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2009年5月

『ぼくの妹』(2)

2009/05/25(Sun.) 21:00~21:54 TBSテレビ系

第6話にして初めてオンタイムで見られなかったこの週。
前週の第5話以上に笹本玲奈さん@大河原春奈さん大活躍でとても悔しい(笑)。

というかこの前日、彼女は来週の第7話の撮りをしていたらしいんですけどね(→本人blog)。何という泥縄的スケジュール。まぁ、ミーマイの稽古まっただ中ですから、日曜日にしか撮れないんでしょうし、今までは2週間前撮影でしたから、彼女の追加場面撮りでしょう。

この回久しぶりに登場した感じのある大河原理事長こと、若林豪さん。

先日あった春奈の友人の手術の件でお礼を言われる江上先生でありますが、その横でとてつもなくはにかんだ表情の春奈さんはとてーも可愛いです。何だか誇らしげにはにかんでる感じが流石だなぁと。彼女は元々表情演技は上手い方でころっころ変わる動物みたいなところがあるのですが(飼ってるウサギとかがいかにもそんな感じ(笑))、いつもは劇場でオペラグラスやらS席前方やらでないと見られない表情演技が満喫できるのはとても嬉しいです。

理事長の話は「とある重鎮の孫を見て欲しい」って話だったわけですが、去り際に「詳しい話は春奈から聞いてやってください」とか理事長さんは言い残して行ってまして。
この台詞聞いたとき「あれ?」と思ったんですね。「聞いてやってください」って何?

この重鎮は政財界にもパイプがある、とは春奈さんご自身が後に言っているのですが。

そこから導き出される答えは一つ。

春奈さんが江上先生の株を上げるために父である理事長に根回ししたということなのですね。だからこそ「聞いてやってください」という言葉になるわけで。暗に「春奈からの頼みなのですよ、実は」って言ってるわけです。うーむ、恐怖の策士(笑)。

「これに応えてくれれば父は何でも、物でもお金でも、お渡しするとのことです。でも、野心とかそういうものには興味ないですよね、江上先生は」と微妙にブラフをかけつつ、江上先生から「花畑を売りたい」という話を引き出す、うーむ、なんという有能セクレタリー(笑)。

というか玲奈嬢の表情見てると「全てを知った上で自分を頼るように引き寄せてる」ようにしか見えません(笑)。さすがに全部を知ってるということはないのでしょうが、小悪魔ぶりをお嬢様キャラで隠しつつ、江上先生ゲットの外堀を埋めまくる春奈さん恐るべし。

つかもともと玲奈嬢の性格が小悪魔的なところがあるから(爆)、奇妙に役と役者がシンクロして、完全に役を掴んだ感じがあります。

郊外へのドライブ(春奈さん談)の運転席が春奈さん、助手席が江上先生というのも実に不思議な話で、春奈さんがリードしているのを見せるのに一役買ってますね。
先週見たときに、笹本さんって免許持ってたっけ?と不思議だったのですが、オチはこういうことでした。(→こちら

今週、一番興味深かったのは当ドラマ現状のメイン4人揃い踏みとなった花畑ビニールハウス前のご対面式。
現場を兄に押さえられたこともさることながら、春奈にまで直撃されてとてもバツが悪そうに「何でこんなところにまで・・・」と思う妹・颯だったわけですが・・・
最初に颯と春奈が対面したときに比べると、役柄としての勢いというのか、ずいぶん颯が押されているように見えます。

「ロマンチックね、花畑でデート?」と春奈が先制攻撃かけて、颯が何とか「お2人は?」と返したところで、春奈が満足そうに「デート。」と返すあたり、なんか春奈さん勝利モード満々です(爆)。

ま、そんなことやってて九鬼と颯が駆け落ちしてくのを呆然と見送る盟を気にもせず、メジャーでビニールハウスのサイズを測って「やっぱりダメね、900万じゃ売れないわ(爆)」とのたまう春奈さん。空気の読めなさは監督さんも心配するほどです(笑)(こちらの#13)

