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『ダディ・ロング・レッグス』(5)

2013.1.8(Tue.) 19:00~21:45
シアタークリエ 21列20番台中盤(実質最後列)

たった5日間しかないアンコール公演のこの日が3回目の観劇でmy楽です。

日曜日公演を除いては、一般発売後に譲っていただいたのですが、やはり年始公演は皆さま予定が立ちにくいのか、完売公演の割には、それなりに入手できる状態でした。

この日はジルーシャの坂本真綾さん、ジャーヴィス坊ちゃまの井上芳雄さんともに脂の乗りきった万全の掛け合い。

この日、真綾ジルーシャ嬢が、ロックウィロー農場で一張羅の靴を某所に突っ込んでしまったときに、その後、右足(の靴)を舞台上に2回もこすりつけているのが笑えました(アドリブということもあって、ウケてました)。

溜めに溜めまくった「いいやつっ!!!」も最強でした(「!!!」と付けるほどに)。

しかしながら、音響さんが1幕で複数回ノイズをかぶせるいささかありがたくない状態。
最後列ということもあって焦ってる声まで聞こえてくるし、進行表めくってる音まで聞こえてくるのが玉にキズ(まぁ、アンケートに書いてはきませんでしたが)。

今回せっかく3回目を見るのだからということで、前日に原作を買いに行って読破。色々な出版社さんから出ていますが、自分が選んだのは講談社青い鳥文庫「あしながおじさん」。選んだ理由は一人称が「ジェルーシャ」ということで舞台版と近いから、だったのですが、ちょっと進んだら他の出版社さんのと同じように「ジュディ」になっていて玉砕しました(笑)。

そんな、原作見た後での舞台だったので、思ったよりずいぶんと原作非準拠なんだなぁと意外でした。
もちろん、ジルーシャの素直で可愛らしくていじらしいところは全然違いませんが、原作では何頁もかけているシーンを1曲で済ませたり、正しい曲の使い方だなぁと感動。

「一番上のみなし児」(M1)の真綾ジルーシャの1人3役が絶好調な時点でこの日の公演が素敵なものになるのは想像が付いたけど、その中でも一番好きなのがジルーシャを呼びに来る男子学生のトミーのパート。
ジルーシャの魅力の一つにいたずらっぽいところがありますが、あの手と目の動き、そしてあの声色が大好物です(笑)。
あ、リペット先生の嫌味っぽさも最強に好きですけど。ここ、舞台版だけ見ていたら気づかなかったのですが、原作だとジルーシャはもう寄宿舎にいられる年限を過ぎてて、既に居心地が悪い立場になっているのですね。そういうことも合わせながら見るのも楽しいです。

この作品でジルーシャは2回「大嫌い」と言っていて、1つは孤児院、もう1つはペンドルトン家なのですが、とても興味深いのはその2つを2つとも、自分が中に入って変えようとするんですよね。ジルーシャの前向きさを一番示しているようで、印象的。

ジルーシャがメインのこの作品ですが、この日はあえてちょっとジャーヴィス寄りでも見てみましたが、新しく見えたことがいくつもあって。結構ジャーヴィスの歌詞にヒントがあったりするんですね。

ジャーヴィスは自分のことを「目標が持てない人」と自嘲していて、だからこそしっかりした目標を持ったジルーシャを「応援する」ことでしか自分の存在意義を持てない。
ジルーシャは自分に自信が持てないって言っているけれど、でも後ろは振り向かずに前をしっかり見据えてる。ジルーシャの魅力を感じられればられるほど、ジャーヴィスは自分がみじめになっていったんじゃないかというのが、よく見えてきます。

ジャーヴィスは2幕で「自分はお金を出しただけ」とこれまた自嘲しているわけですが、多分ジャーヴィスにしてみれば、ジルーシャから神格化されたダディに対して、常に劣等感を感じさせられているわけで。
「チャリティー」は、援助する側とされる側、つまりダディとジルーシャの間の壁と思っていたのですが、ある意味ダディとジャーヴィスの壁でもあるのかなと。

この日見ていてふと思ったのですが、ジルーシャにとってのダディは「あしながおじさん」なのは当たり前なのですが、ジャーヴィスにとってのダディも実は「あしながおじさん」だったんじゃないかなって。

