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『国民の映画』(2)

2011.5.1(Sun.) 神奈川芸術劇場3階BL列10番台後半

大楽。
(エルザ役の吉田羊さんのblog見るまでずっと「たいらく」と読んでいました)

この時期の舞台2つ、「もう一度観たい」と思ってたのに、観たのはこちらだけ。
市川行けなかったからなぁ(→「日本人のへそ」)

会場の神奈川芸術劇場の最寄り駅は横浜駅から各駅停車で4つ目、横浜高速鉄道みなとみらい線日本大通り駅ですが、改札出たすぐそこに、新妻さんの7月30日・関内ホールのコンサートポスターがあります。明らかに今回の「国民の映画」観劇者狙いのポスターですね。
ここで、母君が新妻さんのポスターの頭なでなでしてた姿が、新妻さんご本人によって某所にupされていましたが、さすがにそれは畏れ多くてやめました(爆)。



お世辞にも後味がいい舞台ではないわけですが、江戸っ子助監督とゲーリング元帥リサイタルが心残りで(笑)、当日券は入手できませんでしたが、たまたま某所でギリギリ入手出来ました。

席はいわゆる「コクーンシート」(舞台と直角になる)なので、お世辞をいくら使っても値段相応の席とは思えませんでしたが(あれだと4000円が相場だと思うなぁ。ちなみに6500円)。

舞台始まってから1つしか空いてない席に2人入ってきて、結局1つずつずれたのですが、1幕終了後確認してもらったら、何と完全に逆サイド(BR列)ということが判明。
しかもこれ、係員さんが誘導してBR列のお客さんをBL列に入れたんだそうで、新しい劇場(1月オープン)とはいえ、あり得なさすぎな不始末です。あ、クレーム入れるの忘れた・・・



「江戸っ子助監督」とは我らが(爆)レニ・リーフェンシュタールが不本意にも(笑)ヤニングスに顎で使われるシーンで、ガニ股になってシーンカットやるという”ネタ”で、パルコ千秋楽から定番化していましたが、うーん、きっと初日はとんでもないウケ方したんだろうけど、ここ横浜だしなぁ・・・いまいち不発気味でした。

「ゲーリング元帥リサイタル」は1幕、白井さん演じるゲーリングが「僕の名前はゲーリング・・・」と歌い始めてレニ始め関係者呆然、というシーンで、こっちは順当に笑い取ってました。
「僕の名前はゲーリング、強いぞ怖いぞおっきいぞ」系の歌詞だった方が面白い気がするんですけどね。

大楽ではあるのですが、お祭りムードというよりは「通常進行」の趣が強く、実際カーテンコールも7回あったぐらいで挨拶とかはなかったので、いつも行っている種類の作品の「楽」というものが、実は超マイノリティだと言うことを痛感します(苦笑)。

観劇3回目ですが、随所に細かい修正が入っていて、一番印象的だったのは大阪から入ったらしい追加台詞。

フリッツがユダヤ人であることがわかって、それを言ってしまったシルビアさん演じるツァラが後悔に苛まれてる姿に対して、フリッツが「お気になさらないでください。むしろほっとしました」と語りかけるんですね。

このシーン、PARCOだと「人一人の運命を変えたにしちゃ、ツァラは脳天気やしないか」と思っていたので、フリッツがそう言ってくれて、それでかつ「遠い世界の話だと思ってた。私は”それ”じゃないから。」というツァラの言葉に真実味が被さった気がします。

そういえば、風間さん演じるヤニングスの無声映画のパフォーマンスが、最近とみに有名になった「たのしい仲間がぽぽぽぽーん」になってました(笑)

ヤニングスとレニの立ち位置というのは完全にライバル関係なわけで、それこそ「箸の上げ下げまで気にくわない」関係ですが、今回観てて意外だったことを1つ。

「演技の本質は何か、それは何もしないこと」というゲッペルズの言に対して、お世辞とはいえヤニングスは肯定しているのに対して、レニは肯定の意を示していなくて。

映画に対してドライと言えばどちらかといえばレニなはずなのに、「役者は映画のパーツ」という意見に賛成していないのがちょっと意外で。

ヤニングスがレニに対して「お前も映画人なんだな」と言うシーンがあって、柄にもなく(爆)レニが照れるシーンがありますが・・・

ヤニングスが監督的な立場だとすれば、レニはプロデューサー的な立場、という違いを感じたかも。映画に対する愛し方、接し方が違うのかなと。

ちなみに三谷さんいわく、「金勘定しなくていいなら、プロデューサーの方が面白い」だそうです(笑)。

そういえば、レニ本人が自叙伝で語っている話ですが(こちら
レニに心酔してたのは”あの方”の方だそうで、ゲッペルズとレニが天敵ってぐらい仲悪かったそうです(レニがゲッペルズを振ったから)。

・・・舞台終わってからその話聞いて、この作品だって、やはり「創作」なんだよなぁと思えて。
ノンフィクション風の作品を観たときに、全てを”真実”だと思って捉えてしまう危険って、あるんだなぁって。

それこそ、ナチスドイツの記録映画のことを考えると、”誘導する芸術”に対する、ある種の警戒感って、必要なのかもしれません。

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