« 『篤姫』(3) | トップページ | 『ミス・サイゴン』(2) »

『SHIROH』を語る(34)

2008.6.29(Sun.) 新宿バルト9 18:00~19:45、20:00~21:45

6月14日の東京メトロ副都心線開業により、新宿三丁目駅上にある新宿バルト9は、自宅最寄り駅から直通1本で行けるようになりました。

これで便利、『SHIROH』上映も楽々、とか思っていたら副都心線の新宿三丁目駅は、バルト9までは異常に離れており、400mとかいう表示があります。ほとんど新宿駅と同じ距離ですね(東京メトロ丸の内線の新宿~新宿三丁目駅間は日本で2番目に短い駅間で、300mです)。

新しくできたシネコンにしては、地下鉄駅と地下でつながっていないのも不思議です。
休館していた新宿松竹ビルもシネコンになり今年オープンということで、不夜城新宿に深夜も上映する新宿バルト9も、なかなか大変なようです。

帝劇+梅田で生の舞台を13回見て、ゲキシネは初回の渋谷・シネクイントと前回のバルト9で6回見て、DVDはもう5~6回見ているはずだから、多分そろそろ30回が近づいています。

DVDはこの作品の場合、副音声付でしか見ず、あまりの長さからゲキシネで気分転換に見るのがすわりのいい作品。
今回のゲキシネ2008ツアーは、今月頭からスタートしていますが、第1弾の「メタルマクベス」だけ見て、私は次がこの『SHIROH』でした。

今回は終日3回上映で(上映時間はバルト9公式を参照)、3つのシアターを使っています。今までにない試みとして、夜の回は早番と遅番のごとく、18時台スタートと19時台スタートを別シアターで上映していますが、この点についてはブラボーです(今日はアンケートを書く気力がなかったので次回書いてくるつもり)。

何しろ、1幕95分(他作品の予告がほぼなかったとはいえ実際には105分かかっていた)、2幕102分に休憩を足すと、フルで4時間近い作品ですから、前回のように19時台だけのスタートだと、夜が遅くなりなかなか稼働率が上がらないというわけで、実態に合ったいい上映時間設定だと思います。

この日見たのはシアター7。隣の「花より団子final」の大入りを横目で見つつ、シアター7のキャパからすれば9割近く入っています。実際に上映開始前の座席状況は「△」(満席間近)でした。

1年ぶりにバルト9の大スクリーンで見たこの作品ですが、まったく色褪せることなく心に突き刺さります。

1幕が長すぎて飽きてしまうのもまったく変わりがなく、「さんじゅあんの館」から猛烈にエンジンがかかり始めて、「光を我らに」の後の四郎の「なぜ私ではなく彼なのです」あたりからの悲劇への突入は何度見ても鳥肌が立ってしまう。

この日印象的だったのは、お蜜が幕府のスパイであることを皆が裁く席にシローを呼ばなかったことで彼が爆発し、その後お蜜に自らを盾にされてぼろぼろになるシーン。

お蜜が去り、甚兵衛が去り、お福が去り、舞台上には四郎とシローと寿庵だけ。
お蜜に裏切られ、呆然とするシローに言いかけようとする寿庵を止める四郎。

わずか2秒か3秒の芝居の濃度に思う存分酔いしれます。

四郎を演じる上川さんと寿庵を演じる由美子さんの芝居の相性の良さはこのシーンに余すところなく展開されていて。

四郎は身振りだけで「同情でシローを救うことはできない」と寿庵をたしなめます。

寿庵は「一揆軍を守るため」という目的があったとはいえ、”シローを傷つけてしまった”罪の深さにさいなまれながら、「実はかける言葉がなかった」自分の無力さに打ちひしがれ、その場を去っていきます。

シローが暴走し自滅していく、その過程を作り出してしまった後悔。
四郎中心に物事を動かしてきた寿庵ゆえに、意図的ではなくとも結果的に軽く見てきたシローの存在。

寿庵は、自らの罪から解放されることなく、「生きたまま十字架につながれた」存在なのかもしれない、と改めてその存在の重さを感じさせられます。

そして。

お蜜がシローの存在に心が揺れたのは、そのピュアさなんだろうなと思う。
知恵伊豆の横で腹心として存在していたくの一としての自分は、知恵伊豆のいう「必要悪」や「戦略」に囚われすぎていたと。
一揆軍は戦略的には素人に過ぎないし、粗も多い。しかしその思いは本物だということを、シローを通して知ってしまったことで、お蜜はくの一としては持たない「心」を持ち「女」になってしまった。

お蜜が知恵伊豆に対して嘆願するとき、シローだけではなく、他のメンバーについても同じく国外への脱出を嘆願しているのですね。
そのシーンは一揆軍首脳(四郎・寿庵)に知られることがなく、誤解されたまま断罪されることになるのですが。

その後、知恵伊豆との和睦シーンで四郎が暴走する時、お蜜はシローに助けに入るのですが、お蜜が四郎に言った「これで3万7千の意地が通るのかい、益田四郎時貞さんよ」という言葉。

これはお蜜が一揆軍に”憧れた”ピュアさが裏切られたことへの失望だったのか、と改めて認識させられます。

「闇討ち」とはくの一が取る”卑怯な”技、戦略的に素人であっても新しい世界を求めて戦った一揆軍にはあってはならない「卑怯な」技を使っているということを、お蜜は自分の命を賭して訴えたのだと。

一揆軍が一揆軍として存在するために必要なプライド。
一揆軍の中でただ一人正確に現状認識し、闇討ちを非難することであの場で孤立した寿庵。
その寿庵がおそらくもっとも大事にしたもの。

お蜜にとっての「死に場所」は、一揆軍が一揆軍として、勝利とか敗北とかと別の次元として、「守るべきものを再認識させる」ことではなかったかと。

お蜜の悲痛な叫びは、同じ思いである寿庵に届き、寿庵はお蜜の思いもともに現世に持っていることができた。

最後のシーンで寿庵が知恵伊豆に対して投げかけた
「あなたの作る世界がはらいそか、いんへるのか。3万7千の魂がしっかりと見ていますから」
という言葉を改めてかみ締めると、

その3万7千人の中には、知恵伊豆が自らの武器として使ったお蜜も含まれているということが、実は知恵伊豆にとっては一番ショックだったかもしれない、とふと、思ってしまったのでした。(お蜜の最期のシーンは、妙に恋愛感情を感じてしまう)

知恵伊豆にも、寿庵にも深く深く自らの存在を残したお蜜は、だからこそ「無駄死に」ではなく、「死に場所を見つけた」のだろう、と思うのでした。

※ちなみにこの日は東京芸術劇場でG2さんの『a midnight summer carol』を見てから新宿に行ったのですが、SAYAKA(神田沙也加)さんのぶち切れの活きのよさに感服した以外は見るべきところがなかったので、レポは割愛。
G2さん、何か合わない気がしてきました。
どっちも植本潤さんが出てたから色々と変な邪念は入ったけれども。

|

« 『篤姫』(3) | トップページ | 『ミス・サイゴン』(2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74093/41690146

この記事へのトラックバック一覧です: 『SHIROH』を語る(34):

« 『篤姫』(3) | トップページ | 『ミス・サイゴン』(2) »