« 『ハロルコ』(1) | トップページ | 『ハロルコ』(2) »

『白夜行』

2011.2.13(Sun.) 16:10~18:40
HUMAX池袋 シアター4 10列目センターブロック

ドラマ版に大塚ちひろ嬢が出ていながら見てもおらず、今回の映画化でようやく原作本を読み出したにわか白夜行ファンといいますか、堀北真希嬢隠れファンといいますか(爆)

前日、東京都区内一周の間にバス車内で文庫本を読み終え、この日観に行ったのですが、原作を読んでないと「?」が点灯する代わりに、サプライズは薄くなるという、まぁ当たり前の話でもありました。

質屋殺しの被害者の息子・桐原亮介と、容疑者の娘・西本雪穂。
その2人の成長とともに巻き込まれていく人々たち。
闇に生きる亮介と、光を浴びる雪穂の対照的な人生の行き着く先とは・・・

こう、事前予告的に書いてしまうわけですが、この作品、「救い」とかいう甘いものはほとんど存在しません。読後感とか見終わった後の爽快感とか、求めるだけ無理。

とはいえ、そういうのって自分は結構好きだったりします。全部の作品がファンタジーである必要もないし、見た客に結論を委ねる作品だって、別にいいと思うクチ。

なので何らかの結論を「与えてもらおうとする」見方にはとんと向かない作品ですが、意図をほじくろうとするといくらでもほじくれる作品。
この事件を探る刑事・笹垣の気持ちになって作品をたどるという見方が、文庫本以上に映画版にはしっくりきます。

若干のネタバレを含みますので取扱注意でお願いします----



今作品のヒロインにして「悪女」という言われ方をする主人公・雪穂役には堀北真希さん。まぁ、映画版を観に行った理由の80%ぐらいがこの役を堀北さんがやるからですが(笑)、何と言いますか、容易に他人になびかないといいますか、独自の空気を持つことに何のためらいもないといいますか、誤解されることに引け目を感じないといいますか(ここまで来ると褒めてるんだか何なんだかわかりませんが)、なんというか堀北嬢へのイメージはこの作品の雪穂そのものなんですね、私的に。

いわゆる女優的な不器用っぽさみたいなところが、なんか若い頃のご贔屓さんと重なるようで妙に気になる女優さんだったりします。

今回、深川監督がおっしゃっていますが「彼女に関しては監督いらず、本人の感性で演じてもらった」というのはある意味いい選択だなと。

彼女自身も「あえて雪穂を全部理解しようとせずに演じた部分がある」ともおっしゃっていますし、その意味で、雪穂が「すべてをさらけ出さない(むしろ全く表に見せない)」からこその不気味さ、怖さを醸し出せているのは、監督と女優の方向性のフィットにあるのだろうと思います。

実は「ミステリアス」とまでは感じなかったのですが、原作を読み進めていくと感じる「あれもこれもそれもこっちも、雪穂が全部手を引いてるよね、これ」とまでは映画版には感じず、その意味での悪魔的な落差というような印象は薄かった気がします。

雪穂はラストシーンでまさに”勝ち組”を象徴するかのような純白のドレスを着て現れますが、このときのことについて堀北さんが「女性はああいう(豪華な)衣装を着てしまうと、もう二度と以前の自分に戻りたくないと思うもの。ずっと着続けていたいと思うもの」と語っているのですが、これがまさに雪穂だなと。

ある意味、女性の欲望を一直線に体現した役が雪穂で、それをかなりの点において堀北さんが認識していたからこその、この役の完成度なんだろうなと、そう思わされたのでした。

映画版で印象的だったシーンを1つ。
桐原の質屋で働いていた松浦(田中哲司)が、成長した雪穂を見つけて、舐め回すように「あんたはどんな思いで今生きてるのかな」というシーン。雪穂が心底嫌悪しながらも、それでも一切の嫌悪感を表に出さないように振る舞うあたりが、いかにも雪穂だなぁと。
しかし田中哲司さん、気持ち悪いよなぁここ(役者的には褒めてます)。

