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『ウィキッド』(1)

2013.8.10(Sat.)17:30~20:35
電通四季劇場・海 2階9列センターブロック

1週間で2度目の四季観劇。

しかも「リトルマーメイド」→「ウィキッド」という人気作品をはしごできる幸運。
こちらは四季の会会員のフォロワーさんにお願いさせていただき、2階後方とはいえ、どセンターで堪能しました。

人気者の”良い魔女”グリンダと、内気な損な性格の”悪い魔女”エルファバの物語。

1幕ラストの「Defying Gravity」は既に本キャスト以外で3人も聞いているのですが、CDで聞いていた「グリンダ、一緒にきてくれないの?」の意味をようやく知りました(笑)。CDで聞いていたこの声は、今はマダム・ド・ファルジュ(@二都物語)ですね・・・

反目し合っていた2人が理解し合うきっかけになる、エルファバのトレードマークになる長帽子。見ていた時になんであそこまで打ち解けるのかと思ったら、エルファバが「誰かから最初に貰ったプレゼント」があの長帽子なのですね(パンフレット参照)。

・・・えーと、ねたばれ行きますね




パンフレットのあらすじを開演前にざらーっと流し読み。「オズの魔法使い」を真面目に読んだことのない自分なので、どこがスピンオフと言われると分からなかったりするんですが、ひとまず「白」と「緑」の区別だけ意識することにして観劇突入。

グリンダの”頭の中に花が咲いているかのようなバカっぽさ”がたまらない(笑)。キャラ的にはやっぱり白じゃないかなR嬢・・・。手を挙げて嫌なヤツ(=緑の人)と相部屋になっちゃうあたりとか、あの辺のテンポが良くて気楽に見ていられます。

翻ってエルファバを見てると、ただひたすらに「正しい」人だなと。グリンダが余りに地に足が付いていないことに比べると、全編通してどんな相手に対しても「正しい」人。だからこそ疎まれ避けられ、更になまじ強い魔力を持っていただけに利用されそうになり逃げ出す・・・

どちらが魅力的かというと2幕ほとんど最後直前まで自分はエルファバ派かな。
エルファバに成長させられてからのグリンダはプリンセスに相応しい魅力だと思う。

ただ、エルファバが気の毒なのは、「正しいことが正しいとは限らない」というところなんですよね(S嬢に通じるものがある気がする)。「正しければ誰が何を言おうと気にしない」というスタンスは、本当に勇気がないとできないよな、と思う。でも損するというのも分かるし、自分を受け入れてくれないことに納得がいかないのも分かる。

1幕最後で、グリンダとエルファバの道は分かれて、グリンダは「現実」の道を行って、エルファバは「理想」の道を行く。
この作品を観ていて思ったのですが、この2人の道は決して交わらないかというとそうじゃなくて。

グリンダが「現実」の道を進みながら「理想」を取り込もうとして。
エルファバが「理想」の道を進みながら「現実」を取り込もうとして。

そうすれば2人はどこかで出会える。出会った時に「現実が100%」なことも「理想が100%」なことも、不十分であったことを知るのだろうなって。

印象的だったのはほとんど正しかったエルファバが最後だけ間違っていて。

「自分とフィエロのことを、グリンダには知っていて欲しい」

これをフィエロは止めるんですが、これはエルファバが間違っているよなと。
知っていて何になるんだと、グリンダが責任を感じるだけじゃないかと思ったので、エルファバが間違ったときに、止めるフィエロがいることが嬉しかった。

前半のグリンダはお世辞にも共感できるキャラクターじゃなかったな。

エルファバに花を付けてあげているのを、フィエロが「グリンダみたいだな」って言ってて、エルファバは何かを分かったようにその花を外すんですが、グリンダがエルファバに花を付けたのが、なんだか「同じ土俵なら自分が上」と無意識にやっているような気がして、なんかちょっと「うーん」と感じるところがあった。
周囲のみんなに囃し立てられている時のグリンダより、エルファバと分かり合えてからのグリンダの方が”生身の人間”というか、ハートを感じて好き。

「悪い魔女」と擬されるエルファバですが、ポジションとしていかにもスケープゴートで、分かりやすい悪役に仕立て上げられていますが、「本当の悪は表に出ないもの」であって、エルファバの本当の気持ちを分かっている人がその時々で助けてくれて。エルファバが持ってた魔法呪文の本を、エルファバが居なくなった後に以前助けた猿さんがグリンダに渡すところにはじーんときた。

「良い魔女」と「悪い魔女」の分け方自体にそもそもに違和感を感じずにいられないわけですが、何しろ「悪い魔女」に仕立て上げれば、本当の「悪」は隠れていられる

そしてその「悪」というのはもしかすると他者を「悪い魔女」に仕立て上げれば”自分を守れる”と考える、周囲の人々全てなのかなと。
周囲からよってたかって「悪い」と罵られるほど、エルファバが悪くなんてなかったということは、グリンダや、エルファバに救われた動物たちが知っていて。

「清濁併せ呑む」とは良く言いますが、グリンダはエルファバを見送って、エルファバの持っていたものも「責任」として負ったからこそ、とても魅力的に見えるのかと自分には思えて。
エルファバの魂は確かにグリンダが持っていて。

最後の最後、とある2人に対する”決断”が「今までのグリンダ」”らしくなくて”、感動させられたのでした。

音楽も物語も素敵な作品で、しかもそれを2作連続。たまにはこういう機会もいいなぁと思わされたのでした。

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