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『ジキル&ハイド』(3)

2012.3.24(Sat.) 12:30~15:25
日生劇場GC階A列50番台後半(下手側)

すっかり気に入ったGC階、前回に続けての下手側からの観劇です。
とにかく劇場が広く見えるのがここの席の魅力。

ネックは、ラストシーンのエマの表情が横から見ることになってしまうのと、
笹本エマちゃんがはまめぐルーシーさんをにこっと迎えるカテコでの表情が見えないんだよねぇ・・・



この日が5回目もの観劇なので、さすがに歌はほとんど覚えているわけなのですが、特に石丸さんは最初に聞いた時のインパクトには及ばないかなぁ。「生きている」のラスト歌声上げはなくなっちゃったしで、物足りないなぁとは思いますが、あれだけのハードさをもってすれば仕方ないですかね。

以下、ネタバレばりばりご注意あれ~



●罪な遊戯
ご存知、2幕のハイド&ルーシーの曲なわけですが、実はこの言葉が脳裏によぎったのは1幕、ジキル博士が理事各位に実験の協力・承認を求めるシーン。
ここでジキル博士は自らの実験のことを「遊びじゃない」と答えているんですが、

まぁ、誰も遊びでやってると思ってるわけじゃない(むしろ真面目に言ってるから質が悪いと思っている)のですが、ジキル博士とハイド氏の話を思うに・・・

ジキル博士にとっての「罪な遊戯」がこの”善と悪を分離する実験”なのかと思うと、色々腑に落ちるものがあります。
エマという婚約者がありながらルーシーに溺れるという、「罪な遊戯」ならまだいいもんなのかもしれません。

●許せないこと
中嶋しゅうさん演じるエマのお父様が、エマに向かって呟く、「私は時々ヘンリーが許せなくなるときがある」と。

これ、どこかなぁと思っていたのですが、直前の理事会で、ヘンリーが病院の精神病棟を「収容所」と言ったときのことなんですね(エマパパはがばっ、と顔を翻していた)。

皆「嘘の仮面」で生きている、とは一幕前半のアンサンブルの皆さんの曲ですが、「善と悪をはっきり分けた」結果何が起きるかというと、「善」にとっては嘘をつけないし、「悪」にとっては綺麗事を言えないし、どちらにしても生きにくいよなと。

ヘンリーの馬鹿真面目さはジョンもエマも心配することではあるわけですが、ジョンがヘンリーのいるところで彼の生真面目さを揶揄してヘンリーが不服そうに振り返るシーン、
あそこでヘンリー一人残して、ジョンとエマが顔見合わせて同意しあっているところがツボです(笑)。

●お嬢様の選択
この作品の大きな軸になるのがヘンリーの婚約者エマの存在。
幼なじみのストライドがさんざ愚痴っているにもかかわらず、それでもエマはなぜヘンリーを選んだのか。

要は、「守られるより守りたい」ということなのだろうなと。

エマパパに向けた歌で、「父は私が母の歳になるまで待っているのを知ってた。でも私は旅立ちたい」とエマは歌っているのですが(考えてみると男って女々しい生き物だなぁー(苦笑))、自分は女性として自立して、守られるのはもううんざり(←うんざり風を上手いこと表現する玲奈ちゃんは流石(笑)。あの味はさすがパパっ子)、それでいてヘンリーは人格的にはお世辞にも自立していない男性ですからね。かつ夢も持っているとくれば、「この人の支えになる、この人を守る」という騎士属性をまとった女性であるエマにはぴったりであると(笑)。

●悲劇へのプロローグ
最後のシーン、玲奈ちゃん演じるエマの表情はほんっとに絶品なのですが、ここを見ていてつくづく思うのは、
エマはあの瞬間、大事な人を2人失っているのだということ。

無論、愛する人(ヘンリー)を失っているのはもちろんなのですが、大切な親友(ジョン)をも同時に失っているのですね。
ジョンは生き残ったけれども、そこにいるジョンは、エマにとってはもはや信頼するジョンではないわけで、それを表現しているのがエマのあの表情なのですね。

最愛の人の苦しみを共有できなかった苦しみと、信じていた人に裏切られたやるせなさの表情。

「エマはいつ気づいたのか」は、たまたま地下室のノートを覗いたときに多少感づいたとはいえ、「エマに手を出すな!」が決定的なんだろうなと。
ジョンにとってはハイドを止めるとっさの一言だったんだろうけど、ハイドにとってはエマは何の意味もない上に、エマはその言葉を聞いて思ったであろう事。

「ジョンはハイドの存在(ヘンリーの秘密)を知っていた」

・・・ということ。
しかも、ハイドの危険も十分にジョンは知っていた。
そして、その事実を自分は知らされていない、ということ。

この日のエマは、呆然とした表情の後、泣きそうなエマがぎりぎりまでこらえて、最後やるせなそうにエマヘアーでジキルの亡骸にコツンとやったのはじんわりきました。

最後まで寄り添えなかった悔しさを全身で表現していた笹本エマには、ジョンでさえ、というかジョンだからこそ、何もかける声を見つけ出せなかっただろうなと思えて。

つくづく誰も幸せにならないラストなのに、それでも何度も見たくなる作品の魔力を実感。



重い作品のENDに、明るいカーテンコール。
普段は役が抜けきらないという玲奈ちゃんも、この作品ばかりは例外という感じ。

さっきも書きましたが、玲奈ちゃんがはまめぐさんを笑顔で迎えるところがわからないのが見えないのが、この席の唯一といっていいデメリットですが、それでも振り返ったときの笑顔を見ると、どんだけ笑顔で迎えてたのかがよく分かります。

この日、笹本エマさんのウェディングベールがちょっと左肩にかかっていたのですが、手で払うどころか、肩で払ったのを見てmyツボを直撃しました。どんな漢前ですか(笑)

石丸さんと笹本さんが笑顔で微笑みあってたのも見られたし、本編もカテコも素敵な回でした。

購入期限外で特典写真が対象外だったのが痛恨でしたが。

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