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2010年6月

『キャンディード』(3)

2010.6.27(Sun.) 13:00~16:40
帝国劇場2階席J列1桁番台(下手側)

千穐楽です。

結局3回見たこの作品ですが、個人的にはこの日体調が最悪ベースでして・・・

前日の実家の法事の疲れが取れぬ間の観劇だったので、
集中力が切れるシーンもしばしば。

3回見た個人的な結論ですが、この作品、2回観劇が一番良い気がします。
1回目で見逃したところを2回目で見るとちょうど補完できるのですが、3回目は展開が全部分かっているので物足りないと言いますか。

●着飾って、輝いて
名実ともにクネゴンデの見せ場となる1幕後半のこの曲。

新妻さんがご本人blogで「実はあの展開全部、自作です」と言ってたのには飛び上がるぐらい驚きましたが、今まではオペラ歌手の方がそれも複数キャストでやってたと言われるこの曲。

演技力、表現力がついた今の新妻さんだからこそ見せられたもの。
難曲そのものをこなした、という意味以上に感じられた、演技と絡めた表情と歌とのコンビネーション。
デビュー当初の新妻さんなら、オペラ歌手と比べられて、歌の技量だけでマイナス面だけしか捉えられなかったでしょうが、今回の新妻クネゴンデは「ミュージカル女優が演じる意味」をきちんと出せていて。
そこに彼女の努力と才能と技術の蓄積を感じます。

週9回やってる、と日本初演キャンディード役の石井一孝さんに言ったら「ギネスに申請したらどう?」と言われたそうですが(笑)、クネゴンデ完走にマルグリット2回って、無茶させすぎ。
最終日のこの日、(疲れと破綻から)逃げ切れるか気が気じゃなかったです。
何はともあれ完走には拍手ですが、うー、心臓に良くない。

そんなこんなでこの日の小ネタをいくつか。

●やっぱ尻に敷くのか
クネゴンデ「ないわよ!!!」
キャンディード「はいはい」

1幕後半、再会したキャンディードとクネゴンデ、そしてお付きのお尻半分(←聞かないで。)で展開される、「宝石全部盗まれちゃいました」話のところの会話。

今までこんなにクネゴンデが力入ってて、キャンディードが尻敷かれモードになってた記憶ないんですけどね。リピーターが多いのは明らかなのに、ここは結構受けてました。

●エスコート上手
カーテンコールは実はほとんど東宝公式の動画に上がってるので、村井さんのカット率80%あたりを再現するぐらいしかないのですが(笑)。
というか他の人ほとんどカットされてないのに、村井さん放送不可能なことばっかり言うんだもん。おかげで井上君が毒舌爆発にならずに済んでたけど。

4回目のカーテンコールで、セットを飛び越えて退場しようとするとき、新妻姫が井上王子にその右手をかけて、井上王子が新妻姫を支えるべく「よっ」と左手で軽く持ち上げてた(動画にも残ってます)のが、ちょいときゅんときました(爆)。

●ちゃんと助けなきゃダメっす
港で溺れる折井羊が飛びつき損ねたところで・・・・
飛びついていないのに船引っ張っちゃだめじゃんキャンディード。
つか黒くちゃいかんでしょこの役。

あとそういや、逃げるシーンでキャンディードとカカンボがもう1周追加で走らされていたっけ。

千穐楽という割には、意外に通常運転だった「キャンディード」。
楽ではじけるだけの力は、残っていなかったのかもしれません。
あの井上君が痩せてくのを見るのは、あまり記憶にないんですけどね。

千穐楽を迎えたときに、みなが口々に言うのは
「これ以上やると新妻聖子さんの喉が・・・」
だと想像していたのですが、まさか
「これ以上やると井上芳雄君の体重が・・・」
になるとは予想外でした(笑)。

みなさん再演希望について触れていらっしゃいましたが、作品としてはとても分かりやすい作品とはいえ、それこそ学生団体向けじゃない作品だから、今後の帝劇の定番とするのは厳しいんじゃないかなと思います。
というか引率の先生方、今回いきなりあんな露骨な台詞の数々でさぞかし面食らっただろうなぁ。そんな説明、絶対していないだろうし。


●本編じゃないけど余談
終わってみて帝劇玄関から出てみると、「アンナ・カレーニナ」のリリースが。
クリエで、今年12月25日~来年2月6日。
この公演自体には特段の興味はないのですが、12月クリエと言えば詳細日程が未発表な「プライド」。
つまり、「プライド」の千穐楽が12月24日以前、ということは確定ということになります。
常識で考えれば12月24日ということはないのでしょうが、クリエは常識で図れないことやるからなー
何となく12月23日の祝日が楽で、M!が12月24日の平日楽でずらすような気がします。
願望も含めてですが。
しかし相変わらずクリエは高いですね。8,500円じゃないとペイしない自社劇場って、そもそもちょっと変な気がするんですけど。

●余談その2
帝劇売店で帝劇ののっぽさんこと某販売員様から雑誌「BEST STAGE 8月号」を購入。

ピーターパンコンビの3人対談を目当てに買ったら、由美子さんが載っててのけぞったんですが、もっとのけぞったのは
玲奈ちゃんのお仕事告知

10月2日(土)、10月3日(日) ディナーショー決定

まじですか(笑)

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『クンツェ&リーヴァイの世界』(2)

2010.6.23(Wed.) 19:00~21:40
シアタークリエ 15列10番台前半

3日ぶりのクリエ、今年11回目の(笑)クリエ詣でです。

曲目は前回の「(1)」をご参照。

会期中2回しかない新妻マルグリットの回とあって、新妻FCのお茶会でお見かけした方がちらほら。なんか新妻ファン総見状態です。
もともとがFC席なので、周囲は似た系統の方になるのがある意味普通なんですけど。

◇Act.1・・・MA編
山路さんの司会でこの日もスタート。
「毎日同じこと言ってて・・・って目線をここのところ感じるのですが(笑)」というパターンでスタートしてるのは、実は20日もそうでした(笑)

ドイツのブレーメン版でばっさり「カット」されてしまったボーマルシェの出番について触れて。

「フランス人になりきれない自分が悪いのかと思って、昨日の帰りに日比谷シャンテのフランス料理屋に寄って帰ろうかと思ったのに、ついついラーメン食べてしまうんですよ、そういう自分がきっとダメなんでしょうね(苦笑)」とかいう小咄。
なんかまるで寄席ですね。

この日は「2幕の方でちょいとおしゃべりな方がおられますので、こっちはさくさく進めます」と(会場笑)。

で何しろ、お目当ての新妻マルグリット。4日前の笹本マルグリットと比べて見るのですが、この日ネックなのは、どうしても土居アニエスの不在。
私の見た20日に一足早く千秋楽を迎え、今回は新妻マルグリット&土居アニエスという組合せはありません。