そうはいいつつ結局来週は春奈さんが無担保で900万貸すようですんで、さすがお金持ちのお嬢様はスケールが違いますねぇ。

そんな手練手管で盟の外堀を埋めつつある春奈さんですが、もう一つ印象的だったのは、例の子供に診療しに行ったシーン。子供はずーっとゲームをしていて、しびれを切らした盟はゲームモニターの電源を切って立ち去ります。

そこの春奈さんの表情なのですが、特に最初の子供を見ているシーン、つまり盟を待たせている気もなくゲームをやってるときの目が恐ろしいほど憎悪に満ちていて。
「先生が来てくださったのに、気にもせずゲームをやり続けているなんてどういうことよ」という言葉を目は語っているのでございますが(爆)、何しろ盟は重鎮のお孫さんを結局泣かせてしまったわけで・・・

春奈さんの野望はちょっとばかり挫けてしまったわけですが、さてこれで父親を懐柔する方向に向かうか、それとも父から飛び出して盟の元に転がり込むか(第5話の宣言参照)、全く違う2つの選択肢が出来てしまいました。

何にしろ脚本がどんどん迷走し出していて、颯と九鬼のシーンでどんどん画面が暗くなる中、ほぼ唯一明るいキャラとして突っ走る春奈の存在は脚本家的にはとてもありがたい存在なはず。しかるに来月に入ればミーマイ本番となってロケが困難を極めるわけで・・・なおさら袋小路に入りそうなこのドラマなのでした。

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『この森で、天使はバスを降りた』(1)

2009.5.23(Sat.) 12:00~14:35
シアタークリエ 12列下手側

公演開始後の評判で行くかを決めようと思っていた作品。
ですが予想以上に評判が良く、とはいえクリエ作品は単価がお高い・・・
土曜得チケが出るのを待って行ってきました。

とはいえ、いきなり午前中に仕事で会社に呼び出されるわ、終わったら用事があるわでこの日の観劇自体が危ぶまれていましたが・・・

行って良かった。
ここのところ私的にもろもろ精神的に不安定になっていたこともあったやさぐれた気持ちが安らいだ感じ。

最近、観劇していると「うっ」と瞬間的に感動がこみあげる瞬間があります。
ちょっと前の「容疑者Xの献身」もそうだったし、「淫乱斎英泉」もそうでした。自分も歳を取ったのかもしれません。

以下、ネタバレですので、いつもの通り取扱注意でお願い申し上げます。





主役のパーシー役を演じるは、ヤンキー役をやらせれば天下一品の(笑)大塚ちひろ嬢。刑務所帰りの彼女が「紅葉が綺麗」な写真に惹かれて田舎街・ギリアドに来るところからこの作品は始まっています。

パーシーが心を開き、周囲が心を開くことで空気が変わっていく物語ではありますが、まぁ何はともあれ、やさぐれモードがこれ程までに似合う若手女優さんもそうそういません(念のためですが褒めてます)。

春クールドラマで、笹本玲奈さん目当てで視聴継続している「ぼくの妹」(TBS系日曜21時)のヒロイン・長澤まさみさんは、大塚ちひろさんが審査員特別賞を受賞した年(2000年、第5回)の東宝シンデレラ。つまるところ、長澤さんが主役(ドラマ・映画畑)だとすれば大塚さんが脇(舞台畑)なわけですが。

長澤嬢がそのドラマで演じているのは「困った妹」というか、キャバ嬢だったりだめんず好きだったり、まぁ破天荒なヤンキー方面なわけですが、いい娘路線の少女がヤンキー方面演じると魅力激減で。

