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『ダディ・ロング・レッグス』(2)

2012.9.15(Sat.) 18:00~20:50
シアタークリエ 16列20番台後半(上手側)。

2回目にしてmy楽。初回見たときに「何でもっとチケット取っておかなかったんだろう」と後悔したのは正に後の祭り。
集客力抜群な井上芳雄氏&坂本真綾嬢のペアのこの作品、連日の「満員御礼」となっているのです。

そういえば今作品までお休みをいただいているクリエちゃん、どうも次の『デュエット』からは復活するみたいですね。
ジルーシャなクリエちゃん、見たかったんですけどね。

前回見たときは「体調は今最悪」状態(←作品違い)だったので、特に2幕とか気が気じゃなく、1幕にしても仕事疲れで心地好い音楽の前には無意識のうちに首を上下して後ろのお客さまにご迷惑をおかけして・・・だったのに比べるとベストコンディション。

・・・ネタバレありますのでご注意あれ・・・


この作品、とにもかくにもジルーシャが魅力的、これに尽きます。女性の深謀遠慮を十二分に理解している(と思われる)坂本真綾嬢がやるからこそとは思いますが、なまじな女優さんではこの役を魅力的には見せられまい、というぐらいの適役。

真綾さんを初めて生で見たのは「レ・ミゼラブル」のエポニーヌ役(2003年)で、由美子さんのファンテと声の相性が抜群で、当時は選んで真綾エポを見ていました(2003~2004年のエポで一番回数を見たのは、玲奈エポでも聖子エポでもなく、実は真綾エポでした)。そんなこんなで実は真綾嬢の歌声は実はとっても好き。で、その時の真綾さんのイメージが『「どうせ私なんて・・・いじいじ」ってキャラがエポニーヌにぴったり』って話で(blogに何度も書いています)、で、それは今回のジルーシャの導入部にぴったりはまるんです。

孤児院に預けられ、孤児(みなしご)な彼女は、ただ一色に塗り込まれた孤児院の空間で、ただその日を生きていて。
自分には何のとりえもなくて・・・と自信なさげに振る舞うさま、そしてMr.スミスからの申し出に「なぜ自分なの?」と戸惑いながらも喜ぶ様が本当に可愛い。(ポジションが「サウンド・オブ・ミュージック」のマリアに似ている気もする)

ジルーシャがMr.スミス、つまりダディ・ロング・レッグスを特別に思うのは、「他の誰でもない、自分を必要としてくれたから」なわけですね。「自分」の個性を認めてもらえない、「個性」というものを必要とされていない空間で10年以上を過ごした彼女にとって、自分を認めてもらうことがどれだけ夢心地で、ありえない経験だったのかを思うと、「私はあなたにお金以上のものをもらったから」と言う、ジルーシャの気持ちがすごく伝わるのです。

高等教育を受けさせてもらって、首席で卒業して、でもそんな表面的なこと以外の部分で、ジルーシャは見る間に歳月以上の成長をして、どんどん素敵な女性になっていく。その様を真綾さんはとても自然に、時にアクティブに見せてくれて、見ている側を飽きさせません。なんだかずっと弾んでいるゴムボールみたい(笑)。

時に拗ねたり、時に怒ったりするあたりも、実に魅力的。井上君演じるジャーヴィスをこれでもかって戦慄させる真綾ジルーシャのフリーダムさがたまらない。
「お、怒ってる怒ってる・・・」みたいなのが客席までもさざなみのように伝わる(笑)。
この舞台、舞台上と客席の信頼関係というのか、完全に同化している感じも好きなんですよね。
リピーターが多いはずなのに、フライング笑いもほぼ起こらない。拍手ポイントもほとんど固定。その統制の取れ方が素晴らしい(爆)。

一番面白かったのは、夏休みに知り合いに誘われて”若い男性がいる土地に行く”ことを阻止しようとするジャーヴィス(の秘書)からの手紙に、「手紙が間に合いませんでした-」ってやってるジルーシャ。
「そんなに急いで伝えたいのなら、もっとタイプを早くするよう秘書に言って下さいな」あたりはもう大笑いポイント。

ここ、ジャーヴィスの手紙とジルーシャの手紙、ほとんど1日ずつしか進んでいないところがさらに笑いポイント。ジャーヴィスが焦って毎日手紙を出すのは分かるのですが、ジルーシャの即レス(←ちょい用語違う)が不思議。放っておけばいいはずなのに、それでもすぐ返事をわざわざ出すあたり、ジルーシャの本物の怒りを感じます(笑)。

