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『ピーターパン』(3)

2010.7.19(Mon.) 15:30~18:30
東京国際フォーラムホールC
1階2列10番台後半(下手側)

”タイムマシンがあったら見たい役”の常に上位にあった笹本玲奈ピーターパン。

私にとって彼女の舞台を見たのは「レ・ミゼラブル」のエポニーヌ(2003年~)が初で、それ以降の作品(役)は全部見ています。
が、この役だけは当然生で見れるチャンスが無く、自分にとっては「幻」そのものでした(アルゴはどうなの、とかいう人もいそうだけど、公式にはこの作品が彼女のデビュー作)。

2002年の玲奈ピーターパンの千秋楽が彼女の149回目。
「149回という微妙な回数で終わって“何なんだ”と思ってた」そうです(笑)→記事
つまり、再登板の初日、この日が150回目のメモリアル公演ということになります。
まさか8年前から見通していたとは思えませんが・・・

作品自体は去年、今年ダブルキャストで共演する高畑充希ちゃんのピーターパンで見ているので今回が2回目。
玲奈嬢単体で見れば、よくもまぁここまで男になれるなぁ、というのが率直な感想。

実は先日とある事情で8年前の玲奈ピーターパンを10分ほど見られる機会がありまして。
それと比べると、前は「男の子」、今回は「男」といった感じ。
一人称では前が「僕」で今回が「俺」という印象。

女の子が男を演じると、「ボーイッシュ」って言葉が使われますが、それとも違うんですよね。”本能で生きてるピーターパン”って玲奈ピーターパンを喩えた共演者がいますが、その形容に納得。理屈とかを超越してますね。

いやーここまで満面の笑顔で飛び回ってるの見るの、ミーマイ以来2度目だと思うんですが、あのはっちゃけるような笑みが見られただけで来た甲斐はあるってもんです。

ウーマン・イン・ホワイト、レミ以来3作目になる”れなさや”ペアこと、玲奈ピーターパン&沙也加ウェンディの組合せですが、さすが萌えカップル。

ただでさえ玲奈ちゃんが”男”なので、普通に夫婦っぷりが堂に入っていまして。
ウェンディが役的にピーターパンに迫って、ピーターパンが役的にデレデレになってニヤつく様がいじらしすぎる。

この2人、演技的にどうとか以前に空気感がぴったり。多分年齢的に最後になるであろう今年の玲奈ピーターパンのお相手が沙也加ウェンディで本当に良かった。沙也加嬢は技量以上に相手役をかっこよく見せる達人的な腕を持っているし、単体でも素晴らしい玲奈ピーターパンをますます魅力的に見せてる。

ピーターパンが拗ねてるときに、中途半端にしか相手しない沙也加ウェンディの手捌きが絶妙すぎて。わかってやってる沙也加嬢が、というかウェンディの意地の悪さが絶妙(笑)

ラストシーンはピーターパンにしてみればウェンディへの意趣返しにも見えますが、あれは仕返しって奴ですね。

それとフック船長役の橋本じゅんさん。去年も拝見してますが、さらにエンジン全開中。
充希ピーターパンより、より鼻であしらう玲奈ピーターパンとの組み合わせが面白い。
つかウェンディの方がもっと鼻であしらってますけど(笑)
この日もさんざんに笑いをかっさらって行ってました。
じゅんさんがとある場所から這い出てくるシーンも毎回腹抱えて笑えます。





この辺からネタバレ始まる。


じゅんさんファンの知り合い曰く、「フック船長が、というか『じゅんさんが』、ウェンディに『お母さんになってくれ』というの自体が腹筋に悪い」(笑)だそうな。
ま、いろいろ納得。

玲奈ピーターパンは色々お行儀が悪くて、海賊との戦闘シーンで座りながら足のばして蹴り入れてたり、フック船長のお尻に剣さしてその香りを嗅いでたり(ちなみにクサイらしい・・・・笑爆)、そこまで遊ぶかって感じなんですが。やー本当に好き放題に遊んでます。

ピーターパンは”母親”という存在に心の傷を抱えていて、これもパンフに載ってたけど、特に玲奈ピーターパンは「ウェンディを母親として見ている」感じは強く感じて。

みんなに頼られる”強い”ピーターパンであればこそ、頼れる相手を探していたのかなと。去年充希ピーターパンを見たときはそこまでの依存度は感じなかった気がする。

ピーターパンを自立型として見せるか、依存型として見せるかという違いかなと思うのですが、見たところ玲奈ピーターパンはかなり思い切ってウェンディによりかかってる感じ。この日までに149回も演じて、作品を熟知しているからこそ”甘える勇気”を持てているような感じがしました。

シーン別で言えば玲奈ピーターパンはとても格好いいし、あのフライングのありえない曲芸師ぶりには脱帽物ではあるのですが、自分の弱さとか自分の脆さを気づいていて、それをウェンディにだけは見せられる。沙也加ウェンディも玲奈ピーターパンのそんな訴えをきちんと受け止められる包容力を持ってる。

沙也加ウェンディは去年見たときからきちんと包容力を持っていたけど、充希ピーターパンをひと夏支えてから玲奈ピーターパンを迎え入れているのが、とても良い方向に結果を出せている理由な気がする。

2幕中盤から一気に玲奈ピーターパンが「大人になんかなりたくない」とふさぎ込むシーンがありますが、このあたりの感情表現とかはさすがの技量なんですが、気づいたことが一つ。

玲奈嬢の役作りってある意味一貫していて、憑依型というよりは作り込み型。良くない言葉を使えば段取り型。別の言い方で言えば「演じてる自分をもう一人の自分がコントロールしてる」タイプだと思うのですが、ウェンディを拒絶してみんなとの別れを惜しむくだりは、良い意味で玲奈ちゃんぽくなかったというか、魂で引っ張っていかれる感じ。

実際、8年前に卒業した作品をもう一度演じることについて言ってた人もいたけど、今の玲奈嬢にとって、小手先でどうこう出来ないこの役をやるのはとても大きかったと思う。

本人がそもそもとてもイキイキしていたし、ことさら年齢話を表に出しておきながら、それが言い訳にもならないことを本人が一番よく知ってるという。

ウェンディじゃないけど「素直じゃないんだから」というのがまさにピーターパンそのものであり、今回の玲奈ピーターパンの意義そのものだったような気がします。

人間がただ一つ逆らえない物は「年齢」なのだから、そんな中で好きな役をやる自由があるのは素晴らしいことだし、正直、羨ましくも思えます。

見たかった玲奈ピーターパンを見られたのはとても嬉しかったけれど、好きな役を好きな時にやれるのって、本当に恵まれている人だよなぁ、と。
ある意味、今年の3作品(ガイズ&ドールズ、ピーターパン、プライド)、全部本人の希望が通っているとも言えるわけで。

嬉しさ反面、心の中にちょっとしたすっきりしない気持ちがあるのも、掛け値無しの正直な感想なのでした。

でも、また見るけど(笑)。

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