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『The Light in the Piazza』

2007.12.9(Sun.) 13:00~15:50 ル・テアトル銀座11列センターブロック
2007.12.10(Mon.) 18:30~21:10 同上18列センターブロック

当初1回だったはずの観劇が、なぜか2回。
9日の初見で音楽の綺麗さと、2幕の良さに釣られて、帰宅後速攻で購入した10日のソワレ。
平日ソワレはアフタートーク付ですが、迷うことなく島田歌穂さん&新妻聖子さんの「エポニー’S」@歌穂さん談の回を選択。

※ちなみに、当日券はごく少ししか出ておらず、ぴあ・イープラスともに残席わずか。
この作品、フジテレビ主催のミュージカルなので、フジテレビエンタメ事業局オンラインチケットが、前日までセブンイレブン発券でチケットを販売しているという、実は穴の話。
しかも、前日購入で18列センターブロックという、音響・見た目ともに結構いい席が来まして、良席取るならやっぱり主催者だな、と実感。

初見の印象では、2幕が伏線張りつついい具合に裏切ってくれるので、いい意味での爽快感があってよかったのですが、2回目となると次に何が出てくるのかわかるので、物語としてはちょっと物足りなくて。

もちろん曲は良くて歌唱力抜群の歌穂さん、新妻さん、シルビアさんの組み合わせですから、歌に心配する必要なんて欠片もないわけですが、そう思ってしまうということは、ストーリー的にはそれなりに平凡なのかも、とちょっと思ってしまったりします。

この作品の私的ポイントは何を置いてもヒロイン・クララ役の新妻聖子さん。

「かわいい」です。びっくりするほどに。

新妻さんの舞台作品はストレート以外全部見ていますが、いまだかつてどの役でも、新妻さんにこの形容詞”だけ”は使ったことがなかったのです。「パワフル」とか「強い」とかはいくらでも言った記憶があるのですが。

儚げな、守られるイメージの役自体がいままでなかったので。キムもマルグリットも、エポニーヌさえ、基本は攻撃的な方向性。

「マドモアゼル・モーツァルト」では多少「女の子」っぽい感じはありましたが、「元が男」という設定だったので、「変な女装」に近いものがあって、あれを儚げというには相当無理がありましてですね・・・・

イタリア・フィレンツェで初めて出会い、一目ぼれした相手・ファブリーツィオが「自分の気持ちが伝わってるんだろうか」と悩むところに言う「伝わってるよ。」って言葉とか、
「何を言えばいいのかわからない」彼に言う「言って言って!」って言葉とか、
言葉にすると表現しきれないのですが、正直パワフル系の新妻さんのイメージからはちょっと想像つかない繊細な感じはとてもいい感じ。

以下はネタバレ発動です。
これからご覧になる方は、観劇されてからご覧になることをいつもに増してお願いいたす次第。










クララは12歳の時のケガで心の成長が止まってしまい、「外見26歳、内面12歳」の女の子のため、ファブリーツィオとの恋愛を、母・マーガレット(島田歌穂さんが演じています)はひたすら止めようとします。

結婚を申し込まれたクララを前に、マーガレットはローマへ連れ出して。

失意のクララはやけになって世界遺跡を靴で叩きまくるあたりとか「かわぇぇ」なのですが、ここでの母娘喧嘩が壮絶で。
娘はファブリーツィオに一言も告げずにローマに連れ出されたことに、今までの不満を爆発させるかのように母を攻撃します。
その言葉が、もう、母にとっては「言葉の刃」以外の何物でもないのですね。
しかしながら、実はその言葉は、母にとっては「図星」でもあったりします。

「娘のため」じゃない、「お母さんのため」にお母さんは言ってる、
娘を母の思うように動かすことが嬉しいんだと。

母親は言葉の刃での痛みに耐えながらも、娘の成長に気づかされたんだと思う。
守ってきた自分が娘の「障害」だと気づいた時、「娘の幸せのために何ができるか」を原点に立ち戻って考える勇気を持てたと。