ただ、見てて興味深かったのは、新妻マルグリットの場合、「私はアニエスです」と目の前で断言されると信じそうな純粋さを醸し出していたところ。そういう意味で新妻マルグリット&シルビアアニエスは意外にフイットしていました。

昨日と明日、3回だけある笹本マルグリット&シルビアアニエスは見られないのですが、どうも笹本マルグリットは存在が鋭すぎるというか、「私はアニエスです」と目の前で断言されたところで一瞬で見破って、「私を謀るとは良い度胸だ、亡き者にしてやる」と言いそうなイメージ(あくまで、断じてイメージ)なもんで(爆)。

土居さんの偉大さが身にしみて分かるシルビアさんのアニエス。もちろん歌えているし、おかしいわけじゃないのですが、「優しさ」という意味でシルビアさんは基本対極にある歌声ですから。もちっと歌えればうちのご贔屓さんとかぴったりだったはずですけど。

「百万のキャンドル」は笹本マルグリット、「流れ星のかなた」は新妻マルグリット、「恐怖政治」は甲乙つけがたいけど、力強さと小芝居で僅差で新妻マルグリットかな。
足下にちょっかい出してる山路ボーマルシェを実に不愉快そうに蹴飛ばしていたのが印象的でした。

ジャコバン党に入党するときに「女は弱く同情するかもしれん」と疑われたときの「まさか」と答えるところは笹本マルグリット、新妻マルグリットともに実にいいです。
新妻マルグリットはここで鼻で笑うのが堂に入ってるのが流石です。
ちょっとした印象の違いで言えば、笹本マルグリットはゲリラで、新妻マルグリットは正規軍っていうイメージ(これもイメージ)ですが。

たった2回でマルグリットを再卒業した新妻さんがblogで「取り残され感」と書いていますが、ある意味マルグリットらしいのかなと。
どうせ2幕最後まで本編やっても、マルグリットは革命という嵐の中で、自らの存在を無視されて孤立して、だからせめて民衆の暴走を目に焼き付けることで自分の存在意義を埋める・・・わけで。

革命を焚きつけられ、はしごを外される感。というこのコンサートの中のマルグリットの存在というのはある意味MAにとってのマルグリットの、実に正しい縮尺のようにも思えたりします。

この日、新妻マルグリットを見てたら、ふとした瞬間、由美子さんが演じた「SHIROH」の軍師・寿庵そっくりと思えたところがあって。はしご外された感が全開のところとか、取り残された者の宿命みたいなところとかが。
マルグリットの存在って、「孤独」って意味でマリー・アントワネットと対極(で共通)だったのかも、と改めて思わされもしたのでした。

そういえば、この日アニエス役だったシルビアさん、1幕ラストでお呼びがかからなくて(山路さんが忘れたのか、そもそもそういう手筈なのか)、2幕もラストはM!なので、実はカテコに出ないという多分唯一の出演者になってまして。深い意味はないのかもしれないけど、土居さん不在の中この日程でコンサートを開けた最大の功労者なんだから、ちょっとそれはないと思うけどなぁ。

1幕最後、「本日のマルグリット、新妻聖子」と呼ばれて下手側から新妻さんが。
ゲストのサブリナさんに新妻さんから抱きつきに行って客席からも拍手。こういうところはやっぱり帰国子女ですな。

あ、そういえばパンフレットを見ていて気づいたのですが、25日からの海外バージョン、「恐怖政治」のマルグリットは河合篤子さんが務めるのですね。(「流れ星のかなた」は英語でサブリナさん&シルビアさん、「100万のキャンドル」は独語でサブリナさん)

◇Act.2・・・エリザベート編
この日の司会はエリザ部分だけ村井さん(この日が最後)。
「1幕で山路君が『おしゃべり』って言ってましたが、別にしゃべりたいわけじゃなくて歌わせてもらえないだけなんですけど」と愚痴ってました。
「1幕のすごい歌でみんな前のめりになってるから、座席に背中付けてもらうためにトークしてきて」というのがプロデューサーの指示らしい(笑)。

一路さんとのトークが妙におかしい。
村井さんが「自分の歌ってる歌難しいんだよ~」と力説してるのに、一路さんの反応が妙に鈍い。

村井さん「(他の人の歌)聞いてないでしょ?」
一路さん「聞いてると、音が取れなくなるんですよ。それぐらい難しいんです」

という発言はなるほど分かりやすいです。

村井さん「この後歌ってもらう『夜のボート』、還暦のお祝いで一路さんに歌ってもらったんだよね(会場内笑)」
一路さん「えぇ(苦笑まじりに)。『本当によろしいんですか?』って確認しましたよ」
村井さん「うちの家内の希望でね。もう30年来付き添ってるし、もう冷めてるって事だよね」
一路さん「いえいえいえいえいえいえいえ」

・・・えーと『夜のボート』ってエリザベートの夫婦仲冷えまくってるって曲なわけですが(笑)、それってそもそもお互い笑って話せる話なんでしょうか(←余計なお世話。)

村井さんがあまりに一路さんを笑わせてそのまま置いていこうとするので、一路さんが泣きを入れてました。
「(すぐ歌があるのに)ほっぽっていかないでくださいよ~」
というんで5秒ほど、時間稼ぎしてたのに苦笑い。

祐一郎さんとの「私が踊る時」、曲終わりの暗転時に山口氏と一路さんがハイタッチしていて、さすが漢同士とか思ってしまったりしました。

○Act.2・・・モーツァルト!編
なんか涼風さんのスーツがどっかの立候補者みたいで違和感なんですが・・・
「モーツァルト!モーツァルト!」は帝劇とクリエで人数比がちょうどいい感じで、鳥肌立ちまくります。

そういえばここから司会を引き継いだ武岡さんの本日ネタ。

海外ゲストのサブリナさんとパトリックさんとアンサンブルさん数人で、TDLに行ったらしく、ジェットコースター系全制覇、しかも全部お2人が最前列だったらしいです(笑)

○Act.2・・・レベッカ編
本編では見なかった涼風ダンヴァース夫人。20日とこの日、2回見て見てちょっとした感想。

「わたし」を傷つけそうな怖さがありますね、涼風ダンヴァース夫人。

シルビアダンヴァース夫人の場合、「わたし」へ危害を加えない、という点で理性が残っているというのか、レベッカを主として仰ぐにあたってのポリシーみたいなものを感じたりします(特に今年の場合)。むろん追い出したがってはいますけど。
レベッカの枠の中で忖度して動いている感じといいますか。

それに比べると、涼風ダンヴァース夫人はそれよりずっと自我があるというか、意志があるというか、主体性があるというか、レベッカという存在を利用している部分さえ感じます。

