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2007年12月

2007年もお別れ。

2007年もお別れです。
紅白第1部を見つつ、出場アイドルのハードルも、ずいぶんと低くなった物だなぁと呆れつつ(以下色々と個人的感情があいまみれるので超自粛)、1年を振り返ります。

●2007年の観劇
今年1年間で見た舞台はというと、ゲキシネも含めて全部で10作品、26.5回(端数は1幕で退席)。
2005年が12作品41回、2006年が11作品44回ということで、ここ3年間ではずいぶん低調な年でした。
(とはいえ、世間一般で2桁の舞台作品を見ているというのは、明らかに「芝居好き」のカテゴリーに属することは自覚しています)

作品別の回数は、以下のとおり。

『MOZART』8回(帝国劇場)
『レ・ミゼラブル』5回(帝国劇場)
『地獄八景・・・浮世八景』4回(世田谷パブリックシアター)
『The Light in the Piazza』2回(ル・テアトル銀座)
『ウーマン・イン・ホワイト』2回(青山劇場)
『SHIROH』2回(ゲキシネ・新宿バルト9)
『ロマンス』1回(世田谷パブリックシアター)
『ひばり』1回(シアターコクーン)
『メタルマクベス』1回(ゲキシネ・新宿バルト9)
『ハムレット』0.5回(サンシャイン劇場)

贔屓中心に、共演者群から興味ある作品を選び、観劇作品を増やす手法は今回も同じで、今年はあえて避けてきた松たか子さん(ご結婚おめでとうございます。)を2作品入れてあるのが特徴。

松さんはミュージカルで3作品拝見しながら(『MOZART』初演、『ミス・サイゴン』、『ラマンチャの男』)、本来の持ち味であるストレートで未見という、自分にとってはあえて取ってあった聖域のようなものだったのですが、あえて今年は見てみましたが、色んな意味で松さんの凄みに圧倒させられました。特に『ひばり』のジャンヌ・ダルクは誰よりもはまり役という感じで、「芝居を見たなぁ」と充足される時でありました。

作品別でもっと見るのを増やしたかったのはこの中では『ウーマン・イン・ホワイト』。
笹本玲奈ぶらーーーーぼっ(シカネーダー風に発音。)

既にレポのところに書いているのですが、会社でホリプロのチケットが安く買えるってもっと早く知ってたら、まちがいなくS席1枚分の料金で3回リピートしたのにぃ。

「迷いながら戸惑いながら、時に嫉妬しながら、女性が自らの信じる道を切り拓く」という役どころは無条件で好きで、本当、体調さえ良ければ空席が目立ったという名古屋まで馳せ参じたかったところですが、年末の多忙と風邪、そして『MOZART』の楽を外す訳にも行かず、泣く泣く涙をのみました。

●役者さん別。
毎度恒例の役者さん別ですが、
筆頭は高橋由美子さん(3作品14回)、中川晃教さん(2作品11回)、吉野圭吾さん(2作品10回)。

複数作品は、こちらも毎年似た顔ぶれで、山口祐一郎さん(2作品2回)、松たか子さん(3作品3回)、井上芳雄さん(2作品6回)、笹本玲奈さん(2作品2回)、別所哲也さん(2作品2回)といったところ。

●アクセス数
1年間のアクセス数は、21,640件。1日平均だと60件前後となり、2005年の約6万、2006年の約3万に比べて、文章自体のアップ回数も減ったことと比例しているとはいえ、変わらずご覧いただいていることに深く感謝申し上げます。

最多アクセスは2月10日の370回、1月20日の284回、3月12日の281回、1月7日の251回、ついで3月15日の250回、その後が12月17日の242回。2月8日の222回、『MOZART』楽翌日の12月26日の221回を抜き去り、トップです。

この数はあくまでアクセス回数ですので、人数で換算すると話は多少違いが出て、100人以上のアクセスは年間で10日。

11月20日:160人 「MOZART」(16)
1月7日:156人 「MOZART」(15)
6月2日:156人 「めぞん一刻」(2)
12月17日:131人 「MOZART」(19)
10月15日:123人 「篤姫」(1)
12月26日:122人 「MOZART」(20)
2月26日:115人 「ひばり」
2月8日:110人 「地獄八景・浮世百景」(1)
2月10日:106人 「地獄八景・浮世百景」(1)
10月8日:102人 新妻聖子コンサート

各日付に対象の記事を載せましたが、関心の付き方が分かるようで興味深いです。

でキーワード人名検索100以上。

高橋由美子さん:234
山口祐一郎さん:179
井上芳雄さん:155
佐藤アツヒロさん:155
松たか子さん:132
涼風真世さん:107
hiroさん:104

・・・3年目にして由美子さんが初めて一番上でした。
そりゃーあれだけ名前出して検索に引っ掛かるようにしてりゃ当り前なのですが、地味に嬉しかったりします。

●来年の観劇
年末に体調を崩し、「MOZART」の千秋楽観劇さえ危ぶまれましたが、何とか乗り切り。(実はまだ完治はしていなかったりします。)

年始は1月の『ペテン師と詐欺師』からスタートします。
ソニンさんの敵情視察(笑)と、高田聖子さんの次を香寿たつきさんがどう継ぐか楽しみにしています。
2月に新宿コマ劇場『星屑の町』(ついつい先日、劇場までチラシを貰いに行ってしまいました)、4月の東京芸術劇場『空中ブランコ』、とご贔屓さん2つは決定していますが、あとはそこにどう他の作品を組み入れるか。

日生の『ウェディング・シンガー』を井上君と徳垣さんだけを見に行くか(徳垣さんは新宿コマ劇場での由美子さんの「アニ―よ銃を取れ」以来見ているので、地味に注目)、『ベガーズ・オペラ』を笹本さんだけを見に行くか、いささか迷うところ。

5月の『ルドルフ』帝劇は迷わず行くし(演出家さんが初見なので心配なのですが、何と言っても井上・笹本のゴールデンコンビを見逃す訳には行かない)、『ミス・サイゴン』も音楽は好きだからB席で地味に通うつもりですが、基本的に東宝にあまりお金を落とさない年になりそうです。
(よほどのことはない限り、色々評判かますびしいシアタークリエには行かないことになりそうです)

その分、なんといってもご贔屓さんが大河の年だし、映りの悪いテレビでも地デジ対応にしようかなぁ・・・ 
あ、それ以前に原作買ってきたままになってるので読まなきゃ。

最後になりましたが。
勝手気ままに書きまくってるブログで毎度恐縮でございますが、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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『MOZART!』(20)

2007.12.23(Sun.) 12:00~15:30 帝国劇場1階Q列下手側
2007.12.25(Tue.) 13:00~16:50 帝国劇場2階H列上手側

千秋楽まであっという間だった2007年の『MOZART!』。
まさしく時の過ぎるのは早いもので、千秋楽でこの作品の観劇は32回目。

ちなみに由美子さんの舞台は、企画物含めて、再演をそれぞれで数えて、この作品が21作品目、回数にして900演を超えたところ、(自分が数えた限り881演目ですが、一部数えていない公演があるので、来年あたりで1000演に到達しそうです)。

(※)舞台デビュー作「眠れぬ森の美女」(1989年)、「野獣郎見参」(2001年の大阪分)、「居残り左平次」(2002年)は資料が見つからないため含んでいません。「ミス・サイゴン」の公演中止1公演は除いています。

