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『SHIROH』を語る。(25)

●生き残ることの意味

 「一人にしてくれませんか」

 『SHIROH』1幕、植本潤さん演じる甚兵衛に、上川隆也さん演じる四郎が答える言葉。
 ”天の御子”と崇めたてようとするキリシタン達の思いが重すぎ、四郎が逡巡する。

 そして時は過ぎ、1幕後半。

 「二人きりにしてくれませんか」

 ・・・と、四郎が気持ちを吐き出す。
 自らの弱み、本当の気持ちを受け止めてもらえると信じて放った言葉。

 キリシタンの思いの強さ、自らの重荷に耐えられず、
「一人にしてくれ」と言った人が、
 ただ一度きり、「二人にしてくれ」と言った相手。
 
 ”一揆の軍の頭が必要”と闇市にやってきた四郎。
 「聖人」と謳われた”さんじゅあん”を探し、探し当てた人物は、
 四郎がかつて長崎で出会ったひと。

 年端もいかない少女が、闇市を2年も仕切ってきたという事実。
 少女を小馬鹿にする、小左衛門をたしなめる四郎。
 少女に込められた力量の大きさに、ただならぬものを感じる四郎。
 だからこそ、自分の真実の気持ちを吐き出すことができたのだろう。
 心に闇を抱え、その思いを誰にも吐き出させずにいた四郎が、ただ一人、本当の気持ちをぶつける覚悟を持てた人物。その思いを受け止めてくれる期待があってこそのもの。

 少女がなぜここまで自分を称え、必死になるか、そのことに四郎は鈍感であった。
 その少女・寿庵にとってはそんなことは百の承知。
 心の中でつぶやく様が目に見えるよう。
 自分の気持ちを言葉では表現しない寿庵の”心のつぶやき”が、想像すると興味深い。

--寿庵のつぶやき(さんじゅあんの館)---------

 「四郎様のお役に立てれば、本望なのです」
 「四郎様のためだからこそ、私は全力を尽くせるのです」
 「”天の御子”として輝いている四郎様のお傍にいさせていただけることこそ、私のただ一つの願いなのです」

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 そういえばこの作品、
 シロー@中川晃教さんの”神の声を持つ少年”がぜんぜん違和感なく見えていたけど、
 寿庵@高橋由美子さんの”年端もいかない少女が闇市仕切って軍師”ってのもまったく違和感なかった。
 一応、設定年齢はシロー>寿庵だったはずなのに、全編に亘ってほぼ逆の力関係。
 シローは16ぐらい、寿庵は14ぐらいかと。
 2人に共通してるのはそんな”ありえない”設定をパワーで普通に見せてしまうところ。
 もっと言えば、四郎とシローと三万七千人の魂を一人で背負って立ち上がっていく展開もそうとう”ありえない”もの。
 場面負けしていなかったのが何より嬉しかったのです。
 帝劇初日から変わりに変わったあの場面。呆然から慟哭、涙から声にならない叫び、達観の先にある使命の重さの自覚。

 この場面、四郎があと少し、寿庵と気持ちが通じ合ってくれたら、と思いながら、でもすごく深い所で結びついていたからこそ、四郎(だけではないですが)の思いを受け継いでいける覚悟がある女性だったからこそ、四郎は安心して寿庵に後を委ねられたのだなと。

 寿庵は自分の気持ちから何からひっくるめて、”四郎から後を託される”ことに、自らの生きるよすがを求めたのかもしれないなと。

 寿庵は涙を浮かべて、声にならない叫ぶ姿を見せるけれども、でも、男性にすがりついて、泣きじゃくって相手を責める女性でなかったことが、私にとっては一番救いでした。

 神は最後に残る者を探していた。
 最後に残る者は、初めは四郎だった。
 しかし、四郎は自らが生き残るよりも、愛した人・寿庵をこの世に残すことを願った。

 神は思う。
 自らが選んだ四郎が、生き残らせたいと願う寿庵を生き返らせることは、考えてみると一番収まりがいいのではないかと。

 島原の乱の現実を語り継ぎ、支配者に愚行を繰り返させぬための語り部として、
 すべてを知っている軍師を残すことは、実は一番よいことなのではないかと。
 四郎をこのまま残したとしても、リオを失い、奇跡の力を失ったときと同じく、自分の心の弱さに押しつぶされ、
ただ”死んでいるように生きていく”のではないかと。

 そのうえ、四郎も生き返らせることを望んだ人、その人は語り継げるだけの”現実と向かい合い続けた軍師”であり、一人だけ生き残っても、”自らの力で生き抜いていける人物”であったからこそ、寿庵を生き返らせることに決めたのではないか。

