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『SHIROH』を語る。(11)

●シローという役
薄々感じている方もいらっしゃると思うのですが、私はシローに思い入れが薄いです。

ハイライト盤CD聞いていて尚更その念を深くしてしまうのですが、
「何でそうなるんだよぉー」を何百回言っても言い足りないぐらい。

いや、それは人物造型がそういうものだし、演じるあっきーが演じていないように見えるのは凄いし、ある意味「無邪気の先にある無防備さ」とか、「無心の先にある危険さ」とかを、十二分に表現しきってる、というのはわかる。
この作品にシローの歌声と存在が不可欠で、というのもわかる。
それ以上に、あっきーの技量がすごいというのも、重々承知している。

でも正直、感情移入できない自分がいる・・・

『神の王国をつくれ』を聞くと、いつも苦しくて悲しくて。
狂気を止められない悔しさ。
もっとも純粋だったシローが、壊れに壊れ、
3万7千の魂を一緒に持っていってしまう・・・・

元々自分自身、四郎(上川さん)・寿庵(由美子さん)派だからという点があって、
2人が贔屓さんということもあるのですが、基本的に「現実」の中でもがく「人間」らしい部分が好きなんですね。
あっきーのシローは極限まで「理想」を追求したゆえに、一番「理想」から離れた「狂気」の中で最期を迎えてしまう。どことなく「人間」っぽくないというか。

どうしても四郎のように「神はそんなことを望んでいない!」と叫びたくなってしまう。
シローと、シローが先導した群衆は、「信仰」という名の下に、ただ「現実」から逃げたような気がして仕方がなくて。
もちろん、現代からその時の”生きるか死ぬか”の状態を、客観的に見つめることが無理なことはわかってるし、それ自体が傲慢であることも十分自覚しているつもり。

でも、やっぱりどんな時でも人間は「生きたい」と思うべきだと思うし、「死に急ぐ」シローと群衆にはどうしても共感できなくて。

我ながら不思議なぐらい、この作品にハマってしまったのは、そんな自分の思いと、(よりにもよって贔屓が演じてる)四郎と寿庵が同じようなベクトルで生きている、その苦しさにあまりに自然に身を委ねてしまうからかな、と思ってる。

人間の愚かさとか集団の怖さとかを、もう一人のSHIROH、四郎のようには意識できなかった少年。
純粋すぎた故に、利用されてぼろぼろになってしまうシロー。
自らがぼろぼろになり、暴走していることさえ気づけない悲しさ。
ただ単に海へ出て行くことさえできれば、どんなにか幸せだったか。

シローの最期を見てると、
「なんで四郎と会わせたんだよ、リオ!」とか
「お蜜さん、シローに”利用してたこと”をちゃんと謝ったのかよ!」とか
柄にもなく熱くなってしまう。

どうしても共感はできないシローなのですが(でも不憫だとは思う。すごく)、
あの歌声に夢遊病者のように操られる群衆の気持ちは分からないでもない。
魅力なのか、魔力なのか、はたまた・・・
・・・なんだ、結局シローが必要なんですね(苦笑)

●帝劇で生き続けること

「死ぬより生きる方が辛いこともある。」

これは帝劇前作(2004年8月~11月上演)、『ミス・サイゴン』で最終的に自分が最も感じた結論でした(そういえば、これも10回ぐらい見ました)。

ヒロインであるベトナム女性・キムは、かつて愛したアメリカ人の軍人・クリスと再会する。ところが、クリスには妻・エレンがいることを知り、自分の子(クリスとの子)・タムをアメリカに連れて行ってもらうために、自らの命を絶ちます。

キムとエレンは女性として激しくぶつかるが、キムの自殺にショックを受け、エレンは、クリスとキムの子を育てていくことを決意し、そして幕が下ります。

このエレン役をトリプルキャストの一人として演じたのが、今回、『SHIROH』で一揆軍ただ一人の生き残りとなる、山田寿庵役の
高橋由美子さんその人(※)。

2作連続、贔屓の女優さんが「生き残って、過去を十字架にして生きていく」という役どころになっているのは、すごく悲しい。感情として同調するという意味では。
むろん、そういう役を任せてもらえること自体は、すごく嬉しい。

そういった役を続けて見ている観客の一人として、役としての「辛さ」を、正面から逃げずに受け止めたいとつくづく思う。
「生き続けること」の大切さを投げかけられることに対して、「まっとうに生きる」ことだけは心がけたい、と心から思う。

