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『SHIROH』を語る。(32)

2007.3.4(Sun.) 15:20~19:00 15分休憩あり(90分/105分)
新宿バルト9 シアター5

舞台観劇13回、ゲキ×シネ東京鑑賞5回を数えたこの作品、自宅のDVD鑑賞まで含めると24~5回見てるこの作品。
ゲキ×シネ東京再び、ということで先月メタマク以来の新宿バルト9へ。

新宿バルト9は新宿通り沿いの丸井の9階になりますが、普段新宿東口に縁のない自分にとって、新宿通りと靖国通りの違いがいまいち分からないという(苦笑)。
バスを降りた新宿五丁目は靖国通り。そこから丸井を探そうにも伊勢丹しか見えないって訳で。
ちなみに新宿通りは靖国通いの南側。伊勢丹の北が靖国通り、南が新宿通り。

前回エレベーター待ちに懲りたので、B1Fに降りてそこからエレベーター利用。同じこと考える人はあと数人いたぐらいで、ちょっと不思議。

先月のメタマクは405人収容、この劇場2つ目に大きいシアター6での上演だったのに対して、「SHIROH」は226人収容のシアター5。とはいえ「SHIROH」についてはシアター4(80人収容)の1週間の上演延長が決まったため、実際はどちらも会期中の席数は5000人クラス。

座席の作りも良く音響も良く、自分の席がセンターから外れているとはいえ視界も良好なのですが、体調不良もあって、一幕は正直長くて長くて。もともと一幕が長いのに輪をかけて自分の体調を呪わずにいられず。

この作品何度も見ているのですが、ご贔屓さんの出演シーンを除くと、舞台・映像に鷲掴みにされる瞬間は回ごとに違って。それがこの作品をリピートする時の楽しみでもあります。

今日は初めてといっていいほど、シローの「まるちり」で持っていかれたのが意外。基本的に諸々の立場からしてシローより四郎という私なのですが、今日はなんだかシローの存在が大きく感じた。

今更ではありますが、ネタバレ全開です。
回避希望の方はお早めに、よろしくお願いします。


今日見て感じたのは「信じる」ってことの大きさ。

この作品の主要な登場人物で生き残るのは、一揆軍側が寿庵ただ一人。幕府側は伊豆守とお紅。
以前も書いたことがあるのですが、伊豆守はお蜜に「あんたは何を信じるんだい」と問われて「俺は何も信じない。ただ仕事をするだけさ」と。お紅はお蜜に「誰も信じないのが伊賀の忍びだろ?」と言っています。

「信じた人」(寿庵)と「信じなかった人」(伊豆守・お紅)の対比。
そして「信じなかった人」がシローとのかかわりを通して「信じる」気持ちを持った人(お蜜)。

この作品で寿庵が最後に生き残るシーンは、いつ見ても絶句するぐらい悲しいのだけれども、ふと、「信じなかった人」に目を向けると、実はそちらの方が不幸にも思えてくる。

お紅は「なぜ姉さん(お蜜)が死んであなた(寿庵)だけが生き残ったのか」の答えを見つけ出せずに、寿庵を問い詰めているのですが、寿庵は恐らく答えないだろうし(最後のシーンの「これが原城で起こった全てです」という言葉には「見て分からない人に説明しても分からない」という思いを感じるし)、お紅は永遠に答えが出ない苦しみを持ち続けることになるわけで。

寿庵は確かに一人残されるんだけれども、キリシタン3万7千人、それにはかつてのライバルでありスパイでもあるお蜜も含むわけですが、四郎を含めて皆が天から見守ってくれるという思いがあるわけで。
原城にいたキリシタン側で、唯一「一人きりで現世で生き延びていける人」のように見えるから、この作品はきっちり締まってる。

四郎を遺したら、寿庵を喪ったらまた自分を責めることになるだろうし、シローもどうにもお蜜がいないとどうしようもなさそうだし、お蜜にしたところでシローの歌はまだまだ聞いていたいだろうし。

実はリオも寿庵とかなり近い位置に見えて、役柄的にはかなり「孤独OKグループ」に属していそうなのですが(演じている大塚ちひろさん自身は相当な淋しがりやみたいですが)、そこでリオを生き返らせずに寿庵を生き返らせたのは、四郎がそれを望んだからなのだろうな、と思う。

誰もを「信じた」人だったから、全ての人の想いを受け継いで生き残ることの意味も理解できた。

最後に四郎に生を与えられ、呆然とした寿庵の表情は、まさに「捨てられた子犬」のよう。

しかしその一瞬の後、自らの使命に納得するかのように表情を引き締め、悟りを開く表情への動きは、いつ見てもこの作品の白眉だと思う。

由美子さんは表情変えの名手で、この舞台で思いつくだけでもけっこうあります。

1.「四郎様はそう思いませんか?」で満面の笑みから、四郎に同意してもらえず、一瞬で落胆に突き落とされる
2.「本気にしますよ」~「冗談です」の恋する乙女からふくれっつらに変化
3.「戦おう最後まで」がお福から発せられた時の皆を咎める表情(これだけDVD、ゲキ×シネでは見られない)
4.盃を一気飲みしたところを四郎に見られて、一瞬にしておすましモード(いわゆる、”手遅れ”ともいう(笑))

当たり前なのですが、ゲキ×シネ版はいつ行っても映像は変わらないわけです。
DVDも出ていて映像も同じわけですから。
が、どうもこの作品、DVDで全編見るのは今となってはかなりキツイ。その分、場面をスキップしたり副音声で爆笑したりはできるわけですが、何しろ題材が重いだけに、「出かけて行って見る」のがちょうどいい座り、な気がしています。

当初上演最終回の金曜日夜で再度見て、延長期間は平日に都合が付かずに見送ることにしました。ちと残念。

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