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『プライド』(9)

2010.12.3(Fri.) 19:00~21:50
シアタークリエ 14列下手側

相変わらずの悪い癖(爆)で突発的に追加したソワレ。
ゲネプロ、初日と前方列の上手側が続いたので、下手側から引いて見てみたくて、この席をセレクト。

見てみて思ったのですが、この作品、上手側から見るか下手側から見るかで、印象ががらりと変わります。

上手側から見ると、萌に感情移入するシーンが多くて、例外が史緒のウィーンのシーン(これは感情移入じゃなくて外見ですが)

下手側から見ると、史緒に感情移入するシーンが多くて、例外が萌のミラノのシーン。

なので、初日は薄く感じた史緒の感情表現が、舞台から離れたのにばしばし伝わってきて、予想外の発見でした。

この日は原作者の一条ゆかり先生もご観劇。情報元
ゲネプロに続いてということは、先生にもご満足いただけたということですかね。

今日は最近あまりやらないキャスト別感想からスタートします。
ここではネタバレ極力避けますので、安心してご覧ください。
順番は、レディーファースト→役者名五十音順(←「プライド」お得意ネタ)です。

●麻見史緒役/笹本玲奈さん
 役柄発表が出た時からミュージカルファンの中では、笹本さんと新妻さんの役が逆じゃない?という話をそれこそ無数に聞いたのですが、皆さんが納得した理由付けは「身長」だけだったのを思い出します(笹本さん164cm、新妻さん156cm)。

 初見で史緒は笹本さんだろう、と私が思った理由というのは史緒の性格的な面でして「言葉足らずで誤解を招くことが多い」「甘えるのが下手で不器用」という原作上の史緒は、個人的な笹本さん観とどんぴしゃりだったと申しますか。

 萌と史緒を役柄として捉えれば、難しいのは史緒じゃないかと思うんですね。

 萌はある意味直線的なので、エネルギーを放出することに重点を置けますが、史緒は「完全無欠のお嬢様」設定なので、どうやって共感を持たせるかが難しいんじゃないかと。ただし、これは男性の見方なのかもしれません。女性の方だと史緒の方に感情移入する方が多いようでして。

 その意味では性格上、萌が男性なのに対して、史緒が女性なのかもしれません。

 初日は萌パートの上手側から見たせいか、笹本さんの演技はそんなに目に止まらなかったのですが、下手側から見たこの日は、史緒の成長というか深化が見て取れて、さすがは笹本さんと思わされました。

 萌を本当の意味で受け入れるときの史緒は、その瞬間、身長が伸びたように見えて、鳥肌が立つほど素晴らしかったです。(何となく想像していましたが、「ウーマン・イン・ホワイト」のマリアンそのものですね)

 本人も仰っていましたが、相手の役者の方向性で演技を変えるタイプなだけあって、萌との歌とのシンクロだけではなく、演技のシンクロでどんどん役が光ってきている感じがします。

 婚約指輪の件を神野氏に持ち出された時の睨み目線が超怖かった。

「婚約指輪は他人が評価を決めるもの」と言う言葉に、「他人の評価のために求められている自分」が悔しくてしょうがなくて、でもそれを史緒は必要とせざるを得ない・・・自分へのふがいなさ、なんだろうな。

●緑川萌役/新妻聖子さん
 本人曰く「伸び伸びと演じさせてもらっています」と言うこの役、原作者の一条先生が「あまりに萌そのもので笑ってしまった」という最大級の褒め言葉も納得の出来です。

 初日にも書いたのですが、歌以上に印象的だったのは、台詞の長さ。
 多分4人中台詞も歌も一番長いのが新妻さん。

 一条先生と笹本さん、新妻さんの対談が「シアターガイド」最新号に掲載されていますが、一条先生が「萌のような気持ちは女性はみんな持っていると思う」と言ってるのに対して、演じてる当の本人が「(私は持ってないので)たいていの女性じゃないのかも」と答えているのに噴き出しちゃったんですが、その距離感こそが良い意味で萌をリアルにさせているんじゃないかと思います。役者さんによるとは思いますが、この役を見る限り、新妻さんは自分の性格と違う役をやった方が光る気がします。

 歌に関しては史緒をやって欲しかった気持ちはないと言ったら嘘になりますが、萌のあのいじらしさは新妻さんだから出せる空気なのでは、と。
 思った以上に「女優」としての素晴らしさに脱帽です。

●池之端蘭丸役/佐々木喜英さん
 今回の作品で初めて拝見する佐々木さんですが、素敵だなと思うのはその立ち位置の確かさ。
 出過ぎず引き過ぎず、時に冷静に時に感情的に、他3人がどれだけ異常(笑)かを表現する役を上手くこなしています。