※もともと、偶然なのか必然なのか、舞台上で死ぬ役をやらない人で、新感線作品ではあれだけいっぱい人が死んだ『野獣郎見参』(再演版、2001年)でも、堤真一さん演じる野獣郎と一緒に生き残った。
中川あっきーと共演した『MOZART!』(2002年。2005年再演にも出演)でも、市村正親さん演じるモーツァルトの父親・レオポルトの死を看取り、ヴォルフガングの死も看取る。
ただ唯一、舞台上で亡くなった例外が『レ・ミゼラブル』(ファンテーヌ役、2003年/2004年)。(病死するように見えない元気さと言われていたが(笑)、ちなみに2005年の公演には出演しません)

●一揆軍が求めたもの
史実にしてもこの作品にしてもそうなのですが、「天草・島原の乱」の最終目的って何だったんだろう、と不思議に思う。

飢えが極限に達して立ち上がった、それを支えたのは信仰であり、天草四郎という存在があってこそだった、というのはよく聞く話なのですが、「勝って何をするのか」「何をもって『勝ち』とするのか」という点が、はっきり見えてこない。

今回の『SHIROH』で一揆軍の中でそれらしきものを言葉で表現しているのはシローぐらい。
「この戦いに勝って皆で海に出るんだ」
というところ。

ただ、このシローの思いと、四郎の考えと、寿庵の考えが、どうも上手くリンクしていないような気がしてならないのです。
つまり、言葉は悪いけど「呉越同舟」。目指す目的が一致していないのか、曖昧なのか、もしくは、目的がただ”勝つ”ということだけなのか。

「九州国として独立する」とか「国から出ることを許させる」とか、少し小さめの話だと「領主の松倉氏の国替えを要求する(※)」とか、「キリシタンの信仰を許させる」とか、「年貢の取立てを実態に即した形にする」とかその類の話。

※先代の有馬氏はキリシタン大名として有名で、鎖国時代でもなかったために、かなり裕福な半島であったと言われる。松倉氏は南蛮貿易の差益を見越して、水増しして石高を申告していたので、実勢以上に年貢が厳しく、天草・島原の乱の一つの要因にもなったとされる。

この国に残りたいのか、この国を出たいのか、
この国を変えたいのか、がどれなのか分からない。

周囲の状況を把握することにはそれなりに長けていた一揆軍首脳陣ですが、
何を目指し、どう実現させるのか、その為に何が必要かについて、どこまでのビジョンがあったか。
戦いに勝つには自らが相手を振り回し、自らの有利になるように事を運んでいかなければならないわけで、その狡猾さがことごとく足りなかったのだろうなと。

対象的に、幕府側の松平伊豆守の論理は明快。
何せ、「皆殺し」さえすればそれで終わり。しかも、その言葉だけで恐怖政治が出来るから、死にたくなければさっさと逃げろと。
しかも逃げるならキリシタンを棄てることになるから、信教(宗教という意味でなくて)を持たない人間なんて精神的に抜け殻だから全然怖くない、という論理。

いい言い方ではないけど、敵うわけないな、と思う次第。
支配する側される側、それがいい悪いとかいう話と別問題で。

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※ちなみにこの稿、『Flowers』(小学館発行)に連載中の『AMAKUSA 1637』からの考察です(『SHIROH』のパンフレットにも掲載されている作品)。
この作品、簡単に言うと「女子高生がタイムスリップして天草四郎になった」という凄い設定で、都合が良すぎる偶然がいっぱい起きて、奇跡を起こしまくってます。

史実をいじることが少ない『SHIROH』に比べると、どう史実を変えるかに精魂傾けてる(ある意味「天草・島原の乱を一揆軍の勝ちにするための物語」)ので、賛否両論の作品なのですが、現代からタイムスリップしてるから歴史学んでるし、軍師役の女子高生が全国一の頭脳の持ち主という設定で、先読むことに関しては抜群の技能を発揮、という設定。

ただ、戦略として秀逸だなと思うのが

 ・九州の諸大名に楔を打ち込む
  もともと九州の大名は石高が大きくて、幕府の言うことそのまま聞く譜代でない
  一揆への支持を訴えて回る

 ・家光の孫がキリシタンだったという史実を逆手に取って、最終的に担ぎ上げるつもり
  しかも幽閉先が豊前(大分)

実は2つ目の話は現在発売中の最新号で微妙な風向きになってるので、
最終的にどうなるかわからないのですが、
「戦略」として取ってみれば一つの見識かなと。

まぁ、未来を知ってる人が未来を自由に変えていいといわれれば、ある意味なんでもできるということでもあるんですけど(苦笑)。

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