« 『ピーターパン』(2) | トップページ | 『ガイズ&ドールズ』(12) »

『バイ・バイ・ブラックバード』

2010.5.16(Sun.) 14:00~16:15
サンシャイン劇場 2階席2列センター

もともと平日公演で見るはずだったこの作品、事前にチケットは買ってはいませんでした。
実家(東京からそれほど遠くありません)で土曜日の夜、「珍しく明日は何の予定もない日曜日だなぁ」と思ってぼーっとしていると、ふと思い出したこの作品の存在。

久しぶりにキャラメルボックスのハーフプライスチケットも試してみるべく、13時に有楽町に着く予定を立てて一路東京へ。

ぴあ東京国際フォーラム店でチケットを購入して劇場へ。
前日思いついただけにオペラグラスの手配だけできませんでしたが、まぁしょうがないですね。

記憶を失ってしまった男女の物語。
再教育学校に集うことになった5人目の少女、ナツカが加わることによる、4人にとって”自らを再認識する”物語。

すすーっとまとめてしまうと、こんな感じでしょうか。

簡易なネタバレも含みますので、お気になさる方は回り右でお願いしますっ!(←キャラメルボックス仕様)




で。

メインヒロインは、實川貴美子(じっきー)演じる柳瀬ナツカ。
身体は27歳なのに、記憶は16歳に逆戻りした少女。

じっきーがヒロインやったのっていつぶりに見るだろう。
キャラメルボックスでこの手の役は最近、あんりか客演だったから、はっきり記憶に残っているのって今はなきシアターアプルでやった「広くて素敵な宇宙じゃないか」以来。

その時の長女役は大森みっこさん演じるおばあちゃんに突っかかっていく生意気さが前面に出ていたのですが、今回の役もそれを彷彿とさせるというか。
団体行動が苦手で、人とのコミュニケーションを極端に嫌うあたりは、キャラメルボックスの中で彼女にあてられる典型的な役なのではあるのですけれども。
・・・・んー、そういう役が定着すると何というのか共感を得られにくい立場になっちゃうような気がするんですよね。

それを跳ね返せるだけの役者としての力量があればそれはそれでありなのでしょうけれども。
去年のクリスマス公演、あんり(渡邊安理さん)がやった「エンジェル・イヤーズ・ストーリー」の役もそれだったけど、なんか見てるこちらはすごーく息苦しくなっちゃうんだよなぁ。

頑張ってるのも分かる、とんがってるのも役としては大事、でもメインヒロインをセンターにして見ようとすると、とにかく色んな意味で疲れるのです。

最近のキャラメルボックスオリジナル作品にどうしても自分がうまく乗れない理由の一つに、メインヒロインが共感できないような作りになっている、という点があります。
もちろん感動はするし、今回も「やっぱりそうなるんだよね」という安心感からは外れないから、そこは良いんです。

でも、何か「感動」の前の物語が、「感動」よりも「納得」になってしまうんですね。
125分の納得と5分の感動。
キャラメルボックスを全作品見ているわけではないですけれども。

ある意味見る前の想像がその通りだったんですけれども、それでもこの作品を見たかった理由があるとするならば、自分がキャラメルボックスを見る理由にしている女優さんが2人とも出ているからです。

そのお2人とは、岡田さつきさんと前田綾さん。

岡田さつきさんははじけても重い。
彼女が演じる役は16歳とは一番遠い年齢から記憶が戻っている会社経営の女性(47歳)。
「年の功」とかいう言葉を使うと張り倒されるような気がしますが(爆)、ヒロインへのもの申す距離感が凄く共感できます。
全てを否定するわけでもなく、だからといって全てを肯定するわけじゃない。
”ヒロインがどうあっていて、どこが間違っているのか”を見せられる女優さんだから、先述の「ヒロインに共感しにくい物語」にとっては、絶対に欠かせない存在なのです。

