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『エンジェル・イアーズ・ストーリー』

2009/11/28(Sat.) 18:00~21:00
サンシャイン劇場 1階19列上手側

名古屋・神戸と進んできたキャラメルボックス2009クリスマス公演、この日が東京公演初日。

事前に取ったチケットは来週の日曜日でしたが、ブログライター企画に当選ということもあり、この日が初見となりました。

キャラメルボックスを見るのは年にだいたい2回というのが最近の傾向ですが、クリスマス公演と縁が薄かった自分も、去年の『君の心臓の鼓動が聞こえる場所』に続いて2年連続のクリスマス公演観劇です。

東京初日明けたばかりなので、あんまりなネタバレは避けます。

ブログライター取材の模様は後半、ということで。




今回の作品、見る前と見た後でいちばん印象が違うのが、父と娘の関係です。
父役は西川浩幸さん。娘役は渡邊安理さん。

先月DVDが出たばかりの『嵐になるまで待って』のメインの2人です。
この作品はキャラメルボックスファンで好きな作品として1、2を争うのですが、頼り切る安理嬢と、頼られ切る西川氏の関係があたかも本当の父娘のようで。

そんな、”この組み合わせならぜったい良好な父娘関係”という先入観を木っ端微塵に吹き飛ばす今回の作品。

作品に役者イメージが引きずられるのは良くあることとはいえ、ここまで直近でひっくり返ると、インパクトは大きいです。

”反抗期の娘さん”というと、キャラメルの女優さんでは個人的偏見として實川さんがいの一に思いついてしまうのです(imaged by『広くて素敵な宇宙じゃないか』)が、幸か不幸か新宿へ岡田達也さん・畑中さんとともに出張中ということで、こんな組み合わせの父娘が実現したわけです。

キャラメルボックスの芝居といえば、どちらかというと”家庭円満”な印象を受けるのですが、そこからすると今回、家庭不和-というより、実は端的に言えば父親が家庭の中での居場所を失っている-という前提が、何か”キャラメルボックスらしくないな”と意外な印象を受けたものです。

安理さん演じる娘は父親に内緒で塾のバイトを始めて。
多田さん演じる息子は父親に内緒でフォークデュオを始めて。

仕事ばかりで娘や息子のことを気にできなかったのは確かに自分だけど・・・と不安になる父親が、怪我をして頭を打って、その拍子に「心の声(エンジェル・イアーズ)」が聞こえるようになる、それがこの作品の導入部です。

「心の声」と言われてしまうと条件反射で新妻聖子さんや笹本玲奈さんの歌声が響いてくる(@2005年帝国劇場「マリー・アントワネット」)しょーもなーな自分ですが、それはともかく、強制的に聞こえてくる「心の声」とどう向き合うか、がこの作品の大部分の時間を占めることになります。

「心の声」とは「もう一つの声」。
自分に対して発せられる「肉声を伴った声」とは似ても似つかない言葉。
表面的には詫びていても、「心の声」では嘲っていたりする。人間不信になるには十分なシチュエーションです。

今回の作品ではこの「心の声」を、役毎にそれぞれ本役と役者さんが演じています。

つまり、1人の役者に対してもう一人の役者がつく、メイン&アンダーみたいな関係です。実際の登場人物が5人しかいないのに、役者は10人いたりする。
それを1人で受け止める西川さんも大変ですが、10人分の動きを見る客席も、ものすごい集中力を必要とされます。

ブログライター取材の時も話に上がったのですが、『「はい、止めまーす」って西川(さん)が言うと客席が受けて、でそこで客席の緊張が解けたのがはっきりわかる』と加藤P談。

正直、ストーリーを聞いたときに、ここまでの緊張感で見ることになるとは思ってなかったお芝居だったので、初見のこの日、見ている側からしても結構タイトな芝居でした。

恐らく、役者1人のタイミングがずれただけでもガタガタになりそうな芝居。
名古屋、神戸で練られてきたせいなのか、この日の東京はテンポも崩れることなく良かったです。

で。
この作品で「心の声」として提示されている、「気持ち」の話。
ちょっとネタバレが入りますので、ご注意ください。



「他人の(声に出されない)気持ちを受け入れることができるか」というのが今回の作品の命題なのだと思うのですが、ミソなのは「他人の本当の気持ち」ではなく、「他人のもう一つの気持ち」であるところ。