 史緒が男慣れしていないという原作設定が、舞台版ではずいぶんとどっか行っちゃったので、「史緒を心構えさせないように」という女装が中途半端な位置付けになっちゃったのは申し訳ない感じがします。

 この日、バッグを上に投げるシーンでとうとう前方に放り投げて掴まえられず、どうするかと思いきやアドリブで前転してから取りに行っていました。
 間合いも微妙に変えて自然な感じに持って行っていたし、こういうことできる役者さんって好印象です。

●神野隆役/鈴木一真さん
 策謀家の印象が思ったより薄まっている舞台版の神野。自分は映画版のみっちーより、神野さんは鈴木さんの方がしっくりきます。

 史緒が相手役のはずなのに、なぜか萌との方がしっくりくるのが摩訶不思議。

 というか製作発表の時から隣り合うことが多かったせいか、新妻さんとペアなのが定着したせいもあるのでしょうけれども(「プライド」の通称:大人チームの2人)。

 史緒から喜んで手を握られたときに、暗転していく間にその手を感動そうに動かしていたのが、なんだかとても印象的。
 原作ほどヘタれなかったから、そんなところさえ可愛く見えたのかもしれません。

○追記 産経新聞朝刊(12月4日)に記事掲載。
 と思っていたら、Web版の気合の入り方に脱帽です。
 珍しく新妻さんの名前が先ですから、新妻さん側からの持ち込み企画かなぁ。
 こちら

 さてさて、そろそろストーリー編突入ということで、本日のネタバレパート突入です。




●史緒と萌の関係性
 一幕で残念に思ったのは、史緒と萌の格差がそこまではっきり見えなかったこと。

 製作発表で一条先生が史緒を演じる笹本さんに「もっと偉そうに」と言ったことが凄く印象的だったのですが、舞台を3回見せていただいた限り、今よりもっと偉そうでもいいと思う。

 萌は泥の中でまみれるかのような語りを見せるんだけれども、史緒はそれをもっと完全無視、「あなたなんて眼中ないわよ」ぐらいにならないかなぁと。
 笹本さんはそれをできる人だと思うんだけどな。なんか抑えているような気さえする。

 いがみ合った2人が「Wind Beneath My Wings」で声を重ねて、振り返るときの会話。

 萌が史緒に対して悔しがりながらも共感の言葉を発しているのに比べると、史緒が萌に対して答える言葉は、どこかインパクトが弱くて。

 原作にある「萌の歌の感動に完敗した史緒」のシーンがないから多分こうなっているんでしょうし、4人芝居の限界なのでしょうが。

 とはいえ、初日にも書いたのですが、舞台版の史緒には血が通いすぎているんじゃないかと思いますです(笑)

●原作のウイークポイントと舞台版
 初日にちょっと触れたのですが、この日見たことでまた感じたこともありますので、改めて書いてみたいと思います。

 この「プライド」、ネット上の読後感想とかをたどると、後半から急速に失速して、最終巻に至っては何というかかんというか、という感想が一杯で、当blogの「ラストに満足はしていないけど納得はした」という感想が甘いぐらいでして(苦笑)。

原作の謎ベスト3って
 ・なぜ神野は萌に手を出すのか
 ・なぜ史緒は萌の子供を引き取るのか
 ・なぜ地震で萌が死ななきゃいけないのか
だと思うんですよ。

だってどれも荒唐無稽、ご都合主義の最たるもんじゃないですか(毒舌)。

 自分が舞台版を見たときにその脚本に感動したのは、この3つをものの見事にクリアしていたからなんですね。

 順にストーリーを追いますと・・・

 神野はウィーンで史緒と蘭丸の光景(神野にとっては裏切り)を見て、ショックを受けてミラノに入ります。

 史緒が「計算で動く女」であることを知って、史緒がそんな女だったことにショックを受けるわけです。

 だけど、自分も「取り引き」だったことをもって史緒を落とした弱みがあるし、何より史緒に対して「愛してなくてもいい」と言ったことさえあるから、史緒に反論されれば二言もないはず。

 つまり、以前の史緒なら「あなたとは取り引きで結婚するんです。そういう約束でしたから」と言ってるはずなのに史緒はそうは言わないんです。
 
 ということは、その時点で「史緒はここで神野に落ちてる」わけで、その時点で神野がそれに気づけば史緒を罵倒する必要はなかったのに、明らかに神野は冷静さを失っていて、それができない。
 史緒は神野が残した薔薇の花束で神野の気持ち(もはや「取引」ではなく実際に「愛」になっている)ことを気づく。