で、ふと数えたら、ナンネール以外に65回見ていた自分・・・・

ということは、私も来年には100回観劇に到達なんだな・・・

振り返ってみると、由美子さんの舞台では観劇漏れは1度もなく、事情による遅刻が数回あった程度。23日は史上最悪の体調での観劇でしたが、何とか乗り切り。

お客さんとしては見ないという選択肢があるので、体調が良くなかろうとなんだろうと、自己責任なのですが、1000演近くやってて休演ゼロというのも、やっぱり鉄人だわ、と思わざるを得ません。

カーテンコールレポは後回しにして、まずは本編話からスタート。
語り逃していたことをとととっといってしまいます。

○家族と才能
この「モーツァルト!」の作品で対極にある2つのテーマ。
この2つの物事に対する距離感が、2人のヴォルフガングの違いを一番よく表現しているように思えてなりません。

『家族を裏切れない井上ヴォルフ』

『才能を裏切れない中川ヴォルフ』

端的に言ってしまうとそういう違い。
そのあたりは、2人と対峙する姉役の由美子さんが再演時にいみじくも言ってた言葉ともシンクロするのですが、

『井上君は秀才、中川君は天才』

って言葉にも表現されます。

井上ヴォルフは、モーツァルト家の家族の一員であるということが前提で、そこに「普通の人にない才能」が乗っかってる。つまり「普通の人が才能を持った」ことによる苦悩、とでもいうか。
対して中川ヴォルフは、才能と不可分ということが前提で、そこに「モーツァルト家に生まれた」という事実だけが乗っかってる。

再演までは、中川ヴォルフの方が「家族の一員」といった趣が強かったように思うのですが、こと再々演に関する限り、中川ヴォルフは家族を見ているように思えなかったのですね。

それがよく表現されていたのは『星から降る金』のシーンで、井上ヴォルフの場合は、姉の説得とアマデの説得との間で、姉に明らかに比重がある(ぐらついている)のですが、中川ヴォルフの場合は、明確にアマデに比重がある(家族や父親に対する未練が見えない)というところに違いを見ることになります。
(ちなみに、中川ヴォルフは説得されても姉と視線を合わせません)

どちらがいいとかそういう話ではそもそもなくて(好みで言えば私はここは特に井上ヴォルフ派なのですが)、中川ヴォルフは「才能」と不可分で「天才」であったからこそ、「家族と一緒にいる姿」自体が「かりそめの姿」だったのだと思えてきます。

ナンネールの役を語られる時によく触れられる、「もし私が男なら音楽を続けた」の歌詞ですが、この歌詞が今期中川ヴォルフと絡めて聞くと、これでもかというぐらいに残酷で。

中川ヴォルフの場合、「才能」がナンネールの「才能」とかけ離れていたであろうと思われる空気が、そこかしこに見受けられて、その「離れすぎた存在」そのものがナンネールの哀しみをより悲劇的にさせていて。
「置いていかれた少女」そのものの悲劇を、感じずにはいられなかったのです。

井上ヴォルフの場合は、ちょっと背伸びすれば届きそうな空気を感じさせられた(ヴォルフ&コンスとの場面で「ちょっとだけ天才」と言ったヴォルフの言葉は、井上ヴォルフだと本音と実態に思えて、中川ヴォルフだと謙遜と嘘に思えてしまう)ので、尚更その印象が強く。

姉弟らしいのは中川ヴォルフの方、と初演以来言われつづけていたナンネールですが、それだけに「近くて遠い」姉と弟、超えられない才能の落差、というものを感じさせられたような気がします。

違う世界の住人、というのかも。

しかしながら、そうでありながら、ヴォルフの混乱のシーンで、「家族を引き裂いた!」を言うのは中川ヴォルフで、井上ヴォルフは言わないんですね(井上ヴォルフは今期5回見ましたが、実は千秋楽だけ言っていました)。

才能に生きてきた中川ヴォルフが、混乱した時に浮かべたものは「家族」。
家族に生きてきた井上ヴォルフが、混乱した時に浮かべたものは「家族」ではなかった。

あのシーンの心の動きは、演じる役者側にそうとう任せられているようですが、何だかヴォルフガングとして表現しようとしたものの違いが、出ているような気がします。
今期はここが、曖昧模糊として自分の中でまとまり切らなかったのが、個人的には残念。

○やってきましたカーテンコールレポ

さて語ったところで千秋楽恒例のカーテンコールレポと参ります。
司会はタイトルロールの井上芳雄さん。

「このたび『モーツァルト!』初参加でした。涼風真世さん。」

◇涼風真世さん/ヴァルトシュッテッテン男爵夫人役

いつもは緊張しない方なんですけど、この役は凄く緊張して・・・・
(涙を浮かべつつでしたが、「こんなの私らしくないっ!」と言うかのごとく「えいっ」って言って自分にぐーぱんちして元に戻っていたのは笑いましたです)

稽古にもあまり参加できずにご迷惑をおかけしましたが、
次があったら今度はきちんと稽古に参加して(会場内+キャストから笑いが起こる)
心に響く「星から降る金」を聞かせられるよう頑張りたい。

「そしてこちらも『モーツァルト!』初参加、ミュージカルも初参加でした。私の妻、hiroさん。」

◇hiroさん/コンスタンツェ役

今回は舞台が初めてということで本当に色んな人に支えられました。
キャストの皆様、スタッフの皆様、オーケストラの皆様、お客様に感謝。
言いたいことをずっと考えていたのですが、言葉が見つかりません。
そして選んでくださった小池先生にも感謝しております。ありがとうございました。

「そしてここからは「古株」の皆様です。初演から私の姉を演じています。ナンネール役、高橋由美子さん。」

◇高橋由美子さん/ナンネール役

「古株」ですっっっ(ときっぱり。会場内から大拍手)

(キャストを見回して)「終わってよかったねえ」(としみじみ)

初演、再演とやってきて、
数年前よりは体力的にも精神的にも、もたなくなってきていまして
(超本音モードに会場内笑い)
努力とかそういうものではないんですけれども、大変でした。

(時折こみあげるようなものを抑えきれずに。泣いていました。)

今回、初めて”本当の家族”に、”本当の姉”になれたような気がします。
皆さんのおかげです。ありがとうございました。

(拍手にテレまくって、阿知波さんの後に隠れる)

「そしてこちらも初演からのキャストになります。コロレド大司教役、山口祐一郎さん。」

◇山口祐一郎さん/コロレド大司教役

みなさま先ほどからの挨拶で、「頭の中が真っ白」という言葉を発せられていますが、
私は「頭の外側が真っ白に」・・・・・(会場内オチまくり。笑いと拍手に包まれる)

そんなこんなではありますが、皆様と夢のようなひと時をご一緒でき、
おじさんは幸せです。
(※締めはやはりいつもの祐さんモードでした。)

「そしてこちらも初演からのキャストです。父親・レオポルト役、市村正親さん。」

◇市村正親さん/レオポルト役

劇中で私が歌う曲に「心を鉄に閉じ込めて」という曲があります。
この曲を歌う度に、役者として自分への戒めとして歌ってきました。
明日からも、変わらず役者道を邁進していきたいと思います。

皆様に愛された『モーツァルト!』という作品、
またこの作品でお会いできることを願っています。

◇井上芳雄さん/ヴォルフガング・モーツァルト役

先ほど高橋(由美子)さんがおっしゃられたのですが、自分も5年たってようやく、この作品の輪郭というか、コアというか、そういった部分にたどり着けた思いがします。
本当に今まで申し訳なかったと(爆笑)
もちろん、今まで適当にやっていたとかそういうことではないです(笑)
頑張ってはいたんですけど。
再演をどうするかはプロデューサーと相談します(笑)

