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『マドモアゼル・モーツァルト』

2005.7.31(日)18:00~20:35 パルコ劇場

もう一つのモーツァルトのストーリー、演目と主演に釣られて見に行ってしまいました。
今月2回目のパルコ劇場。まず見終わっての第一の感想。

2作続けてこんな凄い作品持ってきて、パルコ劇場はあなどれん。

でした。

脚本に若干の非一貫性は感じられる(後述)ものの、重厚感のある音楽、流れが切れない役者の動き、染み渡る歌声に的確な演技、どれも相当の完成度です。

現在リピート中の東宝・帝国劇場『MOZART!』と同一人物を描いた物語だけに、どうしても同じところ・違うところが気になってしまいます。

ネタバレが入りますので、お気になさる方は回れ右をお願いします。


役柄的な違い
・ヴォルフガング・モーツァルトは女である。(但し、大部分男のふりをしている)
 役中の呼び名は男では「ヴォルフィ」、女では「エリーザ」である。
・サリエリが出てくる。(準主役、ストーリーテラー)
・レオポルト、ナンネールの影は相当薄い。
・大司教、男爵夫人は影も形もない。
・コンスタンツェはもちろん出てくる。
 役中の呼び名はなぜか「コンス」が除外されて「タンツェ」である。

物語的な違い
・喪服姿のナンネールが父の死をヴォルフに知らせる所で、1幕が終わる。
・コンスタンツェが全然悪女に見えない。
 弟子と関係を持って子どもまで産むが、”世界三大悪女”の一角を占めるほどの悪女には見えず。

帝劇のヴォルフ2人と、この作品のヴォルフガングをイメージで表現すると、
 ドラマチック・モーツァルト(井上芳雄さん@帝劇)
 ダイナミック・モーツァルト(中川晃教さん@帝劇)
 エキゾチック・モーツァルト(新妻聖子さん@パルコ)

という違い。
どことなく包み込むような音楽が、優雅さを醸し出していて滑らかな感じ。

主演・ヴォルフガング役の新妻聖子さん。彼女のミュージカルデビューは『レ・ミゼラブル』(2003年7月6日、帝国劇場)のエポニーヌ役ですが、実は初日から拝見しており、2003年シリーズで5回、2005年シリーズで1回観劇。その後、『ミス・サイゴン』(2004年、帝国劇場)のキム役で5回観劇。今回が3役目となりますが、今のところ、出演舞台コンプリートであります。

贔屓でさえ全作品見てないのに変な話ですが、今まで贔屓とずっと共演してきてたので、たまたまずっと見ているお方。

一時期は今年の帝劇の『MOZART!』のコンスタンツェ役が噂されたこともあった彼女ですが、こちらの方が圧倒的に当たり役でしょう。いずこかで見たかのような、「台詞を喋るより歌ってるほうが説得力がある」というところは「僕こそ音楽」なヴォルフガングにぴったり。
歌声も一本調子で伸ばすばかりだったところが、今回の作品では強弱をうまくつけた歌いまわし、かつ、声量はさすがとしか言いようのないもので、帝劇以外初お目見えに近い(厳密には『レ・ミゼラブル・イン・コンサート』があります)ところにしては、自身に合ういい役に巡りあえて何より。

台詞回しはまぁ仲々上達しないもので、コメディチックなところが寒かったりはしたのですが、2幕で面白かったシーンが1つ。

1幕の最後でナンネールから父の死を知らされるヴォルフガングは、2幕ではそのショックからか、女性として登場します。当然、コンスタンツェは慌てます。
しかも困ったことに、ライバルであるサリエリがヴォルフガングの女性の姿・エリーザに恋をしてしまい、求婚までする始末。
そんな時ヴォルフィが言うこんな一言。

「ほら、モーツァルトも落ち目だし。サリエリの奥さんになるよ。」

会場中爆笑であります。テンポいいし笑わせどころはさすがに抑えてますね。

準主役であり、モーツァルトのライバルでもあるサリエリ。
このお方が話した言葉に、この作品中最も印象的だった一言があります。

ヴォルフィには「尊敬する人をパパと呼ぶ癖がある」(と本人が言っています)。
愛するエリーザの姿で「パパ」と呼ばれたサリエリはショックを受けます。
(ここでエリーザがヴォルフィであることにも気づくのですが)

そして咄嗟に言い放ってしまうのです。

「お前は父親しか愛せないのか!」

この言葉にエリーザはショックを受け、男(ヴォルフィ)として生きていくことを決めます。

で、このシーンが印象的だったのは、音楽座作品を見ていて申し訳ないのですが、リピートしてる東宝作品とのシンクロでむしろ複眼的に見えてしまったというか。

ヴォルフガングは、愛することに不得手だった人なんだなぁ

ということ。

東宝作品では、ヴォルフガングは父親の愛情を受け入れることが出来ず、父親の死をもって初めてその愛情に気づくこととなります。
一方、コンスタンツェはヴォルフガングに対して、「あなたが愛しているのは自分の才能だけ」と言います。

でも実際には父親も愛していたし、コンスタンツェも(ひと時は)愛していた、当然、才能も愛してはいた。とあれ、自分が愛することと、自分が愛されることのベクトルが、最後まで噛み合わなかったように見て取れた。

自分の愛し方が相手に伝わらず、相手の愛し方が自分に伝わらなかった、それが天才とそうでない人の溝だったのかな、と思えて少しく神妙な気持ちになった。

それはそれとして、「父親しか愛せない」という指摘は、ヴォルフガングにとっては図星以外の何物でないなと痛感する。
東宝作品の『MOZART!』をもう2桁に乗るほど見て、自分なりに消化できなかったところが、なんだかすごく腑に落ちた。

そして耳の中では「私ほどお前を愛する者はいない」がリフレインしたと。

閑話休題。
この音楽座作品、実はメインテーマはモーツァルトではなく、「戦争」であります。
銃弾の音とか、荒野を彷徨う少女の姿とか、「戦争」を印象づけようとしているシーンがたまに割り込むのですが、モーツァルトとの関連性が正直、まったく分からず。

モーツァルトの作品がことさらに好戦的だったとかいう話でもあろうはずがないし、実際にパンフの対談で「戦争」について出演者で語ってるんだけど、ストーリーと噛み合ってないように見えて、単独で聞けばそれなりに意味があることを語っているのですが、この作品の構成としてなんだかちょっと浮いてしまっている気がした。

でもパンフの史実的な部分は大変出来がよく、「10分で分かるモーツァルト講座」として大層役に立ちました。今後の観劇(帝劇だったりしますが)の参考にさせていただきます。

この作品自体は、機会があればもう一度見てみたい。

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