最後の館の燃えるシーンでは、シルビアダンヴァース夫人の場合は自滅的な要素も感じるのに、涼風ダンヴァース夫人は良い意味でも悪い意味でも狡猾な印象を想像。
実際に本編を見ればまた違うんでしょうけれども。


・・・

2回鑑賞、今まで見たことなかったエリザの曲も聞けたし(しかも一路さんで)、MAはマルグリットは2人とも聞けたし、海外ゲストは2人とも素晴らしかったし、思ったよりずーっと楽しめて、嬉しい誤算です。
Wマルグリットのデュエットと井上ルドルフが聞けなかったのは心残りだけれど、そこまで望むとバチがあたりますね、きっと。

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『クンツェ&リーヴァイの世界』(1)

2010.6.20(Sun.) 13:00~15:20
シアタークリエ 5列目センター

ミュージカルファンでぎっしり埋まったシアタークリエ。
長蛇の列だった当日券の列を横目に、恐縮ながら入場。

曲目からして完全ネタバレです。
気になる方は回れ右です。
このコンサート、企画趣旨からして緊急避難(「放浪記」の休演穴埋め)にもかかわらず、すごい完成度です。
さすがと申し上げて曲目表へ行きます。





Act.1 「M.A(マリー・アントワネット)」より
01.1779年
  :カリオストロ(山口祐一郎)、ボーマルシェ(山路和弘)
02.もう無くすものもない
  :アンサンブル
03.ご覧 王妃を
  :アンサンブル
04.すべてはあなたに
  :マリー・アントワネット(涼風真世)、フェルセン(今拓哉)
05.100万のキャンドル(日本語)
  :マルグリット・アルノー(笹本玲奈)
06.流れ星のかなた(日本語)
  :マルグリット・アルノー(笹本玲奈)、アニエス(土居裕子)
07.幻の黄金を求めて
  :カリオストロ(山口祐一郎)
08.お望み叶えて
  :ラパン夫人(鈴木結加里)、アンサンブル
09.神は愛して下さる
  :アニエス(土居裕子)
10.愛したことだけが
  :マリー・アントワネット(涼風真世)、フェルセン(今拓哉)
11.もしも鍛冶屋なら
  :ルイ16世(石川禅)
12.みんな狂っている
  :ボーマルシェ(山路和弘)
13.恐怖政治
  :マルグリット・アルノー(笹本玲奈)、ボーマルシェ(山路和弘)
   オルレアン(KENTARO)、ロペスピエール(中山昇)
   エベール(武内耕)、アンサンブル
14.ILLUSION-或いは希望-
  :カリオストロ(山口祐一郎)
15.THE VOICE IN MY HEART(心の声-英語)
  :マルグリット・アルノー(サブリナ・ヴェッカリン)、アンサンブル
16.苦しみの彼方に(独語)
  :フェルセン(パトリック・シュタンケ)
   マルグリット・アルノー(サブリナ・ヴェッカリン)、アンサンブル

*6/25~
M5「100万のキャンドル」が独語となり、マルグリット・アルノー(サブリナ・ヴェッカリン)となり、M13に変更
M6「流れ星のかなた」が英語となり、マルグリット・アルノー(サブリナ・ヴェッカリン)、アニエス(シルビア・グラブ)となり、M14に変更

ある意味、MAの短縮版再演となった趣のACT1。

これだけの曲がありながらジャスト1時間。MA導入編として実に充実しています。

自分は帝劇初演で観劇を卒業した作品なので、ドイツ・ブレーメン公演で加わった新曲のM16「苦しみの彼方に」は当然初耳でしたし、帝劇凱旋公演で加わったM14「ILLUSION」も初めて聞くわけですが、司会・ボーマルシェ役の山路さんの説明も聞くと、このあたりの新曲を効果的に突っ込んで、ある意味生々しすぎた初演からはずいぶん改善されたように思います。
ちなみにボーマルシェはドイツ版でほとんど出番がなくなっていたそうで、山路氏はむちゃくちゃ悲しがっておりました。

それにしたところで、そもそもとして曲はすごーくいいわけで、本当に久しぶりに聞けた「100万のキャンドル」の絶品さに涙ちょちょ切れ(←著作権:山路氏)でございます。
「100万のキャンドル」を前方席で見るという、4年越しの夢が叶ったのはとても嬉しい。
(当時は値崩れしまくってから簡単に達成できてた夢だったはずですが、初演をリピートするのは苦行だったので。)

やっぱり玲奈マルグリットはこの曲です。
あの絶望の眼。全ての希望を失っているあの眼。
玲奈嬢の他のどの作品でも見られないあの絶望感。
レミゼのエポニーヌも似てはいるんですが、濃さが違うんですね。
全ての希望を失っているからこそ、「恐怖政治」でスパイとして送り込まれるときの燃えるような眼が突き刺さります。
久しぶりに眼で射貫かれる感情を身体中で感じます。

変な言い方なんですが、玲奈マルグリットの魅力って、
「人を信じたいと思わない眼」だと思うんですね。
アニエスに心酔してる風が強い新妻マルグリットに比べると、玲奈マルグリットはアニエスからも距離取っているようにさえ思えたり。
ちなみに新妻マルグリットは、
「人を信じたいとは思うけど信じられない眼」。
病み方の方向性が違うだけですけれども・・・

物語後半、ジャコバン党のスパイとして王宮に入ってマリー・アントワネットのお付きとなったマルグリット・アルノー。
フェルセンとマリー・アントワネットをあえて会わせたシーンが、新妻マルグリットだと「情」がちょっとだけあるように見えたのに、玲奈マルグリットだと「情」一切なし、会わせることで「より深い絶望」を与えているように見えたことをふと思い出します。

その意味では、本編以来、一度も見られなかった「恐怖政治」の玲奈マルグリットが見られたのは良かったけどせっかくだから「金が決め手」も聞きたかった・・・

今ならこの作品、玲奈マルグリットと新妻マリー・アントワネットってのが最強だと思ってるんですけどね。

玲奈ちゃんと土居さんの面白エピソードをメモ。


今回のコンサート版は時間の制約上、「お望み叶えて」にマルグリットが出て来なかったり、そもそも王妃に馬鹿にされてマルグリットがトラウマ背負うところがないので、中間すぽっと抜けちゃっている分、マルグリット視点で見るとちと中途半端。

それに加えて、海外ゲストのサブリナ・ヴェッカリンさんが「心の声」を英語版で歌うということで、日本版マルグリットの負担を考えるとそれも致し方ないとはいえ、つながりが切れちゃうのはもったいない印象。

英語版「心の声」はそういえば新妻さんがアルバム「MUSICAL MOMENTS」で歌っていたことがあるので、歌詞を完全に覚えてた自分が何か不思議でしたが、やー、海外キャストさんてすごいのねー
声出てる場所がそもそも違うような感じしかしません、あれ。

