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『SHIROH』を語る。(17)

●恵みの雨

 ミュージカルファンにはおなじみこのシーン、『レ・ミゼラブル』2幕中盤にある曲。

 革命に参加する学生の一人、マリウスがコゼットに恋をする。片や、エポニーヌという女の子もマリウスが好きだった。
 昔、エポニーヌはコゼットをいじめていたのに、親の没落、主人公であるジャン・バルジャンにコゼットが救われる(救った理由はコゼットの母親であるファンテーヌが死ぬ時にバルジャンに後を頼んだから)といった事情のもと、立場が完全に逆転。そしてマリウスを挟んだ三角関係が展開。
 エポニーヌの拙い片思いはずっとマリウスに気づいてもらえない。が、マリウスを狙った銃弾をかばい、エポニーヌが撃たれたことで、エポニーヌはマリウスの腕の中でその生命を閉じることになる。

 その時歌われる、エポニーヌ&マリウスのデュエット曲がこの曲。

 『レ・ミゼラブル』未見の方でも『SHIROH』見られた方はある程度想像がつくフリかと思いますが、『SHIROH』2幕後半、「四郎の懺悔」が多少の違いはあれ、これとそっくりであります。
 違うのは「恵みの雨」が男性が生き残る(=奇跡は起きない)のに対して、「四郎の懺悔」は女性が生き残る(=奇跡が起きる)というただ一点だけと言っていいほど。

 寿庵役の高橋由美子さんはエポニーヌ属性だと思ってたんですが、何せそれより年上役のファンテーヌ役をやってしまったので、永遠にエポニーヌ役は見られない、ということで『花の紅天狗』での某パロディシーンで我慢していたわけです(※)。
 
 が、まさか今回、しかも上川隆也さんというすばらしい相手役と、全くもって同じようなシーンを見れると思っていなかったんで、すごく嬉しかったですね。

 ちなみに、1幕「さんじゅあんの闇市」での「役人だ、役人が来るよ~!」って叫びも、レミゼ1幕・バリケードのエポニーヌの叫びに雰囲気が似すぎてます。あれも本当に役人来るし(笑)。

(※)「奇跡の子」(ヘレンケラー)をミュージカルにするという奇想天外な組み立てのもとに、「オン・マイ・オウン」(レミゼ2幕前半、エポニーヌの決め所のソロ曲)に似てる曲を歌ってます。

 
 この「四郎の懺悔」のシーンについては、「私たちの月は満ちました」について、コチラのページに書いていますが、もう一つの視点として。

 四郎が松平伊豆守信綱に対し、闇討ちを図ったことは、寿庵にとっては「はじめて四郎が信じられなくなった瞬間」に見えるのです。
 少し前、お蜜が幕府のスパイと判明した時(「幕府の犬に断罪を」)、お蜜をかばおうとするシローに対して、四郎は自らの剣を抜く。

 「お前がスパイと逃げるというのなら、私はお前を斬らなければならない」

 この場にいたのは、寿庵のほか、甚兵衛とお福、3人。
 帝劇では、3人とも四郎の剣を抜く姿に、驚愕する反応をしていた。が、梅コマで3回見た限り、寿庵だけは身じろぎもしていなかった。「四郎がシローを斬るというのなら、それには立派な理由があるのだ」という、無条件の信頼。
 そこで見せた無条件の信頼と、あまりに落差のある、”闇討ち”という手段。
 これだけ長い作品の中で、寿庵が四郎を止めた場面は、ただあの場面だけ。

 四郎を愛しつづけ、信じつづけた寿庵が、ただ一度四郎を信じられなくなったその瞬間。
「さんちゃご、四郎様」と呟いた寿庵であっても、やはりそれは四郎に対する、小さな、しかし大きな疑問として残ったと思うのです。

 がしかし。寿庵は十兵衛に斬られ、四郎の腕の中で息も絶え絶えになるその時。
四郎は懺悔する。自分の心の弱さがシローへの嫉妬を抑えきれず、その焦りが”闇討ち”という卑怯な手段を思いつかせ、皆を殺してしまった・・・
 寿庵にほんの少しだけ残った四郎へのわだかまり。
 それが引き起こされた理由が、四郎の「弱さ」によるものであったと、告白される。

 寿庵は、思う。
 そんな四郎の「弱さ」を信じ、愛してきたことを。
 四郎は確かに信じていた「四郎」だった。

 だからこそ、寿庵は「私たちの月は満ちた」と言えたのだと思う。


●信じるということ その2

 ちなみにその1は「『SHIROH』を語る。(8)」をご参照。

 2幕中盤、原城の食料庫の見張りを命じられているお蜜の前に、怪しき人物が現れる。妹・お紅である。
 実の姉に狙われたことが腑に落ちないお紅。が逆にお蜜に問い詰められてふと言う言葉。

 「誰も信じないのが、伊賀の忍びだろ?」

 ここで、お蜜はこの発言を肯定していない。話をはぐらかすかのようにその言葉とは向き合わない。
 つまり、ここでシローを信じていたお蜜は、「伊賀の忍び」ではなくなってしまっていた、それをお蜜自ら自覚したのだろう。

 だからこそ、伊豆守の命を奪おうとして、お紅に組み敷かれた時、答える。

 「お前にはわかんないよ」
 
 「誰も信じない」くの一には、「誰かを信じる」ことを知った”女”の気持ちは、わかるはずがないということを。
 信じた人間・シローのために死んだということ、それが目の前で起きたにもかかわらず、なぜそうなったのかが分からない。

 「信じること」の喜びとともに天に召されたお蜜と、
 「信じること」ができずに佇むお紅。

 この関係も興味深いものがあります。

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