この辺からのジルーシャの気持ちってもの凄い混乱状態なんだろうなと。

本人いわく「想像力」の逞しい人だし、ジャーヴィス坊ちゃまからの話やら、秘書の話やら色んな話が入れ替わり立ち替わり入ってくる。でも肝心のMr.スミス-つまりダディ・ロング・レッグス-からの言葉は伝わってこない。

一大決心をして勇気を振り絞った、「卒業式に来て欲しい」という気持ちも伝わらずに、きっとここでジルーシャは「ダディ・ロング・レッグスへの片思い」からも卒業を決意したんだろうなと思う。

翻ってダディ側。井上君、普通に格好良すぎます。見た目だけじゃなくて。
井上君の役はけっこう見ているけど、ここまで受けになる役って珍しい。心情的には内面的に籠もる役が多いとはいえ、相手役に対しては攻め側に回ることが多い気がするので、かなり新鮮。

真綾さん演じるジルーシャが語っているシーンが多いので、それに振り回される感じが強いけれど、「どうしていいのかわからなくなった男性の思い」を歌うシーンはさすがに得意中の得意という感じで水を得た魚な状態。

ジルーシャに真実を告げるシーンのジャーヴィスの様がおかしくておかしくて。
ジルーシャも最初はいつもの「ちょっとピントのずれた、変わり者な女の子」なんだけれど、真実を悟ったときのその反応が・・・男性的にはジルーシャの奔放さが心地好いながらも、ちょっと一線を越えているようなところを感じないわけではないので、実は男性から見るとあのジルーシャの反応はツボそのものです。

このシーンの扱い方が、この作品の一番素敵なところだと思うのですが、「お互い騙していた(部分があった)」ことが、決定的な決裂を全く呼ばないのですね。
それは、2人の気持ちが実は通じ終わっていたからと言えるかと思うのですが、少なくともジルーシャはMr.スミスことダディ・ロング・レッグスには何一つ隠し事をしていないわけで、早い話が「嘘偽りのない自己紹介が終わっている」のですね(笑)。

ジルーシャにしてみれば、ダディは何一つ明かしていないから不本意ではありましょうが(笑)、ジャーヴィス坊ちゃまと接したときの気持ちの通じ合いで「ダディとジャーヴィス坊ちゃまが実は・・・」という部分さえ解決すれば、「人となりを知っている」ということになるわけで・・・

それでもジルーシャがただ昔のジルーシャなら、ダディのことを許すかどうかは微妙だと思うし、そしてジャーヴィスがただ昔のジャーヴィスなら、ジルーシャに対して真実を告げるかは微妙だと思うし。

でもジルーシャはジャーヴィスから「お金以上のたくさんのものをもらって」いて、それは彼女の人生の豊かさとして積みあげられてきていて、ダディの今までのことが「悪意」ではないことを含めて判断できるだけの女性になっていたし。
片やジャーヴィスは自分の殻にこもって外へと出なかった過去から卒業して、ジルーシャという女性から人生の豊かさをもらっていて。
だからこそ2人はお互いを必要としていることに、意地はることなく同意することができて。

ジャーヴィスが苦悩する「チャリティは壁を作る。どちらからも超えられない壁を」というくだりがこれまた印象的で。
「与えたわけじゃない。もらったものばかりなんだ」、そう思えたとき、ジャーヴィスとジルーシャの気持ちが、本当の意味でシンクロしたのだと思うのです。



この日のカーテンコール。

何回かのカテコ後、恒例のご挨拶。

井上君「あしなが・・・といってもこれ(と言って右足を出す)じゃないですが」
真綾嬢「(なぜか大ウケ)
井上君「え、毎日やってるじゃんこのネタ」
真綾嬢「それはそうなんだけど、今日が一番面白かった」(会場内爆笑)

・・・何が面白かったのかは凡人からは分かりかねるのですが(笑)、確かにこの日の井上君の右足を出したタイミングは感動的なぐらいベストなタイミングでした(爆)。

井上君「高いチケット代を出していただいて更にまた(募金を)お願いするのは心苦しいのですが・・・と演出のジョン・ケアードも言っていまして
真綾嬢「(笑)」
井上君「未来のジルーシャのためにも、皆さまのお気持ちをいただければ幸いです」

と、上手側・下手側前方それぞれに置かれた募金箱(上演中舞台上に置かれていたもの)を準備するお2人。

この「未来のジルーシャ」って言葉が凄く好き。
このフレーズをリアルに作れちゃう井上芳雄さんはやっぱりさすがだと思うのでした。

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