これは西川さん演じる主人公以外で唯一「心の声」を聞ける設定の白神看護師(Act By前田綾さん)が言っていて明らかになるのですが、この二つには天と地ほどの違いがありまして。

主人公の父親が、大量の「心の声」を聞きながら、それでも壊れないでいられたのは、看護師の存在も大きいでしょうが、この2つの違いこそが、”救い”だったのではないかと思うのです。

つまるところ「心の声」が「本当の気持ち」と思い込んだからこそ、表面的な言葉との落差に落ち込み、自分に自信をなくしかけた。
でもそうではない、と言われたからこそ、「発せられる言葉も、100%嘘ではない。心の声も、100%本当ではない」ということに気づくわけです。

そうであるならば、心の声に振り回されすぎる必要もないわけで。

心の声が聞こえていることに怯えた妻(西川さんの実際の伴侶でもある大森さん)と、心の声が聞こえていることに怯えもしなかった、息子のデュオの相手(左東さん)との対比は、なかなか興味深いものがありました。


普段生活していく上で、「情報は多ければ多いほどいい」と思っていた以前の私。
この作品を見たから思うわけでもないのですが、最近はそれが違うんじゃないかと思いつつあります。

この作品で言う「心の声」は位置付け的には、「表面的な声」と別の情報という意味で判断材料の一つになり得ます。以前の自分なら、「心の声」を聞けることに興味を持ったかもしれません。

が、結局のところいくら情報が多くなろうが、処理能力を超える情報とは、判断を混乱させる材料でしかないわけで。

「人は人の評価の中でしか生きられない」は誰が言ったかの名言ですが、
「人の評価の中でしか生きられない」生き方も、生き方として貧しすぎる。

他人の評価を無視して生きてはいけないけれども、他人の評価だけに動かされては自分を見失って本末転倒。

そんな視点から今回の作品を見ていると、劇場で配られたミニパンフレットに載っている成井さんのエッセイが、とても味わい深く染み入るものがあります。

なんか、西川さんのこの作品で演じたそのものが、成井さんの生き写しかのようで。



作品の後半、トラブルに巻き込まれる娘のために、父は走ります。
傍目には過保護としか思えないような父の様子。
父に対して心を閉ざしている娘は、その気持ちを変えようとはしません。

言葉だけで「心配してる」と言われても、「今更干渉しようとしないで」と拒絶されます。

ここからラストシーンに持っていく展開はさすがは泣かせ上手のキャラメルボックスと言いますか、絶妙に良いです。

最後の父娘シーンも良くて。
本当の意味で娘に向き合えた父の様子を、娘が自然に受け入れて。
元の鞘に収まったことが、何より素敵な作品でした。
終わりよければとは良く言ったものです。

ちなみに、今作の舞台となった、池袋から西武池袋線で1駅・椎名町は、会社の同僚が住んでいるのでよく行きますが、とりあえず110番しなくても目の前に交番があります。坂口さんが遊びまくって演じた、用件が通じない110番しなくてもだいじょーぶ(笑)

学習塾はあるけど1階しかなかったなぁとか、どうでもいいことを思い出しました(笑)。

椎名町というのは帝銀事件の余波で町名そのものが消えて、駅名にしか残っていない街で、今は豊島区長崎となっています。




役者さんとして印象的だったのは細見大輔さん。

私にとってはこの人は「死んでしまえ」の人ですが(act at『嵐になるまで待って』)、その後あまりの(笑いの方向に)突っ走り方に絶句した、『すべての風景の中にあなたがいます』を見ていただけに、今回の役どころでのはじけ方も違和感なく壮絶に笑えました。