女優さんは適材適所であるべきというか、ちひろ嬢のヤンキー系役のハマリ方を見ていると、意外に彼女は細く長く役に恵まれるのかな、と思ってみたりします。

この作品は何だかんだいってもパーシー役に感情移入できるかどうかが全てのようなもので、刑務所から出てきた直後、雇ってくれた食堂の女主人・ハンナ(剣幸さん)に楯突くシーンがあるのですが、その実、パーシーが反抗してる期間って実はそれほど長くなくて。森という自然のなせる技なのか、案外に早くギリアドに溶け込んでいきます。

見る前は実はパーシーはずっと突っ張り続けて最後に堕ちるのかと思ってたんで、思ったより自然に受け入れられる様はちょっと意外で。ただ粗雑なだけではないパーシーの人となりが上手いことちひろ嬢に合っている気がします。言葉足らずで内気なところとか、印象がまんまです。

出ずっぱりの彼女の歌は、残念ながら上手になったわけではないのですが、何というか別に歌の上手さを求められていないヒロインなら魅力的に見せる力、をなぜだか彼女には感じます。
地味だけど、技巧より親身、とか感情というかを表現できる、意外に若手女優さんには少ない才能を持っている気がします。

今回の作品は少人数7人の作品ということで、どなたもとてもいいのですが、その中でも特筆すべきは、パーシーの最初の理解者になるシェルビー役の土居裕子さん。

「マリー・アントワネット」で初見以来、拝見するのは2作品目ですが、あの作品の時の修道女・アニエス役も、ヒロインであるマルグリット(新妻聖子さん、笹本玲奈さん)の支え役として、助言役としてとても温かい歌を聞かせていただいたわけで、今回もその役とどこかかぶるかのような役どころ。

パーシーの服役した理由が語られる2幕。過去の重さ故に安らぎを森に紅葉に求めたのかもしれません。

罪を犯したから生きることに真摯なのか、真摯に生きてきた少女を狂わせた過去が罪なのか、どちらにも思えてきますが、そんな悲しすぎる過去を柔らかく優しく包み込む土居さんの歌声は、前と変わらずまるで聖母様のようでした。

人が人に好意を持つのも、人が人を忌み嫌うのも、ほんのわずかの差なのかもしれない、とか思えて。
肩肘張って、他人と壁を作るのは、実はとても寂しいことなのかもしれないとか思ったり。

そんなことを感じていると、実際に森の中に森林浴をして心を解放しているような、そんな疑似体験を感じます。クリエという小規模な劇場にはぴったりの、なんだか「癒しのミュージカル」というかのような、ほわっとした気持ちになれる一時だったのでした。

公演は今月末まで。半券リピーター割引もあるので(千秋楽のみ対象外)、なんかもう1回見たい、センスのいい小品のような作品でありました。

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『ぼくの妹』(1)

2009/05/18(Sun.) 21:00~21:54 TBSテレビ系

第1話から続けて見ているドラマなわけですが、第1話終了のときには面白いと思っていたのになぁ。
出演者中上位クレジットのともさかりえさんがいきなり1話でお亡くなりになるってわけで、先が読めなさそうだなと思ってたんですが。

うーん、笹本玲奈嬢が出てなきゃ確実に第2話終了時点で切ってました(正直)。
生理的に好かないんですよね、某出演者様。

というわけで、この日が第5話。
笹本さん自身が山野楽器イベントで「がっつり出る」と言っていたこの回と次の回。

オダギリジョー演じる「兄」の盟に難度の高い手術の代役を頼む大河原春奈さん。

手術室の横の画面を不安そうに見つめる彼女と、手術成功を祝福する満面の笑みと5回の拍手(→「5回の拍手」は公式サイトのこちらの「春奈の5」)のコントラストが良いです。

手術終了の時の画面を見つめる様子が、とてもいい表情で。オペの患者が古い友人ということで、「友人の命を救ってくれた」ことと、盟の腕に感動した2つの感情が一緒になった感じがとても良くて。

