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『イリアス』

2010.9.5(Sun.) 12:00~15:10
ル・テアトル銀座 3列目センターブロック下手側

前日に幕が開いたギリシャ悲劇の舞台。

骨太でとっても良いんだけど、会期最初の方で見るよりは、後半で見た方が良かったかも、という感じで色々な意味で”暖まってない”印象。
舞台上もそうですが、より客席側にそれを感じたかも。

何度か台詞噛んでるシーンがあってちょっと醒めちゃったかなと。
内野さんの母親役の女性アンサンブルさんが1幕初っぱなで1箇所で3つも4つも噛んでくれたもんで「いくらなんでもそれは・・・」と思っちゃいまして。

それはそれとして。
あ、ちなみにネタバレありますので、ご覧になる方はいつものごとくご注意くださいませ。




幕開きはこの舞台のストーリーテラー役であるカサンドラ(カッサンドラ)役の新妻聖子さんの台詞(歌声)で始まります。
舞台の幕が横に開き、中央をまっすぐと歩いてくるカサンドラ、そして周囲にいる5人の女性(コロス)。カサンドラの黒い衣装と、コロスの白い衣装との対比が印象的です。

このシーン見たときに、既視感がありまして。

「SHIROH」の寿庵そのものじゃないかと。
高橋由美子さんが演じた寿庵という役、「SHIROH」の幕開きがまさにこんな感じで、衣装も立ち位置も違うのですが、「戦いを見通す女」が共通していて。

実際、「イリアス」はカサンドラの声で始まり、最後の幕もカサンドラの声で終わって、舞台中央に戻っていくので、動きがほとんど一緒ということもあり、なんかそれを思い出しながら見たのでした(ちなみにコロス5人のうちのお1人、飯野めぐみさんは「SHIROH」にも出演されていました)。

ストレートプレイですが、ストーリーテラーが何しろ新妻さんなので、歌を効果的に使った演出がされていて、「人はなぜ戦うのか」を歌詞そのもので投げかけてくるのですが、どこか哀しげで少しだけ挑戦的。

カサンドラは未来が全て見通せるのに、アポロンからの求愛を拒んだがばかりに、「全ての人に信じてもらえない」呪いの中で生きることを余儀なくされたからか、好戦的にもなりそうなのにどこか諦観しているようなところがあって。

実は見る前の予感ではもっと「戦い」に対して表面的に怒りをあらわにするかと思っていたので、意外でした。
たしかに、全てを見通せてしまっては「怒り」を持ち続けていては、精神的に厳しいかもしれません。

代わって「怒り」をあらわにしていたのはトロイアの王子・ヘクトルの妻・アンドロマケ。馬渕英俚可さんが演じていました。馬渕さんは2004年シアターアプルの「真昼のビッチ」で由美子さんの妹役を演じて以来で拝見しますが、その透明感と存在感が素晴らしいです。さすがは白線流し(←感想の持ち方がちょっとおかしい)。

勝ち目の薄い戦いに向かう夫を送り出し、機を織って帰りを待ち続ける。

夫が戦死した後、戦いを見守り、時には弄ぶ神に対しても言ったであろう「戦いを呪い続ける」という言葉は、当たり前なのだけれどこの舞台の中ではアンドロマケしか言ってなくて、かえって印象的。

もう一つ印象的だった台詞が、「女が今を嘆くのは、それを強い男にくつがえして欲しいから」という言葉。池内さん演じるヘクトルがとても強く、魅力的に見えたのは池内さん自身の魅力に加え、”内助の功”であるアンドロマケを演じた馬渕さんの魅力なのだと、そう思えます。

そして名前を出しましたヘクトル。池内博之さんが演じていますが、もう何というのか理屈抜きに格好いい。ほとばしる汗の躍動感といい、役柄としての人となりといい、素晴らしいです。
普通、王の息子が理屈抜きに出来た人間で、戦いの場の勇者としても優れているなんてことはそもそも天文学的な確率なように思われるわけですが。

そう考えるとトロイアと対峙するギリシア連合軍の”勇者”、内野さん演じるアキレウスも総大将の息子ではないとはいえ王の息子ですから、その2人が最大のライバルとして対峙して、お互いで雌雄を決するというのも、その2乗で天文学的な確率なわけです。

そして内野さん演じるアキレウス。ギリシア連合軍の最強戦士なのですが、1幕は総大将・アガメムノンの人間の小ささ(爆)にへそを曲げて引き籠もるので、主役の割に1幕は美味しいところを随分と池内さん演じるヘクトルに持って行かれます(苦笑)。

その分2幕では大爆発・・・なのですが、要するに情もへったくれもなくトロイアの戦士達を片っ端から殺めていくだけなので、ヒーローというよりはどことなく”傍若無人の荒くれ者”という印象しかなく、なんか共感しにくいところがあります。
片っ端から殺めていくのは親友であるパトロクロスをヘクトルに殺されたというきっかけがあるからこそではあるのですけれども。

故に、ヘクトルの人間の大きさに対するアキレウスのそれというのが、ちょいと主役にしては損をしている印象があったのですが、2幕後半はそんなもやもやを吹き飛ばしてくれました。