その雪穂の親友が川島江利子役。この役がドラマ版では大塚ちひろ嬢がやっていた役なんですね。そのちひろ嬢はドラマ公式で「自分が頑張らなくていいと言うか、ダサくていいみたいな所が楽だった」と語ってて、いやまぁ何というか女優って神経が太くないと務まらない仕事だなぁとつくづく(爆)。だって江利子役って雪穂の親友でありながらただ一度だけ雪穂の前をふさいだという理由だけであぁなる役なんですから・・

原作の記述で一番衝撃だったものが、「それが手っ取り早く”魂”を奪える方法だと信じるから」というものだったのですが、ある意味この作品は「魂を失った2人がさまよい、2人に立ちはだかる人間の魂を奪っていく」物語なのだと思うのです。

それはもう一つの言い方だと”愛”なのかもしれないけれども。

映画版は基本的に原作に忠実ですが、尺の関係もあって登場人物がすっぱり削られていたり、原作上極めて重要な役なのに映画版ではちょい役になっていたり、というところがあり、その中でも印象的だったのは雪穂の夫・篠塚一成の娘にあたる篠塚美佳という女の子。

雪穂を疑う存在はこの作品の中では全編に亘って疑い続ける刑事(元刑事)・笹垣を除いてしまうと、恐らく表層的に最も強い抵抗をしているのがこの美佳という少女。

学生時代に雪穂をライバル視したあまりに、悲惨な目に合う藤村都子という同級生がいますが、彼女が雪穂に対して強く当たらなかった代わりに、その藤村さんのポジションを含めて美佳に重ねています(映画版では美佳がバイオリンを弾く設定ですが、原作は藤村さんがバイオリンを弾いています)。

父である一成に、雪穂を指弾しているその後ろにはいつの間にか雪穂がいて・・・
という後半部の1シーンは、原作を読んでいただけに見ていて恐怖でした。

ただあえて言うのだとすれば、この作品の真骨頂は後半部分、今枝という探偵、笹垣(刑事)、そして映画よりはるかに鋭い篠塚一成の3人がもたらす、「雪穂という女性の本質を明らかにし、追い詰める過程」だと思うんですね。原作ではそれがほとんどあと一歩のところまで雪穂を追い詰め、ですがぎりぎりのところで雪穂は逃げ切る。

映画版でも基本そこは変わらないのですが、印象という観点で言うと、映画版の雪穂にはまだ余裕があった感じがして。確かに押されてはいるんだけれども、土俵際まではまだまだ距離があったような気がして。
そこが何か「甘さ」に見えて、ちょっとだけ惜しかったかなと思ったのでした。

そういえばこの作品、昭和50年代~平成に入るまでの20年間なので、基本的に画面が暗くて重苦しいのですが、そんな中、自分の実家がある町が撮影協力に名を連ねていて噴き出してしまいました。
今回のロケ地、R&Yのきらびやかさを表現した長野県松本市、学校通学シーンを撮った千葉県市川市を除いては、そんなに明るい場面が残ってないんですね。

ということは、やっぱりうちの地元はくすんでるってことなのか(苦笑)。
まぁ、東京から近い割に昭和の香りが強いことは認めますが。

ちなみにラスト、どうでもいいひとりごと。
世の中で怖いものは多々あれど、やっぱり暗闇に響く女性のハイヒールの音はちと怖すぎる。
というかあのハイヒールの音って、なにがしかの意図を持って聞こえますよね。

・・・と、某舞台の喪服姿のご贔屓さんの冷たい足音を思い出した今日。

さーて、ドラマ版レンタルの手配でもしよう(爆)。

|

« 『ハロルコ』(1) | トップページ | 『ハロルコ』(2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74093/50862837

この記事へのトラックバック一覧です: 『白夜行』:

« 『ハロルコ』(1) | トップページ | 『ハロルコ』(2) »