岡内さんともども、サンシャイン劇場に寝っ転がった役者はそうはいませんことよ。

筒井さんとの「表の声」&「心の声」のコンビで、上の手摺りに細見さんだけ掴まれたのが笑い所でした。

後ほど成井さんいわく「筒井(さん)と組んでいる時はいじめるがごとく(細見さんが)派手に動いている」そうです(笑)


小林千恵嬢も良かった。

ちっこくて威厳があるキャラは基本的に好きです。
大きくてスマートな女優さんも好きですけどね。前田さんとか。

ちなみに三浦さんが千恵嬢の心の声をやっていますが、さすがにこの組み合わせは意図的だそうです(成井さん談)。三浦さんは身体は大きいけど気が・・・・みたいな(笑)

そんなこんなで終演。本編は約2時間です。
初日名物の「当日券半額お知らせ」も終わって終演。

そそそっとブログライター取材スペースへ向かいます。

まずは成井さん&加藤さん登場で取材スタートです。

●地名シリーズ継続
「今回の作品、役名は青森県の地名で統一されている」@成井さん

あ、そういえば。

三沢に八戸、黒石に十和田、陸奥に弘前。

意外と難物なのが白神(白神山地は青森と秋田にまたがる世界自然遺産)、と尻屋(下北半島の北東端の尻屋崎。)です。

去年のクリスマス公演『君の心臓の鼓動が聞こえる場所』は北海道でしたから、1つ南下したことになります。

そのきっかけは、成井さんが「亡くなった(ノアの)三沢選手の名前を出したかったから」青森県となった、のだそうです。

●台詞作りが大変
「普段の声と心の声で台詞量が普段の倍」@成井さん

そりゃそうですね。

その対応方法は2つで、「心の声を役者に考えてもらった」のが一つで、もう一つは「もともと表の役者(普段の声を発する方)の台詞だったものから削って持っていった」とのことで、なるほどどっちも実に効率的です。

偏見かもしれませんが、キャラメルボックスのお芝居って、成井さんの書いたものを、つけた芝居を、忠実にたどる印象があるのですが、「心の声は書かないで役者に任せました」とおっしゃっていた成井さんの言葉に、「今までと違う」何かをちょっと感じたりしました。

●聞こえていないふりをすること
この芝居の中で心の声が聞こえる設定なのは、西川さんと前田さん、2人だけ。
つまり、他の役者さんは心の声に反応してはいけないわけです。
これ、実際に客として見ていても恐ろしいほど難儀です。

逆に言うと、このお芝居を名古屋・神戸で見た人が「情報量が多すぎて消化しきれない」部分があっても何の不思議もないというか。1つ1つの言葉を「これはこの人には聞こえていないからあの人はこういう動きをするんだ」って見ていくと、ものすごく疲れます。

で、そこからすると演じる人はもっと大変なわけです。
むしろ西川さんは全てが聞こえるからまだいいのかもしれないと思うぐらい、「一部だけ聞こえることを不自然に見せない芝居」って難しく見えます。

この点に触れていたのは阿部さん。
彼は言葉が話せない設定で、間に入った安理さんが通訳しない限り、他の人とコンタクトできない。で更に心の声は多田さんがやってるので、そことも合わせることになる。

ある意味、ものすごく役者の呼吸の合い方が試される芝居。
劇団員だけでやった作品がこれというのも、意味が分かる気がします。

もう一面として多田さんが触れていた点が、役者の立つ場所の話で。
表の声をやる役者は前側、心の声をやる役者は後側。印象としては前側の役者の方がやりやすいように思えるけど実はそうではないと。前に立つ役者は後に立つ役者の動きが見えないと。
これも、芝居の速度が役者間で揃っていないとできないという意味で、ある意味今回の作品はとても『キャラメルボックスらしい』芝居と思えます。



期せずして2回見られることになったこのお芝居。

キャラメルボックスの劇団員だけだからできる、
心地よい緊張感をもつ空間。
今まで通りのキャラメルボックス、いつもと違うキャラメルボックス、
どちらも楽しめます。
12月25日まで、東池袋・サンシャイン劇場にて。

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