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『FROG-新撰組寄留記-』

2013.2.3(Sun.) 13:00~15:25
六行会ホール(品川新馬場) B列1桁番台(下手側)

名前だけは何度も見かけたことがあるこのホールに初めて行ってきました。
というか、読み方が想像と違いました(笑)。
「りっこうかい」って読むんですね。

「リンダリンダ」で初めて拝見して以来、佃井皆美さんを生で拝見するのは3作品目。
(その他にライブビューイング1作品)

3作品出演すると準劇団員になる某劇団になぞらえると、3作品拝見すると準ご贔屓になるのかな自分的には(爆)みたいな感じなわけですが。

今作は初主演ということになるのですが、彼女が演じる女子高生・ツカサがタイムスリップして幕末へ行き、新撰組の歴史の渦に巻き込まれていくストーリー。ただの歴史ミーハーだった彼女が”現実”を見て取る行動とは・・・という物語。

主演とはいえ、実質的に物語の進行は新撰組がメインなので、新撰組の歴史にそれほど関われるわけじゃない。というか本来関わっちゃダメなんですけどね。彼女の場合はアクションしてこそ魅力が映えるので、確かに役柄としては「きゃらーん」な感じの明るい感じは良いけれど、それだけなら彼女でなくても良かったような。

ついつい「AMAKUSA1637」の早弓夏月みたいな役どころを勝手に期待しちゃったからかもしれないけれども、あれは「夏月が実は天草四郎だった」って物語ですからね。
そっか、夏月を皆美さんにやってほしかったんだ自分。
当代きっての剣の使い手、あの剣豪宮本武蔵をもうならせる女剣士って設定。そっか、その琴線に触れたのか自分・・・。

で、ネタバレありますのでご注意くださいね。
あ、歴史得意じゃないので微妙な発言はご容赦ください。




ツカサをタイムスリップさせる時の番人「くれは」役を演じた加藤紗希さんに目を奪われました。
何というかあのごっつう派手な斧がツボ。
黒一色でどことなく皆美さんの前回作「世界は僕のCUBEで造られる」の蜘蛛女役に通じるような感じもあって。
インパクト的に言って目立つせいもあるのでしょうが、どっちからというとこちらの役を皆美さんがやった方が満足感があったかも。

今作では「未来を知る人」が2人出てきます。
一人は皆美さん演じるツカサ。
もう一人はツカサの担任(このストーリーは修学旅行で京都に来ているというシチュエーションから始まっている)であるあかりが、当時の島原の遊女である明里(あけざと)の生まれ変わり(前世の記憶はない)という設定。島原は当然長崎県ではなく、現在の京都府京都市下京区(地名は島原の乱の直後だったためそこから付いている)です。

この明里の新撰組の山南との"関係"(大河の新撰組では明里が鈴木砂羽さんだったのですね。なんかとっても分かる気がする)、そしてツカサの相手である監察方山崎との"関係"。
2人の「未来を知る女性」が愛する人をどうにかして救おうとする中、時の番人(くれは)がその2人をコントロールする、女性3人のトライアングルストーリー。

明里は愛する人のためなら敵にも魂を売り、時の番人に睨まれても過去を変えようとするのに対すれば、ツカサはその点おとなしめ。
明里のように手練手管を弄せず、ただ知っている「未来」を叫ぶことしかできないのは、女子高生であればそれが限界なのかなとも思う。
とはいえ一緒に時を過ごし、「最近入った密偵が優秀でな」とまで言われるほどにまで認められたのはちょっとうるっときたな。

一番いいなと思ったのは土方副長がツカサの叫びを受け取ったシーン。
未来を知るツカサの言葉をそのままに受け取れば、副長としての威厳も組織も持つはずもなく。

だからといってツカサの叫びを全くの根拠のないものとは捉えずに、自らの判断で池田屋に兵を差し向ける様は痺れたなぁ。「自分の言うことは聞いてもらえないんだ」と凹んでいたツカサが、土方副長の言葉で一瞬にして「良かった」という表情にぱぁっと変わったのが、自分的には一番印象深かったかも。

「副長の判断として」、自分を本当の意味で受け入れてもらったからこその笑顔だろうなと。
何気に彼女、一幕のジャージには「ひじかた(ハート)」って入ってたりするんですよ(笑)

過去へのタイムスリップ物って、未来から来た人が情報を一番持っている。
だから未来からの人はそれ故に天狗になっても不思議はない。過去の人は未来を知りたがるし、未来は自分の胸先三寸とも思っても不思議はない。
でもツカサは自分の言うこと全てが認められるわけではないことに、悔しい思いをしながらも、「この時代はこの人たちのもの」という思いがどこかにちゃんとあるように思えて。

明里はこの時代の人で、「未来を知る過去の人間」として動けるから、優秀なほど優秀な策士なのだけれども、正直一線を踏み越えているようにしか思えなくて、あまり共感できなかったかな。

ストーリーの中でツカサは「未来を知っていることがそんなに偉いのか」と問いかけられるシーンがあります。
「確かにここには未来は書かれている。でも書かれている人間の気持ちが分かっているのか」と問いかけられて。

ここがツカサの感情を変えたシーンなのではと思えます。自分は神じゃない、未来を知っているからといって偉いわけじゃない。
でも、この時代を必死で生きている人にとって自分の知識が、前向きに生きるパワーになるのならと思う・・・その流れがとってもいいなと思った。

この作品のパンフレットでは、この手の作品で必ず出てくる「未来は知りたいか」という設問があります。
今回の作品を観て思ったのは、先ほどの土方副長のシーンに反映されていた「未来を知ったうえで現実を生きられることこそ、本当に強い人の生き様なんだろうな」ということかなと。

未来を知って、未来に翻弄されるなら所詮それだけの人なのだろうし、未来を知って、未来から目を背けるのも、何の解決にもならないのだろうし。

この作品の中の新撰組の内部抗争の中で、もう一方の人物となる伊東甲子太郎が「新撰組は先が読めていない」と言っているのですが、その言葉に説得力は感じつつも、「先が読めたからどうなんだ」と断言する流れが新撰組の主流だからこそ、ここまで語り継がれる歴史になっているのかなとも思えて。

幕末の大きな流れの中で、流れに乗ったら、ただの「one of them」になっていたように思えて。
未来を知ってさえまだ、軸は曲げなかった土方副長、そして新撰組の生き様になんだか感動。

それにしてもここまで派手な斬り合いするにしては、今回の舞台は狭くてはらはらしました。殺陣大変だろうなー。

佃井ちゃんの殺陣が見たかったという思いは残りつつも、見て良かった舞台でした。

最後、佃井ちゃん演じるツカサと、山崎さんが、通じ合うはずがない時空を超えて、気持ちをつなぐ様にぐっと。
とっても爽やかな作品でした。

それにしても作品のタイトル、「井の中の」から来ているとは。目からうろこでした。

あ、それと何の不思議もなく見てたけど、佃井ちゃん声復活おめでと~!(去年12月に手術)。

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