 その後、ミラノで偶然会った萌は「計算ではなくただ心のままに自分を必要としてくれる」わけです。

 その時に歌われる歌が皮肉にも「ふるさと」。

 この曲の歌詞の中に「父母(ちちはは)」という語句が出てきます。

 神野は舞台版ではこの時点で父を失っている(史緒との結婚式がそれ故に喪が明けるまで延期になっています)ことも併せて考えると、萌の歌が神野の心に響かないわけはなく。

 歌い手である萌が見せた「心」に神野が落ちた、ということになれば、原作で書かれている「あの計算高い男(神野)が萌ちゃんに手を出すなんてありえない」という蘭丸の独白よりははるかに説得力を持って伝わるわけです。

 原作だと後の話をややこしくするために何としてでも神野が萌に手を出すように仕向けたとしか思えなかったんで(苦笑)。

 史緒との愛に自信がなくなった時に、自分の心を救ってくれた存在が萌だったからこそ、萌が子供を産み、先が長くないと知った時点で、神野は萌の子の父親としての決断として、史緒との別れを持ち出すわけです。

 史緒は自分の命より神野との愛の証としての子供を守った萌の、本当の人としての素晴らしさ、眩しさに目が眩む思いで。神野を愛している自分の、その動機の不純さとの違いに、ただただ自分を恥じるしかなかったのでしょう。

 「オペラをやりながら私の中にはいつも萌さんがいました。萌さんがいたからこそ私はここまで強くなれたんです」と語った史緒の姿に嘘偽りはなかったし、「萌さんなしでは私はない」と史緒が本当の意味で分かったからこそ、萌の思いを自分が受け継ぐことにためらう理由は全くないわけで。

 ラスト直前の史緒と萌は、春コンの萌の時の話を思い出したりして、本当に原作の良いところだけ取ってるなぁと。

 既に悟りを開いている蘭丸は別として(苦笑)、
 史緒と萌と神野すべてが、わだかまりなく終われるかが、自分が舞台版をどう見るかのポイントだと思っていたので、個人的には凄く満足なのです。

 原作じゃ萌の思いを史緒がちゃんと受け継いだのかは見えなかったので、どうしても「史緒が成功するには萌の存在が邪魔だったんだ」という邪推を感じたし(←基本があまのじゃくなんです私)、そんな経緯で萌の子を引き取ったって史緒が本当の意味で愛情を注げるとは思えない・・・

 とか言う状態なので、舞台始まってからろくに原作を読んでません。

 だって舞台の方が良いんですから。

 ラストはなんだか「SHIROH」風。そういえば中川君と新妻さんはずいぶんと重ねて見られることがありましたっけ。





 次は本当に7日ソワレです。

 そういえば、この日はラストのカーテンコールライブから「Invocation~祈り~」はなくなり、「Life~命~」のみになっていました。
 鋼鉄の喉を持つ2人の歌姫とはいえ、これは妥当でしょうね。
 それゆえにか、終演予定より5分早くクリエの外に出られましたとさ。

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コメント

「観劇予定」の表示始められたんですね・・・っていうか、何回観られるんですか!?(笑)うらやましぃ。

私も概ね「満足はしていないけど、納得はした」に同意でしたが、満足できなかった点は2つ「萌が死んだこと(それも不慮の死)」「子どもの名前(笑)」。後者は私の趣味なので置いといて(苦笑)どんな形でも生きていれば「二人で歌う未来」があったのに・・・っていうのが本当に残念だったんです。でも舞台版は子どもを引き取る過程で二人が向き合えたことがすごく救いでした(確かに某ベトナムあたりを思い浮かべましたけど…笑)
萌は「プライドは捨てた」というけれど、萌には萌の「プライド」が本当は存在していて(新妻さんいうところの「萌の正義」と同義かも)、それゆえ以前の萌ならば心からの「ごめんなさい」や「ありがとう」を史緒に伝えることは出来なかったと思って、最後の二人のシーンは泣けました。

投稿: ぴらふ | 2010/12/05 08:00

観劇予定、気づかれましたか。あれ、ちゃんと更新してまして、名古屋含めてこれから7回、全部で10回。この作品って27回しかないんじゃ(爆)。

誰が見てもあれキムとエレンですよね(苦笑)。あのしっくりさを見たら、新妻キムと笹本エレンでやって欲しいぐらいです(年齢逆転ですが)。

史緒のプライドと萌のプライドってどういうものなんだろう、というのは時間がなくてまだ書いていないので、火曜日観劇した時に書こうと思っていますが、舞台版「プライド」の一番素敵なところは、2人ともが本当の「プライド」を知って終わるところじゃないかなと思っています。

お互い自分一人じゃたどり着けなかった場所があった、それが表現できていたからこその感動だったんじゃないかと思います。

投稿: ひろき | 2010/12/05 17:44

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