手術のお礼にと、盟を食事に誘う春奈嬢ですが、「お食事にお誘いしたいんだけど」ってそんなところまで上から目線(笑)

ミネストローネを食べつつ、自分の過去の思い出話をする春奈嬢。
台詞回しはいまだ固いというか、彼女がお嬢様役を演じるときの癖というか、どこか冷たい感じを見せていますが、表情はとても豊かで素敵です。

今までの舞台での役で言うなら、「ウーマン・イン・ホワイト」のマリアンの第1幕、妹のローラが同じ人(ハートライト)を好きになる前の感じが一番近いかも。心惹かれているけど、表だっては気持ちを打ち明けられない感じが。

・・・・とか思っていたら、いきなり積極的に。

「父があなたをクビにしたら、家を出て父との縁を切ります。その時は先生、引き取っていただけますか」

いかにも勢いで言った感じで、いたずらっぽく微笑んだかと思えば、いたたまれなくなって(笑)、食事残して(多分ほとんど食べてない)、すたすたと店出てってしまいますが、そんなかわいげのなさ(爆)も可愛らしくて。

このドラマでのヒロインは長澤まさみさんな訳ですが、兄にしてみれば「困ったどころじゃない妹」だし、よりにもよって九鬼とくっつきそうになったりで、すっかり負のイメージが固まっちゃった感じがあります。

それに比べると、テレビドラマ慣れしていないというか、使い減りしていない分、笹本玲奈さんは得をしていて、ここのところ事実上、女性キャストが2人体制となっている中、暗と明ということで、なかなか美味しいところを持っていっています。

ちなみにあまり知られていないことですが、長澤まさみさんと笹本玲奈さんは、2009年東宝カレンダーに一緒に登場しています(月は違い、長澤さんは表紙ですが笹本さんは3月。東宝カレンダーは年2人ほど、東宝芸能所属以外の女優さんをカレンダーに起用しており、笹本さんは去年初めて東宝カレンダーに登場し、今年は2年目になります)。

そんなこの作品、次回は笹本さんが「眠いです」と書いていた(こちら)ビニールハウスの回。

第5話最後、第6話の予告シーンで、長澤さん演じる妹が九鬼の車で走り去るところ。
兄が車を追いかけるのはともかく、その背後には春奈がいたりするんですね。
えっ、いつの間にそんなことにまで首を突っ込めるようになったの?とか思ったりして。
盟も「大河原春奈の背中が、昔好きだった女性の姿に見えた」とか思わせぶりなナレーションを入れてるし。
制作スタッフ、微妙なフラグを立てる気満々ですね。

何にせよ、「駄馬」とか自分で言っておきながら、色んな意味でやり手な春奈嬢の手練手管が楽しみ。
颯と春奈はお互い認め合ってる感じだから全く波乱起きる余地がないし、父親は当然手懐け済みだし、何気に盟以外の外堀を埋めきっている気がしますが(笑)。

あえて盟が春奈を選ばないとするなら、春奈の言った「一流」ということがポイントになるかも。
春奈とは対極の位置で盟を引っ張る九鬼との対比で、「底辺」を知った盟が「一流」になびくかといえば、ただでさえ権威主義や権力争いに全く興味がない盟としては、春奈に惹かれる可能性が低いかも。

ともあれ、6月からは舞台(ミーマイ)に入るわけで、多分あとの回(7話以降)は恐らく1シーンのお嬢様に戻るのでしょうが、そもそも今時点で何話まで放送されるか決まっていないドラマですからね。はてさてどうなることやら。

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『黒革の手帖』

2009.05.16(Sat.) 11:00~15:00
明治座2F席(B席)

2006年に初演された作品の再演ですが、初演は見逃してしまい、その評判の良さに(見られなくて)悔しがった作品。
の割にチケット確保を忘れていて、ついついぎりぎりの日程でB席確保。最近、5桁額面のチケット代出すのはちょっと躊躇するようになったかも。

