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『ジャンヌ』(1)

2013.8.10(Sat.) 13:30~15:10
朝日カルチャーセンター7階セミナールーム

世田谷パブリックシアター9月公演「ジャンヌ~ノーベル賞作家が暴く聖女ジャンヌ・ダルクの真実~」の事前講座『生きている「ジャンヌ」を』に行ってきました。

登壇されたのは、上手側から鵜山仁氏(演出)、笹本玲奈さん(主演:ジャンヌ役)、小田島雄志氏(翻訳)のお3方。

当初予定の90分は、前半45分が小田島先生による講義、その後25分がお3方の対談形式のトーク、最後20分が客席からの質疑応答、という構成でした。

小田島先生の講義にあたっては事前にA4が1枚のレジュメが配られ、それに沿って進行する構成。
そこも含めて、レポ形式で書いていきます。
とはいえ、ネタバレが気になる方は回れ右です!




◇作者について
今回の作品の戯曲の原作「聖女ジョウン」(1923年)を書いたバーナード・ショーはアイルランドの首都・ダブリンの生まれ。「アイルランドとイギリスは敵、イギリスとフランスは敵、という時代背景なのでショーの作品はイギリスよりフランスで先に受け入れられた」という説明があり、なるほど納得。なにしろ「ジャンヌ・ダルク」自身がフランスでは英雄ですが、イギリスでは憎き敵なわけですからね。

なお、バーナード・ショーは1925年にこの「聖女ジョウン」でノーベル文学賞を受賞しています。
ですから舞台版のサブタイトル「ノーベル賞作家が暴く」のは、実は時系列が逆で、「暴いたからこそのノーベル賞」だったのでした。

◇ジャンヌの美人性
小田島先生のレジュメで一番面白かったのは、序論(白水社版にはなく、福田氏訳にのみある)の抜粋であるところの「ジャンヌを美人と評しているような書物は、それだけで即座に作り話と断定してよい」のくだり。

これ、先週鵜山氏と伊礼さんが札幌で対談された際に質疑応答で出ていた問いで、「ジャンヌは美人とはされていないけれど、可愛い玲奈ちゃんが演じることに何か意識するところはあるか」の一環で、最後の質疑応答で自分も触れさせていただいたのですが・・・

鵜山さんは先週札幌でジャンヌのことを「男とも女ともつかない存在」と触れられ、ジャンヌの味方側で近い立場になる指揮官・デュノア役の伊礼さんが「触れてはいけない存在、でもこの人がいることで自分は頑張れるという存在」と触れていたこととの整理をしたくてお聞きしたのですが、この日の講義本編の中でもその欠片は数カ所にちりばめられていて。

「ジャンヌが美人だから男が集まったわけでもなく、女性だから男が集まったわけでもなく、ジャンヌは男たちを動かすものを持っていたのだろう」というのが、回り巡った自分の見解です。

ところで、ジャンヌの存在について笹本さんが実に興味深いことを話していて、「確かに勇敢で強い女性だけど、戦いに行く前に怯えるような可愛いところもある。まだそういった可愛い面の本質を、演じる上で掴みきってはいないけど、そういう可愛いところは演じる前は知らなかった部分」と。

舞台上で笹本さんは紅一点ということがあり、それがジャンヌの存在感とシンクロしていて良い、とは鵜山さん談。
笹本さんの動きで周囲が変わっていく、そこは毎日稽古していていつも感じることだけど、既に2回軽く最初から最後まで通して、とてもいい感じとおっしゃっていました。

そういえば、鵜山さんに「笹本さんの良いところ」という質問がされていましたが「声」を挙げられていました。
低い声から高い声、怖い声から優しい声、そんな(感情が入っていることが前提ですが、の補足付きで)声だけでいい、とおっしゃっていたのが印象的で、しきりに笹本さんは恐縮されていました。

◇ジャンヌと笹本さんの共通点
この質問、実は今年のガブローシュ役、松井月杜くんから発せられた質問でした(この日も最前列にお母さまといらっしゃいました)。ひとしきり考えた後「頑固!」と宣言した笹本さん。きっとその通りです。

その後のトークの膨らませで、小田島先生が「エポニーヌ役もある意味『頑固』だよね」と評した言葉を、「『頑固』というより『一途』ですね」ときちんと訂正できていたあたり、やっぱり「頑固」なんだなと(笑)。

