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『SHIROH』を語る。(15)

日ネタが続いたので、真剣モードで語ります。

●目は口ほど(以上)に物を言う
 2幕「幕府の犬に断罪を」。お蜜が幕府の隠密であることをきっかけに、一揆軍の間にひびが入っていく転回シーン(なんでCDに入っていないんだよぉ)
 追い詰められたお蜜は全てを明かし、裏切られたシローは絶望に暮れる。

 舞台に残るシロー、四郎、寿庵。
 お蜜に裏切られたシローと四郎は一瞬だけ目を交わす(帝劇では一度も気づかなかった。何となく大阪の新演出か)。
 このシーン、シローの視線は客席から見えない。がしかし四郎の視線は見える。
 シローを憐れむでもなく、同情するのでもない。何とも言えない「同じ痛みを抱えたことがある者の視線」。

 純粋ゆえに傷つくことを知らなかったシロー。
 それに比べれば、四郎は今まで多くの傷を負っていたのだろう。
 四郎は、かつての自分をシローに見たのではないか。シローの危うさを身を持って知っていたような気がしてならない。

 ふさぎ込むシローに話し掛けようとする寿庵。それを止めにかかる四郎。

 これもたった一瞬、言葉はない。

 「何が言えるというんだ? 
 これは彼が乗り越えなければならない壁なんだ」

 そう、四郎が語ったように思えた。

 その四郎の眼差しの強さに、本当の厳しさであり本当の優しさを感じた寿庵。
 何も出来ない悔しさを全身にまとい、駆け出すように去っていく。
 
  何も信じられなくなったシロー
  何もできなくなった寿庵
  何もするべきでないと見た四郎

 3人それぞれが打ちひしがれた様が、本当に悲しかった。

●リオは見えるのか?
 リオが見える2人のSHIROH。
 しかしリオは時が進むにつれ、四郎に見えなくなり、やがてシローにも見えなくなっていく。
 「心の純粋さ」をもつ「神から認められし御子」だけに見ることを許された少女。

 2幕宴の後、四郎がシローに問いかける「もう私には見えなくなったかと思った」という言葉は、あまたの苦しみを乗り越えてきた四郎にとって、どのような思いだったか。
 「リオを殺した罪」は永遠に背負っていくべきもの。いつまでも見ていなければならないはずの少女-もちろん見たくて見るわけではない-がなぜ見えなくなったのか。

 「壁を乗り越えた」ようには見えない。「神が許した」とも思えない。
 四郎にとって、リオが見えなくなった意味が、分からなくなっているのではないか。

 純粋であったシローが、「砂の城」で振り返る時、リオが見えていないように見える(リオが存在していることをわかっているように見えない)。リオはこの場面で泣いているが、それは「自分の存在を見てもらえる人(=純粋さ)」を失ったことの悲しみだったのではないか。
 
 リオは神の使いとして、四郎とシローを出会わせ、そして3万7千人皆殺しの引き金を引いてしまう。神の身勝手さを詫びる赦しの口付けがシローを生き返らせ、シローの歌声が四郎、3万7千人の魂をはらいそに連れて行く。
 神は自らの罪を後世に語り継ぐために、四郎が生き返らせることを望んだ寿庵を一人、この世に残した-

●月はいつ満ちる
 「私は満月よりも三日月が好きです」@寿庵(1幕 さんじゅあんの館)
 「我らの月は満ちた」@四郎(同上)
 「私たちはこんな月を描けているだろうか」@四郎(2幕 砂浜のシーン)
 「私たちの月は満ちました」@寿庵(2幕 四郎の腕の中での今際のシーン)

 「月」といえば、さんじゅあんの館では三日月、
最後のシーンで満月。とばかり思っていました。
 それというのも、寿庵視点で見ていたから。

 寿庵にとって「月」は”想い”の象徴。
 寿庵から四郎への片思い=三日月であり、
 今際のシーンで四郎の腕の中で死んでいけることで、
残りが満ちて、満月へ

 ふと四郎視点で見てみたところ、

 四郎にとって「月」は”希望”の象徴。
 自信を失った四郎=三日月であり、
 自信の欠けた部分を寿庵が埋めたことにより、
残りが満ちて、満月へ

 満ちるタイミングが違うことが、意味深。

●月と空、そして太陽
 「月」が一揆軍の象徴であるなら、幕府軍は「空」「太陽」。
 1幕でお蜜が歌う「空のしくみ」に出てくる「太陽」は「月」さえも隠す圧倒的な”支配”を暗喩しているかのよう。

●多少余談 MP3プレイヤーに『SHIROH』宿る その2
 ちなみに第1回は「『SHIROH』を語る(12)」をご参照。

 私の携帯用MP3プレイヤーは曲順を変更するのが面倒なので、『SHIROH』収録曲は、「01_組曲~約束の地~」のように連番を付けて、まとまって流れるようにしています。順番は文字コード順なので。

 『SHIROH』の最後は「18_はらいそ」なのですが、一度格納して『SHIROH』の曲を聴き終わり、さぁまた最初から聞こうと思ったその時に流れてきた曲。

 「A Song For You」

 という曲。

 この曲名を聞いてすぐ反応する人はそれほどいないかと思いますが、寿庵役の高橋由美子さんがアイドル当時に、ただ1回、

本名で作詞して歌った曲

(ペンネームで作詞した曲なら他に1曲あります)。

アルバム『Tenderly』(1994年7月21日発売、多分廃盤になっているのですが、中古CDショップではよく置いてあります)に収録。

 実はこの歌詞が発表された当時、ファンの間では相当の物議を醸したのです。
 それというのも

  私がいま いなくなっても 時は刻まれてゆく
  あなたが生きてる限り
  私は あなたの心の中に 生きているから

  悲しまずに 歩いてほしい
  想い出は 微笑みに変わる

 という歌詞。
 (この頃からファンを翻弄する小悪魔的なところはあった(笑))

※ちなみに、1994年にテレビ朝日系列で放送された『南くんの恋人』で彼女自身が演じた、
 堀切ちよみ役が、この歌詞を作ったきっかけ、という話を本人が語ったことがあるらしいです。

 すわ引退か?と騒がれた歌詞を、10年経った今、「私」と「あなた」をひっくり返してみる。

  あなたがいま いなくなっても 時は刻まれてゆく
  私が生きてる限り
  あなたは 私の心の中に 生きているから

  悲しまずに 歩いてほしい
  想い出は 微笑みに変わる

 と置き換え、

 「私」=寿庵
 「あなた」=四郎

 をあてはめると本当に『SHIROH』そのものだ。

 しかも、本人作詞だから尚更泣いてしまう。
 15年来、ずっとファンをし続けていると、過去とシンクロする瞬間がある。

  20歳で「私」が死んでも「あなた」の心の中に生きているから

 と語った人が

  30歳で「あなた」が死んでも「私」の心の中に生きているから

 と語りかけていることに、

 運命を感じてしまう。

 全く意図せずに、
 この曲が『SHIROH』「はらいそ」の次に来てしまったことにも。

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