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『ルドルフ』(3)

2008.5.25(Sun.) 17:30~21:05 帝国劇場 2F上手側S席(ぴあ当日割引)

3回目(チケット5枚目・・・泣)。

3回見た中で今回が一番納得できたかな。

席も割引席の割にはそれほど気にならず、前列の席の人の頭で舞台どセンターが隠れてしまうのですが、ここで歌うのは笹本マリーの「愛してる、それだけ」ぐらいだったりするんで、思ったよりはストレスが少なく、S席料金なら微妙ですが、A席料金だしまぁ許容範囲。

いつも直情型のマリーは特に2幕、緩急を織り交ぜてどことなくいつもと違う空気で演じていて、何か笹本さんの演技がいつもと違って、それを受ける井上君の演技もなんだかいつもと違う。

終演してわかったのですが、笹本さんが体調不良で本調子じゃなかったので、井上君が要所要所で気を配っていたようですね(終演後行なわれたトークショーはもともと出席予定だった笹本さんは体調不良のため、欠席されました)。

割合突っ走ることが多い笹本さんが、久しぶりに井上君に支えられていたような空気が時々あったのは、ハプニングとはいえ新鮮で、むしろいつも以上に熱がこもっていたように思えます。

押す演技が多くて時々身の置き所に困ってしまう笹本さんの演技ですが、むしろこの日のような引きの演技は、そういう演じ方もあるという点で、新しい発見ではありました。

とはいえ、シングルキャストで楽まであと1週間、舞台デビュー以来1度として休演したことがない笹本さんのことですから、衝撃に近い驚きです。

先日の「笹本玲奈の小部屋」に参加させていただいた時は、終演後にもかかわらず(その日は1回公演とはいえ)元気いっぱいでしたし、わずか4日間でダウンというのはびっくりです。

その時に話していたのですが、「ミス・サイゴン」の稽古入りが来週(26日の週)で、「今はマリーしか頭に無くて、キムをどう演じようか考える余裕がない」と話されていて、器用に見られがちな彼女の、努力家というか不器用さをかい間見た気がしました。

本人のブログによれば、サイゴンのディスカッションが24日のマチネ終演後に3時間かけてあったそうで、そこでマリー一辺倒の生活にキムが入り込んできて、オーバーフローしちゃったのかもしれないな、と思ってしまいました。

さて話題は変わって。

この作品を見ていると、あれ、これってどっかで見た場面・・・ってのがあるものでして。

筆頭は劇場開場の日に、ルドルフ皇太子の馬車に飛び込んだ女性が、助けに入ったルドルフに唾を吐きかける場面・・・ファンテーヌ&バルジャン(レミゼ)そのものですね。

ルドルフがマリーの言葉により自らの進むべき(と自分が思う)道へ進む「明日への階段」を見つめるラリッシュ伯爵夫人の姿は、シロー&寿庵(SHIROH)にちょっと印象がだぶります。

暴走するルドルフの先にある破滅は、どことなくシローが進む破滅に通じる印象があります。
井上君のヴォルフは以前は理性のある破滅だったけど、どんどん初演中川君に近づいているような気がするからなぁ・・・

このラリッシュという女性は、マリーの姉的な存在として物語に登場して、実にものわかりのいいお姉さんなわけですが、トークショーでも語られていたのですが、その実、海千山千でして。

いとこなのに昔はルドルフと付き合っていたことがあったり、ターフェにルドルフ・マリーのスパイをやらないかもちかけられていて、さすがにそれは断ったんだけどみたいな下手すると悪女らしいんですが(爆)、なんだか「いい人」だけが残っちゃって。

演じる香寿さんも「悪女に演じなきゃいけないかと思ってたら、意外に物分りのいいお姉さんになっていて」とトークショーで言っていたのですが、それはもしかするともっとやりがいがあったのに、という意味にも聞こえて。
香寿さん演じるラリッシュは、岡さん演じるターフェとのデュエットがハンガリー版にあるそうで、そこがばっさり削られているのは、ラリッシュの立ち位置が変わったためかなとも思いますね。

1幕最初でマリーとラリッシュが歌う通称「お買い物ソング」(誰が名づけたんだろうこれ)にあたる「恋は戦争」(どうもお買い物ソングだと「MOZART!」の「まぁ、モーツァルトの娘さん」をどうしても思い出してしまう)を聞いていてもわかるのですが、ラリッシュは基本は男を利用して手玉に取ることで生きてきた女性なわけで、マリーがルドルフと深い仲に落ちて、まさか心中までに至るとは到底考えられない。