明治座は2002年に「居残り左平次」で観劇して以来の2度目。今回の作品の「ルダン」オーナーの長谷川役・渡辺哲さんはこの作品にも出演されていました。(氏は昨年の「星屑の街~新宿歌舞伎町篇」でも拝見しているので3度目になります。とん平さんもいるし、回り舞台もあるし、なんだか「星屑の街」の新宿コマにも似てます。)

久しぶりに見た明治座は、博多座にそっくり。というか博多座(1999年開場)が、明治座(現劇場・1993年開場)を見本にしてるとどっかで聞いた記憶が。

ヒット作の再演ということもあり、劇場の外まで入場列がずらーっと列を作り、なかなか入れません。

ご贔屓さんが特にいない今回の作品なのですが、あえて言うなら主演の米倉涼子さん。
モデル出身にかかわらず「舞台大好き」と明言するその真剣さが魅力的。パンフレットを見ると初演の時、演出家に「今回の舞台(「黒革の手帖」初演)が上手くいかなければ今後舞台をやらないつもり」とまで言ったのだそうで、その漢っぷりに惚れます。

舞台を見に行くと必ずパンフレットは買うようにしています。正直、「どうしようもない出来」という芝居でも、開演前にパンフレットを買う癖が付いているので、よほどのことがない限りパンフレットが手元に残ります。

それに比べ、自分が芝居の満足度とか期待度を測るときのバロメーターが、「原作を買うかどうか」です。むろん、原作がない作品は買いようがないのですが、直近では「容疑者Xの献身」、去年は「ルドルフ」が唯一でした。そして今回の「黒革の手帖(上・下)」。

売店でさくっと原作本買いましたとも。舞台終了後、5時間かけて一気に読破。

同じ袋にクリアファイルやら米倉嬢のインタビューが入ってる「銀座時間」やらポストカード5枚セットが一緒に入ってるのはなぜだか分からないのですが(爆)。

さて本編。

毎度恒例、ここからネタバレです。舞台版・原作版ともにネタバレありますので、ご注意の上お進みください。



この舞台作品は3編構成で、各1時間ずつの本編と、その間に休憩タイムが約30分ずつという長丁場で、合計4時間。これを1日2回ですから、いやはや役者はタフじゃなきゃやってられませんな。

全編に亘って米倉涼子さん演じる元銀行員にして銀座のクラブ「ルダン」のママである原口元子が、まさに座長の風格で芝居を引っ張ります。長身で着物映えする容姿といい、すらっとした立ち姿といい、当たり役に恵まれた女優はここまで美しくなるものなのかと、ちょっとした溜息も付きそうになるものです。
そういえばクラシックバレエをやっていたそうで、うちのご贔屓さんと同じだなぁ。

この作品は一言で言って元子の、のし上がり物語でありまして、銀行員だった彼女が架空預金口座情報を記載した「黒革の手帖」を元手に横領を行ったところから、得意絶頂に銀座を闊歩し、そして大きな渦の中に飲み込まれていきます。

元子は「悪女」と括られる性格の女性であり、周囲の男達を籠絡し、利用し続けますが、男に対する限りにおいて、元子は「悪」には見えなかったなと。

何しろこの作品、男は脛に傷持つものばかりで、元子に強請られる原因がわんさとある男ばかり(爆)。
とはいえ、物語後半に向かうにつれて元子がそれら「男」に絡め取られ、利用し返される場面を見ると、「利用した分、利用し返されただけ」で、ある意味対等というか、対決というか、後々まで引きずるようなところがない。田山涼成さん演じた美容外科クリニックの院長だけが唯一、張り手という形で決着を付けているところが多少女々しかったぐらい。

その意味では、元子は「『女を武器にした男』として男と対峙した」ように見えます。

翻って実に興味深かったのは元子が利用した男以外の人々。つまり同性である女性です。
元子のクラブにいて独立を結果的に妨害され、並々ならぬ憎悪を抱く女性・波子がまずその代表格。演じるは松本莉緒さんで、初見の女優さん。

