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『SHIROH』を語る。(18)

●シローについて その2

『SHIROH』を語る。(11)」でシローについて、どちらかというとネガティブな書き方をしたわけですが、振り返ってみますと、もう一つ、別の方向性で感じたことがあるので、書いてしまいます。

この作品でシローのピュアな心情は飛び抜けていて、2幕中盤まで見ていると、「心の澄み切った様がそのまま声に映しとられてる」印象を受けます。

そんなシローが狂気に暴走していく、2幕終盤の様が「理解できない」と前回は書いたわけですが、ある面、暴走してくれてシローの存在を一部否定できて安心した自分がいたのです。
シローがたどったその様は、不憫でならないけど、自分は信じられない。
そう思い込んで、四郎の心の動きに没入することで、シローの存在を小さく小さく見ようとしていたところがあるような気がする。

これは役者さんがどうという意味じゃなくて、シローのあまりのピュアさに、”妬ましくなる気持ち”というのがすごくわかるという方が正しいのかもしれない。
嘘偽りない気持ちが、まっすぐ向かってくる怖さから、逃げ出したくて仕方ない気持ちという表現が的を得ているかも。

何度か触れている2幕「幕府の犬に断罪を」の場面で、お蜜を裁く場面に呼ばれなかったシローは、四郎・寿庵・お福・甚兵衛に向かって、「あんたらも騙しているのは同じだ」と叫んでいる。

なぜお蜜を裁く席に、シローを呼ばなかったのか、
「我らは君のことを案じて呼ばなかったのだ」と四郎。
「あなたがこの事実を知るのは辛すぎる。だから内緒にした」と寿庵。

ここのやりとりを見ていてショックを受けたのが、あぁ、こういう風に「あなたのため」とごまかして、その実「自分のため」に行動することってあるよなぁ、ということ。

一言で言ってしまえばそれは「偽善」なわけですが、
「相手のためを思うなら、相手にとって辛いことだろうと何だろうと、言わなければならないことがある」ということがどれだけ難しいことか、ということを思い知らされます。

だからこそ、そんな「偽善」を暴くシローの言葉が痛すぎた。
だから、シローを正面から受け止めるのが怖かったのかもしれない。
今見ると、少しシローに感情的になっていると思われるあのページは、今からすると「余りに大きすぎる、余りにピュアすぎる」シローに対する嫉妬に見えなくもない。

書いた時から薄々感じていたことではあるんですが、前回はその辺をありのままに表現する勇気がなかったので、わざとぼやけて表現してました。
でも、作品を語り、役を語り、役者を語っていると、これだけの作品だからこそ、書き手にも容赦が許されないということをいみじくも感じ取ってしまうのです。
だから、あえて自分の弱い部分も書いてしまいます。
それが『SHIROH』から投げかけられた、試練なのだと思うから。

●ちょっぴり余談
『SHIROH』を語る。(9)に書いた「演劇ぶっく」2月号。
2冊目を購入してきました。

なぜかというと、「演ぶチャート」応募葉書がどっかいってしまったんで・・・・(なんとも情けない理由だこと)
何気に悔しくて買ってきた次第。
1月25日消印有効です。
『SHIROH』に感動された方、ぜひ皆様の一票を。

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