 四郎の強みは、自らの限界を知っていることだった。だからこそ、自らに”天の御子”としてのしかかる重圧に、耐えられなかったのだ。
 最後まで、四郎は自らの身のほどを知っていたということだったのだと思う。

--寿庵のつぶやき(一人生き残った後の話)------

 最初は思ったんです。
 四郎様、なぜ私だけを現世に残したのって。
 私も、一緒にはらいそに行きたかった。

 でも、感じたんです。
 四郎様の思い、そしてキリシタン軍みんなの思いの強さを。

 四郎様がこの世界に残って一人苦しみ続けるというのなら、
 そんな四郎様をはらいそから見ているのは辛すぎます。
 何もできない自分のふがいなさを、呪ってしまうかもしれません。
 身体ははらいそにいけても、魂はさまよいつづけることでしょう。

 だから、私は喜んで四郎様の代わりを務めます。
 そう、決めたんです。

 四郎様が最後に、私を選んでいただいたことで、
  私はこれからも生きていける気がするのです。
 四郎様、シロー、お蜜さん、そしてキリシタン軍3万7千人のみんなの思いを、ずっと受け継いでいくことができる気がするのです。

 お礼を言いたいのは、私の方です。
 私を支えていてくれたのは、いつも四郎様でした。
 私が支えていたのではありません。
 いつも四郎様に支えられていたのです。

 遠い空から、私の生き様を、しっかりと見つめていてください。
 私は、皆の思いと一緒に、これからを生きていきます。
 そしていつか、私が使命を終えたとき、
  皆さんとはらいそで再会できることを、神に祈っています。

--------------------------

 四郎のことを何もできずに見守ることしかできなかったリオ。
 寿庵が四郎を現世に残したら、寿庵もリオと同じ立場になったのだと思う。
 運命はそうなるかのように動いていったけれど、最後に神にそれを思いとどまらせたのは、ふたたび「迷える魂を生み出してはいけない」という思いかと。
 
 四郎は心残りなく天から寿庵を見つめる。
 寿庵は四郎に、そしてキリシタンの皆に見つめてもらえることで生きていける。

 「救われなかった魂」の象徴であったリオに代わって、
 「救われた魂」の象徴として寿庵が最後にすっくと立ち上がる。
 そこにこの作品の真骨頂があったように思うのです。

 そういえば、
 寿庵→四郎の愛情込みの尊敬関係も良かったけど、寿庵→シローの”見守り”関係もいい。
 初共演のときも相性良かったけど、ますます良くなったみたい。
 そろそろ心置きなく『MOZART!』の話も始められそうです。


●「月刊ミュージカル」ランキング、もう一つの視点
 今回、同誌の作品ランキング3位となった『SHIROH』。1位『INTO THE WOODS』、2位『ナイン』と3作品の投票パターンを見ていて、ふとしたことに気づきました。

 このランキング、25人の審査員が、1位から10位まで票を入れます。1位が10点・・・10位が1点で計算された合計点の順に、総合順位が決まります(作品賞の場合。役者は5位まで)。

 この25人の審査員の顔ぶれが、評論家さん15人、ジャーナリスト(新聞・報道関係)10人なのです。

 で、今回の上位3作品を見ていると、かなり特徴があるのです。

1位 INTO THE WOODS 評論家 14人/112点=平均8.0
           ジャーナリスト  9人/ 68点=平均6.8
2位 ナイン     評論家     12人/ 93点=平均6.2
           ジャーナリスト  6人/ 57点=平均5.7
3位 SHIROH  評論家      7人/ 37点=平均2.5
           ジャーナリスト 10人/ 75点=平均7.5

 それぞれの審査員の方が、この作品を10位以内に選ばないケースもあるので、平均は、選ばなかった方は0点として全員人数で平均しました。

 2位の『ナイン』が平均的に票を取っているのに対し、1位『INTO THE WOODS』は評論家重点型。そして3位の『SHIROH』はこれでもかというぐらい、ジャーナリスト重点型。しかも満票です。
 で、ジャーナリスト10人だけでランキングすると、『SHIROH』は1位。

 『SHIROH』で目立つのは、ジャーナリスト平均と評論家平均の、恐ろしいほどの違い方。
 『SHIROH』はミュージカルや舞台である以上に、
エンターテイメントだったんだな、ということを痛感します。
 ある意味、演劇的に、とか舞台的に、というカテゴリでは括りきれない”熱さ”が、『SHIROH』の残した一番大きなものだったのかもしれないですね。

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