どっしりした元子に比べると、いわゆる「男好きする小悪魔的な女性」なわけですが、何というか、ただがなってるだけの、とても薄っぺらい演技に見えてちょっと物足りなかった。結果的に波子は周囲の全てを動かして元子にしっぺ返しするわけですが、や、それにしちゃいくらなんでも波子の人間的魅力乏しすぎないかなぁ、と思ってしまいます。確かに元子は暴走してたし、あらゆる人を足蹴にして蹴散らしていたけれど、じゃぁ波子が元子の代わりになり得る女性かというと、とてもとても。

というか独立してすぐ元のママの上でクラブ開くって、その時点で元子に喧嘩を派手に吹っかけてるわけで、元々喧嘩売ったの波子なわけで、一方的に被害者ぶるのは変だと思うんですけどね。

ともあれ、役者としてのキャリアとかハマリ度が違いすぎたという意味で、バランスが良くなかった気がする。まぁ、男達にとっては元子に復讐するために用意した道具が「波子」であっただけで、波子が元子同様に暴走すれば同様に潰される運命にはあるんでしょうけどね。

女性として印象的だったのは萬田久子さん演じた叡子ママ。「銀座の夜の良心」とも言うべき、その恩人に対して元子が放った言葉は、さすがに「恩知らず」のそしりは免れないなと。

「負けたんじゃない、戦うのを止めたのよ」という言葉にあった、叡子には珍しい怒気を含んだ言葉を聞いたときに、元子の破滅が見えた気がしました。

つまり、元子は他人のプライドに無頓着であったからこそ、あそこまでがむしゃらに走ることができた。「敵を作る」ということは要するに「プライドを傷つける」ことなのだと思わさせられます。

舞台最後、叡子ママは(結婚した相手の連れ子の)プレゼントを買うために銀座に足を伸ばしています。ところが、元子は銀座では「過去の人」。誰も話題にもしない。
銀座で鳴らしながら、片や銀座に足を向けられる叡子と、銀座に足を踏み入れられない元子のコントラストが印象的で。

叡子が「名誉ある撤退」をできる場面でクローズしたのに対し、自らの策におぼれ、自分の身の丈の何倍もの背伸びをした結果、全てを失った元子。

パンフレットに書かれた「赤坂の土地を転売して得る『予定』の収入を元手に・・・」という言葉の『予定』という単語に、実は開演前に目が惹きつけられました(この時点で原作未読)。

「予定」は予定であって確定ではない、そしてルダンのオーナーが示した違約金の条件(手付金の同額を違約金とする)から、元子の野望が一気に崩れ落ちる第3幕。

ここでのキーマンは赤坂の料亭の女中で、要はこの女性が刺客だったわけですが、原作では元子がその様を冷静に振り返っているのに対して、舞台版ではここをほぼ吹っ飛ばし、ただ状況進行だけでラストまで持って行っています。スピード感が増した分、説明事項はずいぶん省かれているので、この辺りは原作と一緒に読むことでより納得しやすかったかなと。

最後の最後、元子がフェードアウトする形で終わり、登場人物ほぼ全てに恨まれて退場する元子でありながら、その次に幕が上がって挨拶するカーテンコールでは、満面の笑顔で米倉さんを中心に皆が健闘を讃え合っているのは、なぜか不思議な光景に思えました。

米倉涼子さんが、元子そのものに見えすぎたから、感じた違和感だったのかもしれません。



そういえばこの日のハプニング。
左とん平さん演じる橋田理事長が永井大さん演じる議員秘書・安島を元子に紹介するシーン。

「いずれは『芸能界』にも進出しようってハラでさ」

会場内大爆笑。

もちろん正しくは『政界』なわけですが、客席も大笑い、舞台上も何気に大慌て。
とん平さんが自己フォローできなくて舞台真ん中あたりまで逃げ出するのを米倉さんが追っかけて、
「大丈夫大丈夫」みたいに背中叩いてたのは何気に良かったなぁ。