◇小池修一郎さん/演出家

『モーツァルト!』が愛されている作品だということを、改めて今日感じました。
出演者の皆様、また他の場所で素晴らしいお仕事をされると思いますので、
お客様におかれましては、ぜひそれを応援していただければと思います。
私も頑張りますので、応援よろしくお願いします(笑)
再演はどうなるかはわかりません(と正直に)


・・・一言一句メモを取っているわけではないので、多少のニュアンスの違いはありましょうが、ご容赦くださいませ。
いずれ、東宝公式ブログ(2008年1月31日18時で閉鎖が決まっています)に編集アップされることかと。(もうアップされてます)

前日に千秋楽を迎えたあっきー、あと2人のアマデも登壇していました。

今回のカーテンコールの挨拶は↑に挙げた皆様とあっきー、ということで合わせて8人だったのですが、実は時間にして一番長く話していたのは、うちのご贔屓さま(高橋由美子さん)でした。
数えていませんが、たしか2分ぐらい話していたような・・・・

過去、本心を明かさずに、笑顔で終わることが多い由美子さんのカーテンコールなのですが、今回は異例と思えるほど、まぎれもない本音モードが全開。

ご本人のブログでは少し前まで年齢話が本人から言われることが多く、閲覧者から突っ込みが入るほど多かったのですが(笑)、まさかカーテンコールまであそこまで言うと思わなかったので、正直びっくり。

千秋楽とその前(23日マチネ)は、私的な印象で言えば、由美子さんは明らかに本調子ではなくて、初見なら気づかない程度の綻びが、特に歌に感じられて。

今期「99点の由美子さん」しか見てこなかっただけに、最後になって「95点の由美子さん」に直面した事実は、正直、気持ちが付いていくのはなかなか難しかったのです。

でも、カーテンコールの挨拶を聞いて、「由美子さんも人間だもの」という当たり前の事実に今更ながら気づいて。常に「99点」を維持してきた裏にあったものの存在に。

今期の『モーツァルト!』を振り返ると、ヴォルフガング役2人の安定度は別格として、市村さんが予想外の不調に陥ることが多い中、かつコンスタンツェも初役、後半に至っては男爵夫人も初役という状況の中、由美子さんにかかる重圧は、いつも以上に大きかったことが容易に想像できます。

そんな重圧の中、ほぼ全期間パーフェクト状態を保ちながら、最後までたどりついたからこその涙だと思ったし、結果として群を抜いて長かった挨拶に贈られる惜しみのない拍手が、今期『モーツァルト!』の「収まるところに収まった」終演だったのではないかと思います。

芳雄君のいつもながらの名司会者ぶりにも拍手。(今日はちょっぴりぐだぐだな場所もあったけれども(笑))

そして楽日の公演に一言。

hiroがコンスタンツェだった。

嬉しかった。

何はともあれ、キャスト、スタッフの皆様のご尽力に心から感謝!
また、できるだけこのメンバーで早い時期に再演が見られますことを心よりお祈りいたします。
(と、アンケートに書いてきました。)

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『MOZART!』(19)

2007.12.16(Sun.) 12:00~15:20
帝国劇場1階F列センターブロック上手側

1週間ぶりの帝劇は、なぜだか久しぶりな気分。
比較的前方席ながらも、前の席の女性が申し上げにくいながら座高が高く、ちょっと残念な状態での観劇。(もちろんご本人にも帝劇の客席係にも何も申し上げませんが。)

●アドリブ大会発動中

さすがに再々演の終盤戦ラストスパートということもあり、どの役者さんもアクセル全開です。

○「最近、近いのっ」@大司教
一部でもはや鉄板ネタと化しているコロレド大司教の、お手洗いプリーズの台詞。大司教の威厳もあったもんじゃない、と不評の声もたまに聞きますが、自分はおっけーの方です。
祐一郎さんが意識されているかどうかは分かりませんが、コロレド大司教の「威厳」そのものが、美女とのお戯れシーンとともに、「結局大司教様も一皮向けば人間なんですな」という、存在に対するアンチテーゼになっているようで興味深くて。
ヴォルフガングに対するコロレド大司教は、存在自体が滑稽な点もあるわけですね。
ヴォルフガングも相当なやんちゃな音楽バカですが、コロレド大司教にしたところで、貴族の割には妙に世俗的な面も覗く、言ってみると「関係悪化の理由はそれこそ『どっちもどっち』」みたいなところ。
結果的にそれをパロディー化しているような点は、ただ威張るだけでなくて、その威張りに「空威張り」を感じてしまうのは、好きかも。

この日のマチネ、井上芳雄ヴォルフは、やんちゃモード大爆発で、自由自在に暴れまくっていたため、一部「大司教様の言ってること、合ってるんじゃないの?」とか思う場所もあり。

○「借金は・・・『げ』」@レオパパ
再演以降、自然発生したレオパパ本編唯一のアドリブどころ。再々演初日では発生せずに、「市村さんお疲れ?」の判断理由ともなっていたところですが、先週あたりから『うわぁ』が復活、この日のマチネではとうとう↑の通りに。

利息が自動計算でもされるんでしょうか(笑)なぜいきなり気づいたかのような・・・・

借金額を書いてある手帳でバシバシとヴォルフガングを叩くアドリブに、井上ヴォルフも圧倒されることしきり。
会場内でも笑いが起こっていましたし、こういう遊びはただでさえ重い1幕の中では貴重だなぁ。

そのシーンに割り込む高橋由美子ナンネール、いつもと違うパパのアドリブぶりに、一瞬驚きながらも何もなかったように次に進める、うーん、さすがストーリー進行担当兼タイムキーパー。

○息吹きかけは反則@井上ヴォルフ
日増しにお遊び暴走の吉野シカネーダーとのお遊び大会「ちょっぴりハートに」。
再々演ではほぼやるようになった吉野シカからのステッキ奪い取り用のアクション「息吹きかけ」。
そういや、井上ヴォルフがあまりに息を強く吹きすぎて、吉野シカのマイクに音が入っちゃって「ぶぼっ」とかいう音がしたことがあって、さすがにその時には笑ってしまったですよ。


●気持ちは伝えられていく
この日のマチネ、ヴァルトシュッテンテン男爵夫人は、12月から登場の涼風真世さん。

男爵夫人は久世星佳さん、一路真輝さん、香寿たつきさんと4人見ているけれど、今まではマイベストの男爵夫人は、芝居系の久世さんでした。確かに歌は弱かったけど、ヴォルフガングを始めとするモーツァルト一家への愛情に溢れていて、いつも満たされた気持ちになれた。

一路さんはリサイタル風味が強くて、良くも悪くも主役の人だなぁと感じたし、香寿さんは歌には安心して浸れるけれど、貴族の一員としてヴォルフガングを利用する方向性がより濃く見えて、役柄的にはある意味正しいのかもしれないけれど、やはりしっくりこなかった。

それでも香寿さんはアマデに対する「人は忘れる」が愛情に溢れ、ヴォルフに対する「星から降る金」が愛情より利己を感じるのは、ちょびっと不思議。

で、涼風さん。

私にしてみちゃ『るろうに剣心』でお聞きして以来(ずいぶん昔だ)、舞台は前作の『マリー・アントワネット』で初見。
役柄もあったし、マルグリット視点で見たせいもあり、初演限りでお別れしましたが、今回お見かけしまして、ちょっと新鮮な驚きだったのですね。