クリエは音響が馬鹿がつくぐらいいい劇場なので、どのナンバーも超弩級の勢いで迫ってくるんですが・・・それにしたところで海外キャストさんには脱帽です。

M.Aでは実は私は見てないんですが、今さんのフェルセンが実に素敵で。井上君のフェルセンはちょっと違和感(若すぎて涼風さんの相手役というのは違和感)だったので、なるほどバランス良くなったという話が今さらになって分かりました。

ラストシーンにいない2人、土居裕子さん(アニエス役)、笹本玲奈さん(マルグリット・アルノー役)を山路さんが呼び込んで第1幕は終了。
土居さんはパトリック・シュタンケさんとなんかじゃれてて面白かったのですが(土居さんがこの日千秋楽)、玲奈ちゃんはサブリナ・ヴェッカリンさんとは何かよそよそしかったんだよなぁ。握手ぐらいしてもいいと思うのにな。

そういえば、帝劇系の皆さまがクリエ慣れてしてない経験を今回はいくつか見たのですが、印象的だったのは案内嬢に「ロビーで待ち合わせるって話を知り合いとしたんですけどロビーってどこですかね・・・」と言ってる方。

クリエに事実上ロビーはないと思った方が・・・

帝劇比だと、ロビー”みたいなもの”とホワイエ”みたいなもの”はあるんですが、とにかく人で溢れまくっているので、色んな事に余裕を持つことをお勧めします。
お手洗いは客席階直結の日比谷シャンテに地下2階、地下1階とありますが、男性のお手洗いは日比谷シャンテ地下2階まで行ったのに、クリエのお手洗い自体が空いてたという(笑)。


Act2-1.「エリザベート」より
17.夢とうつつの狹間で
 :エリザベート(一路真輝)
18.私が踊る時
 :トート(山口祐一郎)、エリザベート(一路真輝)
19.ミルク
 :ルキーニ(今拓哉)
20.夜のボート
 :エリザベート(一路真輝)、フランツ(石川禅)

Act2-2.「モーツァルト!」より
21.モーツァルト! モーツァルト!
 :コロレド大司教(山口祐一郎)
  ヴァルトシュテッテン男爵夫人(涼風真世)、アンサンブル
22.神よ、何故許される
 :コロレド大司教(山口祐一郎)
23.星から降る金(独語)
 :ヴァルトシュテッテン男爵夫人(サブリナ・ヴェッカリン)
24.僕こそ音楽(独語)
 :ヴォルフガング(パトリック・シュタンケ)
25.愛していれば分かり合える(独語)
 :ヴォルフガング(パトリック・シュタンケ)、
  コンスタンツェ(サブリナ・ヴェッカリン)

Act2-3.「レベッカ」より
26.レベッカⅠ
 :ダンヴァース夫人(シルビア・グラブ)
27.何者にも負けない
 :ダンヴァース夫人(涼風真世)
28.レベッカが歌う
 :ダンヴァース夫人(シルビア・グラブ)
  ダンヴァース夫人(涼風真世)、アンサンブル

Act2-4.「エリザベート」より
29.闇が広がる
 :トート(山口祐一郎)、ルドルフ(石川禅)、アンサンブル
30.私だけに
 :エリザベート(一路真輝)
31.最後のダンス
 :トート(山口祐一郎)、アンサンブル

Act2-5.「モーツァルト!」より
32.影を逃れて
 :コロレド大司教(山口祐一郎)、
  ヴァルトシュテッテン男爵夫人(涼風真世)、アンサンブル

・・・なんか曲目書くだけで大変ですが。

この作品中では「エリザベート」を見たことがない私なのですが、色んなところで聞いていたせいか、全部の曲をなにげに知ってるという・・・
「ミルク」だけ怪しかったんですが、PVでルキーニが踊ってるあれかぁ・・と聞いたらすぐ分かったというわけで。
一路さんのエリザベートを見られる機会が来ると思っていなかったので、主目的が違う自分のような輩が聞かせてもらって申し訳ない限りです。

「星から降る金」はてっきり一路さんがやると思ってたので意外ですが、エリザであれだけ歌っていればさすがに負担大きいですね。

あとさすがにびっくりなのはWダンヴァース夫人が登場する「レベッカが歌う」。
Wキャストですから本公演では絶対にありえないわけですが、や、これが実現できるならWマルグリットをやって欲しかった・・・
スケジュールが合わなかったのが残念で仕方がないという。

それにしても全作品出てる山口祐一郎氏、ハードだなぁ。
ものすごい迫力の「闇を逃れて」の後、司会の武岡さんが祐一郎さんにこの日の感想聞いてたのですが・・・

やっぱりの祐一郎氏ワールド発動(笑)

「(海外ゲストの)サブリナ・ヴェッカリンさんがなぜか舞台袖を裸足で歩いてまして。それで思い出したんですけど昔私が学生だった頃、学校の屋上で裸足にされて声を張り上げる練習をさせられてまして。」

・・・・会場中が、「えっ、学生時代の話ですか」って空気になる(笑)

「大声を出す練習をしてるんですけど、先輩が「山口~声聞こえないぞ~」って言うんです」

「そんな必死に大声を出す練習を思い出しまして」
「そんな大声を出す練習は今日のためだったんだということが分かりました(会場内大拍手)」

祐一郎さんが拍手で送られた後、司会の武岡さん。

「やー締まって良かったですねー。本当に心配しましたよ-(会場内大爆笑)」

アンサンブルさんも心から同意してました(笑)

・・・と、そんな感じで幕。2幕登場の皆さまで手を繋いでの終演。
祐一郎さんとサブリナさんが手つないでたところにパトリックさんがちょっかい出してたところが素で笑えました。

明日のスペシャルを見られないのが心から残念ですが、次は23日。
新妻さんと土居さんの組合せが見られないのもかえすがえすも残念です。
が、平日なので仕事頑張って定時で上がらねば!