いいカンパニーみたいですね。

(おまけ)この作品のPR番組の再放送が本日17日深夜4時からテレビ朝日系でOAされます。

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『容疑者Xの献身』

2009.5.9(Sat.) 18:00~20:20 サンシャイン劇場2階席

東野圭吾氏原作の大ヒット作の舞台化、
な訳ですがあれだけのヒット作にもかかわらず私自身、原作も映画も見たことがなく。
あえて初見をこのキャラメルボックスの舞台にすることにしました。

えと。
いつものごとくネタバレです。
ネタバレ命のこの作品ですので、ネタバレ禁止の方はいつも以上に厳密に回れ右でお願いします。




何はともあれ、舞台を見て泣きました。
舞台を見て泣くなんてことはあまりやらないタチでして、だいたい数年に1度あるかないかなのですが、この舞台のクライマックスは泣きました。で買って帰った原作で今度は泣きかけました。
自分の容姿に自信がなくて、とかいうところに感情がシンクロしたつもりはなかったんですけど(爆)

原作はカテゴリーからすれば推理ミステリーのようにも取れて、大学の同窓生である湯川と石神の、「2人しかわからないせめぎ合い」の緊張感でずっと引っ張っていきます。
2時間全く飽きることなく進んでいきます。

いつもなら率先してキャラメルボックスカラーを作る西川浩幸さんが、「外見にコンプレックスを持つ内気な男」という、ずいぶんと印象と違った役・石神をやっています。
原作を見て、「石神はまるで(演出・脚本の)成井さんそのまま」と、仲村Pも加藤社長も同じことを言ってたのに噴いてしまいましたが。

対しての湯川はキャラメルボックスのもう1人のメインの岡田達也さん。「感覚型の自分は天才になれるかどうかわからない」と言っておきながらもこの役をきっちりこなせるのは流石です。

石神がこの世でただ一人「天才」と認める男を追い詰める湯川。
友人を思うからこそ超えられないバリアーに苦しむ様は胸を突きます。
今回のトーク&フォトブックでも語られていますが、西川さん・岡田さんは上川さんが出稼ぎ中の両巨頭ということで、さすがに同い年には無理があるとはいえ、お互いを認め、お互いのプライドには絶対入り込まない様は、役としてのリアリティに大きく貢献しているように思えます。

「容疑者X」である石神の「献身」にただ一人気づいた湯川は、石神の挫折を含めた気持ちを全て知りえた故に、事実を告げるかどうかに苦しみ、最後は石神の「献身」相手である靖子に全てを打ち明けることになります。

石神が靖子のために作り上げた、「靖子と美里を無罪にするための作品」。その渦の中にいた靖子さえ、美里でさえ、その全体を知ることはなく、警察であれ全体像を見通せないように偽装された作品。靖子と美里が犯した、絶対に覆せない過去を前提として、未来を構成する作品。

確かに、靖子が警察に自首しなければ、石神の作品は完成していたでしょう。
が、そうはならなかったのはなぜか。

石神の作ったものは「靖子と美里を無罪にするための作品」。
それと「靖子と美里を幸せにするための作品」では同じではなかった。

その2つの間には、「靖子と美里の精神的苦痛」が存在しなければならなかった。
それに石神は気づかなかった。正確には気づくことが怖かったのかもしれません。

「自分が、自分だけが靖子を支えてあげられる。」
そう思うことでしか、彼は自分の存在意義を確立させられなかったのかなと。

「何も知らないことがあなたが幸せになる道」であると説かれたところで、最初の種は靖子が蒔いてしまったもの。石神を見捨て、工藤とともに人生を歩む道も、靖子は取れたのでしょうがそれは恐らくしなかっただろうと。
あそこで石神を見捨てるような女性でなかったからこそ、石神も靖子に惹かれたのだろう・・・と思うと、皮肉なものを感じます。