涼風さんは一度聞いたことがある方なら分かる通り、基本が「アニメ声」なので、正直心配していたのですが、何の何の、マイベストにいきなりの昇格です。

歌えるのは最初から分かっているのですが、「星から降る金」の流れが凄く良いのですよ。
イメージ的には、久世さんの芝居と香寿さんの歌を組み合わせたような感じ。

イメージ的には「母親」的要素が強くて、世俗的(庶民的)な点が強いというか、貴族的な香寿さんとは好対照に思えます。

涼風夫人は、モーツァルト一家へのメッセージ、ということに「星から降る金」が特化しているのがすごく良くて。

男爵夫人4人のインタビューの中で、「ナンネール」という役名を出したことがあるのは、自分の記憶している限り涼風さんだけなのですが、とにかく曲早々からナンネを味方に引きずり込んで、終わった時もナンネに後を任せていくわけです。

この日のマチネをみて思ったのが、タイトルにした「気持ちは伝えられていく」ということ。

「星から降る金」は、男爵夫人が、モーツァルト一家に対して「御伽噺」として「親からの独り立ち」を諭すわけです。
ウィーンに行きたくて仕方がないヴォルフガング。素直に息子を解放できないレオポルト。
弟と一緒に歩んでいきたかったけど、男爵夫人の説得にいち早く気持ちの踏ん切りをつけたナンネール。

ヴォルフガングをウィーンに送り出し、ザルツブルグに残ったナンネールが歌う「終わりのない音楽」、この曲は「星から降る金」のアンサーソングにあたるのですね。
男爵夫人からナンネールが気持ちを受け継ぎ、そのメッセージに心動かされるように、レオポルトは息子への押し付けに別れを告げるのだと。

ヴォルフガングのことを思い、いち早く自分の気持ちにけりをつけたナンネールだからこそ、2幕に歌われる「プリンスは出ていった」は、哀しみを誘います。

この曲、初演の帝劇に至った頃には、恨み節風味が強くなっていて、「逆恨み入ってます!(ショムニ風味込み)」ぐらいになっていたのですが、再演~再再演と至るにつれ、その感じが欠片もなくなっています。

女性であるが故に才能とともに生きられず、「せめて女性としての幸せ」を望んだ、その「ささやかな願い」。

ヴォルフガングはその願いさえも叶えることなく、ナンネールは「最愛の人と一緒になれずに」ベルヒトルトとの結婚を余儀なくされます。

そういう流れでみていった時に、今期のナンネール&ベルヒトルトの通称ブリザード芝居は、そこまでのストーリーを丁寧になぞっています。

再演まではどちらかといえばナンネールが弟の活躍に対し、「夢見る夢子ちゃん」状態だったのが、今期はナンネール・ベルヒトルトどちらもが「かりそめの夫婦」であることを自覚していて、満たされない気持ちをお互いが持っているという・・・・

「君の弟は幸せなのかい?」とベルヒトルトに問われた時、ナンネールは「もちろんよぉ!」と「!」付きで反応するのが再演のデフォルトでしたが、今期はここが相当抑え気味。
言外に「あなたと一緒の私よりは幸せだと思う」あたりの心情を組み入れてるところが流石に芸が細かい。

由美子さんの芝居って元々細かいディテールまでこだわりまくるのが持ち味で、いくら見ても飽きない魅力もその辺にあったりします。

そもそも再演の芝居の時点で相当細かかったのですが、今期は夫・ベルヒトルト役の森田さんとますます「仮面夫婦ぶりに呼吸を合わせて」いて、とにかく徹底的に、あの広い帝劇で、下手するとひとけたセンチの単位で演技してます(笑)。

手順も森田さん含めて相当細かい。

編んでいる編物は、編むことが目的じゃないから気が入ってないし、夫が帰ってきたら籠に無造作に放り込む程度の思い入れしかないし(糸が籠からはみ出てます)、入口の輪投げは輪っかが的に入らないまま放置されていてもそのままだし。

で、そんなナンネールの「気持ち入ってない生活」モードの象徴に、ベルヒトルトはことごとく直しにかかるわけで。輪っかを的に入れる、糸を籠に入れる。
でもって妻の弟の活躍なんて積極的に聞く気もしない。

お互いがお互いに「望まない相手」だということがよく分かる演技になってます。
(史実ではベルヒトルトはバツイチで、ナンネールも最愛の人とは結婚できていません)

再演の時も初演と余りに大きく変えてきて、しかも公演中にどんどん演技を進化させていて、今期はもうやりきったかと思いきや、再々演でもここまで新しい夫婦像を見せてくるとは。

あのシーン、大司教様の「神何故」の直後、恐らく作品中一番大きい落差(動→静)のシーンなわけで、何というか場面変わりすぎなのですが、前のシーンの熱気をいい具合に落ち着かせている感じ。

●カーテンコール編
再々演で何が好きかって、カーテンコールラストの、追い出し音楽への拍手です。
それなりにミュージカルを見ているのですが、追い出し音楽の最初から拍手が起こる作品って、『MOZART!』以外に見たことがないんですね(最後に拍手が起こるのは当たり前として)。

オーケストラの演奏への拍手は、蚊帳の後にいるキャスト、スタッフすべてひっくるめての賛辞なわけで、素直な気持ちで拍手を送るお客さんの一員になれるのが、いつもすごく嬉しい。
なんだか、『MOZART!』って、他の作品と違って「家族」というイメージが強くありますね。
どなたかが「同窓会」って言ってたけど、その気持ちも凄いわかる。

幸い、再々演の男爵夫人のキャスト入れ替わり後も、カーテンコール順が変わらなかったので、心安らかに見れるのもいい。

女性陣、涼風男爵夫人→hiroコンスタンツェ→由美子ナンネールはいつも拍手しつづけますので、たまに腕が吊ります(笑)。

由美子さん、今日はいつもよりお辞儀が長く、深々と挨拶していたところに充実感が窺えます。
オーケストラにVサインして(調子のいい時はこれをされてます)舞台壇上のドレス姿のアンサンブルさんにガッツポーズをしてます。いまだ誰相手だかわからないのですが。
初演組の碓氷マキさんでも河合篤子さんでもなさそうな気が・・・

hiroだけに拍手しない、と明言してる人もブログでは結構見かけますが、必死に役に付いていこうとしている努力家さんにそんな仕打ちをする気には、私はなれません。
ただ、拍手への気持ちの入り方は正直な気持ちが反映してしまうけれど。

hiroさん、悪くはないと思うんだけど最初のこの役が難役すぎた・・・・

カーテンコールは、数日前から市村さんが由美子さんを笑わせまくるのがデフォになっているらしく、この日も市村さんに笑かされて満面の笑みを浮かべ、市村さんがあまりのオーバーアクションで手を振りまくるので、ぶつかりそうになってあわてて「まったくもぉ」って感じで笑いながら手を払ってる始末(笑)。

15日から、劇場で売られるパンフレットは再々演2版目となり、稽古場写真から舞台写真に変更されました。値段は据え置き(1,500円)。
全体的に舞台写真のセレクトが上手く、いい形にまとまっています。

●公式動画
東宝公式「モーツァルト」blogのキャスト紹介に、ナンネールの動画が上がっています。

キャスト紹介は、シカネーダー・大司教・男爵夫人(香寿夫人千秋楽、涼風夫人初日)の順で上がっていきましたが、その後更新される気配も全くなく。

正直、思ったより人が入ってるんですね今回の再々演。
確かに得チケも出ているとはいえ、2005年の4都市公演の時の空席が記憶に新しいところから見れば、驚くほど人が入ってます(日曜日のマチネは全席満席でした。満員御礼は出ませんでしたが)