鵜山さんからは「ピーターパンとジャンヌは似ているよね」という発言が。「大人になんてなりたくない、大人になんてなれないといったところが似てるね」という言葉に、玲奈ちゃん含め会場一同「へぇーーー」と。

確かにそうなんですよね。ジャンヌは3年間フランスを率いて、最後は火あぶりに処せられますが、19歳で亡くなったことはある意味その面があるのかもしれないと。というのはジャンヌの周囲の人たちは実は全員が全員ジャンヌの処刑を望んでいたわけではなくて、処刑を回避しようとした男も複数いた。実は終身禁固刑と火あぶりどちらかを選ぶか、最後は選択肢があったそうなのですね。

「だから最後は自分の意思で死を選んでいる」鵜山さん談。

ジャンヌといえばキリスト教、プロテスタントと切り離せませんが、ここについて小田島先生から笹本さんに「宗教との関わりは」との質問があり、笹本さんいわく「小学校から高校までカトリック系の学校にいたので、聖書とか賛美歌とは常に隣り合っていました」とのお答え。

「キリスト教の世界だと『死後の世界』というものがあるわけなので、ジャンヌにとっても「死を選んだ=先に進むものがはっきり見えたのではないか」という会話を笹本さんと鵜山さんがしていたのが印象的でした。

このやりとりを聞いていて自分なりに感じたことですが、ジャンヌは最後は自分の先行きが見えなかったのではないかなと思えて。3年間自軍を率いて、英雄と擬せられてきたけれども、先は見えない。

鵜山さんがこの日いみじくも取り上げられた「大人になるとは、後ろめたいことをすることだ」との言葉は、実に年齢を重ねると味わい深いもので(ちなみに客席に「皆さま思い当たる節はあるかと思いますが」と振って会場内笑・・・でした)、ジャンヌは後ろめたいことを出来ない少女だったのかなと。

笹本さんの言葉を借りると「ただ純粋な少女で、読み書きも出来ない少女」なジャンヌの行き詰まり。
鵜山さんの言葉を借りると「理想だけでは生きていけないことがある。行き詰まったときにどうするか」それに対する答えなのかなと思えて。

ジャンヌの最期は、それそのものだけを描くわけではなく、周囲の男性の存在もまたはっきりと明らかにする、という小田島先生、鵜山さんの言ですが、それ故に小田島先生が序文の抜粋として触れている「最初のプロテスタント殉教者」だからこそ、ジャンヌはここまで聖人として語り継がれることになったのかと。

ちなみにこれについては笹本さんが爆弾を投下されまして・・・

笹本さん「死なないと有名になれないと思ったんですかね」(会場内爆笑)

鵜山さん「(たじろいで)そういう思いがなかったというわけではないだろうけど、きっかけではないだろうなと。ジャンヌの死は周囲の残された人間に大きな影響を与えたことからして、ただ死ぬだけではないものをジャンヌは自分なりに捉えたのかもしれないと。誰かのために死ぬことは、ただ死ぬよりも意味があることなのかなと

・・・最後のくだりは二都物語のシドニーにも通じるものがあるな、と思いながら聞いていました。

◇演出家マジック
質疑応答で「鵜山さんの演出で面白いところと怖いところはありますか」との問いに鵜山さん撃沈
笹本さんがお答えになったのですが、「面白いところと怖いところは紙一重」とのこと。

某シーンで『ここは笹本玲奈の見せ場だから』って言われて困っちゃいました(笑)とのこと。

なんか喩えが相変わらずすごいらしく、伊礼さん(←現時点でも笹本さんからの呼び名はこちらです)に『高校の文化祭に来た野球だっけ、サッカーだっけの部活の人みたいに』って言われてみんなわからなかった(笑)

ちなみに『高校の文化祭に来た体育会系の人』というのが原文で、それからキャスト陣の間で「野球とサッカーはどう違うんだろう」という議論百出になったらしいんですが、笹本さん、最初からオチまで一気にネタばらしでした(笑)

◇生きている
この日の講座タイトルに入っている「生きている」は小田島先生が付けられたそうなのですが、話を聞いていてとても深いタイトルだなと。原作を読んだとき、ジャンヌの死後についても触れられていてとても好きなパートだったのですが、この日改めて「生きている」と付いている意味を感じさせられて、とても意義深いひとときでした。

先日の時にはまだ役が入ってなかった感じがしましたが、さすがに稽古が入り始めてくるとここまで変わるんだな、ということが感じられたことで、公演がますます楽しみになりました。順調さが窺えて何よりでした。

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