「知らないということは、時に残酷であると思い知った」
原作で一番印象的だったのは靖子のこの独白。

石神の作り出した作品の中で、「嘘を付かずに警察の追及を逃れていた」自分。

自分の知っていた世界は、全体の作品の中のごくごくわずかであり、どれだけの感情が石神から靖子に注がれていたかを知った時、「彼に拘束されて一生生きていく自分」に苦しみを感じた一時に対する、大きな罪の意識が現れたのではないかと。

そういえば、石神に対する感情は、靖子と靖子の娘・美里ではずいぶん違っています。
工藤に心が揺れる靖子に対して、美里はかなり早い段階から石神側に立っています。
美里が自分を傷つけたのは、工藤に傾く母への、唯一採れる捨て身の策だったように思えます。

靖子を演じた西牟田恵さんは初見で、とても素敵な女優さんでしたが、娘の美里役、實川さんも上手く嵌ってた。實川さんは「ハックルベリーにさよならを」(主役)も見ていますが、今まではぴんと来ることがない女優さんだったのですが、どうして中々やります。

「ラストシーンがハッピーエンドじゃないから、キャラメルで芝居にするか迷った」
このコメントは成井さんのコメントで、「いや、あれはハッピーエンドとまでは言えないけど、ある意味幸福への入口」と西川さんがコメント。
このあたりに、この芝居・作品の面白さ・深さがあるように思えます。

確かにここは議論が別れそうなところですが、興味深い点でもあって。

石神自身から言えば、自ら作った作品を完成手前で破壊され、「靖子を守る」という目的が達せられなかったわけですから、それゆえの慟哭でもありましょう。

かといって、石神を誰よりも知る湯川の取った策も、「石神が浮かばれない」という感情も、片や絶対的に間違いではなく、かといって絶対的に正しいわけでもない。

はたまた石神の忠告を振り切って自首した靖子も、「石神の思いに応えられたか」という一点においてだけでさえ、絶対的に間違いではなく、かといって絶対的に正しいわけでもない。

あえて言うなら、石神の不幸は「自分」を基準とした思考でしかなかったのかなと。
「自分にとっての」幸せは、靖子が幸せになることであると。そう信じざるを得なかったと。自分の行いによって靖子が不幸になることなど、ありえるはずはないと。そう信じることこそ全ての前提だったと。
その石神が、親友の湯川や、崇拝の対象でさえあった靖子から、幸せを望まれることなどありえないと思い込んでいた。

「自分にとっての」幸せで暴走した石神を、「皆にとっての」幸せのために湯川と靖子が力ずくで止めた物語のように思えて。

「他人にとっての」という思考や行動はともすれば「偽善」になったりもしますが、この作品の凄いなと思うところは、原作も舞台も同様に、偽善さをまるで見せないところ。
「苦悩の上に行動がある」ゆえかもしれません。ただし、石神は「苦悩」というものをそれを一切見せません。それが印象的でもありました。

「人間という存在は、他者との関係を持って成り立つ」と言ったのは誰だったか、
今作を見て思い出した言葉だったのでした。




話題がちょっと変わりまして。

サンシャイン劇場には次回作以降のポスターが貼られていましたが、この作品とは似ても似つかぬ、ゾンビミュージカル(EVIL DEAD THE MUSICAL)のポスターが貼られておりました。公式こちら
チラシがなくてちと残念。 

由美子さんマジで怖いっす。
伏せ字→や、当然血は吸われたいですけどね

出演者的にかーくん(諸星氏)の恋人役(リンダ役)だろうなと思っていたので予想通り。
カナダでは屋根ヴァとかサイゴンに出演した女優さんがやっていたんで格的にはそのあたりかなーと。

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