そのせいもあってか、無理して宣伝してないように思えて仕方がないんで、それでキャスト紹介も進まないのかなと。

で、一計を案じまして。ちょっと内緒話なので、反転。

1週間ほど前に、東宝さんのblogの鹿さんのところにコメントを。

「キャスト紹介、ぜひ初演キャスト未登場組も載せてくださいませ」と、ダメ元で。

その時に挙げたのが、由美子さん演じるナンネールと、阿知波さん演じるセシリア。
(市村さん挙げるといの一に市村さんになりそうな上、ホリプロだから色々時間かかりそうで)

それが功を奏したのかはわかりませんが、動画を載せてもらえて嬉しかった~。

初演以来、一度として動画が劇場の外で流れたことがないんじゃないかと(正確には今回の再々演のゲネプロの動画で「終わりのない音楽」が日テレのワイドショーで数秒流れたことがあるそうです)思うんで、嬉しかったですね。

さてあとは日曜マチネと火曜マチネ(大楽)。
泣いても笑ってもあと2回。
後悔することなく終わりたい。

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『The Light in the Piazza』

2007.12.9(Sun.) 13:00~15:50 ル・テアトル銀座11列センターブロック
2007.12.10(Mon.) 18:30~21:10 同上18列センターブロック

当初1回だったはずの観劇が、なぜか2回。
9日の初見で音楽の綺麗さと、2幕の良さに釣られて、帰宅後速攻で購入した10日のソワレ。
平日ソワレはアフタートーク付ですが、迷うことなく島田歌穂さん&新妻聖子さんの「エポニー’S」@歌穂さん談の回を選択。

※ちなみに、当日券はごく少ししか出ておらず、ぴあ・イープラスともに残席わずか。
この作品、フジテレビ主催のミュージカルなので、フジテレビエンタメ事業局オンラインチケットが、前日までセブンイレブン発券でチケットを販売しているという、実は穴の話。
しかも、前日購入で18列センターブロックという、音響・見た目ともに結構いい席が来まして、良席取るならやっぱり主催者だな、と実感。

初見の印象では、2幕が伏線張りつついい具合に裏切ってくれるので、いい意味での爽快感があってよかったのですが、2回目となると次に何が出てくるのかわかるので、物語としてはちょっと物足りなくて。

もちろん曲は良くて歌唱力抜群の歌穂さん、新妻さん、シルビアさんの組み合わせですから、歌に心配する必要なんて欠片もないわけですが、そう思ってしまうということは、ストーリー的にはそれなりに平凡なのかも、とちょっと思ってしまったりします。

この作品の私的ポイントは何を置いてもヒロイン・クララ役の新妻聖子さん。

「かわいい」です。びっくりするほどに。

新妻さんの舞台作品はストレート以外全部見ていますが、いまだかつてどの役でも、新妻さんにこの形容詞”だけ”は使ったことがなかったのです。「パワフル」とか「強い」とかはいくらでも言った記憶があるのですが。

儚げな、守られるイメージの役自体がいままでなかったので。キムもマルグリットも、エポニーヌさえ、基本は攻撃的な方向性。

「マドモアゼル・モーツァルト」では多少「女の子」っぽい感じはありましたが、「元が男」という設定だったので、「変な女装」に近いものがあって、あれを儚げというには相当無理がありましてですね・・・・

イタリア・フィレンツェで初めて出会い、一目ぼれした相手・ファブリーツィオが「自分の気持ちが伝わってるんだろうか」と悩むところに言う「伝わってるよ。」って言葉とか、
「何を言えばいいのかわからない」彼に言う「言って言って!」って言葉とか、
言葉にすると表現しきれないのですが、正直パワフル系の新妻さんのイメージからはちょっと想像つかない繊細な感じはとてもいい感じ。

以下はネタバレ発動です。
これからご覧になる方は、観劇されてからご覧になることをいつもに増してお願いいたす次第。










クララは12歳の時のケガで心の成長が止まってしまい、「外見26歳、内面12歳」の女の子のため、ファブリーツィオとの恋愛を、母・マーガレット(島田歌穂さんが演じています)はひたすら止めようとします。

結婚を申し込まれたクララを前に、マーガレットはローマへ連れ出して。

失意のクララはやけになって世界遺跡を靴で叩きまくるあたりとか「かわぇぇ」なのですが、ここでの母娘喧嘩が壮絶で。
娘はファブリーツィオに一言も告げずにローマに連れ出されたことに、今までの不満を爆発させるかのように母を攻撃します。
その言葉が、もう、母にとっては「言葉の刃」以外の何物でもないのですね。
しかしながら、実はその言葉は、母にとっては「図星」でもあったりします。

「娘のため」じゃない、「お母さんのため」にお母さんは言ってる、
娘を母の思うように動かすことが嬉しいんだと。

母親は言葉の刃での痛みに耐えながらも、娘の成長に気づかされたんだと思う。
守ってきた自分が娘の「障害」だと気づいた時、「娘の幸せのために何ができるか」を原点に立ち戻って考える勇気を持てたと。

昔、読んだ小説(*)の中に「障害を持った彼と付き合いたい彼女が、父親とぶつかる」という場面がありました。
その時の小説版に、こんな趣旨の台詞がありました。

「彼は身体に障害を持ってるけど、お父さんは心の障害を持ってる。
お父さんより彼のほうが、ずっとずっとしっかり生きてる」

(*)折原みと先生の『時の輝き』。
映画版(1995年・松竹系)では、「彼」が山本耕史さん、「彼女」が高橋由美子さん、「父親」が橋爪功さんでした。
この作品では、厳密には「障害」というよりも「死に至る病(=骨肉腫)」でした。


舞台でマーガレット・クララが激しくぶつかり合うシーンで思い出したのは、なぜかそんな言葉。

子供の自立のサインというのは、必ず親を傷つけるもの。
だからこそ、親は子育ての卒業を、子供の成長をもって終わらせなければならないのだなぁと。

ここ1ヶ月リピートしている帝劇「MOZART!」もある意味「子供の成長を見届けるまでの親の苦悩」の物語でもあるわけなので、どうも最近そういう物語ばかり結果的に見ているような気がします。


クララは障害を持っているという設定ですが、その分、大人だと恥ずかしくて言えないこととか、なぁなぁに済ませたがるところにも、純粋に反駁します。
圧巻なのはシルビアさん演じるフランカが、ファブリーツィオを誘惑する場面。

フランカは既婚ですが、大高洋夫さん演じる夫との関係が冷え切っており、常に怒っている女性(事実上この作品唯一の悪役ともいえます)。フランカがファブリーツィオにキスをしたことに烈火のごとく怒るのですが、その怒りが至極真っ当で。
「私から彼を取らないで」まではまぁわかるとして、「夫と妻は支えあって生きるべきだ」とフランカを責めます。

それに対するフランカの反応が。
これは完全ネタバレなので、ここでは省略します。

クララもピュアな女の子だけど、
フランカも根は悪い人なんかじゃない、愛情に飢えてただ意地を張っていただけなんだと思えて、爽やかな風が吹き込んだように思えた。

※ちなみにこの曲が、新妻さんは一番難しいシーンだそうです。
じっとしていれば普通に歌えるけど、感情をこめると全然ダメ、だそうです@アフタートーク本人談

その後、結婚式を迎えるにあたりマーガレットと夫との間に微妙な空気の違いが出たり、またとあるきっかけでクララの障害が明らかになるのだけれど。

ファブリーツィオの父・ナッカエリ氏(鈴木綜馬氏が演じています)はとある事情でクララとファブリーツィオ氏の結婚を破談にしようとするのですが、説得に訪れたマーガレットに対して理由を「年齢の差」と明かすのです(ちなみにクララが6歳差。パンフレットによれば、当時(昭和28年)のイタリアでは、今の3倍ぐらいの差と見られただろう、と記載があります。)