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『キャンディード』(2)

2010.6.19(Sat.) 17:15~21:10
帝国劇場2階H列20番台(センターブロック)

2回目です。
トークショー付なのに空席が目立つ帝劇2階席。
日比谷でクリエコンサート、南アフリカでW杯日本戦とあっては分が悪すぎる日程設定でしたか・・・

BGM、「MAKE OUR GARDEN GROW」(新妻聖子さん「MUSICAL MOMENTS」収録、この「キャンディード」のエンディング曲です)をエンドレスで流しながらレポります。
アルバムが出た当時は他の曲と同列の1曲でしたが、今「キャンディード」を見てから聞くと実に感動します。あの人数で歌っている曲を1人でこなしてるんですから、そりゃクネゴンデも何とかなりますわな・・・

4月クリエ(ガイズ&ドールズ)で登場していた舞台ネタバレ写真展、帝劇でもスタート。1階売店前の一等地は、井上キャンディードと新妻クネゴンデの再会のシーン。
井上キャンディードの白い軍服(風)と、新妻クネゴンデの緑色のドレスのコントラストが素敵です。
アングル的に、井上ルドルフと玲奈マリー(「ルドルフ・ザ・ラストキス」)と、どそっくりでびっくりしちゃいましたが。(玲奈マリーは真紅のドレスだった、という違いしかないぐらいアングルそっくり)。
井上君と組んだ時の女優さんってけっこう似た感じになるもんなんですね。
ま、由美子さんはドレス着て井上君と組んだことないから分かりませぬが。




この日、全精力を捧げて聞いたのが1幕、新妻さんのアリア、「着飾って、輝いて」。
2階席からオペラグラスでガン見です。

歌いこなすだけでもすごいのに、あの表情の変化と来たら壮絶の一語。

物にお金に満たされて、でも、むしろ、だからこそ満たされない心。
クネゴンデが壊れて、物にお金に執着しないと生きられなくなる生き様。
心のどこかで、歯止めをかけようとする「善」と、それを覆い隠そうとする「悪」のせめぎあいが1曲に表現されていて。

頭が弱い子(爆)とはいえ純粋無垢だったクネゴンデが打算的に生きようとする、人生の大転換。分かってはいるけど止められない気持ちを表したかのような、唇をはみ出しまくった口紅だったのでした。

このやっつけ口紅は、キャンディードとクネゴンデの2幕再会シーンのクネゴンデもそうなのですが、あの時のクネゴンデの黒いドレスが痛々しさ倍増。
ここでの新妻クネゴンデのイメージって、黒いドレスということもあってカラスに見えたり。白鳥がカラスになってまた白鳥になるイメージなんですけどね。

観劇2回目ということで、どぎつい台詞も普通に聞かないふりできるようになりましたが、実際この作品、見る人を選ぶというか、都合の悪いことは聞き流せる方じゃないと「終わりよければ全てよし」の流れには乗れないかも、と思いはします。

特に帝劇のメイン層の女性年配層の方。阿知波さんが素晴らしいとはいえ、普通に引いてる気がするんですが。あんなに生々しくていいもんなんですかね。
MAで若い層が一気に離れたのに、今回これで年配層も離れたらそれこそ先がない・・

キャンディードが井上君だと、ちょっともったいない・・・って感想は何カ所かで聞くのですが、ラストシーンで市村さんと村井さんを一刀両断すること考えると、なかなか他に代わりがいない気がします。



で、今日はトークショーレポがありますですのよ(坂元さん風に言うと面白し)
※ちなみに細かいニュアンスの違いはあるかと思いますので、動画が出たら修正します

下手側から白いドレスの新妻さん、中央にナイト姿の井上君、上手側にジョニーディップ風(by本人談)の駒田さん。
当然、駒田さん司会で進行です。(以下、N:新妻さん、I:井上君、K:駒田さん)

K「じめじめしてお足元も悪い中、そしてワールドカップ日本戦のさ中(会場内爆笑)、ご観劇いただきありがとうございます。」

やっぱりそれで始めるんですか駒田さん(笑)。

K「『キャンディード』若手メンバーでお送りします」
I「あえて何も突っ込みませんからね(会場内笑)」
N「(無言で様子眺め中、ちなみにこの日は珍しくおすましモードでした)」

K「そういえば新妻さんの飲み物だけ、なんか立派ですね」
N「あ、これハーブティなんですよ。お願いしてセットしてもらいました」
I「へーそうなんだ、それに比べてうちらは・・・(ミネラルウォーターらしい)、ねぇ駒田さん」
K「ねぇ、えらい扱いの差ですよね(といじける)」
N「私、持ち込みですよこれ(笑)」

●可愛いからっていじめないの
K「あと10ステージですがやってきての感想を」
N「最後の盛り上がっていくシーンがとても好き。他の作品ではなかなか味わうことがない感じがします。」
I「私はどの作品でも全力投球ですが。新妻さんはそうでもないようですけど。」(←だからぁーー笑)

●稽古場と違ったとこ
I「とにかく八百屋舞台(傾斜があること、帝劇は八百屋舞台です)ですから予想外のことが起きますね。1幕、キャンディードとクネゴンデが気持ちの噛み合わない歌を歌ってるときのベッドシーンですかね」
N「あ、あれはびっくりでしたね」
I「ベッドが滑るんですよ。あんな状態こんな状態で歌ってると、歌いながらずり落ちてくんです(笑)。最後はなんか溝にはまって2人で歌ってました(笑)」
N「改善されたんですよ」

N「2幕でキャンディードからクネゴンデが金貨を振りかけられるシーンありますけど、今はぺらぺらの紙なんですよ」
K「前方の席の方のところには飛んでいってますよね。お持ち帰りいただいて結構です(笑)」
N「その紙、稽古場では出来上がってなくてですね、稽古はリアル硬貨でやってたんですけど、むちゃくちゃ痛いんですよ!!!(力説)
さすがにそれは勘弁してくださいって言いました。」
I「僕はリアル硬貨でもいいんですけどね(爆)」
・・・こら(笑)。

●好きなシーンってあります?
N「キャンディードが「クネゴンデ~」と呼んでくれるところ嬉しいです。楽屋で『はーい』って返事してます(笑)」
I「カカンボと離ればなれになるところですかね」
K「あそこは印象深いですね。なんか芳雄の家に行きたくなっちゃう感じなんですよね」
I「あとは『かつては王であったが今では王ではない』のところですね」
K「あそこあと1人いたら七福神だよね(爆笑)」
I「今でも十分ご利益(ごりやく)ありますけどね」

●ハプニングといえば
K「ゲネの日(6月1日)、墓場の箱から出てくるときに鍵かかってて出られなかったんですよ」
I「あれ市村さんと『どっちが開けるのが物語的に正解なんだろうね』って顔を見合わせたんですよ」

●時事ネタなのですが
K「始まって20分ほどですが、そろそろ締めないとって感じですが。
何しろ皆さま日本戦の途中結果が気になっているかと思いますが(笑)・・・あ、それなら今日は最初からいらしてないですよね」
I「ブルーのTシャツの方いらっしゃいませんもんね(笑)」
K「日本戦で点が入ったら教えてくれるシステム、じゃないんですけど(←会場内総突っ込み「違うんだ」(笑))、頑張れ日本ですね」
I「(上手側に確認取って)まだ点入ってないそうです(この時点で前半終了あたりでした)」

●出番は長い
I「2回公演は7時間舞台上にいますからね。家よりいるんですよ」
K「市村さんも長いよね」
I「ここいなくてよくね?ってところも市村さんはいるんです(笑)ジョンの嫌がらせかと思ったんですが(笑)」