昔、読んだ小説(*)の中に「障害を持った彼と付き合いたい彼女が、父親とぶつかる」という場面がありました。
その時の小説版に、こんな趣旨の台詞がありました。

「彼は身体に障害を持ってるけど、お父さんは心の障害を持ってる。
お父さんより彼のほうが、ずっとずっとしっかり生きてる」

(*)折原みと先生の『時の輝き』。
映画版(1995年・松竹系)では、「彼」が山本耕史さん、「彼女」が高橋由美子さん、「父親」が橋爪功さんでした。
この作品では、厳密には「障害」というよりも「死に至る病(=骨肉腫)」でした。


舞台でマーガレット・クララが激しくぶつかり合うシーンで思い出したのは、なぜかそんな言葉。

子供の自立のサインというのは、必ず親を傷つけるもの。
だからこそ、親は子育ての卒業を、子供の成長をもって終わらせなければならないのだなぁと。

ここ1ヶ月リピートしている帝劇「MOZART!」もある意味「子供の成長を見届けるまでの親の苦悩」の物語でもあるわけなので、どうも最近そういう物語ばかり結果的に見ているような気がします。


クララは障害を持っているという設定ですが、その分、大人だと恥ずかしくて言えないこととか、なぁなぁに済ませたがるところにも、純粋に反駁します。
圧巻なのはシルビアさん演じるフランカが、ファブリーツィオを誘惑する場面。

フランカは既婚ですが、大高洋夫さん演じる夫との関係が冷え切っており、常に怒っている女性(事実上この作品唯一の悪役ともいえます)。フランカがファブリーツィオにキスをしたことに烈火のごとく怒るのですが、その怒りが至極真っ当で。
「私から彼を取らないで」まではまぁわかるとして、「夫と妻は支えあって生きるべきだ」とフランカを責めます。

それに対するフランカの反応が。
これは完全ネタバレなので、ここでは省略します。

クララもピュアな女の子だけど、
フランカも根は悪い人なんかじゃない、愛情に飢えてただ意地を張っていただけなんだと思えて、爽やかな風が吹き込んだように思えた。

※ちなみにこの曲が、新妻さんは一番難しいシーンだそうです。
じっとしていれば普通に歌えるけど、感情をこめると全然ダメ、だそうです@アフタートーク本人談

その後、結婚式を迎えるにあたりマーガレットと夫との間に微妙な空気の違いが出たり、またとあるきっかけでクララの障害が明らかになるのだけれど。

ファブリーツィオの父・ナッカエリ氏(鈴木綜馬氏が演じています)はとある事情でクララとファブリーツィオ氏の結婚を破談にしようとするのですが、説得に訪れたマーガレットに対して理由を「年齢の差」と明かすのです(ちなみにクララが6歳差。パンフレットによれば、当時(昭和28年)のイタリアでは、今の3倍ぐらいの差と見られただろう、と記載があります。)

他の方のブログを読んでいて納得したことがらなのですが、
「相手を傷つけないように年齢を理由にしたけれど、ナッカエリ氏はクララの書いた文字を見て、その子供っぽさから尋常ならざる事態に気づいたのだと・・・・年齢の差はあくまでナッカエリ氏の優しさを表現したものであったのだと」

それを見て、正直「へぇー」と思うことしきり。
実は初見では「国籍」の差だと思っていたのですが(アメリカは戦勝国、イタリアは敗戦国です)なるほどそこにイタリア人の紳士ぶりを見るか、と思うとちょっと感心したのでした。

何はともあれ、全編に亘る、今までにない新妻さんのピュアな演技と、繊細な歌は心地よく、もちろん母親役の歌穂さんのコメディを織り交ぜた演技も、舞台にしっかりと根を下ろしています。

旋律はいい曲ばかりですが、2回聴いたのになぜか曲としてはっきりと根を下ろす感じがしないのが玉にきずで、評価が分かれる所以なのかもしれません。

歌は難曲そろいとのことで、10日本編終了後のアフタートーク(歌穂さん&新妻さん)の際に披露された、新妻さんのお得意の名言で締めたいと思います。

「聞くは天国、歌うは地獄」

「聞くはうっとり、歌うはぽっくり」

・・・・新妻さん、あなたは落語家ですか(笑)。

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