他の方のブログを読んでいて納得したことがらなのですが、
「相手を傷つけないように年齢を理由にしたけれど、ナッカエリ氏はクララの書いた文字を見て、その子供っぽさから尋常ならざる事態に気づいたのだと・・・・年齢の差はあくまでナッカエリ氏の優しさを表現したものであったのだと」

それを見て、正直「へぇー」と思うことしきり。
実は初見では「国籍」の差だと思っていたのですが(アメリカは戦勝国、イタリアは敗戦国です)なるほどそこにイタリア人の紳士ぶりを見るか、と思うとちょっと感心したのでした。

何はともあれ、全編に亘る、今までにない新妻さんのピュアな演技と、繊細な歌は心地よく、もちろん母親役の歌穂さんのコメディを織り交ぜた演技も、舞台にしっかりと根を下ろしています。

旋律はいい曲ばかりですが、2回聴いたのになぜか曲としてはっきりと根を下ろす感じがしないのが玉にきずで、評価が分かれる所以なのかもしれません。

歌は難曲そろいとのことで、10日本編終了後のアフタートーク(歌穂さん&新妻さん)の際に披露された、新妻さんのお得意の名言で締めたいと思います。

「聞くは天国、歌うは地獄」

「聞くはうっとり、歌うはぽっくり」

・・・・新妻さん、あなたは落語家ですか(笑)。

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『MOZART!』(18)

2007.12.6(Thu.) 17:45~21:10 帝国劇場1階F列サブセンター(上手側)
 井上ヴォルフ/野本ほたるアマデ

2007.12.8(Sun.) 17:15~20:40 帝国劇場2階最後列サブセンター(上手側)
 中川ヴォルフ/田澤有里朱アマデ

 中1日での両ヴォルフ観劇、今期の観劇で最も短い間隔でのこの2回。
それなりに前方(M!では経験上一番前)の6日ソワレと、最後列の8日ソワレという違いはあれ、記憶が新しいうちに両ヴォルフを観れる機会。

 以前はマチソワで両ヴォルフを観るというのも、実は2005年に2回ほどやってますが(2005年はゲキシネ「SHIROH」との中川マチソワっていうのもやってる・・・昔は体力あったなぁ)、さすがに最近マチソワに体力の限界を感じるので、日を変えての観劇です。

 観る方でそんな感じなんだから、毎日マチソワやってる300回超キャストは、うちのご贔屓さん含め、井上君に「鉄人」呼ばわり@300回挨拶 されるだけのことはありますわ。

○大司教様の後悔
 今期版で特に中川ヴォルフ版に見える変化。
 コロレド大司教を侮辱して館を追い出されて、でもヴォルフは自由になれたことに喜ぶ場面。

 ここで、再演までは大司教は「ざまぁみろ」みたいな反応だったんですが、今期はどうも違います。
 アルコ伯爵に「そいつを放り出せ!蹴飛ばしてな!」と言った後に、「あ、言っちゃったよ。勢いで言っちゃったから取り消せないけど、本当はヴォルフガングは才能があるから自分の下に置いておきたいんだよな。」みたいな反応が

 妙に心配そうにヴォルフガングを見つめる大司教様がなんか優しいです(笑)。

 ヴォルフが「自由だ~」と叫んだ時に、「よしよし、打たれ強くて結構なことだ」と安心してる様子がなおさら面白くて。

 コロレド大司教って、貴族にしては才能を見抜く目には長けていたようで、最後までヴォルフガングを自らの手元に置こうとして、道化師のような役回りになってしまっていますが。

 レオポルトを呼び出した時に、レオポルトは「愚息にはそのような慈悲は値しません」と答えていますが、これは「プリンスは出ていった」で「彼を通し生きよう」と子離れしたレオポルトにとっての、せめてもの親心だったと思うのですね。

 自らの才能で生きていけるようになったヴォルフガングを、大司教の元に戻すことは、息子にとっても最善ではない、だからこそ自らが道化師として大司教の怒りを買うように仕向けたのだと。

 レオポルトにしたところで、才能はあった(と史実で言われている)ナンネールの息子だからといって、それ即ちヴォルフガング級の才能があるなんて、すぐさま信じようもないわけで。

 そもそもヴォルフガングの才能はレオポルトの血筋を引いたからとも言えないわけで(パンフあたりの解説では、レオポルトはモーツァルトに比べれば、才能豊かな音楽家とはとても言えないわけで)、「レオポルトの血を引いているから才能がある」という理屈は変なわけで。

 レオポルトが妄想癖に入り込んでる、と思いつづけてみてきたこのシーンですが、そう思うと、「ヴォルフガングに大司教を近づけさせない親心」として見えてきて、レオポルトってすごい人だ、とじーんとしてしまったのです。

○ナンネールとヴォルフガング
 今期ますます演じ分けがはっきりしてきたナンネール。

 「赤いコート」の井上版、小悪魔的反応(←なんなんだこの命名(笑))はこの日(12月6日ソワレ)は鳴りを潜めていて残念だったけど、マチソワで中川君がマチネだと、ソワレの井上君はある程度ノーマルバージョンになるように見えます。マチネの感触が残ってるというか。

 そして、2人を見ていて思いついた印象。

 井上ヴォルフ版は、ナンネールが恋愛感情のある姉、レオポルトは父親。
 中川ヴォルフ版は、ナンネールが年上のいとこ、レオポルトは面倒見のいい叔父さん。

 我ながらなんという喩えをしているのだろうと思いますが、井上版は「才能より家族」という印象が強いのですね。

 「星から降る金」のシーンでナンネールが叫ぶ「あんたいつも言ってたじゃない。神様の次に大切なのは、『パパ』だって」という言葉に、井上ヴォルフは反応するのですね。父親の大切さを思い出したかのように、ナンネールの言葉に頷くんですが(そんなこんなでここは井上版が大好きなんですが)、このシーン、中川版では少なくとも12月8日ソワレで見た限り、一顧だにしないのです。

 中川版は「家族より才能」という感じで、直接的に自分の才能の障壁になっているレオポルトはもちろん、ナンネールにしろ「同じ屋根の下で暮らしている」けれども、肉親の情のようなものはかなり薄く思えます。

 井上版の場合、ここでナンネールの言葉にぐらっときながらも、アマデに引っ張られるように男爵夫人の敷いたレールのもとウィーンへ。そしてウィーンで成功するわけですが、父親にはその成功を認めてもらえずに。

 父親と真にわかりあえる機会を逃したまま、父親の死を、それも大切に思っていた姉から知らされ、「裏切った、許さない」とまで言われて、支えられる幹を崩されたかのようにぼろぼろになっていくわけで、井上ヴォルフ。それは、「家族のために成功しようとした音楽家」のようにさえ見えて。
 そんな感じもあって、井上版はコンスタンツェの存在価値が驚くほどに薄くて。
 コンスタンツェいなくてもこのストーリー成立するんじゃ、って思えてしまって。

 ただでさえこの舞台で新人ということで厳しい評価を与えられることが多いhiroコンスタンツェにとって、さぞかしやりにくい感じに思えます。

 12月2日ソワレでhiroコンスタンツェに感じた、「丁寧な台詞遣い」が、12月6日ソワレではほとんど感じられなくて、愕然としていたのですが、12月8日ソワレで見た時には、それなりに魅力ある、筋の通ったコンスタンツェが見えた(もっと上を目指して欲しいけど)。