・・・まぁ色んな意味で東宝WEB担当さんが編集に苦労しそうな毒舌系でありましたが、東宝WEB担当さん、腕の見せ所ですよ(笑)
新妻さんが珍しくおすましモードだったのがちょっと残念でしたが、2回公演であれだけやれば、いくら大量のお弁当があってもお疲れなのはしょうがないですね。

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『キャンディード』(1)

2010.6.13(Sun.) 13:00~16:25
帝国劇場 1階C列下手側


難解と脅されつづけ、前評判と雑音だけはかますびしかったこの作品、感想をなるべくシャットアウトしつつようやく今日がmy初日。

初日の6月2日が初見のつもりだったんですが、職場の歓送迎会の幹事で。
うちの会社は3社の異動が絡むので、幹事特権をいくら駆使しようとも、2日を外すのは不可能でお嫁に出しました。

で、5日も取ったのですが間違ってソワレを取ってしまいまして。これもどうにも予定をずらせずにこちらもお嫁に。2枚とも無駄にならなかったのは奇跡的。

ともあれ、色んな事情でmy初日がずれたことで、個人的には熱が入りにくいままの観劇になりそうでした。

ちびっとネタバレあります




1幕前半は詰まらなくてどうしようかと本気で思ったけれど(←毒舌本音)
1幕後半からぐっと良くなった。
帝劇コードを物ともしない台詞の下品さはどうしようもないけど。
ああいうのをわざとオープンにしてるのが芸術です、みたいな感覚はどうにも理解できないんですけどね。現実から目を背けるって意味じゃなくて、品ってものがあるでしょ。
あれ、そうとう苦情来るんだろうな。

亜門版を見ていないので、初キャンディードということで他版との比較はできないのですが、それが幸いなのかも。

キャンディードの波瀾万丈物語なんですが、これを飽きずに演じられる(見せられる)井上君はやっぱりさすが。ご本人が「純粋なんていまの自分にはないけど」とか自爆していましたが、黒い王子が白くなる瞬間は見慣れてますからね。ある意味とても安心です。

ふと見ていると、なんか「裏ミーマイ」って感じもしたりして。
久しぶりの再会のクネゴンデの余りの変わりようが、サリーとの再会の場面となんか逆の意味でだぶって。

「再会から改めて歩きだす2人の物語」というのが、男性主導(キャンディード)と女性主導(ミー&マイガール)という違いはあれ、今まで定着してきた「井上君と玲奈ちゃん」とは別の意味で印象的なゴールデンコンビ誕生という感じです。

井上君と新妻さんは「ミス・サイゴン」でクリスとキムとして共演済みで、当然、その組合せも何度も見ているわけですが、あの作品では、良い意味で新妻キムが突っ走りすぎるのでクリスが相当の大人じゃないとバランス悪いというか。直近では照井クリスが一番バランスが良かったことを思い出します。

というか、新妻さん、本当に芝居が安定した女優さんになったなぁ。

2~3年前にやったら「歌えるけど芝居は・・・」と確実に言われたであろうクネゴンデという役をきっちり物にしているのは驚愕の一語。

井上君が相手役を心配する必要がないって、それこそ玲奈ちゃん以来じゃないかと。(「組曲虐殺」の石原さとみさんも決して悪くはなかったけど。)

楽天主義と悲観主義を1人の役者でやらないのがジョン・ケアード版最大の特徴、と演出家が語られていますが、確かにこれ1人の役者でやったら物語の軸がわかりにくくなるだけというのは分かる気がします。

ゆえに「両者をぶつける場面が今までは作れなかった」と言うからには両者をぶつけるというのは容易に想像がつくし、「善」がすべて、「悪」がすべて、という風にはならないんだろうなぁと思っていたから、エンディングは予想通り。

物語的には、レミゼとモーツァルトとMAとラマンチャを足して4で割ったと言えば終わっちゃう気がするんですが(爆)。

2幕のアンサンブル総動員の檄シーンはモーツァルトのフランス革命シーンそのものだし、変わり果てたクネゴンデはラマンチャのアルドンサと妙にキャラがかぶるし(服の色だけか)、良い意味で何も考えてなさそうな無邪気さはコンスタンツェ(M!1幕)のアホアホぶりと通じるところがある気がするし。
やっぱり新妻さんはコンスキャラだと思うんだけどな-。「NINE」では良妻だったけど悪妻だって問題なさそう。

クネゴンデがあまりに計算高くて黒すぎて、
新妻さんの黒萌@プライドが容易く想像できる「キャンディード」2幕。
よっぽど頑張らないと史緒@玲奈ちゃん、食われるよこれ・・・

閑話休題。


白(善)と黒(悪)の物語。
たとえるなら、
白のスポンジと、黒の墨汁。

白くあり続けようとしたキャンディードが、不本意ながら黒く染まってしまったクネゴンデの黒さを、吸い込んであげたように見えて。
憑き物がとれたかのように清々しく未来に向かっていこうとするクネゴンデ、それを見つめるキャンディード、とても良い物を見せてもらったような気がします。

難解なのは間違いないし、結論の割には本編が長すぎると思わなくはないのですが・・・
狂言回し役の市村さんの台詞はただでさえ厳しかったM!の時よりも格段にその切れが鈍くなっているし、眠くならないようにという方に無理がある気がする。

歌は井上君、新妻さん筆頭に坂元健児さんもTMA出身の須藤さんもとても安定してるし、駒田さんも阿知波さんも素晴らしい。時たま挟み込まれるコメディ色もまぁ面白いんだけど、リピートにはとても向かないなぁ。
一幕でお腹いっぱいって気持ちもすごく分かる。

ある意味、二幕まで生き残ったことでキャンディードが得たものって、いくらでもマイナス面からは挙げられるんだろうけど、それに対する答えは一幕で阿知波さん演じる老女が、悲嘆に暮れるクネゴンデを諭す場面に出てくる、

「自分を殺そうとするものはいっぱいある。
でも、自分を生かすことができるのは自分だけなの。」

という言葉に象徴されているように思えます。

確かにクネゴンデは出自の割には波瀾万丈の人生を送ってはいるけれども、その上を行く老女という役を置いた時点でクネゴンデの深刻さを笑い飛ばせるような構造にしているし、クネゴンデを計算高くさせても本質を汚していないあたり、老女の存在ってとても大きいと思うのです。