今の自分に自信が持てない”社交界の中の孤児”なジャーヴィスにとって、ダディは実は自分が背伸びをした存在なんじゃないかなと。「足に地が付かない」さまとはよく言ったもので、お金を出しても、ジャーヴィスにとってその行為は、ただ空しいものにしか過ぎなかったんじゃないかなと。

というのも、ジルーシャは自分の全てをダディにぶつけてきてくれる。
全身全霊で涙ながらに「会わせて欲しい」とその気持ちの丈をぶつけてくれる(この日の真綾さん、本当に凄かった)。なのに自分はジルーシャに何のリアルも見せていない。「自分のために」嘘をつき、ジルーシャをたくさん傷つけている。

この作品の中で歌われる「幸せの秘密」の中の歌詞にある「幸せの秘密は、相手を思うこと」という言葉を、ジルーシャはずいぶん早く身をもって体現できていた。

そのジルーシャの魅力に惹かれながら、いつまでも「自分のために」嘘を付き続けていたジャーヴィス。
だからこそ最後の最後まで、「自分がジルーシャにとってダディとして思われる価値のある人間なのか」を迷い続けたのだと思う。

一言で言えばジャーヴィスは全てから逃げ続け、ジルーシャは全てに向かっていった、そういう好対照な2人。
でもジャーヴィスの気持ちをも変えたのが、ジルーシャだったんだと思うと、ジャーヴィスの「勇気」とジルーシャの「寛容」がハッピーエンドに導くこの作品の温かさを存分に感じさせてくれます。

今回、後方席で遮る様がないのをいいことに、ラストをオペラグラスで見てみました(今までは大抵この辺では涙になってたのでオペラグラスで見る余裕がなかった)。

ジャーヴィスが「嫉妬した」とジルーシャに吐き出したときに、ジルーシャが「はっ」とするんですね。

ジルーシャにとってダディは、返事こそくれないけれど、何を考えているかは分かる存在だったはずなのですが、それでも恐らく唯一といっていい違和感は、「理由も言わずにタイプライターの便せん1行で『(アディロンダックに)行くな』と言ってきた」ことかと。
ここ、舞台版だと「ジルーシャ・・・アボット・・・より!」ってぶちぎれて、その後「なぜ自由をくれたりしたの」と怒っていますが、原作だと「その指図に人間らしさがないのが納得がいかない」と。

でもジャーヴィスの言葉によってジルーシャは知るわけですね。
「人間らしさを出すとみっともなくなりそうなほど嫉妬していたのだ」と。

ジルーシャが怒りにうち震えながらも、本気の怒りではなくすっと許してくれたときのジャーヴィスの心からのほっとした表情がとても印象的。あぁ、これで尻に敷かれる一直線だね(笑)・・・というのは冗談ですが。



この日のカーテンコールはこんな感じ。

井上君「本日は『ダディ・ロング・レッグス』ご観劇いただきありがとうございました」(真綾さんとともに一礼)

井上君「アンコール公演ということで、もう明日が楽ですよ」
真綾さん「早いですね」
井上君「せっかく色々思い出したのに(笑)」
真綾さん「(大ウケして顔を俯せに)」
井上君「三度(みたび)お会いできると嬉しいです(会場内大拍手)」

井上君「さてこの作品『あしながおじさん』ということで、この「足」(と、定番の右足)ではないのですが」
 (ここの時に真綾さんもそのタイミングに合わせて右手で芳雄君の足を指すあうんの呼吸が楽しい)

井上君「この足伸ばすのには大した意味はないんですけど(笑)」
真綾さん「(またも大ウケして顔を俯せに)」
井上君「ここから言うことは大きな意味があるんです」・・・と告知へ。

・・・という、微笑ましすぎるカーテンコール&未来のジルーシャ募金募集告知でした。

大変な日程で、見るのも大変でしたが、この名作がこんな短期間で見られたことにただただ感謝です。
今週の「ビタミンM」(金曜深夜)では真綾さんから裏話が聞けるかな?

あと1日、有終の美を飾っていただいて、是非この後も、クリエの定番作品としてずっと上演され続けることを願っています。

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