 で、何でかなぁと思ったのですが。

 中川版の場合、コンスタンツェを求めた理由が、分かる気がするのですね。
 「家族より才能」で生きた中川ヴォルフは、寂しさを和げてもらう相手がいなかったと。その心の隙間を、コンスタンツェが埋めたんだなと思うと、史実というか、モーツァルトの人物としての物語からすると、もしかするとこっちが正しいのかもと思った次第。

○拍手というものの悪魔
 ミュージカルたるもの、曲の間とカーテンコールに、演じる役者への「拍手」をする時間というものが存在します。

 今回、初演続投キャストがほとんどの中、hiroさんへの拍手が、心なし少な目という意見をよく耳にします(実際に劇場で聞いてもそうです)。

 この作品は公演毎に女性キャストのカーテンコールの順序が変わっていて、今年の順番は「男爵夫人→コンスタンツェ→ナンネール」の順で、2002年以来の「MOZART!」ファンとしては(つかナンネール推しとしては)、涙なしには見られない順序だったりします。

 由美子さんが2002年に東宝のデビューをして以来、女性キャストのトリは「レ・ミゼラブル」(ファンテーヌ役/エポニーヌと手を繋いで出てくる)、「SHIROH」に続き3度目(つまり「ミス・サイゴン」だけがトリを経験していません)。

 「MOZART!」でのトリは2002年以来の初演キャストでありながら、常にコンスタンツェがトリを占めていて、初演の松さんの格がずっと継続。
 んで、1回り下の大塚ちひろちゃんがコンスタンツェをやった時に今度こそと思ったら、一路さんが男爵夫人ということで格上になり、それでカテコ組替え。
 よくよく考えると「よく不快にならんなこれで」と思ってしまうような扱いをされておりまして。

 で今回の順序だと、男爵夫人(香寿さん→涼風さん、キャスト代わり後もほとんど拍手は同じ)で大きくなった拍手がhiroさんで小さくなって、由美子さんで大きくなって、祐一郎さんで更に大きくなって・・・という図式になるわけで、まぁその場でそんな立場になったら正直凹むだろうなぁ、と同情を禁じえないわけですが。

 が、よくよく振り返ってみると、コンスタンツェは劇中ではずいぶん拍手ポイントがあります。
 「ダンスはやめられない」もそうですし、忘れられがちですが「まともな家庭」(ウェーバ家一家のすちゃらかシーンです)も、拍手シーンです(最近はお義理が多い印象ですが)。

 それに対して、「裏ヒロイン@小池先生命名」のナンネールは、拍手ポイントがほぼ皆無です。

 「赤いコート」:先に退場。
 「まぁ、モーツァルトの娘さん(野菜市場)」:上がりまくったテンションがアルコ伯爵の妨害で超低テンションで終わる。すぐ「心を鉄に閉じ込めて」へ移行。
 「星から降る金」:男爵夫人への拍手。
 「終わりのない音楽」、「プリンスは出て行った」:後にいずれも大司教様を控え、めったなことで拍手は起こらない(たまに発生するのは「終わりのない音楽」)
 「ウィーンからの手紙」:別名「夫のベルヒトルトとの仮面夫婦大会」は歌ではなく。
 「パパが亡くなったわ」:踵を返すようにいなくなる。
 「影を逃れて」:絶妙な泣き顔への拍手はしようがなく、カーテンコールへ持ち越されます。

 これだけ出ていて拍手ポイントが事実上一度もないというのも、よく考えると凄いもんで、初演時に由美子さん自身、「ストレスの溜まる役」「地と違いすぎてどう作っていいものか悩む」と言っていた気持ちがよくわかる気がします。
 それなのに、既に300回出演を超えて、いまだに連続出演更新中。

 由美子さん自体、どんな作品でもカーテンコールが超あっさり目というのが他の役者さんに比べると顕著なのですが、本編でも拍手をもらうポイントに恵まれず、カーテンコールでもことさらに拍手を浴びることに固執しない、不思議な女優さんでして、ふと思ったのが、「拍手される(ない)ことに気にするぐらいだと、この役は続けられなかったんだろうな」ということ。

 本編こそが役者の本領みたいなところを地で行っているところは、この作品の初演でコンスタンツェを演じた松さんに通じるところがあるような気がします。

 ま、何がいいたいかといえば、「拍手はもらえるに越したことはないけど、拍手に一喜一憂する必要がないのが役者」ではないかなぁ、と。
 目に見えるところだけで仕事の評価はされるものではない、というのは自分にも言い聞かせるべきものなのかもなぁと自答してみたりします。

 はてさて、明日(日が変わって今日)は「ライト・イン・ピアッツァ」ということで「MOZART!」は中休み。
 評判が良さそうなので、楽しみに今年最後の新作へ行ってまいります。

○ちょびっと余談
 12/6ソワレと12/8マチネ、前述の通り、1F前方と2F最後部という、極端な席の違いでの観劇でしたが、由美子さんの声はほとんど同じに聞こえました。1Fでは「この音小さいんじゃないの?」と思う音が、2Fで「同じように聞こえる!」というのはちょっとした驚きでした。

 1Fでも2Fでも同じ大きさで響くのは祐一郎氏も、ですけれども。

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『MOZART!』(17)

2007.12.2(Sun.) 帝国劇場 1FS席(20列前後下手側)

この作品27回目の観劇は、この作品の300回達成公演。
貸切(イープラス、UCカード、セゾンカードの3社相乗り)ということもあり、普通の貸切と同じかな、と予想しつつも帝劇へ。

以前も書いたことがありますが、自分にとっても帝劇デビューのこの作品。
これを機に数えてみたら、帝劇観劇はもう50回を軽く超えていました。わずか5年で50回超えてるということは、年10回通ってるということで・・・・大丈夫か、自分。

●赤いコート
初演、再演、再々演、でヴォルフがどっちかによって全然展開が変わるこのシーン。

今期初回の井上芳雄ヴォルフ(11月22日ソワレ)では、赤いコートに隠れてナンネールにおちゃらけるシーンでの高橋由美子ナンネールの反応がツボで。

「だれ?」

・・・うーん言葉にできない。

振り向きもせずに言った言葉なのですが、ニュアンスが「またヴォルフガングのいたずらね・・・何度言ったら分かるのよもぉ・・・いつまでたっても子供なんだから・・・でも楽しいからいいや乗っかっちゃえ(笑)」みたいな感じで。

言った後流し目でヴォルフガングをいたずらっぽく睨むという小技まで含め、たった2文字1語でこれを表現する由美子さんの演技ってさすがに細かい。

この日のソワレではその「いたずらっぽい反応」がちょっと薄かったかな。

ちょっとびっくりしたのは、レオポルトが出てくる直前、ヴォルフがナンネールの膝にちょこんと乗っかって「もぉ」って言われてるシーン。
今期はよくやっているそうですが、前期以前では全く記憶になく、自分自身は初めて見かけました。
大層楽しそうですごく微笑ましいです。
由美子さんも初演から5年、「人は忘れる」の前のシーンの高音は意識して若い声を出すようにしていますし、このシーンも意識して遊びを入れている感じ。

仲のいい2人が姉弟として素で遊んでいるような感じさえ見えるこのシーンですが(中川君より井上君の方がここは妙に呼吸があってる)、鏡を間に向かい合ってお互い両手を同時に広げるあたりの小ネタ、2人して遊んでます。

