしてきて、ジャンヌに過度に肩入れしないことが、ジャンヌを尊重することであることに収斂しつつある感じ。

唯一「ジャンヌがロワール河で溺れていれば鎧を着ていても助ける」告白が、他者のジャンヌへの心情と違う部分で、思った以上に「自分の立場が大事」なポジションにいたのが意外。エピローグでのジャンヌへの告白が、日を増して本心の吐露に近づいてきてて、その方向性大好きです(笑)

●修道士マルタン役ほか/大沢健さん
この役としては6場(ジャンヌの裁判シーン)に登場。陪審員がイギリス側、つまり敵方に固められる中にあって、ジャンヌ側に付いてくれる数少ない方。コーションの命によりジャンヌを見届ける、異端告白宣誓書を起草するという立場にあたります。

6場の数少ない癒し系。この作品は「ジャンヌ」にしては裁判シーンが重視されていませんが、それでもジャンヌがあそこまで責め立てられるのは、やっぱり見ていて辛いもの。そんな中に温かい感情を送ってくれる方なのです。

●シャルル役/浅野雅博さん
色々反則すぎます(笑)。ご覧になった方は分かると思いますが、
初っぱなから「出オチ」です(笑)。
フランス王太子として、ジャンヌの功績でランスの大聖堂で即位でき、フランス王となるお方。
たぶんジャンヌの「励ましバロメーター」を計量化したら、ダントツにトップになるであろうと(笑)。

それでいて、ジャンヌは王太子時代に「まだ『王の』良さじゃない」という言葉でシャルルを励ましているのがとても素敵。
そしてエピローグで「本当の『王様』になったのね」との賛辞は、
シャルルにとって何よりのご褒美だっただろうなと。

「お前が勇敢だから、私も勇敢に『ならざるを得なかった』」という賛辞は、ジャンヌにとって何よりのご褒美だったろうし、そもそもジャンヌのことを「素直に田舎に籠もっていてくれればな。な(笑)」と言っているあたり、ジャンヌに対する愛情を感じます。

もっと邪魔者あつかいするもんだと勝手に思ってたのに(笑)

●ジル・ド・レエ役/馬場徹さん
「青鬚」と名付けられる廷臣役。ジャンヌと大司教が会話しているシーンで、ジャンヌを嗤って大司教に窘められたときのバツの悪そうな感じが実に魅力的。それでいて事後「実は彼女のことが嫌いというわけでもないのだが」という告白が興味深いです。

ジャンヌに対する皆の心情を言い当てているんですよね。「嫌いじゃないけど困った娘だ」、だからといって「目を離さずにはいられない」(良い意味でも悪い意味でも)というところが、ジャンヌのジャンヌたるところなのだろうなと。

●デュノアの小姓役ほか/石母田史朗さん
煮え切られないデュノアの横でむちゃくちゃ困っている人ですね。
毎日「西風よ吹け!」って言われ続けても困るだろうなぁ(笑)。

オルレアンの突撃が決まり、ジャンヌが怯えきってデュノアに泣きじゃくってしがみつく(ちなみにこのシーンは演出の鵜山さんいわく「ここは笹本玲奈の見せ場だ。男が守ってやりたいと思わせるんだ」・・・だそうなんですが、それをバラしちゃうのが笹本玲奈さまの天然さ)・・・ところで、ジャンヌが持っていた旗を離してしまう・・・のを、地面に落ちるまでに掴まえるのが重要な任務です。

成功率、上がってきました(笑)←初日は失敗されてました

●プーランジェ役ほか/金子由之さん
ジャンヌがシャルル王太子への仲介を頼んだ領主に仕えし将校であり、ある意味ジャンヌに最初にほだされた中の1人であり、旅を共にした人・・・が2幕では宗教裁判の告発官になるのですから、芝居というのは皮肉に作られているものです。
当然分かってそういうことになっているのでしょうけれども。

●ストガンバー役/今村俊一さん
イングランド枢機卿という立場で、ジャンヌに対してはっきりと悪意を持って接した度合いについては、この方が一番鮮明かと。ウォリック伯爵の配下であるかのように振る舞い、宗教裁判妥結後、ジャンヌを火刑台に乗せた、査問官いわくの「度し難い大馬鹿者」

4場のウォリック伯爵とコーション司教の交渉の場にも立ち会いながら、コーション司教に「私は君を許そう、無知故の暴言と思うから」とまで言われる度し難さ。しかしながら、実は4場の交渉で伯爵と司教が高度な話をしていたのにもかかわらず、宗教裁判で問題にされた「ジャンヌは男装をしている」という命題を最初に問題にしたのはこのストガンバーなんですよね。

「残酷がどういうものなのか理解していなかった」からこそ、自らの身で「残酷」を知ることになった、だからこそジャンヌはこのストガンバーにはきつくあたっていないのですね。
ウォリックとは目を合わせようともしないのに(笑)

●イギリス兵役ほか/酒向芳さん
この作品のダークホースです(爆)。あんな良い思いをして(笑)