”ヘクトルの命を奪った後、ヘクトルの身体は戦車にくくりつけられ引きずられ、しまいには野犬の餌にする”
とアキレウスは宣言して前者はその通りにするのですが・・・。

ヘクトルの父であるプリアモス王はヘクトルの死に取り乱し、急速に老い、しまいには「ヘクトルの身を引き取りに行く」と叫びます。
当然、周囲は止めます。敵陣のまっただ中に最高司令官が行くなどというのは正気の沙汰ではありません。

そんな中、カサンドラは言うのですね。「あなたが一人で行けばアキレウスはヘクトルを返してくれる」と。

皆と同じくカサンドラの予言を信じていなかったプリアモス王(ここまで書いてませんがカサンドラはプリアモス王の実の娘です)が「その言葉に救われ」カサンドラにしがみつく。
カサンドラの気持ちからすると、”初めて自分の予言が誰かのためになった”瞬間だったように思います。全てを見通せるが故に、皆から、自らの父からも遠ざけられた女性にとって、これほどまでの救いはなかったのだと思います。

しかしながら”悲劇の予言者”にとってみれば、そこでプリアモス王に「トロイアの敗北、終焉」を告げることとセットになっている、ということが何よりお互いに対して残酷です。

「ヘクトルを返してくれる」ということを信じるなら「トロイアが終焉する」ことも信じざるを得ず、「トロイアが勝利する」ことを信じるなら「ヘクトルを返してくれる」ことを信じられないことになる。

ただ実際のところもこうもなれば、「勝利する」と思い込みながらも”現実は厳しい”ということを直視してもいるわけで、ある意味「心が決まる」だけの効果な気はしますけれども。

話は戻してアキレウスとプリアモス王の話です。
「対話」と題された場面においてプリアモス王はアキレウスに跪き、手に接吻までしてアキレウスを驚かせます。そして「ヘクトルを返して欲しい」と頼むのです。
アキレウスの今までの気持ちからすれば返すわけはないように思えるのですが、意外や意外にすぐ返すことを返答しています。

自軍の総司令官とは、かりそめの利害関係で和解しているだけで、本心からの尊敬なんてこれっぽっちも抱いていないアキレウスにとってみれば、敵軍の総大将が自らに最大限の敬意を払ってきている時点で、”俺は一体何と戦ってるんだ”と思っても、むしろむべなる話でして(苦笑)。

そして「運命」という言葉に対する信奉が印象的。
自らも「戦いの場に身を投じれば自らの寿命を縮める『運命』」と言われながら戦っているだけあって、「ここまであなたが来ることが出来たのなら、お返しするのが『運命』(さだめ)だろう」というのは、外野から見るとちょっと飛躍し過ぎな論理とはいえ、アキレウスとしては一貫しているのでしょう。

自分の生き様を否定しないながらも、人としてのまっとうさを取り戻したアキレウスの人間の大きさは、見ていてとても爽快感を感じました。

ギリシアとトロイアの10年戦争はギリシアの参謀・オデュッセウスの「トロイの木馬」の策謀により総崩れになったトロイアの敗北に終わりますが、その部分は実は「イリアス」の元の原作にはない部分だそうで、今回の舞台化ではその部分はカサンドラが語り歌うモノローグとなっていましたが、闇に引きずり込むような新妻さんの哀しみの歌声とともに終わる「イリアス」の最後は、それでもこのシーンがあって良かった、と思えるものでもありました。

正直、”難解”と呼ぶに相応しい芝居でしたが、ここに名前を挙げた方以外も、平幹二朗さん、木場勝己さん初め、重厚感溢れる存在感に、「芝居を見たなぁ」との充実感に浸れます。

「人はなぜ戦うのか」というテーマは実は2ヶ月ぶりという随分短いスパンで2作品で見た(前回は新国立劇場7月公演「エネミイ」)のですが、この2作品を見た上でこのテーマを自分に投げかけられたとすれば、「人は戦わないと生きられない生き物だから」としか答えようがないかなと。

ただし、それは人を傷つける必要があることでもないし、他人と戦う必要があるわけでもない。ただ、今の自分をそれでよしとするだけでは、人は人でさえいられない、という印象だけは持てたような気がします。

きっと「自分と戦う」ことが人間としてのアイデンティティーなんだと思います。

この作品、チケット代がルテ銀らしい設定で、かつ土日にさらにプライスアップという、お財布には実に優しくない(笑)作品ですが、リピートはしないにせよ、一度は見て損はないかなと思います。

そういえば、真面目な舞台を見るのは大変かなぁと思っていました。
8月にあれだけ「舞台と言ってもミュージカル(2作品)」を見ていただけに、予想通り、しばらくリハビリ期間は必要そうです(苦笑)。

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コメント

ガイズが終わって腑抜け状態ですが
ひろきさんの検索ランキング
第3位堺雅人 高橋由美子ってどうなの?

投稿: てるてる | 2010/09/08 19:59

てるてるさん、こんばんは。
あのキーワードランキングですが、なぜか管理者画面で見るものと結果がずれているんです。

そのため、今回も<堺さんのファンの人が大挙してあのキーワードで検索した>というわけではないと思います。ココログさんのいつもの不思議仕様ですので、参考程度に見ていただければ。

※私も先週はぼけぼけでしたが、幸いにというか忙しくなってきたので気分リセットにはなりそうです。

投稿: ひろき | 2010/09/08 23:13

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