由美子さん基準でヴォルフを見ると、今期のヴォルフに関しては中川君には片寄せして合わせる感じですが、井上君とは一緒に合わせる感じ。かつて相手役をやった時(「バタフライはフリー」)の呼吸の合わせ方が今でも生きている感じがします。(中川君とは「SHIROH」でも共演していますが、相手役ではなく、このときも片寄せして合わせてる感じでした)

●星から降る金
2005年再演(大阪)以来、何度となく拝見した香寿男爵夫人も、2007年までに限れば私にとっては今日が千秋楽(出演自体も12月5日で終了)。

歌の安定感に酔いしれられる素敵な男爵夫人でした。
ナンネール視点の自分にとって物足りなかった星金スタートの時のアイコンタクトも今日はばっちりですごく満足。

歌の前、レオポルトの借金額言うまでの「うわぁ」が再演以来久しぶりに復活し会場から笑いが。
リピーターがいかに多いかを実感します。

そういえばヴォルフとレオポルトのやりとりは「パパ」とナンネールが言うことで中断されるはずなのですが、この日はなぜかレオポルトがそれに気づかず。とっさの判断で由美子さんが再度「パパ」を言って本線に戻しました。相変わらず芝居上のリカバリーは上手です。

井上ヴォルフ限定ですが、星金を聞く前にナンネールの肩を抱いていたシーンがあって、「姉さん、僕は大丈夫だから」と表現してるようなシーンにじーんと来てしまう。
姉弟というだけではなく、どことなく恋愛感情も含んでいるように見えたかも。

今期の井上ヴォルフはそんな何気ない仕草がすごく魅力的に見えます。

そんなシーンがあってから聞く「星から降る金」、そして3人(レオポルト、ヴォルフ、ナンネール)のお互いの相克シーンが凄く良くて。

「あなた言ってたじゃない、神様の次に大切なのは『パパ』だって」

ここの演技も由美子さん変えてきました。11月23日以降見ていませんでしたが、10日間の間に変わったらしく、パパを指さしながらヴォルフを説得するという技に打って出ました。いい意味での必死さにヴォルフも自然に頷いてるように見えて、このシーンこんな風にも演じられたんだ、とちょっと意外。
今期は、由美子さんは台詞の喉と歌の喉をどうも別々に使っているような感じで、今までは「そんだけ叫ぶと歌に影響でます~」って感じだったのが、「違うところから声出してるから大丈夫ですね」みたいに感じます。

●終わりのない音楽
オルゴールによく合う音楽なだけに、一部には眠気を催す音楽といわれるこの曲。

再演まではメロディーラインに合わせて流す印象が強かったのですが、今期は相当丁寧な歌い方をしていて、いつにもまして歌詞がはっきり聞こえます。(ただし音量は抑え目)

由美子さんの場合、この曲に限りませんが、全体的に伸びる音を上手く使っている感じで、1年間ミュージカルやってなかったにしては、テクニックは巧みになっている感。声量的には絞っているけど、伸ばす声を最大限活用して、耳障りのいい歌声になってる。

この日、レオポルトが一拍ちょっとつっかえたシーンがあったのですが(演技にも見えたけど)、そのシーンを見た直後に「私ががんばんなきゃ。」って感じで存在がぐっと大きくなった瞬間があって。

「私がお父さんを支えるの。」って感じが見えたの、もしかして初めてかもしれない。
(市村さんがスタート地点からかなり弱い感じが見えるのが今期版の特徴かと)

それでか、この曲の終わりに、レオポルト演じる市村さんが、由美子さんの肩をぽんぽん、って叩いていたシーンがとてもじーんと来て。

ナンネールとレオポルトって、娘と父の関係のはずなのですが、父の視線は息子のヴォルフガングばかりに注がれていて、1幕1場の「奇跡の少女です」以降は使用人みたいな扱いしてるんですね。
少なくとも才能は「使いようがない」と思ってるのが悲しい。

レオポルトにしてみれば、ナンネールは「もしお前が男なら、音楽を続けさせた」存在なんですよね。でも、男ではないから音楽家としても蚊帳の外だし、自分の子供としても扱いは2の次、3の次。ナンネールはそういう意味で、親から愛情を注がれなくなった存在とも見えます。

そんな扱いを受けつづけたナンネールなのに、それでも父親の自分を思ってくれたことに気づいた、父親の精一杯の感謝の気持ちが「肩をぽんぽん」、なのだと思って見てしまうと、すごく泣けて。

この作品のヴォルフガングとレオポルトが「親子なんだなぁ」と思うのは、「自分の正直な気持ちを表現するのがとても下手」ってことなんですよね。

ヴォルフガングは父親に認められたい、その一心で自分なりに努力したけれど、父親の言う通りの道は進まず、コロレド大司教の顔に泥を塗った形になって、父親の体面は失われた。それによって、父親はヴォルフガングの気持ちを正面から素直に受け入れられなかった。

父親も、そんな微妙な気持ちをヴォルフガングに正直に打ち明けられずに、どこか理屈でヴォルフガングを納得させようとして、「実績」を残したと信じているヴォルフガングに反発される。

「心を鉄に閉じ込めた」のはレオポルトも、ヴォルフも、実はナンネールも同じ。

「心を鉄に閉じ込めた」ままヴォルフの影として存在していることを自ら納得していたナンネール。
だけれども、レオポルトを「心を鉄に閉じ込めた」まま生涯を終えさせてしまったのは、ヴォルフガングのの存在・素行と思ったからこそ、ナンネールはヴォルフに、あそこまで辛く当たったのだと。

がしかし、ヴォルフガングが夭逝し、アマデの箱を見つけたナンネールは、ヴォルフも「心を鉄に閉じ込めた」存在だったことを知るわけです。「才能」というものに翻弄されたヴォルフの苦悩が見えた。
だからこそ、自分がヴォルフガングを責めたことをも、自らへの責めとして「影を逃れて」に気持ちを込めているように思えた。

ナンネールにとっての「影」は「ヴォルフガングにとっての影の存在」であると同時に、「ヴォルフガングの本当の気持ちを汲み取れなかった自分への後悔」でもあるように思えながら、いつも見ている由美子さんの壮絶な表情を見ていたのでした。

●カーテンコール
前述の通り、今回は300回達成公演ですが、あえて「300回記念公演」と書かなかったのは、この回が貸切だから。

「記念」であるからには普通一般発売するわけで、貸切公演で300回を迎えるあたり、商売っけのない「MOZART!」らしいというか何というか。小池先生、この作品完成度上げる気はあるけど、商売する気はないんですよね?(笑)

ちなみに「MOZART!」の上演履歴を載せておきます。

初演(2002年) 日生劇場(東京)       37回
       シアタードラマシティ(大阪) 21回/累計58回
       帝国劇場(東京)       38回/累計96回
再演(2005年) 梅田芸術劇場(大阪)     31回/累計127回
       帝国劇場(東京)       76回/累計203回
       中日劇場(愛知)       38回/累計241回
       博多座(福岡)        38回/累計279回
再々演(2007年)帝国劇場(東京)       53回/累計332回

特別カーテンコールは通常の貸切と同一仕様で、ヴォルフ&アマデ(今日は野本ほたるアマデ)のご挨拶ですが、井上君発言によると、ヴォルフガングはこの日までで井上君が159回だそうです。

300回の区切りなのに貸切にしたのは、東宝のミスオペレーションなのか、それとも特別な区切りでもないからあえて貸切にして特別カテコを排除したのかはわかりませんが、あえて「MOZART!」なりの後者のこだわりと好意的に認識しておくことにします。

次回は12月6日のソワレ。
仕事の絡みが気になる平日ソワレですが、涼風夫人初日、どんな具合になるのか楽しみ。

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