人の価値は肩書きで決まるものではないことを表現するための役と言えますが、逆に言うとしがらみなしでは人は色々なことが言えて色々なことができて。

それはジャンヌについても実は言えるのではないかと。
「考えていたら何も始まらない。それぞれの行動をする前に考えていたら、あなたがたは今その場所にいられただろうか」と言っていたジャンヌは、いつしか自分の挙げた成果によって自らのハードルを上げて、「聖女ジャンヌ」という肩書きに押しつぶされてしまったのかと、ちょっと思う。

●大司教役/石田圭祐さん
ジャンヌのせいでとっても苦労した方・・・恐らくトップクラス。

ジャンヌにほだされて顔を赤らめていることこそ奇跡、とジル・ド・レエに冷やかされているのがとってもコミカル。
最初があれなもんだから偉い人に見えない、というネックも抱えつつ、ジャンヌにさんざん自分の立場を脅かされ、「自分の信念さえ揺らぐ」という苦労振り。

ご本人、パンフレットで「凡人って気楽で幸せだな」と語っていますが、ジャンヌだけでなくそれは大司教にもあてはまるような気がします。

●ラ・イール役ほか/新井康弘さん
ランスの大聖堂で、実は一番ジャンヌ側に立っているのがこの方。デュノア以上に。
根っからの軍人というか、根っからの最前線の方なのでしょうね。

デュノアは意外なことに理性な人で、だからこそ実は「有能な指揮官」なわけで、「勇敢さは戦闘に置いて優秀な下僕だが、優秀な主君とは言えない」とかでしたっけ。

「地獄の底までついていきたくなる」と言いながら、ジャンヌからは「二人で天国で会いましょう」と言われていたりする、ジャンヌが人を見抜く力を持っていたことを伺わせるシーンで好きです。

●死刑執行人役ほか/小林勝也さん
2役と言えばこの方も好対照。ガミガミ屋(正式役職名:侍従長)と死刑執行人(通称:家族思いさん)の2役。

エピローグのあのくだりが最高。日常に近いからこそ、貴族だの宗教家だのとは違ったリアルさというか、憎めなさを感じます。イライラしているウォーリック伯爵の前に出てきたのはとんだ災難だなぁと。

●ロペール役、審問官役/中嶋しゅうさん
この2役もそう、凄い落差でした。「ジャンヌを最初に助けた者」として歴史に残り、「ジャンヌを審問した者」として歴史に残るというのも、まぁ凄いなぁと。

かつて玲奈ちゃんの父親をやった方が、作品が違ってここまで立場が変わるとは・・・とはいえ、役が違ってまた出会えるのは、お互いが俳優として一線にいるからこそですからね。

「弁護士も必要としないぐらい公平な裁判」と明言していますが、それは当然イングランド側の意図とは相容れない。それでいて”宗教裁判”という本質にこだわった審問官としての公平さは、でもジャンヌにとっては何の恩恵ももたらさない皮肉。

「ジャンヌを有罪にするのはジャンヌ自身」、そう言った審問官は、ジャンヌの一番の理解者でもあったのでしょう。そして理解者は表面的には敵であっても、内面的には味方であったと。ジャンヌの内心は天に召されたことで昇華したのですから。

●コーション役/村井國夫さん
原作戯曲と舞台で印象が一番違ったのは、実はこのお方。
実は、ジャンヌを敵視して、罪人に仕立て上げようとしているイメージだったんです。

ところが。

審問官役のしゅうさん同様、何とかしてジャンヌの魂を救おうとしている。
不勉強だったのですが、そもそも宗教裁判ってそういうものなんですね。「普通の世俗の裁判ではない」から、「司教の馬をただで持って行った」ことも罪ではないと。(ちゃんと裏をとってあって「司教がお金受け取らなかっただけ」と返している審問官はさすが)

立ち位置的に、少し政治的な要素が絡んでいるように感じるのは、ウォリック伯爵との4場の場面の印象が強いからでしょう。
「ジャンヌを引き渡すことについて最初から既成事実化している」ことに腹を立てたりするあたり、体面を重んじる”らしさ”を見せています。

「教会は火あぶりにしないが、破門して俗人の世界に引き渡せば、あとはあずかり知らぬところ」という立場には、うすら寒さを感じますが、でも教会の正義を体現して余りあるわけですね。

その意味で「これは間違っている、俗人の代表が引き取りに来るべきだ」と言った彼の言葉は、「教会を傷つけない」筋から見てまったく真っ当で。
「教会が主体的に引き渡した」という事実が残ることが、宗教裁判としての失敗を意味するからなのですね。

宗教裁判として公平にあることが、教会そして自らを守る唯一の方法でもあったのだと。

だからこそ、ジャンヌはコーションに対しても好意的なんですよね。
自らをそんなに卑下することはない、と励ましている姿が印象的でした。

・・・という、キャスト別感想だけでここまで来てしまいました。ひとまずここまででアップします。

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