この辺は、MAのマルグリットとアニエスに通じるものがあるような気もします。

ヒロインを悲劇という名の自分の殻に閉じ込めずに、「生き延びる」という観点からたくましくさせているという点で共通しているかと。

それと、阿知波さんがパンフで触れてる「冒険は自分を覚悟させる一つの手段」って言葉は深いなぁと思う。

あと2回、19日(土)ソワレと、27日(日)マチネと2回。
思ったよりは楽しめそうな予感です。

●追記
帝劇内にて、「MOZART!」プロモVを3回鑑賞。
いつの間にか、育三郎ヴォルフが扮装姿になっていました。
(東宝公式HPも)
チラシも変わっていました。
その後にアンサンブルさんが1人休演になってしまいましたが・・・

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『プライド』(3)

公演まで6ヶ月を切ったのに、いまだに4人目のキャストも、初日も楽日も発表されないこの作品。
帝劇のM!とかぶってるから早く出して欲しいんですけどね。

そんな中、書店で手に取った今月号の「コーラス」(5月28日発売号)は一条ゆかり先生特集。
付録として「プライド」読本が付いてきます。

主要登場人物のエピソード紹介が2ページずつきれいにまとまっていて初心者向けですが、表紙に「舞台最新情報」と書いている割には新情報は皆無。

とはいえ実はこの読本、最後にメイン3人のコメント入りの紹介文がありまして。
玲奈ちゃん右ページ、新妻さん左ページ、夢の見開きが実現しています(いっそのこと対談しちゃえばよかったのに)。

玲奈ちゃんは以前からこの作品を読んでいたそうで、いつもの通りの優等生的なコメントです。
で、対する新妻さんはいつものごとく新妻コード全力発動中(笑)
ま、確かにあの役じゃそういうコメントになるのはわかりますけどねぇ。
正直で何よりです(笑)。

「正義」って言葉を使ってるのがやっぱり法科だよなぁ。

・・・ということで2人とも通常運転。

この2人のコメントを聞いていると、役を逆転させるのって全然想像できなかったりします。激情型は新妻さんだと思うし。

そういえばこの読本の中に、同じ集英社の作家さんのスピンオフがいくつか載っているのですが、吉住渉先生が書いてるちょっとした小話の中に、一条センセの毒舌にショックを受けた話がありまして・・・

「昔なら萌に共感した女性が多かったはずなのに、今は史緒に共感する女性が多いのよねー。厚かましい」

と言ってたという話で・・・

ということは、
萌に必要以上に当たり散らしたようなラストはやっぱり当てつけなんでしょうか(爆)。

本田恵子先生の猫ネタも面白いなー

それにしても、この作品、6巻あたりで終わってたら名作だったと思うんですけどね。
変に大御所になってしまった方の作品が迷走し出すと、どうしようもなくなってしまうのかもしれません。

舞台版は時間の尺もあって最後までやることはないとは思いますが。
というか最後までやらないでお願い、と思ってしまうのが不思議です(笑)。

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『エネミイ』(1)

公演1ヶ月前を切ったということもあり、一向に手に入らない本チラシを入手しに、新国立劇場へ行ってきました。
最近真面目に芝居観に行っていないというか、このチラシが入るような芝居に行っていないというか・・・
サンシャインには置くかなぁと思ってたんですけどね。

昼公演しかない日曜日だったので人もまばら、というか夕方だったので閉まってやいないかと心配で行ったのですが、売店も営業時間内でしたので全然問題ありませんでした。

本チラシの図柄は公式HPにある通りで、真新しい話としては役柄として、高橋一生君演じる男性・礼司がフリーターで、定年間近の父(チラシからではどなたか不明)、習い事に熱心な母が梅沢昌代さん、婚活にいそしむ姉が高橋由美子さんです(笑)。

でその家庭に父の旧友が2人訪ねてきて一向に帰らない・・・というのが導入部なのですが、高橋一生君以外の男性が4人いるので、1人余ります。
その方がキーマンなのでしょう。

高橋一生君とは12年前にNHK新銀河最終作「庭師さっちゃん」で共演して以来で、その時も姉弟役でしたから、干支一回りしてまたもや姉弟というのも、実に不思議な縁です。

しっかし・・・由美子さんが今年舞台で演じる3役が全部「結婚」と縁がある役というのも・・・年齢なんですねやっぱり(苦笑)。

定石通り、初日と千秋楽と中日の日曜日と3回押さえてあるのですが、先月末に発表されたシアタートークがちょっと気になります。
7月3日(土)の昼公演終了後のシアタートーク。

今のところ出演が決まっているのは演出の鈴木裕美さんと新国立劇場芸術監督の鵜山仁さんで、多分蓬莱さんはモダスイの同時期の演出だろうから出ないだろうし、だとすると「など」の存在が微妙に気になる(笑)。ま、多分一生さんと長英さんあたりかな、と思ってますけど(司会が中井美穂さんで演出の鈴木さんが女性だから、女性3人出す必要はないでしょうし)。

ちなみに、有楽町方式(笑)だと、「その回のチケットをお持ちの方がご覧になれます」なのですが、今回のシアタートーク、「本公演のチケットをお持ちの方がご覧になれます(半券を含みます)」と書いてあります。

当日その回を見た人はわざわざ客席外に出されることはないだろうし、半券ってことは見終わった人が持ってる物だから、もしかしてこれは「7月1日・2日の半券」の意味で、「本公演のチケット」というのは、7月4日以降の物を指すのかと思いまして。

一応、自分の日本語読解力が正しいのか確かめたくて(笑)、新国立劇場の営業部に電話してみたところ、ものの見事に正解でした。いつの日の「エネミイ」チケットでもOKだそうです。

・・・でこれを良心的とか思っちゃう自分ってやっぱりちょっと変ですな。

終演後10分~15分後にスタートだそうです。

ここで個人的には問題発生。
7月から8月は外出の予定をこれでもかってぐらい入れてあるので、7月3日に果たして仕事を休めるものなのか・・・じっくりパズルを組み立て直すことにします。

閑話休題。

テーマとしては「戦わない世代」と「戦う世代」の気持ちのぶつかり合いから「エネミイ(敵)」とは何かを見いだす物語、なのだそうですが、個人的には「戦う世代」に対する共感というものがあまりない世代なので、「戦う世代」が「戦わない世代」をただ責めるだけの物語にはなって欲しくないなぁ、というのが見る前の感想です。

いい意味で裏切ってもらえますように。

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『告白』

2010.6.5(Sat.) 11:55~13:55
池袋・テアトルダイヤ 初日2回目

映画というものをあまり見ない自分にとって、わざわざ初日に足を運ぶ作品は多分初めて。
銀座・渋谷の舞台挨拶付回はいとも簡単に抽選に外れたので、前売券ではなく劇場WEB予約にて鑑賞。
前売券って必ずしもその回見られるとは限らない(舞台挨拶回に限らず、ここのところの前売り券の利用条件の不自由さは大名商売以外の何物でもないと思う)ので、時間の自由がない勤め人にとっては、ちと高くても席も選べるWEB予約を使ってしまう。(先日の横浜のゲキシネ「SHIROH」もそうでした)