「真実の愛」を尋ねるほどの女性だったマリーの真剣さを見抜けなかった誤算がラリッシュの運命さえも変えてしまうのですが(2人の心中の後、全ての責任をかぶせられた彼女は国外追放され、ルドルフの母・エリザベートの暴露本を出します)、マリーもはた迷惑な女性だ・・・

そういえばこの日のトークショーで話題に出ていたのですが、役の実年齢を完全に無視しまくってるこの作品。ルドルフは役設定30歳で、ラリッシュが実は同い年(笑)。
マリーが18歳で、エドワードに至ってはルドルフとタメ年に思えるのに、一回り以上上の48歳(爆笑)。

年齢の話を執拗に振るエドワード役・新納さんに「うるさいよ」と普通に素で(笑いながらも)キれていた香寿さんがなんだか可愛いです(笑)

芝居の話に戻って。

この作品の中で一番の疑問ポイントは、「なぜルドルフは死を選ぶのか」なわけですが、3回見てようやくその辺りが腑に落ちました。

劇場のこけら落としの時に、ルドルフの馬車の前に飛び出した老女がルドルフに吐き出した「少しずつ死ぬならば、いっそ一思いに死ねばいいのよ」の言葉。
貴族は気にもとめない、目をそむけようとする庶民の苦しみ。
劇場に乱入した庶民が排除される様子を、ルドルフとマリーは同じ視線で見つめています。

時は経て。
ラリッシュの必死の説得に、マリーはルドルフとの別れを選びます。
駅に送りにいかないと手紙だけよこしたルドルフ。
そこでマリーは自分の気持ちに素直に、列車には乗らずにルドルフの元へ戻ってきます。
ここでそのまま列車に乗っていってしまうとこの物語はそこで終わりになるからしょうがないんですが(爆)、戻ってきたマリーが言った「少しずつ死ぬならば、いっそ一思いに死ねばいいのよ」という言葉。

ルドルフにとってその言葉は、劇場の前の言葉と同じ。普通に考えれば相当ありえない偶然のように思えるこの言葉がマリーから発せられたことで、「死に場所」を見つけたのかもしれないと思う。

前回も書きましたが、政治的にも追い詰められ、皇室内の居場所はもはやなく、妻との関係に戻ることも考えられない。なぜなら、皇太子としての自分はもはや「自分らしい皇太子」を目指せるような立場ではなく、「自ら選択できないお飾り」への復帰でしかない。

自ら人生を切り拓く機会を奪われたルドルフにとって、自らの最後の選択は、「自分の最大の理解者と死にたい」ということであったと。

ルドルフとステファニーは、演じる2人がトークショーで語って曰く、「性格が一致していればベストカップルだと思うんだけど」という話らしいんですが(苦笑)、ステファニーがルドルフにとってなぜあそこまで嫌だったかといえば、要は「自分が苦しんだしきたりそのものをことごとく肯定してる」からなのですね。

「選択」という行為そのものが不要である皇太子という立場そのものを肯定されるということは、自ら道を切り開きたいルドルフにとっては拷問でしかなかったのでしょう。
マリーが戻ってきたその時、「あなた(ルドルフ)と一緒なら、死も怖くない」「死ぬならばいっそ一思いに」と言われたことは、ルドルフに「最後の『選択』」の決意をさせるに十分な言葉だったのでしょう。

さて、終演後のトークショーですが、笹本さんが欠席ということで残念でしたが、何しろ司会は井上&新納の毒吐きコンビでございますので、基本的に口数の少ない知念さん・香寿さんでも普通に間が持っておりました。

ネタをいくつか。

「役を離れて一人の女性としてルドルフとエドワードを見るとどっちを選ぶか」の問いに、女性2人とも「エドワード」。知念さんに至っては「ルドルフって面倒くさそうなんだもん」とまで言う始末(爆笑)
そういえば、キム役だったとき、クリスに同じようなこと言ってたような(苦笑)

「ファンレターってネガティブだったものってなぜか続く。3通連続ダメ出しされたりするとけっこうへこむ」@井上君
「男優って思ったよりナイーブです。女優さんは思うよりずっとタフだけど」@井上君

・・・うん、知ってます。井上君さすがよく分かってますね。
女優さんは男(バイタリティetc)じゃなければやっていけません。
男優さんは女(気配りetc)じゃなければやっていけません。

実に味わい深い至言が出たところで、本日はここまで。

今日は夕方からシアタークリエです。半年振りに新妻キムが見れるのが実に楽しみです。

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