年齢ネタとかミトコンドリアとか、なんであんな変なことで笑わせることが出来るのか不思議でしょうがないのですが。

そういえば今回のTalk and Photobookで文学座時代の男性との話に触れているのですが、いじめられていたことにさりげなく仕返ししてるのが適度に黒くて味わい深すぎます。
「その時彼には2人の彼女がいたはずだ」ってをい(笑)。

前田綾さんは岡田さつきさんと対をなすコメディエンヌですが、開演前に吹いたのは新作グッズ・入浴剤「武子の湯」(爆笑)。
やー怖くて買う勇気出ませんでした(笑)。
今回はナツカの兄の奥さんという立場ですが、すでに両親がいないナツカにとってはある意味、母親的な存在。

ナツカの兄を演じる小多田君が正しい意味でうるさいので、その奥さん(というか突っ込み役)が前田さんというのはとても正しいと思う(蹴りまで入れていたのは笑ったけど)。
小多田君のああいう役って「水平線の歩き方」でも見た記憶があるんですが、若手俳優さんの役にああいった空回りさせるのってやっぱり鍛える一環なのかなぁ。何かちょっと違う気がいつもするんですけど。

ももこさんも綾ちゃんもそうだけど、笑わせようとして笑わせられる、当たるのも外すのもどっちも味わい深いっていうのはもはや芸術の域。この2人がいる限りは、自分にとってのキャラメルボックスは終わらないなぁ。
いずれももこさんはみっこさん、綾ちゃんはももこさんの位置に行くのだろうけども。


物語の方に話を移しますが、
今回の物語は「記憶」がキーワード。
ただ”記憶を無理に取り戻そうとしてはいけない。”という前提があって、そこをどう受け入れるかにそれぞれ本人の思いだったり、周囲の思いだったりがあります。

ナツカは今でこそ”集団行動嫌い、一人で自立したい、誰にも迷惑かけたくない、兄も兄のお嫁さんも赤の他人”と言うほどの女性ですが、劇中で入っている過去の回想シーンを見る限り社交性がないとはとても思えない。むしろ明るく周囲と溶け込むイメージ。

が、記憶を失って、たくさんの人がお見舞いに来てくれたけど、「記憶が戻らないと知るとみんな悲しそうな顔をして、そしてお見舞いに来てくれる人はいなくなった」という話が彼女に与えた心理的な傷は、それだけに大きなものがあったのだと思います。

何かこのストーリーを見たときにとても既視感があったのですが、それもそのはず、「広くて素敵な宇宙じゃないか」でじっきーが演じた長女が、みっこさん演じるおばあちゃんを受け入れられなくなった理由と随分似ているのですね。

自分が一人でいいと言った理由、大切な人をもう失いたくなかったから。
だから自分から遠ざけたいと思った、と。

それを受け止めるカタルシスのようなものが、「広くて素敵な宇宙じゃないか」にはあったけれど、この作品にはそれがちょっと足りないように思います。

話はちょっと戻りますが、このエピソードは「記憶」というものに対する興味深いエピソードを提示しているように思います。

つまり、自分と他人との関係は「記憶」というものによって成り立っている、
自分が相手を知っている、相手が自分を知っている、単に顔を知っているだけでなく、人となりも知っていけばそれが親友になる。

「記憶を失うと自分はひとりぼっち。」

なのだけれども、劇中で発せられる言葉、

「人は一人では生きていけない。」

のもこれまた真理なわけで。

今回の作品のタイトル「ブラックバード」は直訳ではクロウタドリという鳥のことですが、暗喩的には「不幸から抜け出し幸せへ向かう」という意味だそうで。

「記憶を取り戻すより大事なものがある」

ことに気づけたことこそ、ナツカにとっての「バイ・バイ・ブラックバード」なのかな、と、なるほど”納得”できるものがあるのでした。

|

« 『ピーターパン』(2) | トップページ | 『ガイズ&ドールズ』(12) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74093/48379074

この記事へのトラックバック一覧です: 『バイ・バイ・ブラックバード』:

« 『ピーターパン』(2) | トップページ | 『ガイズ&ドールズ』(12) »