この作品、原作自体が2009年のベストセラーですが、その当時は気にかけていなくて今回、映画化が決まった後、先月出た文庫版で読みました。

ストーリーはシネマトゥディより
ある中学校の1年B組、終業式後の雑然としたホームルームで、教壇に立つ担任の森口悠子(松たか子)が静かに語り出す。「わたしの娘が死にました。警察は事故死と判断しましたが、娘は事故で死んだのではなくこのクラスの生徒に殺されたのです」教室内は一瞬にして静まりかえり、この衝撃的な告白から物語は始まっていく……。

・・・

本編が終わった後、後ろの列から聞こえてきた「胸くそ悪い」という言葉と「二度は見られない」という女性の感想が、おおむね最大公約数的な感想なのだと思います。

私自身、原作で先に読んでいたからこそ冷静に映画を見られた、逆に言えば原作なしで映画を見たら、相当の衝撃を受けたと思います。

基本的にホラーを選んで見に行くような人間ではないので、映画という”閉じた空間”で逃げ場所のないまま、映像と音がまともにぶつかってくる空間で、ここまで悪意の連鎖を見ていると、確かに初見なら気持ち悪くなるのも道理で、R-15になったのもむべなるかな、という感じです。

ここからはネタバレありです。
ご注意下さいませ。





この作品は主要登場人物のモノローグがそれぞれ独立していて、別々の視点から悪夢の数ヶ月を描いています。これは書籍版とほぼ同じで、ただ書籍版ではこと細かく書かれていた気持ちの表現が省かれていたりと若干の違いはあります。全般的に言うと原作をきっちり把握して、上手く取捨選択されている印象を受けます。

女性教師・森口瑶子役の松たか子さん。
実は映画で見るのは初めてです(ゲキ×シネも含めると「メタルマクベス」があります)。映画でのオーラを見るのが怖くて今までわざわざ回避していたのですが、今回は間違いなく役にドはまりしていたように思えたのと、やはり松さんが演じる”私刑執行人”としての姿は見たかったんですね。

パンフで彼女自身が語っていますが、「復讐は自らをもひたすらに消耗させる」ことはわかっていつつも、最愛の人に止められても、でも復讐にしか生きられない女性。
心から愛した最愛の人は先に天に召され、その彼と一緒にいられた唯一の証を、自ら担任を務める教室の教え子に奪われた女性。
彼が最後まで「聖職者」として自らを止めたことを裏切ること、すなわち自分が愛した彼の本意ではないということを分かっていて、それでも走らざるを得ない女性。

予告編などで見ていれば松さんと対になる女性と言えば、犯人の1人・少年Bの母親役をやった木村佳乃さんになるわけですが、それよりも印象的だったのは学級委員長・北原美月役を演じた橋本愛さん。

原作を読んだときもこの生徒は飛び抜けて印象が強かったのですが、何がそうさせるのかと言えば、登場人物の中で最も常識的だからかと思います。犯人の一人と恋仲になるのどこが常識的かと言われれば、それはそうなのですが、森口先生から見て意外に手強かったのは、彼女じゃないかと思うのです。

自分の全てを否定している人と対峙するのには良心は痛まないもの。
自分の全てを肯定している人と対峙するのは簡単。

なのに彼女は学生にして、ただでさえ複雑な森口の心情と状況をきっちりと分析して、ほぼ正確に事実を把握している。
映画版で森口と美月はレストランで会話していますが、原作版にないこのシーン(原作は美月が森口に一方的に語りかけるモノローグで構成)は、あたかも「私刑執行人」である森口に対して、美月が裁いているかのような印象さえ感じたものです。

全編に亘って全てのシーンが森口の支配下にあるかのごとく見えるのは、原作の中における森口の存在感ゆえですし、また松さんの女優さんとしての力量ゆえではありますが、少年Bの母親相手には冷静に、時に冷酷にただ事実だけをぶつけることができたのに対すれば、自分を認めつつも自分の良心を翻そうと事実をぶつけてくる美月の追求は、ぼろぼろになった森口の心にとって、凄まじい破壊力だったのだと思います。

だからこそ、その美月の追求をしのぎきった森口の涙は、「最後の一線を自ら超えた、最後の踏みとどまるチャンスを自分は失ったのだ」ということを示す涙だったのだと思います。

美月は少年Aの手によって命を落としますが、森口曰く「あなた(少年A)の唯一の理解者」だった美月の命を奪ったことで、森口の暴走も止められなくなったし、森口の復讐はそれによってある意味完成することになった皮肉。

「悪意の連鎖」が紡ぎ出す、悲劇の物語である今作。
今回、映画版で印象的だったのは、9月1日・始業式の日に少年Aが催した企みを、森口が見破るところの映像です。

発明少年である彼の発明の中に「逆回し時計」というものがあります。
その逆回し時計によって、その瞬間から時が戻っていき、そして彼が起動のスイッチを押したほんの少し前から再び時が動き出す・・・・

正直な感想を言ってしまえば、この絵を紡ぎ出した中島監督には、ある意味、森口とも、そして原作者の湊さんとも違う意味での悪意を感じました。
「森口の思いを忠実に再現するために必要な画にするにはどうすればいいか」を考え抜いて作られたシーン。
映像というものの力、怖さを存分に感じました。

ただ、そのシーンは映画版「告白」で最も意味があるシーンと思えます。
映画化した意味はこのシーンにあったとさえ思います。

精神が壊れて母親を殺めた少年Bに対しては、森口も当初から「与しやすし」と感じていたところがあります。

それに比べると少年Aに対しては「とにかく弱点はないかと探した」とまで言われるほど。

「ただ苦しめようとしたところであなたは何とも思わない」という言葉を聞いたときに、ふと感じたのは、実は森口と少年Aは似てるのかもしれない、という漠然ながらも否定できない気持ちでした。

少年Aを支えていた一つの人物の存在。
その人に認めてもらいたかった事実だけで突っ走っていた自分。
捨てられたと思っていた自分が、その人物の心の中に生きていたと知ったときは時既に遅く・・・・

自らの才能に溺れ、自分しか好きになれなかった少年の、ただ一つの救いを、たった1秒で終わらせて、戻っていた時の流れを正しくする。

現実にはありえない「時の流れ」の逆流・停止、そして再開。

「時は巻き戻せない」

を言葉でなく映像で見せたこのシーン。

最後5分、松さんのモノローグで語られるラストは神がかり的で。
原作とは少し違った表現もされていたりするのですが、文庫本の特別付録で中島監督が話している「エンディングに救いも解決も残していない」原作版ともまた違った、良い意味で含みのあるエンディングだったように思えました。

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